56話 勇者の最期も近い
サヤの記憶が失われ始めてから1週間。
クロイツもサヤの記憶が消えていっているのに気付いた。
「………嘘だろ………?サヤ、何で記憶が………」
初めは小さい事しか忘れていなかったが最近は大きな事も忘れるようになっていった。
例えばクロイツとのデートだったり、クロイツとの思い出だったりそんなことを忘れていっていた。
「な、何なんだ………これ医者に見せても高尚な魔法使いに相談しても分からない。王様に見せてもさっぱりだ………」
クロイツが壁を殴る。
その壁は既に血に染っていた。
「そうだ。エリクサー………あれならサヤの病の進行も止まるかもしれない。だが………金が………」
奴の資金源は完全に潰した。
何一つ生きているものがない。
現在残っている金では足りない。
奴が家に迎え入れた各国のそれ用の美女たちを食わすだけの金で精一杯なのだ。
奴がリディア達に無理に手を出さなかったのはこの辺りがデカいということも最近知った。
自分が連れてきた女達は勇者の嫁という立場を得たいがため簡単に身を捧げていたらしい。
「どうする?………サーガに頼み込んで………金を借りるか?だが………借金だ………。兎に角………そうだな。今は四天王の討伐に向かうか。倒せるかは分からない。でも………賭けるしか………金がない。サヤまで失えば俺に何が残る?怖い」
そう言って準備を始めるクロイツ。
次の動向は分かった。
しばらくの大雑把な作戦も組み立てた。
奴に四天王を倒させる。
そして自分はまだやれると思い込んでいるところに俺が現われ、そして勇者の装備に選ばれ、奴は存在価値を奪われ絶望の底に叩き落されるってわけだ。
代役が見つかれば奴の存在価値はなくなる。
全部終わりだ。あいつは真の絶望の底に叩き落とされることになるだろう。
千里眼を切り上げて俺は王城に向かうことにした。
※
王室に入って王様たちと適当な話をしながら待っているとクロイツがやってきた。
「来ていたのかサーガ。声をかけてくれれば良かったのに」
とりあえず俺に話しかけてくるクロイツ。
こいつは未だに俺との関係が良好になりつつあると勘違いしている。
許されたと思うなよ?
お前には何も残らない。
何一つ、だ。
「何だ勇者」
不機嫌そうな目でシドがクロイツに目をやった。
「四天王スノウの討伐に向かいたいのです」
「そうか。同行してやれ、ギルドマスター、サーガ」
俺達に指示を出すシド。
「必ずやご期待に応えてみせます。それから王」
クロイツがシドに声をかけた。
「何だ?」
「賢者サヤの事なのですが最近物忘れが酷くなっております。何らかの病気だと思いますので、エリクサーを頂戴したいのですが」
「悪いが在庫がないな」
「そ、そうですか………分かりました」
腰を折って礼をするクロイツ。
「お前最近変わったな勇者」
「は、はい。心を入れ替えました」
「両親の件は残念だったな」
特に残念とも思っていないような顔でそう口にしたシド王。
完全にこいつに同情する気はなくなっている。
だが
「お気遣いありがとうございます」
クロイツの方は本心だと思い込んでいるらしい。
「期待しているぞ」
明らかに俺に目を向けてそう言ってくるシド王に対して
「はい!!!!ご期待にお応えしてみせます!!!」
張り切っているクロイツが珍しく哀れに見えてきた。
同情するつもりは微塵もないが。
「失敗すれば………わかってるな?」
最後にシドが話しかけてくる。
「勇者、賢者お前らが失敗すればどうなるかわかってるな?」
低い王様の声が響く。
2人が慎重に頷く。
「勇者はどうなるか………口にするまでもないが、賢者………お前もタダで済むと思うなよ?」
「は、はい………」
その有無を言わさぬ言葉に震える声でそう答えるサヤ。
「お前も馬鹿な女だよな。聖女達と一緒にそいつを切っていればよかったのに。お前以上の馬鹿を俺は見た事がない。その勇者にここまで自分の意思で付き従った以上もう後戻りは出来ないぞ?結果が出なければ、最悪共に地獄まで行く覚悟をしておけよ?」
「………」
その言葉には何も返さないサヤ。
俺達は王室を後にする。
※
先日四天王を倒したばかりの俺たちだが休む時間はなかった。
クロイツの決定により次の四天王討伐の日程が決まったから。
そのための準備を俺達も進めているところだ。
「右手が疼きます。俺のこの俺のダークソルジャーとしての血が………ぐぁぁああああ、です!離れた方がいいですよ弟子」
