触れているだけで満足
夜。執務が終わって、寝台の上で王様は王妃とくつろいでいた。本を読む王妃を後ろから抱きしめて。子どもたちはもう寝ているから二人きりだ。王様が王妃を独り占め。
柔らかな金色の髪に顔を埋めて、首すじの匂いを嗅ぐ。王様の大好きな匂い。
軽く鼻を鳴らして匂いを楽しんでいると、王妃が居心地悪そうに身じろぎをした。
「あの…陛下……」
「…ん?」
「落ちつかないのですが…」
「そんなことはないだろう。俺はとても落ちつく」
愛しい王妃が腕の中にいる。
それだけで、王様はとても満ちたりた気持ちになる。おまけにこの匂いだ。このまま眠ってしまいそうなほどに心地よい気分だった。
「…私は、落ちつかないのですが」
「大丈夫だ。こういうのは慣れだ」
「そんな…」
言いきる王様に戸惑って、口を噤む王妃。
もう王様とこの距離になってから何年も経つのに、一向に慣れる気がしないのに、と。
「おまえが本を読みたいと言うから、そうさせてやっているだろう?」
けれど王様は、これでも我慢しているのだ。
以前、手を繋いだら「ページがめくれない」とむくれられたから。だから腰に腕をそっと回すだけで我慢している。
本当はもっと、手を握ったり唇にキスをしたりしてイチャイチャしたいのに。
だから、これ以上の譲歩をする気は王様にはこれっぽっちもなかった。
ちなみに今、王妃が手にしているのは『子育て読本。~親が無くても子は育つ~』だ。
そんな読む意味があるのか怪しいタイトルの本に手を伸ばしてしまうくらいに、王妃は子育てに悩んでいるようだった。
王様は、王妃の肩に顎を乗せて考える。
俺は…子どものことは教師たちにほぼ丸投げだ。
子どもたちとは、なるべく会話するようにしているし、困った時には話を聞いてやるつもりでもいる。
だがとにかく仕事が忙しい。とても子どもたちの事ばかり考えてはいられない。
それに桶は桶屋だ。専門家に任せられる俺たちは、かなり恵まれている。今のところは、特に問題も無さそうだ。
「そう気負うな」
王様は、王妃をぎゅっと抱きしめるとうなじにキスをした。
王妃の仕事だって忙しいのだ。
特に王様の王妃は頑張り屋だから。
「二人ともいい子に育っているだろう?」
「…そうなのですが……」
俯く王妃の白いうなじがあらわになり、王様はそこに何度もゆっくりキスをする。宥めるように。
「何か心配事でもあるのか?」
「………この子が生まれたら、あの子たちとの時間が更に減ってしまうんじゃないかと…」
そっとお腹を押さえる王妃。
そう。まだ膨らんでもいないけれど、王妃は今、三人目を妊娠中なのだ。
王様はその細い手の甲に大きな手を重ねた。
「大丈夫だ。おまえの愛情はあの子たちにちゃんと伝わっている」
冷えた指先に自分の温かな指を絡めて握り込む。
思い出すのは、子どもたちに慈しみの眼差しを向ける王妃と、その視線を受けて嬉しそうに笑う子どもたち。
王様の大切な家族。
大丈夫だ。彼らはちゃんと、王妃の愛情を感じ取っている。母親として王妃を慕っている。
「むしろ…」
言葉を続けながら、王様はもう片方の手で本を取り上げた。
「俺にもっと、おまえの愛情をくれ」
クルリと身体の位置を入れ替えて、上から王妃を見下ろした。一気に王妃の顔が赤くなる。
…この、いつまで経っても慣れない感じが、たまらなく好きだ……
そんなことを思いながら、そっと唇にキスをする王様。
真っ赤な顔で、もごもごと呟く王妃。
「………足りてませんか?」
「……足りない。どれだけ愛されても足りる気がしない」
繰り返されるキス。
「っ…それじゃあ、どうしようもないのでは…」
恥ずかしそうに顔を横に向け、文句を言う王妃。その頬に手を当て、自分の方を向かせる王様。
「足りないが、だが欲しい」
唇が深く重なる。
無意識に腹を両手で庇う王妃。
王様は、クスリと笑うとまた身体の位置を入れ替えた。
王様が下に、王妃が上に。
王妃の頬がとても熱くなっているのが、王様の手のひらに伝わってくる。
ロウソクの光を弾いて王妃の潤んだ目が光った。相変わらず美しい、と王様はため息を吐いた。
王様がそっとその小さな頭を引き寄せると、恥ずかしそうにしながらも王妃は逆らわない。
柔らかな身体が近づき、また唇が重なった。
ではなかった模様。




