299、側室希望の姫君
「シュアン様は仕事にご興味がおありですか?」
「女なのに、なんて聞き方でごめんなさい。でも、その……」
「いえ、サゥというよりヨーでは女性が進出しにくいのでしたか」
「そ……うなりますね。私の認識が正しければになりますが……」
サゥ……とりわけヨー連合国は部族間の争いが激しいから、様々な事情、家族を守る意味を込めて女性は家に籠もりがちだ。
「おっしゃるとおり、オルレンドルにあります魔法使い……そちらでは呪術使いと申しましょうか。魔法使い達が集う魔法院の顧問の肩書きをいただいております。あとは我が家の当主代理ですね」
「ヨーでも家長が意図せず亡くなってしまった場合、跡目になる男の子が幼い場合は家長の妻か母が代理を務める場合があります。あとは女性だけの部族もいますが、そういったところは一概にして男の地位が低い」
はぁ、と息を吐くシュアン。悩みを抱えているかのような姿は、こちらが彼女の素なのではないかと思わせる。その証拠に端に控えていた侍女が険しい表情を隠さないが、それは主人を咎めるより、周囲に気を配っている風にも捉えられた。
「もちろん女だてらに活躍している方もいますけれど……でも魔法院ですか、組織だった場所で地位を獲得している女性を見るのはヨーでは珍しいのです」
「シュアン様は、オルレンドルで活躍される女性の話が聞きたいのでしょうか」
「それもありますが、なぜオルレンドルが女が独立しても許される社会なのかが知りたいのです」
「社会、ですか」
「どうか私にご教授願えませんか。オルレンドルの軍人には女性もいると聞きました、どうして殿方はそのことについてなにも言われないのでしょう」
彼女の疑問をひとことで説明するには難しい。男性が主体となって働く世界では、女性が各所へ進出しても相手に違和感を感じさせないまでに至るには歴史が存在するからだ。学校の先生方の話、あるいは教科書にある歴史を紐解けば、オルレンドルやファルクラムだって昔は女性が活躍して良い顔はされなかった。かなり昔、戦争で国が疲弊し、働ける男性が殆どいなくなったために、女性が表に出てきたのが始まりだったのではないかと言われている。この歴史が禁忌とされず教科書や図書館に本が残っているのも、昔の人たちの努力の賜物だ。
「その前に、シュアン様はどうして働く女性に興味があるのでしょうか」
これに対し、彼女はぱちりと目を丸める。恥ずかしそうに頬を赤らめたのだ。
「伺うばかりで理由も言わないのは失礼ですね。正直、カレン様がこんなにお話しできる方とは思わなくて興奮するあまり……」
「失礼などとは思っておりません。ただ御国の在り方に疑問を感じてらっしゃるように感じたので」
「……もうとっくにお気付きでしょう。私はキエムの妹ですが、周囲を満足させるほど礼儀作法には通じておりません」
「そんなこと……」
「いまも習っている最中で、付け焼き刃がせいぜいです。先ほどもそうです、予習していたはずなのに、貴い方をお相手になんとお話しすれば良いのかわからず固まるばかりでした」
「外との親交がなかったのでしょう。他国の人間ともなればなおさらです」
「……ありがとうございます。でも、学んでこなかったのは本当なんです。いくら氏族の娘とはいえ、サゥが五大部族にのし上がるなんて考えてもいなかったのですから。私は妹の中でも末で、そこらにいる女の子と変わらず育てられたのです」
長女達とは違い、さほど行動制限をかけられず育てられたらしい。族長とは離れた首都に住まいを構えており、そのためか外の人間とふれ合う機会が多かった。勉強が好きだった彼女は様々な本を読み解いたのだ。
「外の人から聞いた話、もらった本には、ヨーの中にいるだけでは決して知れない物語がありました。ヨーでは女は学校を卒業した後は嫁ぐか、あるいは学校の途中でも嫁ぐのが通例ですが、オルレンドルでは働くこともできるのでしょう?」
「貴族階級になれば親の決めた結婚もありますが、一般的には恋愛婚が多いです。それに大体は働きに出られますね」
「ヨーはいまでこそ恋愛婚を許してくれる家庭が増えました。働くことも、家計の手助けくらいなら許されますけど、それが本格的に要職に就こうとすれば大反対されます」
家の裁可次第でバイトなら許されるけど正社員は駄目らしい。
そして話の流れで、ヨー連合国の女の子が学校に通うのはおよそ十代前半から半ばくらいまでと聞いて首を傾げた。
「オルレンドルに一人でいらしたということは、シュアン様はいまも学生なのでしょうか」
「いまの話を照らし合わせれば疑問に思われますよね」
「過ぎた質問を申し訳ありません。ヨー連合国の事情に照らし合わせれば、サゥ氏族の血縁者ともなれば……」
「疑問に思うのは当然です。私は一度嫁いでいます」
