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6巻発売記念SS+短編集+続編書籍化のお知らせ

「あなた、もしかしなくても背が伸びた?」


 目の前に立ち身長を比べる相手はヴェンデルの義母だ。


「え、なに。いまさら気付いたの?」

「あ……ごめん、大きくなったなーとは思ってたけど、改めてみたら大きくなったなって」

「そりゃあ僕だって成長してるからね」

 

 毎日顔を合わせているのに、いまさら過ぎる問いだ。やや苛立ちを含んだ答えになったのは虫の居所が悪かったせい。ぶっきらぼうな答えを反省したのは学校に到着し、昼休みを過ぎてからの話だ。

 すべては瞳に星をきらめかせた少年が無邪気に問いかけてきたからである。


「ヴェンデルって毎日何食べてるのかな。どうやったら大きくなれるの?」


 ヴァイデンフェラー家のレーヴェは、慣れてみるとかなり人懐こい少年だ。人懐っこいを通り越して時折不安になるくらいだが、ともあれ指折りの上流階級の子息としては異例の素直さになる。平民の子が多い学校に通っていても嫌な顔ひとつせず、むしろ楽しげに学校生活を送るのだから、周囲の人々は相当驚かされた。

 無論、それはヴェンデルを始めとしてエミール達の尽力があってこそだ。いまも人見知りは発揮するが、どもり気味だった喋りは随分形を潜めた。食事もしっかり摂れるようになったから顔色も良くなり、儚げな美少年からとびきり可愛らしい美少年にランクアップだ。しっかりファンの少年少女も出来上がりつつあり、本人の知らぬところで囲いが生まれつつある。そんな彼らに文句も言われず付き合えるのは、ひとえにヴェンデルが『皇帝の義息子』になるからだった。

 従来であれば再婚の連れ子はあまり良い顔をされないパターンが多いが、少年の場合は皇帝との仲も良好だ。なぜ良好であることが広まっているのかは不明だが、とにかく互いに嫌い合ってはいない。


「何食べてるのかはエミールに聞いた方が早くない?」

「エミールはなんでも食べるんだもん。量だってとんでもないし、聞いても参考にならない」


 いまここにエミールや友人のレオやヴィリはいないから聞けるのだ。レーヴェがエミールに憧れを抱いているために、こうして彼に近付こうとするのは涙ぐましい努力の証になる。

 ぷう、と頬を膨らませる所作に違和感がないのが恐ろしい。


「僕に聞いても仕方なくない?」

「でもちょっと前まではヴェンデルも小さかったって。あんまり背も高くなかったって聞いた」

「そうだけどさぁ……」


 しかしレーヴェは小麦粉が食べられない体質だ。好きなように食べられるわけではないし、やはり根本的な違いは大きいのではないか。けれどそんなことを声にしても相手は傷つくし、ありきたりな回答になってしまう。


「僕も昔は好き嫌い多かったし、そのあたりじゃないかなあ」

「や、やっぱりそれかぁ……」

「でもレーヴェも身長伸びてるし、これからでしょ」


 なんの確信もない気休めを言い放って、また意図しないでぶっきらぼうな物言いになったと内心で落ち込んだ。


「……焦らずにいけば大丈夫。いまは食べられる量も増えてきたし、校門まで走っても大丈夫になったのを喜ぼうよ。急ぎすぎて皆に心配をかけるよりずっといいんじゃない?」

「うん、そうだよね。がんばるよ」

「レーヴェは頑張ってるから、ちゃんと報われるよ」


 頑張れば報われるわけではない……と思ってしまうのは、コンラートの崩壊を経験した故か。亡き母が患者を相手にしていたときを思い出し、傷つかない言い方に変えて行く。頭の片隅で冷たい考えを抱いてしまうも、友人の頑張りが報われないのは悲しい気がして慰めた。ただ憧れの人に追いつきたい友人に当たり散らすのは申し訳なかったし、同時に家族であるカレンに対しても言い方が悪くなってしまったのが自分でも不思議でならない。

 幸いだったのはレーヴェがヴェンデルの態度に気を悪くしなかった点だ。他に気になることでもあるのか、身を乗り出して聞いていた。


「ね、ね、ところでさ」

「んー?」

「このあいだ、女の子に告白されたって本当?」

「ぶっ」

「わぁ!」


 ちょうど茶を飲んだタイミングだったのがいけない。吹いた量はわずかで、余所を向いていたからよかったが、これがレーヴェに向いていたら悲惨な事態になっていた。


「ご、ごごごめんね! だいじょうぶだった?」

「い、いや、うん、平気だけど、どこでそれを……」

「え? ゆ、有名だよ。下の学年の女の子が告白したって……」

「それかぁ。その分だと変な噂ついてたんじゃない」

「え?」

「どうせ聞いたんだろ」

「う、うん。……身分違いがあるから断られたって」


 しかめっ面になったのは女子の姦しさを思い出したからに他ならない。相手は話したこともない(らしい)女の子だったから断ったのに「やっぱり庶民だから」と勝手に誤解され、しくしく泣かれたのは記憶に新しい。

 やっかいそうな子だと思い、さっさと逃げたらこれだ。もっとひそやかに、かつ穏やかに学校生活を送りたいヴェンデルとしては、そんな噂であっても注目される事実が面倒だった。

