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312/365

312:最初で最後の対談+ウェブ版新規イラスト公開

新規Web表紙:https://twitter.com/airs0083sdm/status/1537995321787437056

 (作者ツイッターの@airs0083sdm)

  カレン、ライナルト、キエム、シュアン、キヨ。pixivに背景色違い。

 イラスト:しろ46(書籍公式イラストレーター)


 希望が人を生かすとは真実だ。

 ほんのわずかでも希望があれば人は生きていけると、この時ほど体感したことはない。アヒムやライナルトの言葉をよすがにしたからこそ私は気力を取り戻せた。

 寝不足でヘトヘトでも、冷たく固い床の上で眠っても、痛みに魘されても打ちひしがれるばかりではなくなった。

 男達の侵入、ドア越しの乱雑で下品な言葉に身体は震えても、大丈夫と自らに言いきかせれば耐えられる。

 窓から外の景色を見るときも視野が広がった。何度見てもただ森しか広がっていないと焦りを生んでいたけど、観察し続ければおよそ人が行き交う時間や裏口があるだろう場所の目星をつけることができる。指にどれくらい力が入るのかを確かめて、どこまで無理が通じるかの確認もする。

 魔法は相変わらず使用不可。この首輪を外せないか何度も足掻いたが、すべて無駄足に終わった。

 六日、七日目で出来たのはそのくらいだけど、考えられるだけ上等だ。自棄になって見張りを倒して脱出、キヨを人質に脅して……なんて実行しなくて良かった。あれは人質を拘束しうる体力と筋力の保持者が出来る芸当だ。いまは助けが入ると信じているから無茶はしない。


「私は、大丈夫」

 

 ひとりきりの洗面所で、この言葉を何度使ったかわからない。縋るしかないと、疑ってはいけないと思っていても、アヒムの声が聞けたのは一度だけだった。私の頭が狂ったのではないかと不安に押しつぶされそうになって、その度にライナルトの走り書きを見返した。そのせいで紙はぼろぼろになってしまったけど、もう信じられるものがほかになかったのだ。

 アヒムとはどこかで会えると期待したけど結局会えなかった。

 八日目の早朝にキヨ嬢が顔を出したときは、私は相当酷い顔をしていたのだと思う。


「貴女、きちんと寝ているの?」


 ええ、まあ、と当たり障りない答えを返した。このときもキヨ嬢付きの侍女の目が険しくて、どこかへ行ってほしいとしか思えない。

 キヨ嬢が疎ましいのではない。侍女の誰かが私の状況を男達に流しているから嫌だったのだ。

 どうせこの後も誰かが来る。だから殆どの時間はあの小さな部屋に籠もっているほうが安全なくらいだけど、かといって拒絶はできない。「来ないで」と機嫌を損ねたら最後、彼女の関心を喪失したら何が起こるかわからないから。


「目の下は隈、服は皺だらけでろくなものじゃない。……なにかされたのかしら?」

「……いいえ、なにも。ただ私が不安で眠れないだけですから。キヨ様ならおわかりでしょう。私にはもう時間がない」


 この日までは当たり障りのない会話をしていた私が、はじめて質問に似た問いかけをした。キヨ嬢は軽く目を見張ったが、黙り込むと「そうね」と小さく呟く。

 ……それでがっかりしてしまった。

 淡い期待を抱いていた。

 彼女は皇太后やバルドゥルに騙されているだけ、私の命があと数日足らずであることは知らない。こうして手当てをしてくれて、毎日様子見に来てくれる彼女はなにも教えてもらっていない、と。だからもし、もしも彼女が何もしらないなら協力を仰ぐことが可能かもしれないと考えていた。それが不可能だとわかったから落胆したのだ。


「すみません。また夕方に顔を見せてくださいませんか。いまの私にはキヨ様とお会いすることが唯一の気晴らしなのです」

「……そう、ね」


 ヘマをしたかな、と思わないでもない。

 なにせもう八日目に突入してしまった。連れ去られた当日、あの人達は十日といっていたけど、その期間が短くなる可能性はある。もう昨日あたりからいつ引っ立てられて連れて行かれるのか、希望と恐怖に挟まれたせいで、私の正気は着々と削れている。

