324:手負いの獣が心を許すのは+新規イラスト(カレン&ライナルト)
カレン&ライナルト:https://twitter.com/airs0083sdm/status/1551042293465227265
(作者ツイッター2022/7/24投稿分か表紙まとめに掲載)
イラスト:おむ・ザ・ライス(@mgmggat)
「カレン、いい加減離してよ」
「やだ」
「どこにも行かないっていってるじゃん」
「それでもやだ」
「ヴェンデル様、諦めてください」
「じゃあウェイトリーが僕の代わりになればいいじゃん」
「わたくしがカレン様の隣に座ってなんになります、第三者から見て問題でございましょう」
愛する義息子がどこかに行くのが我慢できない。昨日は泣き疲れたのもあったし、仕方なく部屋に帰したけど、朝になったらヴェンデルには当然の如く隣に座ってもらった。反対側にはエミールとジルがいるし、おかげで寂しくない。
ふわふわの頭が抱きしめると心地良く、髪から香る香草の匂いがヴェンデルだって感じがする。
家族がここにいるのかを確かめていたくて、再会してからはずっとこうだ。ヴェンデルも最初こそは大人しくしていたが、次第に鬱陶しがられた。
「僕は人形じゃないんだけどさぁ……」
ぶつくさ言いながらパンを囓るも、お行儀が悪くてもウェイトリーさんは咎めず、むしろ微笑みながら用意されたお茶を淹れていた。
「……ヴェンデルは、私がいなかった間はなにもなかった?」
「ないよ。しばらく前からここでお世話になってから、僕たちの心境以外は平和」
「ずっと宮廷にいたってこと?」
「カレンがいなくなってちょっとしてから、次は僕も危険だからって移らせてもらった」
「陛下のご厚意にございます。そのあとはお父上の心配もあって、エミール様もこちらに移らせていただきました」
「よかった、ありがとうウェイトリーさん」
「感謝はどうぞ陛下へ。真っ先に安全な場所を提供してくださいました」
……皇太后クラリッサがヴェンデルを狙おうとしていたから心配だったのだ。
父さんはコンラートと協力して、私の不在の理由をでっちあげたらしい。けど仕事が手に付かなかったとエミールに教えてもらった。
「あ、じゃあ毛布を掛けてくれたのはみんな?」
「それは……」
「カレン様、こちらのお茶に砂糖はいかがいたしますか」
「お菓子が食べたいし今度はなしでお願いします。……ヴェンデル、ありがとね」
「あー……うん。どういたしまして」
だとしたら恥ずかしい寝姿晒したかもなぁ。身内だからまだよかったと思っておこう。
「家の皆はどうしてる?」
「僕はハンフリーを連れてきたけど、向こうの方はなにも起こってない。連絡係としてクロードに来てもらってたくらいかな。マリーは……なんでついてきたんだっけ」
「あなたたちのお世話係よ。身内の女手もいるでしょうが」
「洋服くらいしか選んでもらってない気がする」
「裏で細々とお使いをしてるのよ、細々とね」
ヴェンデルはいまいち理解し難いようだけど、マリーの気遣いは正解だ。コンラートの使用人ローザンネさんとルイサさんは宮廷作法に通じておらず、マルティナは剣を取っていた。ゾフィーさんも来られないだろうし、マリーはそういった事情を把握して付いてきてくれたのだろう。
「……ジェフはどうしてる?」
「皆が見てくれてるよ。……大丈夫だからさ、その子供っぽい行動どうにかしてよ」
「やだー」
「姉さん、触るなら犬にしましょう。……ほらジル、姉さんの膝に乗っていいぞ」
ヴェンデルを憐れんだ第一の被害者は三番目の被害犬を差し出した。従順なこの子は、ちょっと重たいけど喜んで身体を預けてくれたし、よく手入れされた毛並みに心が癒やされる。
「それにしても父さんはまだ来ないのかしら……」
気持ち良さげに目を瞑るジルで遊びつつ毛むくじゃらを堪能していると、疲れた様子の父さんが顔を出す。ひどく混乱しているように見受けられるのだが、ヴェンデルが父さんに向ける眼差しは、心配よりも同情が勝っている風に見受けられる。
「父さん、疲れてるの。大丈夫?」
「お前はまだ熱が下がっていない。人の心配をするよりも自分の心配をするべきではないかね」
「だからってそんな顔色で……もしかして事件がどうなったか聞いてきたんじゃありませんか」