 最近はレーヴェもそんなヴェンデルを理解しつつある。そもそも彼自身、騒がしいよりも静かな環境が好きだから、ヴェンデルに対しては一定の理解があった。


「ヴェ、ヴェンデルって、けっこう地味なのが好きだよね」

「……もともと得意じゃないんだよ。みんな皇帝陛下の威光だけに気を取られてるけど、僕、元々田舎の次男坊だし、森で好きに駆け回ってただけだからね」

「森……って、駆け回ってなにするの?」

「色々。適当に木の実取って、花の蜜吸って、秘密基地作ってお菓子持ち込んで……そういうの」

「おお……」


 憧れの目で見られるのは何故なのか。

 都会の子が抱く感想として普通は逆そうだが、こういうところがレーヴェは素直で、守らなきゃと思わせてくる。

 ヴェンデルとレーヴェの交友関係はもはや周知の事実となりつつあるが、一部の大人が良く思ってないのは知っている。特に皇帝ライナルトなんかは少年が親族になるにあたり、ヴェンデルに忠告している。「どれほど善良な者を友にしても、その主が奸悪なら無意味だ」と。

 まるで自己紹介の注意にニーカ・サガノフなどは呆れたが、彼の忠告は確かにヴェンデルに根付いた。

 そういう意味では良い噂を聞かない宰相の息子とは付き合いを控えねばならないが、たぶん、ヴェンデルはレーヴェを突き放せない。


「そんなので友止めするわけないし、陛下は全然わかってないからそんなこといえるんだ」 


 それに、と思う。皇帝の言うことを聞きたくない理由はもうひとつある。

 家に帰ってからだ。

 肘をついてカレンを見ていたら目が合った。新しく作ったシャロの首輪を持ってひとりではしゃいでいる。


「なぁに、どうしたのー?」

「幸せそうだなって思っただけ」

「だってー、今日ね、ライナルトがクロとシャロは可愛いって褒めてくれたのよ。ね、ね、やっぱりうちの子はいちばん可愛いわよね?」

「二匹とも可愛いのは前から知ってる」


 これは決して他の人に言えないのだが、どうにも最近の己は目が肥えてきている。

 カレンやその婚約者たる皇帝に、友人、お隣さんにしたって一定ラインを超えた顔面力を見せつけてくる人達だから、多少顔が良いといわれている人を見ても、どうしたって相手が平均以下に見えてしまう。

 もちろん顔と性格は別だ。ヴェンデルだって平均的な顔立ちだし、顔で相手を判断してはならないと心得ている。そんなことを声にすれば友人達はたちまちヴェンデルを叱るか、説得するか、困惑する。彼らとは仲良くやっていきたいし、亡き父に顔向けできない人間にはならないぞ、と決めたから努力しているが、それはそれだ。

 そう、どうやったってそれはそれ、なのである。

 周囲の顔面偏差値が高すぎる苦悩を、きっとカレンやライナルトはわからない。


「僕に彼女出来なかったらカレン達のせいだ」

「は!?」

「はー……僕の苦労もわかってよね」

「え、え、ちょっと、ねえもしかして好きな子いるの!?」

「いないし!」

 

 友人を経て反省していたつもりなのに、またキツい口調になった。こんなくだらないことで何故だろう。わけもない苛立ちがヴェンデルを襲い、意味もなく頭を掻きむしる。カレンを困らせたいわけではないのに、どうしてこうなるのだ。


「なんでもない、気にしないで」

「なんでもないって……」

「大丈夫だから!」


 シャロがピンと耳を立てる。クロが顔を上げたのを目に留めて抱き上げた。

 自分から言いだしたのに、これ以上踏み込まれるのはどうにも気分が悪い。部屋に戻ろうと廊下に出たら、ちょうどヒルと出くわした。

 何事かと目を丸くしているのだが、どうにも気まずくて目をそらす。

 聞かれていたとしたら叱られるかも。

 そんな思いと裏腹に、ヒルはにっこり微笑んだ。


「ヴェンデル様、あとで、よろしければ庭の手伝いをしてもらえますか」

「あー……うん、わかった」

「それでは後で」


 絶対聞こえていたはずなのに、なぜか見守る眼差しが居心地が悪い。いそいそと自室に戻ってクロを置くと、その背中に顔を埋める。


「……なんなんだよこれぇ」


 ごろごろと喉を鳴らすクロの振動を感じ取る。 

 ヴェンデルとしては頑張っているつもりなのに、最近どうも心の具合がよろしくない。

 死んだ父と母と兄の名を汚さぬように生きねばならない。次期コンラート当主として正しく在れるように、皇帝の義息子として良くあらねばならないのに、最近は特に苛々に負けてしまう。感情に流される自分が嫌でまた嫌悪感が増す悪循環だ。

 そしてヴェンデルは自分が無理せず制御できていると信じていたから、ことさら限界に気付けない。

 平和が訪れ、遅れてやってきた少年の反抗期に家人達が相談をし始めるも、その反抗期すら潜んでしまう事件の、数ヶ月前のある一幕だった。

 


反抗期の兆し。



活動報告を更新しました。


閑話と外伝に書籍特典をまとめた短編集。

現在連載中の続編「元転生令嬢と数奇な人生を」書籍化お知らせイラストをツイッター側であげています。


こちらの決定、すべては読者さんによって特典の需要が示され、短編集要望の声が出版社に届いたからの形となります。本当にありがとうございます。

発売は8月と少し先になりますがどうぞよろしくお願いします。

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