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296、お迎えという名の

 ヨー連合国はサゥ氏族、キエムとの再会は想像よりも早かった。

 ヴェンデルの誕生日まであと少しといったところで沙汰がくだった。

 間もなくサゥ氏族のキエム族長が帝国入りするとのことで、帝都グノーディアまでの案内役を仰せつかったのだ。といっても実際の外交官は別にいて、わたしはそのオマケといったところ。向こうは親交を深めるため帝国にきたのだ、キエムと顔見知りの人間がいた方がいいとのことで声がかかったらしい。

 

「いまから行けとおっしゃるのですか?」


 しかし最初に飛び出たのは困惑だった。確かにライナルトにはキエムがオルレンドルを訪問した暁には顔を出してほしいといわれていたが、迎えなんて一言も言っていない。当然ながら書簡を運んできた使いには疑問を投げた。

 

「迎えの方々はすでに出発していると聞き及んでおります。いまから追って間に合う保証はございません」

「今回は軍人ばかりでなく外交官もおりますので、進みは遅うございます。聞けばコンラート夫人は馬の扱いに長けているとも聞き及んでおりますので、早馬で駆ければ充分間に合います」

「ですが……」

「疑問はもっともでございますが、ご子息の誕生日には間に合うよう陛下は配慮されてございます。サゥ氏族との親交はオルレンドルにとって有益な取引をもたらすでしょう。何卒ご理解くださいませ」


 いままでこういった命令はライナルトから直接か、モーリッツさんを経由していたから、宰相から指令を受けるのははじめてだった。しかし多忙なライナルトがいつまでも直接伝えてくる道理もないし、書簡にはしっかり宰相のサインが入っている。使いの文官も宰相閣下のところの人で、身分は間違えようがない。なにより嘘は見受けられず、向こうも無理は承知なのか誠心誠意といった様子で頭を下げられた。

 ……多少戻りが遅れるのを見込んでもヴェンデルの誕生日には間に合う。ただあまりに急だったし、この間の第三書記官の件もある。

 準備するといって戻った間に裏庭経由でヘリングさんを呼び出したが、書類に不備はないという。


「たしかに正式な手続きを踏んだものです。宰相閣下も陛下に二心を抱く人物ではありませんが、それにしても陛下がなんの知らせもなくこんな命令は……普通に寄越してたな」

「確認をしたいのですが、引き伸ばしても大丈夫でしょうか」

「命令が本物だった場合が厄介です。宰相閣下の発行した書類に間違いないようだし、そうなれば陛下が知らない……とはならないでしょうから」

「結局行かないとは言えないのですね」

「ですからどんな理由を付けてもいい、全力で飛ばしすぎないように馬を走らせてはいかがでしょう。間違いがあったのなら、コンラートの伝令も追いつけるはずです」

「わかりました、上手く言ってみます」

「幸い使いの彼は悪い評判を聞く人ではありません。むしろ陛下の治世を歓迎している若者だから、その陛下が懇意にしているコンラートに悪意は持っていないでしょう。わざわざ足を連れてきたのもそちらに馬がいないと配慮しての善意でしょうね」

 

 そうなのだ。気を利かせてくれて、ご丁寧にも早馬と護衛を用意して待ってくれている。こっそり見てもらったけれど、護衛の軍人さんたちも古株の精鋭らしく、おかしな顔ぶれはないと断言してくれた。憲兵隊とも親交のあるヘリングさんの見立てだからこそ安心できる一言だ。

 ここまでくると、こちらも宰相閣下の使いを疑いにくい。ウェイトリーさんが裏からこっそり人を送ったが、出発には間に合わなかった。

 これらは十五分にも満たない間にあった出来事で、支度を整えるとジェフとハンフリーを連れて出立した。軍人さんとも話してみたが、むしろ急な命令で駆ける羽目になった私をかなり気遣ってくれている。馬をわざと遅めに走らせても嫌な顔ひとつせず付き合ってくれたのだ。 

 マイゼンブーク氏率いる一隊と合流したのは深夜になってからだ。結局伝令が追いかけてくることはなかったが、いざ外交官やマイゼンブーク氏に会うと困惑された。


「コンラート夫人が補佐としてキエム族長の案内役を仰せつかったといったが、こちらはそんな話は聞いていない。なにかの間違いではなかろうか。マクシミリアン卿はご存知か」

「サゥ氏族のキエム族長は一見気が良く見えるが、勇猛と自信を備えた人柄ゆえ、ひとたび気に入らぬ人物がいれば短気を起こす可能性がある。卿がそう評価したのをリヒャルト殿は危惧されておられた。そのためもう少々かの族長を知る者を応援として送ると言われたが、ううむ、だがこんなに若いお嬢さんを連れて行けとは、あの方はなにを考えておられるのか」

「書簡はどうなっている」

「偽造は難しく、本物で間違いないと存じます。マイゼンブーク殿にはどう映りますか」

「……私にも本物に見える」

 

