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319:来れば心乱れるために

 エレナさんは、道案内人がいないのにも関わらず、慣れた道を進むが如く馬を走らせる。いくつかあった分かれ道も迷いすらせず進むのだが、不安を覚えたアヒムがストップをかけても、彼女は振り向きもせず言った。


「そっちで間違ってません、人の足音が聞こえます!」


 彼女の前髪は青さが増しているように感じられる。

 実際途中から兵士とすれ違うようになったが、これは彼女に備わっている秘密の力を使っていたのだろう。

 邂逅した隊はベルトランド隊の者だと名乗った。『資材』を運搬しているとのことで、荷車の資材は中身が見えないよう念入りに封がされている。ただの荷運びにしては警備が厳重で魔法使いも多かったから、色々ときな臭さを伺わせる。

 話によると、シュトック城まではまだまだ馬を走らせる必要があるそうだ。しかし私が想像していた時間よりはずっと短い時間で到着できそうである。

 逃げるときに使ったのが裏道とすれば、こちらが正道。シュトック城まで直線的に走っているこの道は時間の短縮ができるらしかった。

 

「旦那達が道を確保してるから不審者が追いかけてくることはありませんよ!」


 自信満々のエレナさん。しかしその自信が挫かれたのは、運搬部隊と別れしばらく経ってからだ。


「アヒム様、エレナさん」


 後ろを走るマルティナが声を張り上げた。アヒムが後方を確認すれば、私たちに並ぶように馬を合わせ、エレナさんに文句を言った。


「おい、旦那が道を確保したんじゃなかったのか」

「私のせいじゃないですし」

「その様子だと気付いてたな。早く言っとけ」

「そりゃ馬で追いかけられてるんですもん、五月蠅かったし、気付きもしますって。でももうちょっと近付いてきたらちゃんと言うつもりでしたよぉ!」


 なんのことかサッパリわからなかったが、どうやら背後から敵が迫っているらしい。剣の具合を確認したアヒムが叫ぶ。

 

「どっから湧いてきたかわかるか!」

「どこかで張ってたか、それとも警邏で戻れなくなって隠れてた連中とかじゃないですかー! おおかた運搬部隊を狙おうにも警護が多すぎて狙えなかったとかそんなの」

「たしかに人数は多くないが……」

「シュトック城には近づけないし、勝てそうなところを狙うしかないんでしょ。私、カレンちゃん運んでるのでお任せしますね。お二人で充分でしょ?」

「いい性格してるよ」

「それほどでもぉ~」

「褒めてねえ!」


 視界からアヒムの姿が消えてしまった。エレナさんは大丈夫と言うけれど、怪我を負ったりはしないだろうか。


「アヒムさんとマルティナなら、怪我を負う方が難しいです。心配いらないですから、あんまりみない方がいいですよ」


 気になって肩越しに後ろを見れば、目に飛び込んだのは馬を走らせたまま背後に向かって弓をつがえるマルティナで、彼女の放った矢が襲撃者のひとりに直撃し落馬した瞬間だ。この間に、敵にもっとも接近していたアヒムに剣が振り下ろされたのだが、彼はなんなくこれを受け止めると腕を捻って矛先をずらしていた。隙が生じると剣を相手の身体に突き刺したのだが、得物が抜きづらくなってしまった。

 早く敵から距離を空けなくては命がない。そう思われていたら、アヒムはあっさり剣を諦めた。

 馬の上で苦悶している襲撃者の肩を掴み、後方へ放ったのだ。強制的に落馬させられた相手は後方の仲間を巻き込んで大事故を引き起こす。

 アヒムの馬が大きくいななけば、その鳴き声を聞くや軽業師もかくやの勢いで隣の馬のたてがみを掴み、乗り移った。目を疑いたくなるような光景を平然とこなすと、彼の乗っていた馬の速度が急激に落ちていく。