「え?」
「向こうでサゥがドゥクサスと不仲になったと噂が流れたあたりで、粛正を畏れた婚家から離縁されました。他の姉妹達は全員国を離れたくないと言っていましたし、ちょうど良かったので兄に連れて行ってほしいとお願いしました」
思考が停止した。
「オルレンドルでは離縁はあまりよくない意味に取られると聞いていますが、ヨーでは婚姻と離縁は頻繁に起こるんです。本当の結婚は二回目から、なんてことわざもあるくらいで……」
「つまり、シュアン様は、二度目の……」
「はい。オルレンドルで側室は皇室の伝統と聞きましたので、皇帝陛下さえよろしければ可愛がっていただけるかしらと」
「かわ」
「一部族の女ですが、婚姻を成せば両国の架け橋になる程度はできるはず。それに御国でしたら色んな本を読んでも許されるでしょうし、私の知らないこともたくさん見聞きできます」
「あの……それって、皇妃をご希望で……?」
「まさか。私の身分では側室がせいぜいですし、そんな大層なものは望んでおりません。私は、ただヨーから抜け出したいだけなのです」
「キエム様はご存知でしょうか?」
「側室を望んだのだけは。反りの合わない兄ですが、今回は目的が合致したからでしょう。笑顔で承諾してくれました」
動揺が抜けない中、シュアンは両手を合わせ喜んでいる。
「自分で決めたこととはいえ、遠い国に行くのは不安だったのですが、カレン様がお話しできる方でよかった。どうか向こうでも仲良くしてくださいね」
その後も色々話したけれど、以降は抜け殻みたいになって受け答えするだけで終わってしまった。彼女が知りたかった話も、歴史を交えて色々話したと思う。けれどようやく正気も返ったのは、すでに見送りを受ける時だったのだ。
その折に心配そうなシュアンに気をつけてください、と言われた。
「今日お話しさせてもらって、なんとなくわかりました。ヨーの出じゃないカレン様にとって『白髪の魔法使い』のお話は迷惑ですよね」
「いえ、迷惑とまでは……」
「私は、正直なところお伽噺なんて信じていないんです。だけど兄みたいな人や、外にふれ合う機会が少なかった上の世代は、いまでも伝承を信じています」
「信心深いんですね……?」
「言葉を選ばなくても大丈夫です。要は、彼らは非常に面倒くさいのです」
……大陸中央部の宗教観は前帝に禁じられたせいでほぼ息絶えている。神や祈るだとかの概念は残ってるけど、信仰とは縁遠くなってしまったのだ。……だから元日本人の私はとても過ごしやすかったのだけど、彼女の様子を見れば、そんな風に語るだけでも厳しい目で見られるのだと察せられる。
「兄は『白髪の魔法使い』を欲しがっておりますが、私はせっかくできたお友達をあんな国に送りたくありません。ですから兄の言葉には、決してうんと頷かないでくださいね」
似ていない兄妹だと思ったけど、しっかり手を握って目を合わせてくる姿はキエムを彷彿とさせる。
サゥの一行と離れたあたりで、ハンフリーがおそるおそる話しかけてきた。
「カレン様、随分長い間話し込んでいたみたいですが、大丈夫ですか」
「もちろん。楽しくもてなしてもらいました……よ……」
「こりゃだめだ」
「そっとしておいて差し上げろ。カレン様、サゥの姫君との談笑はつつがなく完了したとマクシミリアン卿には伝えます。よろしいですか」
「お、お願いします……ちょっと、頭が、追いつかなくて……」
「早く横になってお休みください。風も強くなってきましたし、外にいたままでは冷えます」
オルレンドル到着までの間は適度にシュアンと話をしたが、その間に教えを乞われたのはオルレンドルの礼儀作法についてだった。側室希望……な点は差し置くとしても、他国のマナーを学ぼうとする意欲は強い。ライナルトについても知りたがったけれど、礼儀を失しないようにとの意味で、恋といった感情はなかったように感じる。
オルレンドルに帰還を果たした日は、私の身心はやや限界にあった。
見知らぬ人々の中での慣れない天幕生活、外に出れば愛想笑い、これに加えサゥ氏族の接待だ。数日ですんで本当に良かったと胸をなで下ろす中で、宮廷の門前では新皇帝自ら客人を出迎えた。
「キエム族長。遠路はるばる、よくお越しになられた」
「ライナルト陛下におかれてはその頭上に至高の冠を戴いたこと、心よりお祝い申し上げる。心ばかりだが名馬百頭を連れてきた、好きに使ってくれ」
「祝いの品に感謝しよう。ひとまず中に入り、ゆるりと過ごされるがよかろう」
歓迎はつつがなく完了した。私のお仕事も完了かと思いきや、肩を叩いたのはジーベル伯だ。
「陛下より伝言を預かっております。後で話があるとの由、お疲れでございましょうが、ひとまずご自宅にお戻りになるのはお待ちくださいませ」




