僕は友達をしらない・前+このラノ2023ランクイン!
「このライトノベルがすごい!2023」(宝島社刊)
単行本・ノベルズ部門で『転生令嬢と数奇な人生を』が10位に入りました。他にも女性部門5位や年代別部門でランクインしております。
投票してくださった読者の皆さまに深く御礼申し上げます。
本当にありがとうございます!
作者ツイッターにて記念イラスト公開していますのでご覧ください。
「学校に行ってもいいの!?」
レーヴェは堪らず叫んでいた。
息子の反応に父リヒャルトは「ああ」と頷く。
「入学手続きは近々終わるだろう。数日後には通えるようになるから、通学しなさい」
「あ、ありがとうございます。でも、いままで学校なんて許してくれなかったのに、どうして突然お許しいただけたんですか……?」
「色々……考えたのだが、お前が外の世界を見ておきたいと言ったのも、一理あると思ったのだ」
「父上ぇ!」
勢い余って抱きついたら、家令に慌てられてしまった。
父リヒャルトはもう六十を過ぎている。腰でもやってしまったら、なんて考えたのだろうが、息子を溺愛するリヒャルトはゆっくりと息子の背中に手を回す。
息子に見せた優しい面差しとは裏腹に、瞳には深い懊悩が宿っている。
「……いずれこういった機会は得ねばならなかったしな」
「父上?」
「それよりも、学校にはコンラートやキルステンのご子息がいてな。ああ、コンラートというのは……」
「そのくらいしってます。皇妃様と、皇妃様のご実家の家ですよね! あ、じゃあ僕はもしかしてコンラートのご子息とお友達になればいいんですか?」
「いや、それはしなくていい」
「え?」
「……あの二家のご子息方は……なかなか……難しい方々だと聞いている。お前はあまり同世代の子に慣れていないのだから、まずは学校に慣れなさい。そのお二方には近付いてはいけないよ」
「で、でも父上。僕だってヴァイデンフェラーの跡取りです。学校に行かせてくれるのは、そういう目的があったからじゃないんですか」
「お前はただ学校を満喫すれば良い」
レーヴェが己が役に立ちたがっているのをリヒャルトは知っているが、ピシャリと言い放たれた言葉に、息子が肩を落としたのを見て取るや、膝を落とし目線を合わせた。
「子供がそんなことを気にしなくていい。父の望みは、ただお前が健やかに育つことのみだ」
「でも……僕は、なにも父上の役に立てていません」
「何を言っている。毎日私に元気な顔を見せてくれるならば、私はそれだけで幸せだ」
宮廷でリヒャルトを見慣れている者にとっては、それはあまりにも衝撃的すぎる姿だ。
それはオルレンドル帝国宰相リヒャルト・ブルーノ・ヴァイデンフェラーが見せるにしては、あまりに人間らしく、そして愛情に溢れている。皺の刻まれた手が息子の頬を撫で「良いか」と言いきかせる。
「父は家の継続など望んではおらん。お前の好きに生きられればそれでいいのだから、無理に策謀なんてものを企むなど……向いていないのだから、やめておきなさい」
「なんでですか!」
レーヴェはむくれるものの、父の言うことはもっともだった。
部屋に帰されてからは、憧れの学校に夢と希望の妄想を繰り広げるも、父の言葉を思い返して肩を落とす。
身体が弱いせいで、生涯のほとんどを屋敷で過ごしてきたレーヴェ。ずっとずっと学校に憧れてきて、思わず「友達になれば」と声にしたが、そんなことが出来るわけないのは、少年が誰よりも知っている。
自分はあがり症で、お喋りが下手で、同年代の使用人相手にすらまともにお喋りを継続できた試しがない。実際のところは不安だらけで、父リヒャルトの無言の懸念は正しかったのだ。
行ってみたかった学校に夢を託してみたものの、しかし現実は無情である。
レーヴェは大勢の前に姿を現したことがない。先生に紹介をしてもらうも、短時間の間に全身汗をかいている。
言われた席に座り、おろしたての教科書を広げる。初めての学校、初めての授業。勉強は半年くらい前に家庭教師に教わっていた範囲だったが、先生の言葉を聞きながら、同世代の子達に交じって授業を受けるのは感慨深いものがある。
じん、と感激に胸を震わせていたが、感動していられたのは最初だけだ。