「師匠!くっ!闇の組織の手がここまで来たってやつ?!まぢ空気読めねぇじゃんあいつら」
のだが、約2名何の緊張感もなく、普段通り遊んでいる奴らがいた。
というよりお前らの師弟関係の設定まだ続いてたんだな。
「ふぅ………闇のフォース、トライアングルダークビートがリユニオンを求めてオベリオンします………」
何一つ意味が分からない。
人語を話せ。
「それまじ?!やべぇじゃん!早く何とかしないと!」
ビクティお前は今の言葉で何を理解したんだ。
「くくく………我が名は………」
語り出したので別に視線を向けることにした。
「ご主人様。洗濯終わったにゃん」
そう言って報告してくる獣人のミケ。
最近は家にいる機会も多くなってきてコミュニケーションを取る時間も増えてきた。
「ご苦労」
「………」
ジーッと俺を見てくるミケ。
「どうしたんだ?」
「つぎの次の仕事を待ってるにゃん」
「洗濯終わったならいいぞ」
「え?」
「?」
「あ、あれ?もっとお仕事欲しいにゃん」
「珍しいやつだな仕事を欲しがるなんて、ただ、もう何も無いぞ」
「で、でもやる事ないにゃん」
素晴らしいことじゃないか。
俺だって俺が動かなくても俺の思った通り勇者が苦しむのなら本当は動きたくないところだからな。
仕事がないというのは素晴らしい事だ。
「それに私達は奴隷にゃん。お仕事しないと………」
「なら勉強でもするといい」
そう言って机に置いていた本を渡す。
「こ、こういうのじゃなくて………」
「じゃあどういうのだよ」
「ご主人様が望むなら………」
そう言って下に目をやる彼女。
「朝から元気だな」
フフっと笑って口にする。
「な、そんなんじゃないにゃん!」
否定してくるミケだがそれ以外にないだろう。
「暇なら貧民街の奴らに物を教えてやれ」
「貧民街の人たちにですか?」
「あぁ。あいつらは俺の言うことなら大体の事を聞く使える連中だ。より仕事をこなせるように暇なら色々と教えてやって欲しい」
俺も色々と考えている。
勇者一家を見習う訳じゃないが俺が動かなくても金を稼げるシステムを作りたいと思っていたところだったため、いい人材が手に入ったというところだ。
「わ、分かったにゃん」
頷くミケのステータスを念の為見ておく。
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【名前】ミケ
【種族】獣人
【レベル】35
【攻撃力】580
【体力】9632
【防御力】690
【素早さ】952
【魔力】1058
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まぁ、問題ないだろう。
貧民街の奴らに襲われても問題なく生還できるな。
貧民街の連中も最低限強くしているつもりだが、それでも問題ないだろう。
この前の勇者の両親の件も貧民街の奴らを舐めていた結果だ。
「ご主人様」
その時眠そうな目をしたリトルが声をかけてきた。
「ん?」
「………武器の整備終わったにゃん」
そう言って預けていた武器を渡してくる。
リトルには色々とやらせてみたが家事全般をあまり上手く出来なかった。
なんと言うか仕事をやっているはずなのにいつの間にか仕事を増やすタイプだったので、代わりのことをやらせてみた。
それが家事ではなく鍛冶。
「上手く出来た気がする」
眠い目をしているがそれでも嬉しそうな顔だ。
「そうか。ありがとな」
礼を言って武器を装備する。
どうやら適当にやらせてみただけだが上手くいっているらしいな。
「ご、ご主人様失礼します」
そう言って次に入ってきたのはシーラだった。
「お、お荷物の準備ができました………確認をお願いします………きっと漏れていると思うのでにゃん………」
相変わらず自信がなさそうだ。
まぁ、責めるつもりもないが。
「確認をお願いします」
そう言ってアイテムポーチを渡してきたシーラ。
俺はいつも適当に放り込んでいるだけなので雑乱としているのだが、丁寧に整理されていた。
「問題ない」
「あ、ありがとうございます………にゃん………」
少し照れているようなシーラ。
それからミケに目をやる。
「あのバカ騒ぎしてるバカ2人を連れてきてくれるか」
まだ表でぎゃーぎゃーやっていた。
あのうるささは夜でなくても近所に迷惑かもしれない。
「任せて欲しいにゃん」
さて、四天王スノウの討伐に向かうか。