やっぱり書簡自体に偽りはないらしく、おじさま達は余程困っているのか、本人そっちのけで話し出す始末だ。

 外交官マクシミリアン氏は始終頭を捻り、宰相リヒャルト・ブルーノ・ヴァイデンフェラーの考えに疑問を抱いた。しかしながらマイゼンブーク氏はいつまでも悩んでも仕方ないと考えたらしい。


「ええい、命令に間違いないのであれば追い返すわけにもいくまい。もとよりいまからあの人数だけで帰すにも難しい。夫人、宮廷に確認は送っているか」

「命令を受け取った直後に手配いたしました」

「幸いいまは野営中、間違いがあれば伝令が来るはずだろう。明日の行軍はゆっくり進めさせる」

「マイゼンブーク殿」

「もとより勇み足で進めすぎたのだ。なにより気を引き締めなければならないのは帰りになる、多少休んでも問題あるまい」


 彼らとしても真偽を確かめるには伝令を待つしかなかったが、結局翌日になっても伝令は来なかったので、正式にマイゼンブーク氏率いる新生一隊にお世話になることが決定した。マイゼンブーク氏は配慮して女性が多い場所に天幕を構えさせてくれたけれど、基本的に自分のお世話は自分でとなった。……これはこれでちょっと楽しかったので良しとする。

 で、道中は私の身を案じてくれた外交官マクシミリアン卿から提案があった。


「リヒャルト殿の心遣い嬉しく思うが、貴女はまだお若く、そして未来がある若者だ。こんな行軍に外交官でもない女性がいては目立つし、魔法院顧問の肩書きだけでは難しいだろう。万が一に備えて私の補佐として置くことでキエム族長には紹介したいのだが、如何だろう」

「そちらの申し出、むしろこちらがお礼を申し上げねばなりません。是非ともお願いさせてください」

「表向き部下と上司と行った立場になる。コンラート夫人には上からの物言いをすることになるがお許し願えるだろうか」

「どうかお気になさらず、名前も呼び捨てで結構です」

「……私もアルノー殿の妹御を無傷でお返しするため力を尽くそう。ご配慮感謝する」


 ここで意外な人の名前が出た。

 驚いていると、マクシミリアン卿は自身の履歴を明かしてくれる。


「陛下にはお仕えすることをお許しいただけたが、私は元々ヴィルヘルミナ皇女殿下に支援を表明していた人間だ。彼の上司にあたるレイモン・バイヤールを通し懇意にしてもらっていた」


 と、少し寂しそうな笑みを見せたが、それも一瞬だ。


「彼の人柄はよく皇女殿下を助けてくださっていたし、彼自身もまた気のいい青年でしたから好ましく思っていた」

「……それを聞けば、北の地にいる兄も喜びます」


 突然の命令や駆け出してバタバタしていたけど、マクシミリアン卿の言葉ですうっと頭が冷えてきた。

 ……そっか、この五百相当のお迎え部隊、たぶん「もしも」の場合も想定されている。

 おじさまと分類したけど、マクシミリアン卿は外交官にしては相当若い分類に入る。いくら能力主義と言われていても、元ヴィルヘルミナ皇女擁護派であれば、ライナルト統治下では肩身は狭い。親交と謳いながらもっとも腕の立つ重鎮は送らず、護衛部隊もマイゼンブーク氏が率いているとはいえ、中身は新規再編されたオルレンドル帝国騎士団第一隊。

 その上ヨー連合国はオルレンドルを狙い続けている。サゥ氏族のキエムなら今回は問題ないと思っているけれど、安心に身を委ねられないのが軍人と外交官なのだ。 

 なるほど、マイゼンブーク氏とマクシミリアン卿が驚くはずだった。

 ……本当なら書簡が届けられた時点でここまで察しなきゃいけないのに落ち込みたくなる。しかし落ち込んだところで事態は好転しないし、こうなったらマクシミリアン卿の下で勉強させてもらおう。幸いマクシミリアン卿も話し相手に飢えているのか、色々教えてくれるし!

 ……あれ。そういえばこの部隊って再編された一隊だよね。サミュエルはどうしたのだろう。マイゼンブーク氏に尋ねると、にべもなく言った。

 

「やつのやかましさは誠実と厳格を求める外交にはまったく向いていない」


 無駄口を叩いてサゥ氏族を怒らせたら一大事だから置いてきたそうです。

 やはり地位が向上したからだろうか、マイゼンブーク氏は城塞都市エスタベルデにいた頃よりずっと風采が上がった。無言で馬を歩かせるのも暇なので、ちょっと暇つぶしに話しかけてみる。


「私、宰相のリヒャルト様とは数度しか顔を合わせたことがないのですが、マイゼンブーク様からみて宰相閣下はどのようなお人柄なのですか」

「いけ好かん狐だ」


 即答である。



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