「カレン。おじいちゃんの言うとおり先に自分を休ませて。これ以上こっちに心配かけるようなら布団に縛り付けるよ」
いつもより強い口調は本気を感じさせるが、私にだって黙っておけない理由くらいある。
「でもね」
「でもじゃない」
「せめてなんで私があんな……攫われなきゃいけなかったのかすら、なんにも聞かせてもらってないのだもの。そのくらいは教えてもらう権利はあるんじゃないかし――っ」
「わぁ、ごめん。ごめんなさい!」
「――け、怪我は無かった?」
エミールが持っていたお皿を落とし、パンが床に散らばってしまった。幸いエミールに怪我はなかったが、必要以上に吃驚してしまう。
「ねーカレン、前のジルだったら飛びついてパンを取って行っちゃったけど、いまは大人しいと思わない?」
「え――、あ、ああ、そうね。ほんとだ、お耳は向いてるけど飛び出したりはしないわね」
訓練の成果が出たのか、随分お行儀が良くなった。えらいえらい、と撫でている間にパンは片付けられる。その隙にマリーがテーブルから好みの果物を選び抜き、皮を剥き始めていた。どれも寒くなり始めたこの時期には出回りにくい品々だ。
「色々気になるのはわかるけど、貴女が自分を優先しなきゃいけないのは事実よ。行方が知れなかった間、おじさまがどれだけ死にそうな顔をしてたか知らないでしょ」
「うぅ」
「坊や達もずぅっと心配してたのだから、まずはしっかり寝て、熱を下げることだけ考えなさい」
「でも、寝たらいなくなっちゃうでしょ」
「はー……この分からず屋は……」
坊や呼ばわりされたエミールは不満げだが、マリーに文句を言ったところで十倍で返されるのは目に見えている。
結局体調が思わしくないせいで強制的に布団行きになったものの、おかしい、と腕を組んだのは、完全に熱が引いてからだ。疲れも取れてくると頭も回り出してくる。
「おかしいわ」
なにがおかしいって、お見舞いに家族は顔を出してくれるけれど、軍や魔法院関係者が顔を出さない。彼らがどう過ごしているのか聞いても、誰ひとりとして教えてくれない。父さんを始めウェイトリーさんやエレナさん、マルティナ、アヒムがなにも知らないはずはないのに、話をしたがらないばかりか、「寝なさい」だけで情報を何一つ落とそうとしないのだ。情報規制にしたって程がある。
ライナルトに文句を言おうとしても、肝心の本人がまったく顔を出さないし……!
情報収集しよう外に出ても、宮廷は広すぎて病み上がりにはお話にならない。歩くうちに息が上がって途中で戻る始末だ。
「少しくらい教えてくれたっていいじゃない」
侍女さんを慌てさせて逆に心配をかけてしまっていたが、こんな状況でも運は巡ってくる。
クッションを敷き詰めた長椅子に埋もれていると、ノックを数回、入ってきたのはニーカさんだ。
数日ぶりの彼女はややお疲れ気味ではあるものの、真っ直ぐにこちらを見つめている。まともに顔を合わせたのが嬉しくて立ち上がっていた。
「ニーカさん、治療はもう終わったんですか!」
「魔法院のお陰ですね。いくらか魔力は抜かれましたが、疲労程度でなんとかなっています」
「こうして顔を合わせることができて嬉しいですが、お仕事も忙しいし、いま治療してお身体は大丈夫ですか」
「一番大変な時期は超えましたし、元々陛下ほど影響を受けていません。しばらく休めば回復する程度です。それよりも今日はひとつお知らせしたいことがあって来ました」
そう答えると、キヨ嬢の現在を教えてもらえた。
彼女は現在魔法院監督下のもと生活しているが、シャハナ老を初めとした長老達は彼女を厚く遇してくれている。健康面に問題はないらしいが、魅了の件を伝えたら観察が外せないとのこと。いまは持ち物一つさえ気を配る状況であり、様子を見ていると伝えられた。
「生きている……なら、良かったです」
シュトックにいた人々はどうなったのだろう。ここにいると皇太后反逆の噂さえ届かないのだが、それより早く彼女は言った。
「あとはご本人次第でしょうが、それより陛下のことは聞いていますか?」
「いいえ、この部屋を案内してくれて以来、一度もお会いしていません」
「……なるほど。弱った姿を誰にも見せたがらないのは相変わらずだ」
弱った姿を見せたがらない?