 このあたりで私は背後を見るのを止めた。


「大丈夫だったでしょ」

「そ、そうですね」

「心臓に悪いもの見ちゃ駄目ですよ。落ちると大変ですし、大人しく揺られててください」


 しばらくするとアヒム達は戻ってきたが、手傷一つ負っておらず、また涼しい顔で言っていた。


「やれやれ、馬が傷を負っちまった。あとで回収しに行ってやらねえと」

「連れてきていたのは特に賢い子達ですから、歩けるんだったら自力で天幕に戻りますよ。それでも気になるんだったら次に会った人たちに回収するよう伝えましょう」

「頼むわ。まだまだ走れるいい馬だった」


 そう会話し、再び速度を上げ走り出した。次は襲撃が起こることもなく、むしろ進むにつれライナルト旗下の軍人さんとすれ違う機会が増えた。

 私はエレナさんに言われたとおり顔を見られないよう外套を目深に被っていた。そのせいであまり周りは見えなかったが、後方部隊らしき彼らは腕を組み、シュトック城方面を感心した様子で眺めていた印象がある。

 さらに進めば喧噪も露わになりだした。木々が減り道が開け出すと軍が道を塞いでおり、正規軍ではない私たちは引き留められたものの、エレナさんがうまく口を利いてくれたのだ。


「門を超えるのは構わんが、賊を始末しきったとは聞いていない。怪我を負っても責任は取れんぞ」

「そちらに責任が及ばぬよう配慮しますのでご安心ください」

「是非そうしてもらいたいところだが、陛下は城ではなく館に向かわれた。見ればわかるが、城の方は崩れている。まだ危ないから近寄るなよ」

「はいはいありがとうございます。……ところで、なんでお城を崩しちゃったんですか。ちょっと城壁と足元を壊して威力を確かめるだけって聞いてたんですけど」

「工作担当が失敗したと伝令が愚痴っていたが、詳しくは知らん。だがここは人里から離れているし、市民の巻き添えも心配ない。試験運用にはもってこいだと張り切ったんじゃないか。失敗したかもしれんが、我々も噂の新兵器の威力を知れてよかったよ。あれは慎重に扱うべきだな」

「音がかなり遠くまで響いてましたよ」

「おかげで連中の意気が挫かれ制圧が早く終わった。こちらの被害は皆無に近いぞ? どのみちヒスムニッツは伐採、シュトックは更地にすると聞いているし、城を破壊するのも早いか遅いかの違いだ」

 

 ……もしかしてあの爆発って事故だったりする?

 別れた後質問すると、彼女はそのぉ、と小さく言った。


「あの音は……陛下も想定外だったんじゃないかなぁって……」


 正解だったらしい。

 だから轟音が轟いた折、慌てて天幕に飛び込んできたのだろうか。

 かつて城下町として賑わっていたであろう一角を通り抜けると、中心地を守る城壁を超えたが、幽閉されていた部屋からは見えなかった景色があった。

 きっとそこは、元は映える古城だったのだろう。しかし石造り建造物は三分の一が崩れ、もうもうと煙上げながら、ぽっかり穴を空けている。ちょうど私が顔を上げたときは、かろうじて残っていた尖塔が崩れ落ちた瞬間だ。

 古めかしい装いではあったが、整えられていたであろう庭や建物は蹂躙され、一帯を荒れた空気が漂っている。

 城近くにある館が目的の場所だった。


「館の正面玄関は、あの大きな扉だ。いかにもな連中が集ってるだろ」


 玄関前では足を止められたが、ここで助けになったのは意外な人物だ。

 その人を見るなり、エレナさんが私の顔にかかった外套を外させた。私の顔を見たゼーバッハ憲兵隊長は険しい表情で瞑目し、深々と頭を垂れる。


「この度は我が失態にて、みすみす御身を連れ去られてしまいました。お詫びにもなりはいたしませぬが……」

「ゼーバッハ憲兵隊長官、彼女は何も知りませんので、その話はあとでお願いします」

「……そうか、了解した」

「謝罪のために顔をご覧に入れたわけじゃないんです。陛下に大事な用があるので、扉を開けてもらえませんか」

「中はまだ荒れている。ご婦人が目に入れて良い光景ではない」


 ゼーバッハさんが渋っていると、騒ぎを聞きつけたヘリングさんが姿を見せた。厳つい形相を隠さなかったヘリングさんだが、奥様の登場には明らかに動揺し、事情を聞き出すとしかめっ面で腕を組んだのである。


