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306、いつか目覚めるあの子のために

 まだオルレンドルを見て回る二人と別れ、シャハナ老と顔を合わせた。シャハナ老とバネッサさんの見立てでは、チェルシーの回復は『祝福』が関係しているとの見解で、引き続き彼女を看たいとのことで快諾。ジェフの顔も、怪我から相当時間が経っているにも関わらず治療を約束してくれた。こちらはシャハナ老が馴染みの医者を呼んでくれていた。


「すでに再生してしまっているからいくらか切らねばならないが、幸い体力も有り余っているようだし、シャハナの治癒と合わせればすぐ回復するよ」

「き、切る、ですか」

「うんそう。だって顔の形変えるんでしょ? だったら切るよ~切る切る。大丈夫、ボクは執刀手術ができる医者だし、整形だって始めてじゃない。うまく相談しながら詰めていこうじゃないか!」

「うふふふ。大丈夫ですよジェフさん。及ばずながらわたくしが付いておりますので、間違いは起こりません。それにお顔には痛みが消える針を打ちますから、気が付けば終わっておりますよ」


 執刀手術は馴染みがないせいか、及び腰のジェフ。しかしながら医者とシャハナ老はノリノリで、ジェフの肩を押さえた。

 あとからバネッサさんに聞いたのだけど、シャハナ老とこのお医者様は大変趣味が合うらしく、決して腕は悪くないのにやたらめったら怖がられていると言う。


「今日は絵師も呼んでいるの。新しいお顔については造形を相談しなくてはならないし、申し訳ないけど貴方はこのまま魔法院に残ってくださいね。日取りは別として、手続きもやってしまいましょう。内容が内容ですから、これで書かねばならないものが多いのです」

「いや、しかし自分は仕事が……それに今日は看てもらうつもりだけで来たので……」

「手続きでしたらわたくしが行いましょうか」

「マルティナ、任せてもいい?」

「もちろんです。終わり次第みなさまを追いかけますので、何処に行くかだけ教えてもらえたら……」


 善意で挙手するマルティナ。どうやらジェフの運命は決まったようだ。

 チェルシーも大人しいし予定通り公園もいいかもしれない。外は曇り模様だけど、雨が降る前に散歩くらいはできるだろう。そう話していたら、ふぅむ、と口を挟んだのはお医者様だった。


「先生?」

「ああいや、すまないね。もしチェルシー君の容体が気になるようだったら、今日は宮廷に行ってはどうだろうか」

「宮廷ですか?」

「うん、ボクでよかったら宮廷勤めの医師を紹介させてもらうよ。ボクらみたいな専門外よりちゃんとした医者に看てもらうべきだろう?」

「先生の申し出はありがたいのですが、専門医の方にはすでに予約を入れておりまして、診療を待っている状態なのです」

「専門と言ったらデニス診療所かな? だったらなおさら連れて行った方がいい。どうせ宮廷じゃ専門じゃないから投げ出すだろうけど、ボクの紹介があるならデニスへの紹介状をしたためてくれるさ」


 自信満々に言い切るこの先生、結構な大物らしい。

 先生曰く、件の診療所は定員制で、患者につきっきりになるから空かないときはまったく空かないらしく、紹介状で無理矢理捻じ込む方が早いそうだ。ちなみに先生とデニス診療所の医師とは折り合いが悪いらしく、直接紹介状をしたためるのは無理だと断言された。


「みたところ入院の必要はないだろうし、紹介状があって看るだけならすぐに受け付けてくれるだろうさ」

 

 専門医へきっかけを作れるなら乗らない手はない。先生が手紙をしたためる間、眠り続けるチェルシーの頭をジェフは撫でた。


「手術は恐ろしいが、チェルシーと素顔で対面できると思えば耐えられます。……妹は私の人相が変わっても受け入れてくれるでしょうか」

「そんな人じゃないことはジェフが一番わかっているのではない? 話せばわかってくれますよ、きっと大丈夫です」

「……チェルシーには今度こそ自分の時間を取り戻してもらわなくては。じっくりと話せる日が楽しみです」

「そのために出来ることを私たちもしていきます。彼女のためにも頑張ってください」


 生々しい話、知り合いだからって無料でやってくれはしない。手術代金はかなり膨大な金額になっているも、私の懐から出すと決めていた。

 コンラートから出していいとウェイトリーさんが言ってたのだけど、なんていうか、最初に二人を見つけた者として責任を持ちたかったのだ。それに帝国公庫に預けて利息が積もる個人資産が、使い道はここだと叫んでいる。

 先生に手紙を用意してもらうと、挨拶もそこそこに宮廷へ足を伸ばした。手紙の効果は絶大で、チェルシーはすぐに白いカーテンの向こうに連れて行かれる。付き添いはゾフィーさんに任せたからしばらく一人きりだけど、待っている間に花壇を眺めていると、後ろから声をかけられた。