 今日も包帯を取り替えたキヨ嬢が姿を消し、向こうのドアノブに鎖が巻かれる音を聞くと、一直線に向かったのは洗面所だった。床にはベッドから持ってきた薄いシーツと枕に、桶に移した飲料用の水。硝子灯は備わっていないから明かりは洋灯になるけど、この監禁部屋でキヨ嬢の目の届かない場所には油の補充が入らない。従って明かりは存在せず、扉を閉めれば殆ど真っ暗な状態になる。

 壁側上部に備わった小さな小さな窓から差し込む光だけが時間を計る手段であり、文字を読む手段だ。

 シーツを身体に巻いて座り込んだ。夕と夜は冷え込むからとっくに風邪をひいているが、それはもういまさら。それより固い床をあたためる方が重要で、この狭い一室で、悪い考えに囚われず過ごさねばならなかった。

 昨日までは色々対策を練っていたけど、今朝から特に身体が怠いのだ。鍵を閉めて、自分の身体を重石にして扉にもたれ掛かる。

 眠りに落ちるのは難しくなかったが、張り詰めた神経はすぐに扉向こうの異音を聞きつけた。金属が擦れるこれは鎖が外される音。窓の外はまだ明るく、夕方には届いていない。

 長い息が出た。

 ここの男連中にとって、貴族の女をいたぶる行為はそれほど愉快なものなのだろうか。そう長くは滞在しないが、あの下品な声や脅迫を耳に、時にはこの扉を蹴りつける音に耐えねばならないのは苦痛だ。

 再び暴行を受けるよりはマシだと言いきかせて息を潜めるが、今回は少し様子が違っていた。

 姫様、と初っぱなから侍女の叫び声が聞こえたのだ。侍女達がキヨの行動を咎めている。私が居ないことを訝しんだキヨ嬢に呼びつけられ、おそるおそる洗面所の鍵を開けた。


「なにをしていたの?」

「ちょっと汗をかいたので、身体を拭いていました」


 本物だった。

 手ずから盆をもつキヨ嬢は何をしにきたのだろう。言われたから席に着くものの、彼女が持ってきたのは高濃度アルコールや包帯ではない。


「……キヨ様はなにをしにここへ」

「これを見てわからないの」


 言われて初めて気付いた。確かにお盆に乗っていたのは茶器一式と菓子類だ。量も丁度二人分くらいになる。


「でも体調を悪くしてるなら薬湯の方が良かったのかしら。寝たいのならキヨはこのまま帰るけど」

「……朝言ったことは本心です。もしお相手をしてくださるのなら、是非」

「そう」


 茶を淹れるキヨ嬢の動きは、オルレンドルやファルクラム風で言えば洗練された動きではない。しかし元より備わっている気品、それにぴんと伸びた背筋や手先まで気を遣った動作は急ごしらえで仕込まれたものでもなかった。


「……こちらの作法はまだ覚えきれてないの。だけど味は美味しいわ、どうぞ」

「ありがとうございます」


 お菓子は侍女が切りわける。チョコレートを混ぜ込んだケーキは美味しそうだったけど、いまは身体が欲していない。茶器から伝わる熱が、いまは安全地帯にいるのだと伝えてくれる。キヨ嬢は外を眺めつつ、お菓子を摘まんでいた。


「明日、貴女の首を落とすのですって」


 爆弾じみた発言は、静かに胸に染み渡った。混乱の代わりにポケットにしまい込んだ紙切れの部分に触れる。おかげで背筋に冷たいものが走っても平静を装えた。


「お義母さまがバルドゥル様と話していたのを聞いたの。いつまでも捕らえていても仕方ないから、そうするって」

「……はい」

「逃がしてあげたら、って言ったらダメっていわれた。貴女はどこに顔が利くかわからないから危険だって。どちらかといえば、お義母さまよりバルドゥル様の方が勧めてたかしらね。あの方があんなにお怒りを見せるなんて、貴女、キヨが思っていたよりすごい人だったのね」