「さきほど元皇太后含むバルドゥル一味を捕らえたところ。危険性は下がっているけど、中には入れたくないなぁ。なんで連れてきちゃったのか……」

「私が無理を言いました。余計なことに口出しはしません、陛下に要望をお伝えしたらすぐに去りますから、どうか中に入れてください」

「陛下を連れてくるんで、それじゃ駄目ですか」

「キヨ様の安否を確認させてくれるのなら、それでも」

「…………うーーーーん。彼女ですか……?」


 説得することしばらく。一度中に入ると、頭を掻きながら戻ってきた。


「目に悪いものは片付けたんでお通りください。気分が悪くなったらすぐ下がってくださいね」


 改めて館を見ると、入ってすぐには左右に二階に上がるための大きな階段。真ん中には二枚目の扉が構えており、ヘリングさんは中央へまっすぐ歩を進めた。

 扉の向こうは広大なホールになっている。

 それはおぼろげな記憶の向こう側で見た光景だ。天井、床、円形の豪奢なシャンデリア。ずぶ濡れになった状態で連れ立てられ、爪を剥がされた場所だった。

 扉を潜る必要はなかった。その前にライナルトがこちらに姿を見せたためだ。

 扉が閉まる寸前、ホールの奥では十数人に上る人間が拘束されていたが、その中にはバルドゥル、息子のニクラスがいた。唯一縛られていないとすれば皇太后クラリッサとその養女キヨ嬢だが、彼女は養母を庇うために前に出て自らの身体を張っている。一瞬目が合った瞬間の彼女の双眸は驚きに見開かれたが、すぐに皇太后クラリッサのヒステリックな悲鳴に場は乱された。

 クラリッサもまた私を見つけていたのだ。キヨ嬢の後ろから指を指し、憎悪を隠しもせず叫ぼうとしていた。


「家畜にも及ばぬ分際で――」


 すべてを言い終わる前に扉が閉じられる。

 ライナルトは私を扉から遠ざけようとする。肩を抱かれ背中を押されるが、その仕草はクラリッサの罵倒から守ろうとしてくれていた。

 しかしながら彼の心中は複雑だ。不満を隠そうともしない姿、次に何を言うかはわかりきっている。

 「何故来た」だ。

 足の震えはない、まだ立てると自らに喝を入れて彼に言った。


「爆発が私を冷静にさせてくれました。キヨ様を思い出した時点で諦めてくださいませ」



 活動報告:pixivまとめ撤退、歴代表紙纏め作成 更新

 

 しろ46さんが描いてくださるアートは増えているのはもちろん、

おむ・ザ・ライス先生(@mgmggat)がまたまたやってくださいました。たくさん描いてくださっています。カレンとライナルトが好きな方は必見です。

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― 新着の感想 ―
[一言] こんにちは。ふとツイッターでタイトルをみかけて、一気に319話まで駆け抜けて読みました。 序盤は封権社会を機転や才覚で乗り切るお話だと思っていました。物語がすすむにつれ、リアルな戦場描写や国…
[良い点] ライナルトは手を汚すことを躊躇わないだろうけど、 ヘイト稼いでも将来的にろくなことにならないからね 陛下という立場だったら今後尚更よ …他作品で例えるのはアレですが、カレンちゃんはさしず…
[良い点] 最近のタイトルでニヤニヤしています。 まあ、概ねヴィランな方の自業自得ですなw [気になる点] そして、やはり餌(囮)でもありましたか。 ただ、「あの」ホールで、「あの時の」主要人物達が捕…
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