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291、似合うと信じたものだけを選んだだけ

「名前を出されてはお会いしなければなりませんね。ええ、その時は是非お知らせくださいませ」

「遠くないうちに使者を送ろう。ヨーを招くとなればそれなりの催しも必要となる」

「では……次にライナルト様にお目にかかるとしたらその時でしょうか」


 うん? と目元が動いた。

  

「あ、いえ。今日は連絡が付かなかったので押しかける形になりましたが、本来陛下はお忙しくていらっしゃいますから、あまり無理に時間をもらうのもと思いまして」

「重要な用事でなければ融通を利かせるから好きな時に来てもらって構わない。今後は貴方の声が私に届かないといった間違いもしでかさないだろう」


 まるで問題解決したかのような物言いが引っかかる。


「……もしかしてもう対処されたのですか」

「まだ確認中だが、私の意に反する者がいる事実は早く共有しておく必要がある」

「こちらとしては知りたいのは理由です。なにかわかったら教えてくださいますか」

「ならば折を見て人を送ろう。貴方の手の者に報せてもいいが……」

「サミュエルは関わらせないでください」


 彼が私に雇われた経緯はご存知の通りだが、現在はうちの情報収集役を担っている。最優先は一隊の仕事だけど、それなりに自由が利く身。連絡役として最適だったけど、咄嗟に口をついていた。


「……彼は別の任に当たっていますから、他の人を寄越してくださいませんか」


 私はコンラートの当主代理だ。普通に話題に出すくらいならしてみせるけど、この件に関しては直接報告を聞きたいから、彼が出張ってくるのは困る。

 ……へらへらしているようで、実は気まずいのはサミュエルも同じとマリーから聞いた。お互い思うところがある関係だから、あれ以降、サミュエルと直接的な会話をしたのは数える程度になる。「最近顔を見せていない」のもウェイトリーさん経由で聞いた話だった。


「すまない。私が迂闊だったな」

「いえ、私は……」

「まだ傷は癒えていまい。思い出させるつもりはなかった」

「そんな大袈裟な」


 いくらなんでも私が弱いと思いすぎだ。

 皇帝となったいまでもそんな神妙そうにされては、思い上がってしまうではないか。ところがこれも無理をしていると勘違いされた。

 

「争いを苦手とし、利より感情を優先する心は私には共感し難いものだ。遠きものゆえに不躾な言葉が出るときもあるから不快に感じることも多い。不愉快であれば言ってくれていい」

「ライナルト様?」

「私の言葉が刃と感じることもあろう。傷ついた心を隠してまで話し相手を務めてもらいたくはない」

「傷つけるって、そんな」

「誇張ではあるまい。我慢を重ね、心身の限界まで溜め込み周囲にわかる形になる頃には限界を迎えているものらしいから、貴方は都度発散するくらいが丁度良いだろう。私もそのくらいは受け止めきれる」

「ライナルト様相手に発散って大変な事おっしゃいますね。あと私は考えているほど弱くはありません。ライナルト様は私が触れたら壊れるみたいな扱いをされますけど、それはあんまりですからね」

「過ぎた扱いとは思わない。私が得意とすることを貴方がなによりも不得手とし、その度に心を削っている事実は変わるまい」 

「その分だけお心を砕いてもらっています。休む時間はいただいておりますし、そもそも私が決めた道ですから良いのです。些末事に囚われていては足元を取られますよ」

「傷つく貴方を些末事とは言うまい、削れたまま戻らないものもあろう」

「いまの私をみてください。ちゃんと……」

「よもや私の前で元通りだ、などと言うつもりはないな」


 ちょっと怒った言い様に座り直した。

 はい、これに関しては全面的に負けを認めよう。

 

「今日のライナルト様はお心を明かしてくれますが、以前と違って余裕が生まれたからでしょうか」

「忙しさは前よりも倍増しているが、余裕とは言ってくれる」

「少なくとも夢は一歩前進いたしました。お味方も増えて安心できる環境が整ったからだと存じます」

「……貴方が言うのならそうなのだろうか」

「いまの言葉で一気に不安になりました。ダメですよ、私を信用しすぎじゃありませんか」

「し過ぎもなにも、不思議と貴方には心を言い当てられることが多い」

「ライナルト様がわかりやすいだけです」

「それはない、と断言しておく」

「いいえ、わかりやすいです。全部お考えが読めるわけじゃありませんし、いまだってライナルト様のことはわからないことだらけですが、わかりやすいときはすぐなんですから」