休み時間になると、次の授業に移るため移動がある。学級のまとめ役だという少年は、親切にも教室の場所を教えてくれたが、会話はまったく振るわない。
「え、えっと、ほ、他に、ちょっと聞きたい事が、あって……」
「あ、ああごめんね。上手く質問に答えられる自信が無いから、先生に聞いてもらえると助かるよ」
「そ、そっか。ご、ごご、ごめんね」
「学年が上がったらもっと移動が増えるから、いまのうちに覚えておいてね」
「う、うん。ありがとう」
目を合わせてくれない。会話も切り上げられる。
自由時間になってもレーヴェに話しかける子はおらず、少年はぽつんと座るしかない。昼休み時間は学食か、それか好きなパンや飲み物をもらってきて、教室やベンチで食べるのだが、これにも混ざれない。
いや、いるにはいた。数名、レーヴェと昼を共にしようと話しかけてくれた子はいた。
だがレーヴェが持参した弁当を見て、ちょっと顔を引きつらせる。普通学校に弁当を持ってくる子はいないし、その中身がまた普通とは違って豪華すぎた。翌日、翌々日にはお誘いもすっかりなくなって、十日も経った頃には、昼休みになるとレーヴェは逃げるように外に行く。ベンチの上に弁当を広げて、ひとり寂しく口を動かすのだ。
――夢にまで見た学校が、全然楽しくない。
でも、学校に行きたいと言い続けたのは自分だった。
父の期待を裏切りたくなくて、帰ったら笑顔で「学校が楽しい」と言わねばならない。現実と理想のギャップ、嘘つきの自分に、心を込めて作られた弁当は味が何もしない。
お腹いっぱいだけれども「友達と食べる」と言ってしまったから、料理番がはりきって量を多くしてしまったためだ。嘘を嘘と言えず、レーヴェは肩を落とす。
「なあ、そろそろ昼休み終わりそうだけど、教室に戻らなくて良いのか?」
「ひゃ」
「あ、ごめん。驚かせた」
後ろから話しかけられ肩を大きく浮かせる。
相手はレーヴェより数歳上か。凜々しい顔立ちの少年で、ベンチの背に両腕を乗せ、不思議そうにレーヴェを見つめている。活き活きとした眼差しはキラキラと輝いていて、レーヴェの主観だったけれども、自分とは世界が違う子だとは一目でわかった。
少年は弁当に視線を落とす。
「量、多いなー。もう昼休み終わるけど、それ食べられるのか?」
「あ……ええ、と……」
「残す?」
「う、ん」
「腐らない?」
「か、帰る前までには、食べきる……」
「……夕飯前に食べるって事か。キツくないか?」
「き……つい」
きっとたくさん動くのだろう。普通なら運動系の体躯が良い相手には圧倒されるのだが、はきはきとした喋りが気持ちいいので悪い気分にはならない。
「ふーん。なら、俺が食っていいかな?」
目が飛び出しそうなほど驚くレーヴェ。声をなくしていると「だめか?」と問われ直し、首が取れそうなくらいに何度も首を振った。
「んじゃもらうわ。ありがとな」
隣に座った少年は、魔法みたいなスピードで弁当を消費していく。レーヴェにとっての三口を一口で咀嚼し、ごくりと喉を鳴らして腹へ落とす。
「うまいなー」といった呟きも、驚くレーヴェには届かなかった。あっという間に弁当を空にすると、「ごちそうさま」と礼を言う。
「あ、ああ、あの」
「学食だけじゃ足りなくて、このままじゃ夕方まで持たないと思ってた。まだ腹が減ってたからちょうど良かった」
「そ、そそ、そうなん、だ」
「うん。そうなんだ。ところでそろそろ授業の鐘が鳴るから急いだ方がいいぞ」
「……あ!」
「急げ急げ。授業に遅れたら一大事だ」
慌てて弁当を片付けると、ぽんと肩を押されてかけ出した。「じゃあな」と手を振る少年に、教室に戻ってから思い出す。焦りすぎてまったく至らなかった。
「名前、聞いてなかった……」
あまりの事態に頭が追いつかず、その後の授業もどこか身が入らない。家に帰って、夕餉で父にその日あった出来事を報告するときも同様で上の空だ。
リヒャルトは息子の変化を訝しんだが、口を噤むだけで何も言わない。
布団に入り込むとようやく正気に返り頭を抱えるも、すべては後の祭りだ。
「どうして僕はお礼のひとつもちゃんと言えないんだ……」
