27話 勇者の計画はまたしても狂う
勇者達が先に王城に帰ったのを確認してから、俺は誰もいない山の中で千里眼を使う。
「王様!王様!大変です!」
クロイツが王室に駆けていっていた。
その足取りは本当に軽快だ。
少なくとも本当に大変だと思っている奴の歩き方ではない。
「何事だ?勇者」
「盗賊が死んでしまいました!」
クロイツの一言で場は騒然とする。
「なっ………」
「サーガが………?」
思わずと言った顔で聞き返す王様とギルドマスターのシャロ。
「はい!俺のミスです!」
悲しそうに口に出しているが、伏せている顔は嬉しそうだなお前。
そんなに俺を殺せたと思い込んでいることが嬉しいか?
ついでにスキル鑑識眼でクロイツのステータスも見てみることにした。
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精神力80/100
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となっていた。前に見た時は65くらいまで下がっていたはずだが、俺を殺したと思い込んでいる事で回復したようだな。
哀れな事だ。
「死因は何だ?」
「それが、俺がミスリルが欲しいと口にしたらあいつは1人で取りに行きました」
「あのミスリルをか?!何て馬鹿なんだ!あいつは!」
えっ?
どういうことだ?
あれは取りに行くとそんなに言われるほどの物だったのか?
「ミスリルは今日クロイツ達が訓練に行ったミスリル鉱山近辺でしか取れない鉱石だよね?それを1人で取りに行ったのか?サーガは」
シャロが確認する。
「あぁ。あいつは1人で行った。そして悲鳴をあげたんだよ。あいつほどの男がやられるモンスター………。俺達だけでは対処ができないかもしれないと思った」
いや、上げてないが何の話をしてるんだ。
お前には何が聞こえているんだ?
だが納得出来ることもあった。
ビクティ達はその謎の悲鳴を聞いておとなしく勇者と帰ったのだろうか。
「それを聞いて俺は思い出した。あのダンジョンに潜むと言われている幻のモンスター━━━━ケルベロスの名を」
「実在したのか?しかしサーガ程の男が殺られるとなると」
そのケルベロスなら俺の横で丸くなってる。
こいつは見せない方がいいか。
そう思った俺はとりあえずポーチに放り込んでおくことにした。
そのあとも経過を観察する。
1番面白そうなタイミングで飛び出すつもりだ。
しかし今の段階では王様は俺より勇者の方を信じそうだから、あそこであったことは話さない方がいいかもしれないな。
「あいつはリディアの言った通りの馬鹿男なんです。早く魔王を討伐して平和な世界を作りたい、そう言ったあの馬鹿は1人でミスリルを取りに行きました」
「しょせんは盗賊、奈落の谷からの生還はまぐれであったか」
不満そうにそう口にして立ち上がる王様。
「サーガが死んだのならば今まで通り勇者パーティのみで行動させることにする」
「その件なのですが王」
頭を垂れるクロイツ。
「何だ?」
「聖女リディアの件です。サーガが死に非常に狼狽しております」
クロイツにそう言われてリディアに目をやる王様だが、リディアはいつも通りの顔をしていた。
勇者には俺達には見えないものが見えているらしい。
「今もああやって虚空を見つめているだけです。あんなものでは作戦に支障をきたします。そこで聖女の入れ替えを行って頂きたいのですが」
「今更か?聖女リディアは力で言うと頭1つ抜けていた」
「それだけの実力があってもあれだけ衰弱していては使い物になりません。カカシを立たせていた方がまだマシです。精神にダメージを負った状態では正常な判断が出来ません」
今までの自分の実体験から口にしているのか、説得力が非常に高いな。
「なので、俺は聖女の入れ替えを希望します」
「聖女リディア、それでいいか?」
一応確認をしている王様。
「サーガは死んでないです」
リディアはそう返すだけだ。
「あの悲鳴は何かの間違いです王様。サーガは死んでなんかいません」
