始まり
大きな天蓋つきの寝台に、華奢な少女が一人座っている。薄い金色の細い髪は柔らかそうで、アイスブルーの瞳と相まって見る者に妖精のような印象を与える。その小さな手の中には『年上の部下達の手懐け方 -完全版-』がある。
部屋の中には、もう一人いる。同じくらいの歳の少年。こちらも体つきは華奢だ。ツリ目で少し気が強そうな顔をしている。
まだ幼いが、彼らはこの国の王と王妃だ。
少年の両親、前王と前王妃が突然亡くなり他に適格者がいなかったため、急遽少年が王となったのだ。まだ幼い王の後ろ楯にと選ばれたのが、この公爵家の少女だった。
彼らは今日、婚姻式を挙げたばかりだ。
「……覚悟はいいな 」
少年が真面目な顔をして、少女が座る寝台に上がった。ギシリと寝台がきしんだ音を立てる。
「何がですか?」
愛らしい夜着に身を包んだ少女は、手元の本をサイドテーブルに置き不思議そうに首を傾げた。長い髪がさらりと肩を滑り落ちる。
少年はその様子に一瞬見惚れたが、我に返る。
「何って……初夜だぞ!やることは一つに決まっているだろう!」
恥ずかしさに顔を赤らめながら早口で言った。けれどそんな彼を、すごく呆れた、という冷めきった目で少女は見た。
「陛下、バカですか?」
「なっ!?何を言うか!予習だってさせられたんだ!これは王としての義務だ!子孫を残さねばならないのだ!貴様も王妃なら大人しくその務めをーーー」
少年は、生まれて初めてバカと言われて腹を立てた。恥ずかしさも手伝って、ムキになってまくし立てるが少女はそれを遮った。
「だからバカだって言ったんですよ。私まだ、子ども産めませんよ?」
「え………?」
少年はポカンと口を開けた。気負っていたのに、まさかそんなことを言われるとは思ってもいなかったのだ。
少女は続ける。
「8歳で子どもなんて産めるわけないでしょう。完全に無駄撃ちになりますよ。体力の無駄です」
「は?むだうち?え?」
肩透かしをくらって、聞いたことのない、しかしなんとなく意味はわかる言葉を返され少年は目を白黒させる。
「まったく、バカなこと言ってないでさっさと寝ますよ」
上掛けをかぶって自分の隣をポンポンと叩きながら、呆れきった口調で少女は言った。
「またバカって言ったな!不敬だぞ!」
少年は、初夜ですべきことの説明は受けたけれど、正直よくわかっていなかった。よくわからないことを義務だからやらなければいけないと言われて、なんだか怖かった。でもそれをしなくていいんだと思ったら、肩から力が抜けた。そうしたら、変なことを自分に吹き込んだ侍従に少し腹が立った。けれど目の前にはその侍従はいないため、少年はやつあたり気味に怒った。しかし少女はそれを軽くあしらう。
「王妃なんだから、それくらい言いますよ。ほら、寝ますよ。おバカさん」
大人しそうな外見に似合わず言いたいことをポンポン言って、目を閉じる少女。
「だからバカって言うなとーー」
少年は尚も怒ろうとしたが、すぐに聞こえてきた寝息に口を閉ざした。
すぅ、すぅ。
「………………おーい。バーカ。ブース」
少年は少しためらってから小声で悪口を言ってみたが、反応はない。
すぅ、すぅ。
穏やかな寝息だけが返ってきた。
「……はぁ。寝つきが良すぎるだろ。………おやすみ」
少年はあきらめのため息をついて、そっと少女の隣に潜り込んで灯りを消した。




