55話 見限る
次の日から俺は千里眼で勇者の観察を徹底して行うことにした。
「あっ………がっ………」
翌日クロイツはきっちりと両親の遺体を目にしていた。
本当に死体を見ると現実をやはり受け入れられないらしい。
それを見ながら昨日のクロイツの父親を思い出す。
『アストレアが………邪魔しやがって………また奴隷ビジネスで成功せねばな………金がない』
そう言いながら奴がやってきたのは貧民街。
しかしあいつらは返り討ちにあった、というわけだ。
無様なものだ。
「父上………母上………どうして………こんなことに………これではこの家には俺しかいなくなってしまう」
涙を流しながら親父の遺体に抱きついて泣くクロイツを抱きしめるサヤ。
「2人は残念でしたが、私がいますからクロイツ」
「あ、あぁ、お前だけは最後までいてくれ………それとシャーロットも」
「え、えぇ………分かりましたわ」
シャーロットは少し困惑しながらもそう返事をしていた。
だが残念だな勇者。
シャーロットの中のお前のイメージは最悪だ。
勇者のブランドに頼りすぎたなお前。
「あははは………」
突然笑い始めたクロイツ。
「夢に決まってるだろ………こんなもの………弟に続いて………両親までも、なんて………」
やはり認められないらしい。
「弟………?」
しかし、そこでサヤが聞き返した。
「え?弟だ弟」
クロイツがそう言い直す。
「以前奴隷に殺されただろ?」
「………そ、そうでしたね」
サヤがそう言う。
明らかにおかしい状態だ。
しかし、人間というのは都合のいいように解釈したがるようだ。
「お前も混乱するくらい悲しんでくれてるんだな………みんな救われるよサヤ」
「は、はい………」
※
あの後クロイツは1人で部屋に寝に行ったので俺は1人になったサヤを観察することにした。
「クロイツの弟………?」
忘れている。
完全に忘れている。
「クロイツに弟なんていましたっけ?………どんな人でしたっけ?確認しないと………」
そう言ってサヤは立ち上がると部屋を出ていく。
しばらくして帰ってきた時の顔は凄く青ざめていた。
「クロイツに弟はいました………この前亡くなったみたいですけど………何でそんな事を忘れてたんでしょうか………」
そう言って涙を流し始めるサヤ。
「まさか………記憶が………?」
自分では気付いたようだ。
明らかに自分の記憶がおかしいことを
「昨日は偶然かと思いました。ですが、考えてみればおかしいですよね。私が昨日クレープについて問いかけられた時思い出したのは昨日のクレープではなく、1週間も前のことです。で、クロイツはクレープを食べている間に両親が、と言っていました。それだとおかしいんですよね………」
彼女は自分の体を抱き抱える。
「記憶が………無くなっていってる………?な、どうして?」
人は余りにも酷いことを経験すれば、心の防衛機能として記憶障害が表れると聞いたこともあるがこの場合はそんなものではない。
俺が消していっているからだ。
「ク、クロイツ、怖いです………記憶が………で、でもこんなこと言えるわけがないですよね。彼を傷付けます………あの人にはもう私しか居ないんです………私までいなくなってしまえば………」
そう言って立ち上がるサヤ。
「行かないとです………私が忘れないように………」
そこで一旦千里眼を切りあげた。
さて、俺も向かわなくてはならないところがあるしな。
今日もシャーロットと会う約束をしていた。
だが2人きりではなくリディアとエルザを連れていた。
「サーガ様!」
待ち合わせ場所に来たら先に反応してくれたシャーロットだがすぐ後に微妙そうな顔を浮かべた。
「ご、ごめんお邪魔だった?」
リディアが聞いているが。
「い、いえ、そんなことはなくてよ」
邪魔と面と向かっては言えないらしいシャーロット。
「それに、何ですの?どうして剣聖まで?」
「リディア、やはり邪魔だったのではないだろうか?」
