60話 勇者からは全て奪った
「そこでやめろ!」
王様の声が響いた。
「………」
無言で動作をやめると闘技場にやってきた王様が声をかけてきた。
「さっきのアイテムはなんだ?サーガ」
少し興奮しながら尋ねてくる王様。
勇者の方は既にビクビクと体を震わせて俺を見ている。
「昔旅の道中で拾った不死の薬ですよ。試してみたのですが奴は死ななかった。本物のようですね」
「なに、そんな薬があるのか?!」
「奴は勇者、死なれては困るので使いましたが、普通は使うものではありませんね」
ちなみにもう勇者ではない。
ステータスを見てみれば分かるが俺がアイテムを使って奴のジョブを踊り子に変えた。
役に立たたないジョブだ。
こんなアイテムを普段使わないのは、死ねないということは無限の苦しみを感じ続けることになる事でもあるのだから。
だから俺は使う気にはなれないし身近な奴に使わせる気にもならない。
俺は勇者の方に歩いていく。
そうして
「よせ!サーガ!」
王様の止める声も無視して勇者の持っていた剣に手を伸ばす。
「まだ早い!それに会議もしていない!手をのばすには………」
その声も無視してガッと掴んだ。
そうして頭上に掲げる。
俺は今勇者の剣を握っている、と。ここに集まった皆の目に焼き付ける。
「お、おい………見ろよあれ………サーガさんが勇者の剣を掴んだぞ………」
「正気か?勇者以外が握れば死ぬと言われてるんだろ?」
「あ、あぁ、早くとめないと、そろそろ血が吹き出す頃だぞ!」
客席からそんな言葉が聞こえてきた。
そしてその通り、ブシャーっと俺の手のひらから血が吹き出してきた。
それは周囲に飛び散り赤色に染めていく。
「離せ!サーガ」
何か言ってくるが問題は無い。
『おい、剣』
剣に向かって思念を飛ばしてみた。
『潰すぞ?握られろ』
剣が恐怖を感じるかどうかは分からない。
しかし
「おい!血が止まったぞ?!」
「う、嘘だろ?!血が止まった?!」
「まさか、勇者の剣が勇者以外を担い手として認めたのか?!」
客席がざわつき始めた。
「こ、これは………」
シドも隣で驚いている。
「まさか勇者の資格があるの………か?血が止まったなんて………まさか死んでいないよな?!サーガ。死んだから血が止まったとかじゃないよな?!」
疑われているらしいので手を下げてみた。
「い、生きているのか?!ならお前は!やはり勇者の素質があったんだな!」
そう言って俺の肩を組んでくるシド。
「もっと気に入ったぞ!俺はお前を勇者にしよう!」
そう言って王様は前勇者、クロイツを汚物を見るような目で見た。
「そこの無能は牢にでも入れておけ。もう用済みだ」
「はっ、畏まりました」
審判役だったヴァリスが丁寧に礼をしてから精神崩壊しているクロイツを抱えた。
「あっ………あっ………え………がぁ………ぎぃ………」
最早マトモに呂律が回っていないし脳も回らないのだろう。
でもまだ終わったと思うなよ?
俺からの贈り物はもうそろそろ終わるが、お前への世界の復讐はまだ始まったばかりだぞ?