自分の駄目さに泣きたくてたまらない。年上だったから上の学年だろうが、探しに行く余裕が、果たして自分にあるのだろうか。そもそも相手が自分を覚えているとは限らない。見当違いのお礼になるのではないか、悶々と頭を抱え、悩みに悩んだ翌日、あっさりとその機会を得た。
「また量が多いなー」
「うぇぁ」
今度はベンチに座ったらすぐにやってきた。学食でもらったパンを抱え、広げた弁当を覗き込む。
「隣、座るな」
「あ、はい」
「座っていいか」と「座る」の違いは大きい。やはりこくこくと頷くしかできずにいると、少年はパンを囓り出す。呆然としていると「食べないのか」と言われて、慌ててフォークを持ち直した。
「あ、あの、どうして……こ、こに……」
「食べきれないならまたもらおうかなと思って」
「え」
「残した方がいいなら遠慮するけど、なんか残すの申し訳なさそうだったからさ」
「あ……うん。だ、だったら、はい、どうぞ」
「余りものでいいけど」
「どうせ、全部残るから。いままで、ちょ、ちょっと無理して食べてた」
「ああ、そっか。細っこいのによく食べるなとは思ってたけど、そういうことな。んじゃ遠慮なく」
残念ながらこの日も名前を聞きそびれてしまったのだが、いくらか会話は弾んだ。
少年はレーヴェの読み通り上の学年で、運動系の習いごとをしている。落ち着いて見れば、簡素でも良い生地を使った服に身を包んでいた。見たことないタイプの子だが、話しぶりでは彼もおそらく貴族の子息である。
「な、なんで、僕に……」
「話しかけたのか?」
「うん」
「あー……最近ちょっと厄介なことがあって。人と話すのが面倒になったから、昼は学食を止めてぶらぶらしてた。そしたらレーヴェがいたって感じだ」
「え、僕、名乗ったっけ……」
「名乗ってないけど有名だぞ? ヴァイデンフェラー宰相の息子さんが学校に通い出したって」
「そ、そうなんだ……」
こんな感じで昼休みだけの交流が始まった。交流と言っても少年が来る時間はまちまちで、昼休みが終わる頃の時もあったし、取れる時間は少ない。レーヴェが話を聞くのを楽しんだから、相変わらず名前は聞きそびれているが、彼の到着を心待ちするようになったのは事実だ。
「そういや弁当の中身、ちょっと特殊だよな。パンを食べたりしないのか?」
「あ、嫌い……じゃないと思うんだけど」
「じゃないと思う?」
「あんまり食べたことないんだ」
「あー……それってわざわざ弁当持ってくる理由だったりする?」
「うん……」
学生は学食か、学校が用意するパンや惣菜を持って各々食べるのが一般的。レーヴェみたく弁当を持参する例はなく、これは特別措置だった。
「僕……昔からパンを食べると蕁麻疹が出て、呼吸ができなくなるから」
そんな体質は見たことないと言われ育ったから、恥ずかしそうに俯く。
「……パンが駄目なのか?」
「たぶん、それだけじゃなくて……」
これまでの検証を鑑みるとパスタを含め、小麦を使った料理が駄目だ。それどころか小麦粉が少しでも料理に混ざれば、すぐに息ができなくなる。息ができなくなるのは優しい表現で、実際は死にかけたこともあった。
昔からそうだったから、食べるものが特別なのだ。
そのせいで弁当の中身は、育ち盛りの子供にはありがちな料理がない。やたら手が込んでいるのもあったが、その中身の奇異さが、初めの頃、一緒に食べようと言ってくれた子達を遠ざけてしまった。本当はしどろもどろでも説明したかったが、言えなかったのだ。レーヴェの体質を知ったら命を狙うものがいるかもしれないと、きつく注意されていたから。
でもこの少年には話したかった。話してもいいと思えたのだ。
けれどいざ話せば緊張で膝の上でぎゅっと拳を握る。
「お、おかしいよね。わかってるんだけど、息ができないのは苦しいから……どうしても、食べられなくて……」
「そういう体質なら仕方ないんじゃないか」
「し……かたない、のかな……」
亡くなった母はひどくこの体質を嘆いたと言う。父もいつも気遣ってくれるが、ヴァイデンフェラーの跡取りとして情けなくて仕方ない。
「うん。別におかしくはないし、世の中おかしいなんてものもない。そういうこともあるんだろ」
だからこの一言に、レーヴェはひどく救われてしまったのだ。
次→火曜日→1日(木曜)代わりに人物増やします。




