327:嫌がらせの天才達
デニス医師は信用できる。
話していると伝わってくるが、あの先生は患者に対し真摯に向き合っているのがわかる……が、個人的な問題として、話したあとは決まって罪悪感に苛まれる時間が増える。先方もそれを察しているから、頻繁に会いに来ることはない。忙しい人だから時間が無いとも考えられるが、どちらにしても私には助かる話だ。
「先生と話してるとチェルシーの顔が浮かぶ。本当だったら先生の診察を真っ先に受けているのは彼女のはずだったのに、なんで私が患者になってるんだろうって思っちゃう」
「言いたいことはわかるわよ。だけど、それは貴女のせいでもないでしょう」
マリーが言いたいこともわかっている。
いつかデニス医師が語ったとおり、外側ではなく私の内面の問題だ。しかし答えが出ることはなく、基本は流れる時間に任せるままに過ごしている。
ただ私があまりに動かないというか、自分でも悩みどころなのだがあらゆることにあまり自主性がない。意欲が湧かない。やっているのは家族の誰かと散策に出たり、侍女さんがおすすめしてくれるマッサージを試してみたり、マリーに文字通りお尻を蹴られて美容にいい運動をしたりと全部勧められたものだ。それでも最近は少し本も読めるようになってきたし、私があまりにごねるものだからコンラートの会計くらいは見せてもらえるようになった。
それでも仕事はない。
やることもない。
いまだ趣味らしい趣味も見つけられない。
私に課せられたのはまめに会いに来てくれる家族と会うか、律儀にも訪ねに来るライナルトと話すかのどれかだ。
まったく私は役立たずではないか。一度そう父さんに漏らしたら、悲しい顔をされてしまって以来、この言葉は封印している。
「……ま、そういう本音を漏らすようになっただけでも良しとしましょうか」
持っていた針を置き、カラメル入りのミルクを作る手つきを眺めていると、侍女さんがもうじきライナルトがやってくると教えてくれる。
「あ、ねえ、マリーも残っていってよ。いっつもいっつもライナルト様が来るとどっか行っちゃうじゃない」
「いやよ、私、陛下のことあんまり好きじゃないもの」
これ、ファルクラム時代に振られたことを忘れていないのが原因だ。マリーは「あれは断られても仕方なかった」とは言っているのだけど、どうやら振られ方に問題があったようで、初心な乙女心を傷つけられたのは未だ根に持っていると本人が語っている。
「陛下が来てくれるから貴女にとっても気晴らしになってるんでしょ。そうじゃないと一日中腐ってばっかりだもの」
「でも、でもね、ライナルト様の気遣いがあるからって、こうもお話しする頻度が高いのはなんか違うのよ」
「違うって、なにが」
「なにかおかしいっていうか……わかるでしょ!?」
「さあね、私には皇族の考えてることなんて一切、さっぱり、これっぽっちもわからない」
「マリィさまぁ」
「うるさい、おだまり。品のない顔をするんじゃないわ」
ライナルトは回復してからというもの、一日に一回は会いに来る。それが難しいなら二日に一回。これは私が想像していたより遙かに回数が多く、そして違和感と不安は日に日に増している。
「貴女、陛下と話すときは楽しそうじゃない」
「楽しいわよ。楽しいけど、それとこれとは別だもの」
だからせめて誰かに傍に居て欲しい。
そうマリーにお願いしたのに、彼女の返事はにべもない。
「まあ悩んでおきなさい。私はあなたの明日の服を選ぶからここまでよ」
マリーは人で遊ぶのがよほど楽しいのか、普段着までお洒落さんに仕立て上げようとする。文句も言えないのは見立てが完璧で、意外な才能を見つけたって本人の言葉が嘘じゃないためだ。
こちらに来てからやたらマリーは世話を焼いてくれるが、嬉しい反面どこか不気味だ。