※
俺の勇者就任を祝ったパーティが開かれることになった。
「アストレア卿、おめでとうございます」
「アストレア卿これからこの世界をよろしくお願いします」
よく知らない貴族達からそんな祝いの言葉を貰う。
「任せてくれ」
適当に返事をしておくことにした。
「サーガ」
シドに呼ばれたので俺は貴族たちの包囲を抜けて彼に着いていく。
そうして案内されたのは地下牢。
「ははは………ひひひ………」
壊れている勇者が目に入った。
「こいつの処分についてな。各国が引き渡せとうるさいのだ」
当然だろうなこいつに人生を狂わされた奴の数は少なくないだろう。
「気の済むまで殺させればいいですよ。どうせ死んでも蘇るんだ、でも、そうですね」
こんな壊れた状態だと鬱憤も晴れないかもしれない。
王様に牢屋を開けさせて中に入るとアイテムを適当にクロイツに使った。
「こ、ここは………」
そうしたら精神が回復した。
「盗賊………何でここに………も………もうやめてくれ………」
もう下がれないのに壁に背中が当たっているのにそれでも下がろうとするクロイツ。
無様なものだな。
「そうやって懇願した人々を何人殺した?」
「お、俺はゆ、勇者だ………です………許されるんだ………」
「今のお前は勇者ではない」
「な、何を言ってるんですか?………俺が勇者………」
そう言っているクロイツを見て目を細めるシド。
「今日をもって勇者はサーガに引き継がれた。お前はただの無能だクロイツ」
「そ、そんな………」
「お前の免罪符はなくなったわけだ」
「ひ、ひぃいぃぃ!!!!」
後ろに下がろうとするクロイツ。
そこにサヤがやってきた。
「サーガさんの後を付けてきましたけれど、こんなところに何の用なんですか?」
俺の腕を恥ずかしそうに掴んでくるサヤ。
それを見てクロイツが絶望の顔をした。
「サ、サヤ?」
「………あなた誰ですか?ごめんなさい、知らない人と話すな、とサーガさんに言われていますので」
ついにクロイツのことを完全に忘れたな。
「は?俺のことを………忘れたのか?」
「だ、誰ですか?この人」
訊ねてくるサヤ。
「………」
何も答えずに俺はサヤから離れた。
「ど、どうしたんですか?サーガさん?」
「サヤ!こっちへ来てくれ!」
ビクッと跳ねるサヤ。
それでもクロイツの方に近づいていった。
「何処かでお会いしたことがありますか?」
「あ………あぁ………本当に………忘れたのか………?何で………どうして………」
そう言われてまた精神が壊れそうになっているクロイツ。
涙を流し始めた。だがその顔にわずかな希望が戻った。
「そ、そうだ、エリクサー………」
俺を見るクロイツ。
「すまないサーガさん………お願いだ。サヤにエリクサーを使ってくれないか?」
もたれかかっていた壁から背を離すと歩いてクロイツの近くまでやってきた。
そうしたら
「こ、これです………頼みます………サヤまでいなくなれば………俺には何も残らない………もう………何のために生きればいいか………分からない………何のためにここまで来たんだ………」
こいつサヤの事だけはそれなりに真剣に考えていたんだな。
そんなことを思いながらエリクサーを受け取るとサヤに目を向けた。
「な、何なんですか?!」
「すぐに終わる」
結果なんて見なくても分かる。
だが、それでも俺はサヤにエリクサーを使った。
何も起こらない。
当然だ、俺の仕込んだ魔法がこんなもので解除できる訳が無い。
「さ、サヤ。俺のことを思い出してくれたか?」
笑顔になってクロイツがそう声をかけた。しかし
「だ、誰ですか?」
怯えたサヤが俺の後ろに隠れる。
それを見たクロイツは
「あっ………あっ………が………な、どうして………え?………エリクサーは何でも、治すんじゃ………」
言葉に詰まりながらも何とか言葉にするクロイツ。
「サーガさん………一体俺からいくつ奪えば気が済むんですか?リディアに………エルザに………家族に………家柄………地位、そして………サヤまでも………そして俺の過ごしてきた日々、生き甲斐………。あんたはいくつ俺から奪えば気が済むんですか?!」
「人聞きの悪いことを言うなよクロイツ。罰だろ」
そう言って切り捨てるシド。
「都合の悪いことを全てサーガに押し付けようとするなよこの無能が。サーガは誠実でお前は不誠実の無能でクズ。バチが当たった、それだけだろ?サーガは信頼を積み上げてきた。お前とは違うんだよ」
「ぐ………うぅ………何で………どうして………」
崩れ落ちるクロイツ。
過呼吸になっている。
「はっ………はっ………はっ………嘘だろ冗談だろ………悪い夢だ。これが現実なわけが無い………夢だ………目覚めてくれぇ………頼む………こんなの嘘だ………俺達は何のために辛い訓練を耐えてきた………?」
最後に一言言っておいてやるか。
「お前の人生は無価値で無意味なものだったな。ご苦労。誰もお前を必要としない誰もがお前を嫌悪するこの世界でこれからも世界中の恨みをその一身に受けるがいい。そうして何度も死に続けろよ」
そう言って俺はシドやサヤを連れてこの場を後にすることにした。
残りはサヤか。
こいつをどうするか。