 年の頃は二十代の青年で、親しみを込めた眼差しでこちらを見つめている。


「失礼、もしやコンラート夫人ではありませんか」

「あなたはたしか、ニルニア領伯の……」

「覚えておいてくださいましたか! はい、ニルニア領はハーゲンの息子、ハンネスと申します。お会いするのは陛下の戴冠式以来でしょうか」


 エスタベルデ城塞都市ニルニア領伯のご子息だ。なんでこんなところに、と尋ねる前に青年は教えてくれた。


「ニルニアはライナルト陛下に多大な恩がございます。父に恩を返してこいと家を出て参りました」


 宿舎住まいをしながら軍人として勤めていると言う。故郷を離れて平気かと思いきや、若いだけあっての順応が高い。


「初めは夜まで活気づいているのが馴染めませんでした。それに多少腕に自信があったつもりでも、ここに来てみれば猛者揃いだ。武功を立てるのは大変そうです」

「はじめは戸惑うことが多いですよね。腕の立つ方はたくさんいらっしゃいますが、ハンネスさんの関心を得た方はいました?」

「それが手本になる人が多く、あちこち移ろうばかりです。ですが陛下には、バーレほどは行かなくても、いざという時にニルニアを思い出してもらえるまでにはなりたいですね」


 彼の目にはバーレのベルトランドが相当頼りにされていると映っているらしい。


「今日も朝からベルトランド殿が呼びだされ、なにやら話し込まれているご様子。それにこの間は魔法院の長老でしたか、陛下はいつお休みになっているのか不安になります」

「お身体は大事にしてもらいたいですね」

「まったくです。おひとつしかない体なのですから……」


 やはりお父さんがいないといくらか伸び伸びしている様子。世間話に興じていたら、話は突如宮廷に舞い現れた蝶の話題になった。

 ……そう例えたのはハンネスさんなんだけどね。


「キヨ様とは数度話をさせてもらいましたが、実に素晴らしい人でした。とても愛らしく、くるくると動く表情につい目を奪われてしまいます」

「私もお目にかかりましたが、大変お可愛らしい方ですね」

「そうなのです。皇太后様に養女入りですから色々とご苦労があったでしょうに、努めて明るく振る舞っていらっしゃる。中にはやたらと目の敵にする人もいるようですが、いざ話してしまえば間違いだったと気付かせてくださいます」


 ぽっと頬を赤く染めるのは、はてさて真実恋に落ちているのか、それとも不可思議な力の効果なのか。

 青年からの感触は悪くなさそうで、思わぬ所でキヨ嬢の情報を手に入れた。そのほかいくらか探りを入れてみたが、リリーの語っていたお行儀も青年にしてみれば可愛らしいミスの範疇らしい。


「オルレンドルに不慣れなのですから仕方ありますまい、いずれ馴染まれるでしょう。あれほどの御方が皇室に加われたのはまことめでたい。毎日陛下の身心を気にかけていらっしゃいますが……」


 語る最中、突如目を丸くする青年。

 何事かと振り返れば、遠くからドレスを引きずり、大股でやってくるのは件の姫君ではないか。しかもこちら目がけて真っ直ぐだ。なにやらお怒りのご様子で、可愛らしい眉をつり上げている。


「ちょっと、貴女!」

「はい?」

「貴女よ貴女、コンラート夫人! 貴女いったい陛下になにをしたの!」


 砂糖菓子を煮詰めた甘い声はいまや甲高く怒りに染まっている。

 挨拶もなしにキヨ嬢は私に迫った。鬼気迫る勢いについ気圧される。


「キヨ様? あの、すみません、少々意味が……」

「無害そうな顔をしてとぼけるのではないわ! この間から陛下がお相手してくださらないの、貴女のせいではないの!?」


 彼女のお付きが止めなかったら胸ぐらを掴まれていたかもしれない。必死の形相に、いまでも泣き出しそうな目元に頭がぐらりと揺れるが、それも一瞬のこと。意識を強く保てば相手をまっすぐ見据えることができる。

 いまなら彼女を前にした違和感の理由に思い至れる。

 おそらくいま私はこの『魅了』をはね除けた。これが転生者だからなのか、魔法使いだからできたのかはわからない。

 考えを纏めている間にも、キヨ嬢は捲し立てる。

 少女の言はこうだ。なんでもここしばらくライナルトが彼女に会ってくれないらしく、私に原因があるのではないかと言っている。


「申し訳ありません。陛下がキヨ様を避けているなどと、いま知ったくらいで、私にはなにも理由が思い当たらず……」

「揶揄うのもいい加減になさい、それとも馬鹿にしているの!?」

「馬鹿になどと……」

「この間の朝方、陛下が貴女のところから帰ってきたのは知ってるのよ。あの日から陛下はなにもいってくださらないの!」


 もう空気が固まるとはこのこと。

 彼女の発言に私はもちろん、居合わせてしまったハンネスさんや、耳を立てていた通行人まで動きを止めた。

 顔をぐしゃぐしゃにしたキヨ嬢はキッと私を睨み付ける。


「家を守るは女の務め。それはこのオルレンドルでも変わらないらしいじゃない。なのに貴女は役目を放棄して世間に出たのでしょう。それを駄目とは言わないけど、名声を掴んだのなら、陛下くらいキヨに譲ってくれてもいいじゃない。キヨだって鬼じゃないから側室くらいなら許してあげようと思ったのに!」

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