マリーは行ってしまったし、こうなったら仮病でも使おうかと考えていると、目論見は崩れ去った。
扉がドン! と開いたかと思えば甲高い女の子の声が木霊したのだ。
「おひさしぶりねー! ワタシの参上よー!!」
聞き覚えのある声に腰を浮かすと、宙に小さな人形が浮いていた。
「ルカ!」
「はぁいマスター。会いに来たわよ!」
ぷかぷかと浮かぶ彼女は私の元へやってくると、目前で可愛らしくお辞儀をする。その小さな体を壊れないようぎゅっと抱きしめると、久しく遠ざかっていた彼女との繋がりが強く感じられ、心があたたかくなってくる。
元々関節部や表情が駆動する精巧な人形を体として与えていたが、出発前は喋って立ち歩きするのがせいぜいで、人間らしい動作はできなかった。それがいまは滑らかに、しかも表情もくるくる動く。
「どうしたの、前よりすっごく自然に動いてる!」
「向こうでいい技師がいたから、少しだけこの体を弄ってもらって、滑らかに動くようにしてもらったの。でもこの繊細な動きはワタシの努力の賜物よ、ずっとずっと力強くなったでしょう?」
「見違えるくらい!」
黒鳥が出現すると嬉しそうに頬ずりしようと飛んでくる。しかしルカはそれを無下にも押しやり、落ちた黒鳥を椅子代わりにしながら私を見上げた。
「すぐ帰ってこられなくてごめんなさいね。知らせは受け取っていたのだけど、あのポンコツが――」
「誰がポンコツだ」
これまた懐かしい人だった。
たしかにルカが帰ってきたのなら、彼だって戻ってきていなければ不自然だ。
「シス」
「や、久しぶり」
久しぶりなのに仏頂面だ。挨拶もそぞろに、まさに勝手知ったる我が家の佇まいで椅子に腰掛ける。長い足を組むと不満ありありの形相でルカに言った。
「僕はさっさと戻ってやってもよかったのに、お前がちゃんと改修を済ませないとマスターに合わせる顔がない! って叫ぶから支払いからなにまで優先してやったんだ。僕の言うとおりにしてたのならもう少し早く戻って来られたってのにさ」
「ワタシが絶対使わないでねって言ったお金を全部くっだらない賭けに使っちゃったのはお前でしょ! あれだけ稼ぐのに、ワタシがどれだけ身を削ったと思ってるのよ!」
「人形らしく大道芸で生計を立てる方法を教えてやっただけだろ。文句を言うわりに、観衆から少しずつ魔力を集めてたくせにさ」
「……え、ちょっと、いまの話本当? ルカ?」
「爪の先程度の微量よ、たとえ赤ん坊だろうが害はないわ!」
力説されましても。
「とにかく支払いが遅れたのはシス、お前のせいだし、すっからかんの財布を補充するのに頑張ったのはワタシ、お前は適当に口八丁でうまいこと喋ってただけ!」
「僕の客引きがあってこその芸だぞ」
「本来ワタシみたいな素晴らしい使い魔があんな芸をする必要なんてないのよ」
「僕のこの髪と容姿なら金持ちからいくらでも金なんて巻き上げられたのに、反対したのはお前だ」
「白髪だと面倒だから黒髪に見えるようにするって最初に言ったのはお前じゃない」
仲は良くなったけど、思ってた仲良しさんとはまた違う方向性だ。
ともあれ帰ってくるのが遅れたのは彼らなりのふかーい事情があったらしい。帝都グノーディアに到着したのは今朝方で、コンラートで一眠りしてから宮廷を訪ねたとのことだった。
「なにがあったかは大体聞いてきたし、いまのマスターを通じてワタシも把握できた。頑張ったのね」
……優しい言葉には涙もろくなったのかもしれない。
一瞬目元が熱くなり泣きかけてしまったが、それもライナルトの登場ですっ飛んだ。
「あら、遅いご到着」
「案内すると言ったはずだが」
「ワタシにかかればマスターの居場所なんてすぐよ、お間抜けさん」
ライナルトが席に着く前に私はルカを持ち上げ、シスの隣に移動した。「ん?」とシスが不思議そうに呟くも知らんぷりだ。