「で、でも放っておけないし」
3人で話している。
俺はあまり話さなくてもいいかもしれないな。
「ね、ねぇシャーロット」
パンと手を叩いて話し始めるリディア。
「何ですの?」
明らかに不愉快そうな顔をするシャーロット。
「ご、ごめん。2人きりだと思ったところに私達まできちゃ邪魔だよね?」
「そそそそ、そういう意味ではなくてですわ!」
「ははは、その反応だとバレバレだぞポンコツ聖女」
ポンコツが人のことをポンコツと呼んでいる。
「わ、私はポンコツではありません!」
その発言が既にポンコツっぽいんだよな。
「も、もう行きましょうよ!サーガ様!失礼なのですわ!この2人!」
俺の腕を掴んでくるシャーロットだが。
「ねぇ、シャーロット」
先にリディアがシャーロットの手を掴んだ。
「な、何ですの?」
「クロイツのパーティ嫌でしょ?聞いたよサーガから、酷い暴力振るわれてるって」
「そ、そんなことありませんわ!クロイツ様は………」
「素直に話した方が楽になれるぞポンコツ聖女」
自分の実体験からかそうアドバイスしているエルザ。
「私もかつて酷い暴力を振るわれていた。あいつはイライラすると直ぐに人に当たる。しかも弱い立場の人間にしか強く出れない。初期から媚びているサヤは別だがこのままでは潰されるぞ?シャーロット。自分の居場所はあいつの傍しかないと思い込んでいないか?」
人に偉そうに説教垂れているがそれはお前の事だろ。
「で、でも、私はパーティを抜けられませんわ。私が抜ければ人数が足りないって、王様にもそう言われているのですわ」
そういうことなら仕方ないか。
「シャーロット」
「は、はい何ですの?サーガ様」
キビキビした動きで俺を見てくるシャーロット。
「これを渡しておく」
そう言ってアイテムポーチからハイポーションを幾つか取り出した。
「こ、こんなに?!」
「お前の身が心配だ。持っておけ」
「いいんですの?」
「あぁ。持っていろ。今は無理だが………お前を助けてやる」
そう言うと
「うぇぇぇぇぇ。サーガ様………」
抱きついてきた。
「あの勇者直ぐに殴ってくるので嫌なのですわ。私だけ!サヤは絶対に殴らないんですの!媚媚だからですわ~!」
心の底ではうすうす分かっていたことだが、あいつはもう救えない人間か。
勇者と一緒にそれなりのところまで落ちてもらうしかないだろうな。
「それは辛いな。だが今は耐えてくれるか?」
「は、はい………」
「俺がお前を守ってやるからな」
そう言うとリディアがちょいちょいとつついてきた。
「まさかまた引き込むの?聖女何人目か分かってる?」
「2人目だろ?」
「え?4人目だよ!」
「何言ってるんだ?」
「私でしょ?サーシャでしょ?ビクティでしょ?ほら4人目だよ!」
「サーシャは侍(女騎士)で、ビクティはモンクだろ?」
銭投げたり杖を武器に猪の如く突進していくのは聖女じゃないぞ。
「うん。2人目だな問題は無い」
「た、確かに言われてみれば………」
自分の認識が間違っていたことを認めるリディア。
少なくとも俺はあいつらを聖女だと思ったことはない。
と、そんなことを言っているとくすくす笑い始めたシャーロット。
「聖女が侍だったりモンクだったりするんですの?サーガ様のパーティは本当に愉快な人が多いのですね。ま、そういうパーティなら常識人の私がいなくては始まらないようですのね」
ポンコツ聖女は常識人じゃないかもしれないが。
「分かりましたわ。私もここは耐えます。ですので必ず助けに来てくださいまし?」
「あぁ。頑張ってくれ」
シャーロットの頭を撫でてやる。
「こ、子供扱いしないでくださいまし!で、でも安心するのですわ………」
そう言って猫のように顔を擦りつけてくるシャーロットだった。
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