初恋の話 前編
久々のオマケ。前後編です。
「私の初恋、ですか?」
酔った王様に聞かれて王妃は戸惑った。
サイドテーブルに置いた、書きかけの『右手で握手、左手で殴り合うギリギリ外交』をチラリと見たけれど、そこに答えはない。
その質問に答えるのはちょっとはばかられると思って王妃は躊躇った。なにせ立場が立場だし。
でも王様はしつこかった。
「それくらい教えてくれてもいいだろう?」
ほろ酔いの王様は、機嫌よく王妃の頭を抱き寄せてキスをした。
どうせ陛下と二人きりだし、こんなにしつこく聞きたがったのは陛下だし…
王様ほどではないけれど多少酔いの回っていた王妃は、夜のくつろいだ空気の所為もあってそう思ってしまった。
そして
「仕方ないですね」
ため息を吐いた王妃を、王様がワクワクした目で見る。
ふふっ…子どもみたい
そう思ってクスリと笑った王妃は、そのまま口にしてしまった。禁断の言葉を。
「騎士団長です」
ピシリと空間が凍りついた。
気のせいだろうか?
少なくとも、王様は凍りついた。
「騎士団…長…?」
ギギギとぎこちなく王様の首が動いた。
「……俺じゃなくてか?」
王妃は思わず顔をしかめた。今の王様のことは大好きだけれど、当時の王様はほとんどいいところ無しだと思っていたので。ちょっと対象外だった頃の王様を思い出して、嫌な顔になってしまったのだ。
けれど王様は目に見えて落ち込んでいた。ズドンとベッドにめり込んで。
もしかして、本気で私の初恋は自分だと、ついさっきまで思っていたのかしら
そう気づいた王妃は、その落ち込みっぷりに、うっかり正直に答えてしまったことを後悔した。
…適当に誤魔化せばよかった…
でももう口にしてしまった後なのだ。
取り返しはつかない。
お葬式じみた空気が流れる。
「…なんでだ?…奴のどこを好きになった?」
止せばいいのに、王様は掘り下げた。
「その…頼り甲斐…でしょうか……」
王妃もつい答えてしまった。
そして王様は更に落ち込んだ。
「……頼り甲斐…無いか…俺には頼り甲斐無いか……」
今の王様に頼り甲斐が無いなんて、王妃は一言も言っていないのに。
今の王様のことは、格好いいし頼もしいと思っているのに。大好きなのに。
…でも……
「あの頃の陛下には無かったですね」
昔を思い出した所為で、ついつい口を滑らせる王妃。
だってお互い、ほんの子どもだったもの
十にもならない子どもが、団長歴十年の騎士団長の頼り甲斐に太刀打ちできる訳もない。それはどうしようもないことだった。
…それにあの頃の陛下はおバカさんだったし……
より深くへと落ち込み続ける王様。
当分浮上するのは無理そうだと悟った王妃は、遠い目をしてグラスに口をつけた。