「私ではなく、私の周りの方々がすごいのです」

「これはキヨのお父様の言葉だけど、人脈を開拓するのもその人の実力のひとつよ」

「……そうですか」


 会話が続かない。

 キヨ嬢はこのままお茶が終わったら戻ってしまうのかな。また洗面所に閉じこもるのも疲れていたから、意を決して口を開いた。


「キヨ様」

「なによ」

「どうして助けてくれたのですか」

「なんで答えなきゃいけないのよ」

「最後だからです」


 助けが入ると期待している。信じている。

 だから命長らえると私は信じているけど、キヨ嬢にとっては今日で私と会うのは最後だ。


「この時間に会いに来てくれたの、そういうことかなと思ったんですけど」

「……姫様」


 侍女が声を低くするも、キヨ嬢は目線を落としたまま言った。


「貴女たち、いますぐここから退室なさい。キヨがいいと言うまで部屋には入らないこと」

「できません。いますぐ退室してくださいませ、これ以上の接触はクラリッサ様のご機嫌を損ねます」

「侍女のお前よりキヨの方が信頼がないっていいたいのね」

「いえ、そんなことは……」

「ならお前は侍女の分際で主人を脅したのよ。いいからいますぐ出て行きなさい。今日は本気、出ていかないならお前達をニクラスに差し出すわ」


 だがキヨ嬢の圧も負けていなかった。彼女の強い声は侍女達の動揺を誘ったが、向こうも彼女を置いていけないようだ。


「体面的にどうにかしなきゃいけないものね。なら、彼女に手かせでも嵌めてから出て行きなさい。あと十秒数える間に実行しないなら、見張りにお前を連れて行ってもらいます。はい、いーち、にー……」


 と数えはじめて、大慌てで出ていったのだ。しかし私の手かせを嵌めるのは忘れていなかったらしく、両手首はしっかり無骨な鉄の枷を嵌められた。手錠に少し似ているかもしれないが、お茶を飲む分には問題ない。


「質問の答えだけど、深い意味はないわ。怪我をして倒れている人がいたら助けるのは当然だから」

「……叔父様がお医者だと聞きました」

「とてもご立派な方よ。お父様達に反対されても、お国のために戦った兵隊さん方のために診療所を開かれた。皆には貧乏人相手に施しをするなんて政治家生命が絶たれると嘆かれたけど、キヨは尊敬してる。何度もお手伝いしたけど素晴らしい方だった」


 ……もしかしたら彼女は話し相手に飢えていたのかもしれない。

 饒舌になるのは、私が彼女の言葉を半分も理解できないと思ったからなのだろうか。侍女の姿が消えると、気を緩めた様子で頬杖をついた。 


「確かに貴女を助けたわ。あの変質者に遊ばれるのも気に入らなかったから部屋も移した。でもね、あれはただの自己満足よ。キヨはお義母さまにわがままを言っても、お心に反することはしないと決めているの。だからいくら行動が矛盾していても、貴女を逃がすなんてできない。変な期待はしないで」

「理解しています」

「変な人。明日死ぬって言うのに妙に落ち着いてる」




 書籍版購入を迷っている方へ

 変更点:読みやすくなってます。改訂はもちろん、全体的な会話(対ライナルトは特に多い)の追加。3巻はカレン&エルの会話におけるエルがつついたカレンの内面部分をわかりやすく追加。

 書き下ろしは主に周囲がカレンをどう見ているかor本編の合間の話が中心

 ウェブ版で先を読んでいるとニヤリと出来る要素多め

 恋歌の行方でウェイトリーが片思いを知っていたのも詳細は3巻書き下ろしを読むとわかります。

 1巻からとは申しません。

 コンラート壊滅、カレンとエル別れなどweb版とは違う点もありますので、好きなシーンがある巻からでもお手にとってみてください。

 お得感は感じられるように再編集しています。

 収録範囲は早川書房ウェブマガジンの「転生令嬢と数奇な人生を」紹介を探せば見つかります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] キヨにとっては魅了はパッシブで常時発動で、知らないのかもしれませんねー。 なんだか周りは親切、わかり合えないかもしれない人とも語り合ったらわかりあえる。 それが普通の世界なのかもですね。
[良い点] キヨ嬢は、少し気が強くて我儘だけど賢くて、根が善性の普通の女性なんだな、と。 少し好奇心旺盛でお人好しで、賢くて根が善性のカレンとは、敵陣営でなければ良い友人になれたかもですね。 [気にな…
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