椅子にされてもうっとりしていた黒鳥が、ルカを奪われたせいでつついてくるけど無視。
大食漢のために大量のお菓子を侍女さんにお願いしていると、ふんぞり返ったシスが言った。
「で」
「で、とは」
「礼を言え、礼を。皇帝陛下サマが戻ってこいって言うから、わざわざ旅を中断してまで戻ってきてやったんだ」
「解決を見せたあたりでまた伝令を送ったはずだ」
「その時にはもうこっちに引き返してたんだよこの甲斐性無し!」
いまやライナルト相手にこれだけ傲慢に振る舞えるのはシスだけなのかもしれない。しかし甲斐性無し、と言われたライナルトは慣れたもので、右から左へ流す始末。非常に険悪な雰囲気なのだが、この空気が懐かしいと言ったら頭を疑われるだろうか。
シスもライナルトが本気でお礼を言ってくるとは思っていないのか、不味そうにお茶を啜り、食べ物を囓りながら横になろうとする。
「ちょっと、狭いから寝転がるのは止して」
「向こうに座れよ、僕はいま、贅沢三昧をしながら寝転がりたいんだ」
「このわがまま」
「へいへい、僕がわがままなのはいまさらでーす」
「ワタシとマスターの邪魔をしないで甲斐性無しその二」
ルカによって撥ねのけられると不満そうに座り直すが、横になるのは諦めきれなかった様子。何故か私の膝の上にクッションを乗せ、そこに肘を立て頭を乗せた。
ライナルトへ向けた顔の口元が楽しげに歪んでいる。
「……重いんですけど」
「まあまあ、今回色々あったんだろ。大変だったみたいだし、ここは僕の魔力を貯蔵分として分けてやるから我慢しろよ。容量が増えると便利だぞー」
「ありがたいけど、あなた本質は『箱』のままから変わってないでしょう。私の体であなたの魔力なんて使ったら、それこそ危険だってずっと前から説明されたの、忘れてないわよ」
「ばーか、そんなの知ってる。だから新しい貯蔵と安全弁の役割はまた人形娘がやるんだ。そいつが勘を取り戻すためでもあるし、訓練がてら付き合ってやれよ」
「ルカ」
「……まあ、本当に微量だし、前のワタシならともかくいまのワタシなら、なんとか……」
「このくらいやり遂げないと前ほどの使い魔には戻れないぜ。いまでやっと一人前の魔法使いに届くか届かないかくらいの実力なんだから」
「……マスター、頑張るから、ちょっとやらせて。アナタにとっても悪い話じゃないはずだし、絶対に負担はかけないから」
「そこまでいうなら、はい」
……外の世界を見て回ったからか、ルカもどことなく人間らしくなった。頑張る、なんて台詞をこの子から聞くことになるなんて思ってもみなかったのだ。
「あ、枝毛」
「抜いといてくれ」
「別にいいけど……」
照れる場面なのかもしれないが、シス相手だと友人の感覚が強い。元より過去を共有した間柄だし、そもそも私たちはなんだかんだと言いながら、本質ではお互いを異性と感じていない。そんな感じだからしょうがないなあ、としか思えなかった。
その、つい数日前にうっかり眠ってしまって、ライナルトに膝枕してもらってしまったときよりは、よほど気が楽だし……。
うわああ、いけない、変に意識してしまう。
「マスター、お顔が赤いわ」
「なんでもないわ、平気よ」
「そう? それよりあとで髪を梳いてくれないかしら。あら…………マァァ、ライナルトってば、久しぶりのワタシ達との再会がそんなに嬉しいのね」
「お前達が五月蠅いのはよくわかった」
「ははははそうかそうかそこまで喜んでくれるなら戻った甲斐があったってもんだ。おっそうだカレン嬢、枝毛は全部このハサミで切ってくれよ」
「一体どこからハサミを……待って、その前になんで私が」
「どうせ手持ち無沙汰だろ」
さてさて、久しぶりのシスの傲慢っぷりに気分を害したらしいライナルトだが、そんな彼にシスは説明を要求した。それは私も知り得なかった部分の話で、聞きたかった結末なのだが……。




