50話 最後のチャンス
ナイフを鞘から抜き取る。
「あっ………あっ………あっ………」
口を開けて放心状態の勇者が目に入った。
目の前に四天王の1人がいるというのにダラっと地面に倒れているところを見るにもう立ち上がれないらしいな。
どんな事をされたのかは知りたくもないし知るつもりもないが、かなりの事をやられたのはこの様子を見れば分かる。
「こ、殺してくれ………も、もう無理だ………」
挙句の果てにこんなことまで口にし出すのだ。
本来ならば何があったのか想像に難くない、と言いたいところだが
「………」
「うっふ〜ん☆」
本当に何があったのか分からない。
何をしたお前。
「来ないの〜ん?☆私からいっちゃうぞ〜☆」
それは勘弁してくれ。
「何だこいつ………こんなおぞましい生物がこの世界にいるのか!」
シャロも引いている。
「目の前で起きている事なのに何が起きているのか分からない。これは現実なのか?!いや、夢に決まっている!こんなおぞましいものがこの世にあっていいわけが無い!」
そんなにもシャロはこの現実を否定したいらしい。
もっとも俺も見なくて済むというのならこんなもの見たくはない。
「あっは〜ん☆悩殺ポーズだぞ☆」
蹴り飛ばすぞお前。
「ぐあっ………」
「なんだこの何だこの正気を失う感じは………」
バタリ………後ろで音が聞こえた。
「サーガさん………俺はもうダメみたいです………」
「俺もだ………後は任せました………」
そう言って意識を失っていく男達。
女はまだ立っているが男は全滅した。
「私のパーフェクトボディに恐れをなしたようね」
そう口にするサーラ。
いや、絶対に違うだろ。
「こ、こいつが四天王サーラ………強敵だ………」
シャロも剣を抜いた。
仕方ないな。
そろそろやるか。
ナイフを抜いてサーラに向かって走る。
「!」
無言でナイフを首に向けて振る。
やることはそれだけだ。
「………」
「な、何故………」
それだけに簡単だった。
「どうやって私の毒を破ったの?私の毒は他者を拒絶する!それは勇者にも通じるほどの毒!何故貴方が突破できたの!」
サーラが叫ぶ。
「私は毒使いのサーラ!今は他者を排除する毒を使ってるのに!何故!」
「毒は効かない」
そう言ってからナイフを振り抜いた。
「眠れ」
「嘘………でしょ………」
倒れ込むサーラ。
地面に倒れてなお俺を見るのはやめない。
「私の毒は………毒無効でも防げない。それなのに………何故………」
口から血を吐きながら訊ねてくる。
「………」
無言でいる俺の反応を見てどう思ったのか分からないのか驚愕した顔を浮かべるサーラ。
「ま、まさか………女神の加護を………?ふっ………それなら効かないわよね………私の完敗よ………」
そう言って力を抜いていくサーラ。
「や、やったのか?」
そう言って俺の方に駆け寄ってくるシャロ。
「随分とあっさりと終わってしまったが………本当に終わったのか?」
「不安なら首を落としておくか?」
「い、いやそれはやらなくても問題ないだろう」
流石騎士様というやつか。
死体を更に切り刻むような真似はしないか。
とはいえ本当に死んでいる訳では無いが。
この辺り一帯にいる人間には今サーラが盛大に血を噴き出しながら死んだように見える幻覚を見せている。
これで生きているとは思わないだろう。
「………んん………」
段々と起き始めるさっき倒れた男達。
そして
「あ、あれ………」
「な、何なんだ………?」
「俺たちあのオカマを見て………それで何故か倒れて………」
そこまでは覚えているらしい。
「て………いつの間にか四天王倒れてるぞ?!」
「見ろ!その傍にサーガさんがいる!」
そう言って俺を指差すのはSランク冒険者達。
「ま、まさか!あの謎の攻撃の中サーガさんだけが立ち続けて倒したというのか?!」