「背中の火傷です。少しずつ治療を進めているのですが、無理が祟ったのか昨日から寝台行きになっている」
「そんなに酷かったんですか!?」
「結構な広範囲を焼いていましてね。治療をしようにも、あれほどの規模となれば相当魔力を消費するそうで間に合わず……。大人しく休んでいればいいものを、痛み止めを使って無理矢理動いていたせいで寝込む羽目になるんですよ」
「だ、誰もそんなこと言ってなかったのに」
「陛下が怪我で倒れたなど広めたい話ではありませんから、知っているのは中央の者達だけです」
忙しいのに合わせ顔を見せに来ない理由はそれだったか。馬で運んだときだって相当痛かっただろうに無理していたの思うと、自然と拳に力が入った。
お見舞いに行きたいけどライナルトからお呼びは掛かってない。
「……会いに行ってみますか?」
「え、いえ、私は……」
「大丈夫ですよ。貴女の行き先を制限する者はいませんし、ライナルトも拒否しません」
ニーカさんの表情が慈愛に満ちていたためか、思わずその手を取ってしまった。歩調はゆっくり私に合わせてくれ、普段より口調も穏やかだ。だからこそ思い返すのだが、彼女が自身を「悪い人」と言った理由がわからない。
「貴女はいまもシュトックやその周りの話を聞きたがっていると思うのですが、合っていますか」
「……聞くくらいは構わないと思ってるのですが、誰も教えてくれません」
「知りたい気持ちはわかります。ですがいまは貴女自身のためにも、少しだけ我慢してください。貴女が無理に動き回っては、ライナルトの気も休まらない。ご家族だって心配するでしょう」
「そう、ですね」
「叱っているのではありませんよ。いずれ嫌でも忙しくなるから、いまのうちに少しでも休んでもらいたいのです」
「ニーカさんは予言者めいたことを言うんですね。まるで未来がわかってるみたい」
「予言者ですか。ライナルトが嫌う言葉ですが、本当に予言ができたのならもっと楽ができたと思うときがあります」
廊下が広くなり、壁に掛かった絵画や調度品が少しずつ豪華になっていくが、ある部屋で侍医長達が慌ただしく行き来しているのに気付いた。何事かと目を向けると教えてもらえる。
「陛下のお声がけを待ってるんです。彼らは呼ばれるまで部屋への立ち入りを許されないので、いつでも治療に入れるように近くで待機しています」
「ゆる……ライナルト様は怪我人ですよね?」
「そう。でも弱っているときにこそ、他人にその姿を晒すのを嫌います」
だから彼らは待っている。そんな無茶を許されるのも、命に別状がない証拠だからこそだが、かといって安穏としてはいられない。
「そんな一面があるとは知りませんでしたが、怪我人をそんな風に置いといて大丈夫なんですか」
「定期的に侍医長とシャハナ老に診せているし、死ぬほどじゃない。中途半端な怪我だからモーリッツも諦めてますね。大事となれば目を覚ますので仕事もさほど滞っておりません」
火傷は中途半端じゃないと思うのだけど、ニーカさん達の基準が不明である。
「ニーカさん、ここから先、私は……」
「親しい友人をライナルトは厭いません」
知らない区画に入るにつれ身分違いも甚だしいのではと疑問が浮かんだ。侍医長すら拒まれる私室に私が入って良いのか。怖じ気づいていると、ニーカさんが近衛に扉を開かせる。
「二重扉になってるんだ……」
「では、見舞ってやってください。ちょっと声をかけてやるくらいでいいですから」
「ニーカさんも行くんですよね?」
「私は結構です。不機嫌な陛下を相手取りたくありません」
「え゛」
「薬を飲み忘れてないか見てもらえますか。よろしくお願いします」
笑顔で扉を閉められてしまい、だだっ広い部屋にぽつんと残される。
皇帝陛下の住まいだけあって見渡す限りの調度品が一級品だ。居間と寝室が別れていて、部屋のカーテンは閉じられていて薄暗い。
長椅子には脱ぎ捨てられた外套が無造作に投げ置かれていて、本当にここがライナルトの部屋なんだ、と遅れて実感がやってくる。
「お、おじゃま、しまぁす……」
いまさらだけどこれって不法侵入にあたらない?
おっかなびっくり歩を進め、わずかに開いた扉から寝室を覗き見れば、奥まった天蓋付きの寝台に盛り上がった影がある。小さく声をかけてみたが、反応はない。
足音はすべて絨毯に呑み込まれ、容易に寝台の端まで到着できた。
脇から中を覗き込めば、うつ伏せで倒れる男の人がいる。きっと背中が痛むから仰向けになれないのだろうが、もしや本当に眠っているのだろうか。
だとしたら声をかけるどころではない。
ニーカさん、ライナルトはぐっすり眠ってしまっています……。
ここは退散するしかない。踵を返そうとしたところで、腕を掴まれた。
突然すぎて反抗しようもない。
強い力で引っ張られ、肩から布団に押しつけられている。
首筋に固く光る金属が押し当てられた。
髪の毛でつくられたカーテンの内側で獣が光を放っている。警戒心だらけのギラギラした瞳が侵入者を許すまいと、いますぐに手に掛けようとして――。
「…………カレンか」
不審者の正体に気付いた。
もし気付くのが遅れたらどうなっていたのだろう。どっと汗が流れだし、ものを言えずにいると、喉に突きつけられていた短剣が投げ捨てられる。彼の腕から力がなくなり、全身から力が抜けていったのだ。
「あ、あの、ライナルトさ」
重かった。
力の抜けた男性の全体重が上半身にのし掛かる。
「勝手に入ってごめんなさい。ちょっと見舞おうと思っただけなんですけど、立場も弁えず分を超えたことを……。怪我がつらいならいますぐ出て……あの、ライナルト様、ライナルト様?」
ぴくりとも動かない。
動かないというか……耳を澄ませば呼吸は一定で、身体はかなり熱っぽい。
優しく揺すっても叩いても呼吸に乱れは見えず、しばらく経ってようやく理解した。
「ね、寝ちゃった……?」
……どうするの、これ。
好きラノ2022では7位をいただきまして、投票いただきありがとうございました!
イラストは連載2年以上にして初めて「糖度高め(甘めの雰囲気で)」とお願いしました。
こうなっていったらいいですね。
膝のお花は書籍1巻のブーケに合わせてくださっています。