「王様、リディアは死んだ存在を生きていると口にするくらい精神をやられています。この様子ではマトモに使えません。それに頭では死んだと理解しているから俺についてきたんですよ」
何か言いかけたリディアだが先に王様が口を開いてしまった。
「確かに、そうだが。よし。ならば聖女は入れ替えしよう」
「ありがとうございます王様。少し別れの挨拶をさせてください」
「ふむ」
重々しい態度で頷いた王様を見てクロイツはリディアの近くに行くと、その目を真っ直ぐに見下ろした。
そして小さな声で
「俺に逆らった罰だリディア。勇者パーティの聖女の座を失ったお前には何も残らない。地位も名誉も………そして未来も。馬鹿な女だ。大人しく俺の物になっていれば良かったのにな」
「絶対に嫌だけど」
「この俺をここまで愚弄した事覚えておけ?お前の………居場所尽く消し潰してくれる。手始めにお前の悪評をばら蒔くのもいいよな?魔法が使えなくなった、とか」
ニヤニヤするクロイツに何も返さないリディア。
「何とか言えばどうだ?リディア。今すぐ土下座して謝ってもいいんだぞ?クロイツ様の奴隷になります。何でもします。無様に這いつくばって懇願しろ」
「誰があんたなんかに、絶対しないから」
蔑むような目でクロイツを見るリディア。
それを見て眉間にシワを寄せたクロイツ。
「覚えておけと言ったよな?リディア」
そう口にした直後クロイツは手を叩き注目を集めた。
「聖女リディアはこの訓練で疲れたみたいです。色々なものを見て色々な事を学んだと言っています。そして今の自分に出来ること、それは貧民街の恵まれない人々への救済、そう言っています!何とも素晴らしい心意気だ。俺は彼女を応援したい!誰か貧民街へ連れていってくれる者はいないか?!」
そう言った後一瞬静まった室内だが再びざわめき立つ。
「聖女様が貧民街へ?」
「あの貧民街へ行くのか?」
「だが自分の願いなのならば………」
周りにいる近衛兵達からはそんな声が聞こえる。
言葉だけ聞いていてもその貧民街の状況の悪さは伝わってくる。
リディアに向き直るクロイツ。
そして小さな声で呟く。
「俺を舐めたな?ははは。貧民街に行って惨たらしく死ねよ。今更助けを求めてももう遅い。あそこは全ての悪が集う場所。壊れちまえよ。そして全てを穢され生きているのが嫌になって自殺する姿でも見せてくれ」
それにしてもこいつの性格の悪さは本当に一級品だな。
クロイツがもう一度周囲に目をやった。
「聖女様は培った技術で貧民街を救うそうです!皆様拍手を!」
リディアの手が震え始めた。
そろそろか。
千里眼を切り上げてテレポを使うことにした。
王城の人目がない場所は何となく分かる。
そこにテレポして王の間へ1人で向かう。
廊下を歩いていると1人の兵士が俺に目を向けた。
「サ、サーガ殿?!」
無言で頷く。
「本物でございますか?!」
「俺の偽物なんているのか?趣味の悪い話だ。偽物になるなら俺ではなく勇者の方が価値がある」
「し、失礼しました!サーガ殿こちらへ!今大変なことになっておりまして」
知っている。
俺は兵士に連れられて王の間に共に向かう。
そして王の間へ続く扉まで来たところ。
「お待ちを」
そう言い残して兵士が先に入っていくと同時に。
「サーガ殿がお戻りになられたぞ!」
中から声が聞こえてくる。
「ダーリンが?!」
「ダーリンさんがですか?!」
「サーガ様がですか?!」
「サーガ………」
最後に小さく聞こえたのはリディアのものか。
「サーガ殿こちらへ」
俺は再び開かれた扉から現れた先程の兵士に連れられて王の間に入る。
そこには
「な、何で………」
俺に指を向けて体全体を震わせるクロイツの姿。
スキル鑑識眼で見ると精神力が下がった。
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【精神力】65/100
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どうやら本気で死んだと思っていたらしい。
それほどまでにケルベロスを信頼していたようだが。
さて、どう遊ぼうか。