「な、何が起きたんですか?!ギルドマスター!」
そう言いながら駆け寄ってくる冒険者。
「信じられないだろうがサーガが1人で四天王を倒してしまった」
頷いて口を開いたシャロ。
「ま、まさか………あの四天王を?!」
「あの謎の精神攻撃を1人だけ防いで倒した、とそう言うのですか?!あいつのあの言動、ふざけているようで実に不快感を感じ生理的に無理だと思わせて脱力させる謎の魔法を使ってきたのにですか?!」
冒険者達がそうやってシャロを質問攻めにしている。
「あ、あぁ。不思議な感覚だったなあの四天王。私も余りの気持ち悪さに足元が覚束無くなっていたのに」
そう言ってシャロは俺を見てきた。
「今までに見たことの無い強敵だったが流石だなサーガ。あんな精神攻撃、君でなければ防げなかっただろうし、勇者もダウンしてしまった今君がいなくては全滅だったろう。代表して礼を言おう。本当にありがとう」
そう言ってシャロが俺に向かって頭を下げた。
「すげぇぞ!サーガさんがギルドマスターに頭を下げさせたぞ!」
その言い方では俺が頭を無理やり下げさせたみたいだろ。
他に言い方はないのか?
そんなことを思っていたら今のセリフを聞いた連中がゾクゾクとこちらに視線を向けて駆け寄ってきた。
「あのギルドマスターが頭を下げたのか?!」
「まさか………ギルド関係者で1番力のあるマスターに頭を下げさせるなんて!」
「サーガさん!凄いですね!サーガさん!」
俺を囲んでくるSランク冒険者達。
それを見てフフっと笑うシャロ。
「とにかく、ありがとう助かったよサーガ」
そう言ってシャロはサーラに一瞬だけ目を向けてから勇者の方に歩いていく。
「あっ………あっ………がっ………ぐぅ………」
マトモに言葉が喋れないほどまで屈辱を感じたらしい勇者。
「立て勇者」
「あっ………………」
触られた瞬間ビクンと痙攣する。
「ひ、ひぃいい!!!ゆ、許して!もう許して!痛いんだ!もうやめてくれ、いや、やめてください!許して許して許して………ははっ………はははははっは………」
「ダメだなこれ………」
そう言ってシャロは手際よく指示を出すと勇者を魔法で眠らせて、冒険者達に運ばせる。
俺は、と言うと奥の方で寝ていたサヤやシャーロットに近付いた。
「さ、サーガさん………」
先に俺に気付いたサヤが身を震わせて俺を見上げてくる。
逆に俺はサヤを見下ろした。
「馬鹿な奴だな」
「………」
「四天王に単騎で勝てると思ったのか?」
「クロイツなら………勝ってくれると思っていました………」
ようやく絞り出す言葉。
「クロイツは貴方とは違って強いんですよ」
「ご覧の有様だが」
「………たまたまです………次は………」
俺はサヤと視線を合わせるためにしゃがみ込んだ。
「本当に最後のチャンスをくれてやる」
これ以上はくれてやるつもりはない。
「最後のチャンス………?何を馬鹿な事言ってるんですか?最後のチャンスを望むのは貴方の方ですよサーガさん。土下座してクロイツに仲間に入れてもらうよう頼むべきですよ」
そう言って立ち上がるサヤ。
「貴方とは幼馴染です。小さい頃から付き合いがありますし、簡単に死んでしまえばいいなんて思いません。思い出もあります。ですから私は貴方と友達に戻ってあげてもいいと言いました。それを何で拒むんですか?勇者パーティの私のお友達って立場が欲しくないんですか?!これは慈悲ですよ?!」
何を馬鹿なことを言っているんだこいつは。
本当に変わってしまったんだな。
そう言えば、こいつ俺の目が怖いって言ってたよな。
意図して目を細めてサヤを睨む。
「ひっ………」
それを見て竦む彼女。
「もう一度言ってやる。これが━━━━最後のチャンスだ、と」