 脈無しってわかったばかりで優しく微笑みかけられるのは堪える。

 だけど考えを変えてみよう。『配下』あるいは『友人』としてなら、きっとこれは最上級の扱いだ。ニーカさんやモーリッツさんとも少しは肩を並べられると思えば胸を張れるんだから。

 ……そろそろ彼の時間を取り過ぎたし、帰るべきかな。

 他愛もないお話はいくらだってできるけど、ヴェンデルの誕生日の件は伝えられた。

 帰る、と伝えれば少し残念そうにしてくれたのが、悔しいけどちょっと嬉しい。


「リリーだが、次からはああいった話題が耳に届かぬよう配慮しておこう」

「それはそれで仲間はずれにされてる気分ですし、きっとリリーは止められませんから諦めましょう。無理です」

「やはり貴方もそう思うか」


 ことのほか彼女にはライナルトも苦心している模様。

 退室したけれど、階段を降りかけるところではたと気付いた。さあっと血の気が引いていく。

 ……言ってないことがある!

 このまま帰って次の機会にするか、それとも戻るべきか。

 悩んだのは一瞬。すぐさま来た道を引き返し、守衛に不審がられながらも扉を開けさせてもらった。中にはすでにジーベル伯と、それと一度も見かけなかったニーカさんがいて……内心叫びつつも、しかし引き返せない状況に、ヤケクソ気味で声を出す。


「あのっ、か、これ……綺麗にしてくれてありがとうございました!」


 お礼を言ってない!

 ろくに呂律が回らず「これ」も髪を指で指していた。

 ひっ、ニーカさん達の視線が刺さる。邪魔してごめんなさいすぐ帰ります!


「次来るときも、よかったらまたお願いしますね……!」


 髪を結ってくれたお礼はしておかないと。

 でもあなたにとっての気晴らしは、私にとってもいい気分転換だったのです……とまでは伝えられなかった。

 扉を閉めて盛大に深呼吸していたら、周りは奇異なものを見る視線だし、いつまでも凹んでいる黒鳥を掴んで脱兎の如く逃げ出した。

 心はいつまでも落ち着かなくって、帰りはあれこれお店に寄りまくり、家に帰り着くころにはおやつの時間。ちょうどヴェンデルも帰ってきていたのだが、瞳をきらきらと輝かせはしゃいでいた。


「ねえ、これ見てよ!」


 薬草や薬品類が箱となって届いている。草烏頭を筆頭に蠍、熊の肝と、入手困難なアロエまで見つかった。これら全部、なんとトゥーナ公の使いの者が置いていったという。


「これ、母さんが育ててた木の苗木なんだ! 凄く珍しいからいつか手に入れようと思ってたんだけど……早くヒルに植え替えてもらおう!」

「これは……いったい……ウェイトリーさん!」

「トゥーナ公の使者よりお詫び、とだけ承っております。本日の約束に対する品でしょうか」


 絶対そちらじゃなくて、私の目前でライナルトにあれこれ質問していた件の謝罪だ。彼女なりに気にしたから急遽用意したのかもしれないけど……!

 

「くぅ……リリー、たった数時間でなんて卑劣な手を……」


 品揃えがまた嫌らしい。ありきたりなお茶や菓子類、消耗品であれば即返品したのに、よりによってヴェンデルが気に入るものを中心に選んできた。流石に苗木は偶然だろうけど、ヴェンデルの興奮を見ての通り、笑顔で苗木を抱える姿は「返却する」とはとても言えない……!

 そんな私をみていたウェイトリーさん。わけありだと気付いたか、私の負けを素早く悟った。


「此度は一歩上を行かれたようですな。返しますか」

「今回は受け入れます。でもウェイトリーさん」

「はい」

「次にリリーが来たときのお茶はうんと渋くしてやってちょうだい。クッションも硬くて古いのを置いて、お茶菓子も砂糖たっぷりの林檎漬けにするの。手を抜いてはだめよ」

「……なるほど。トゥーナ公は相当な怒りを買ったご様子。ところで大量に詰んでこられたこの箱は、すべて洋服や靴といったものでよろしいでしょうか」

「…………はい」

「かしこまりました。後でローザンネ達に開封させましょう」


 途中からクロードさんも顔を出したのだけど、ご老体は私の飾りを見るなり数度瞬きした。


「もしや地主にでもなるつもりかね」

「じぬ……なに言ってるんですかクロードさん」

「そんな大層なものを身につけていては何に使うのだろうと気になるじゃあないか」

「もしかしてこの髪飾りですか?」

「もしかしなくとも髪飾りだとも。見たところ価値を理解してない様子だが、それはどこで手に入れたのかな」

「色々あって陛下にいただきました」


 銀細工で宝石は嵌まっていたけど素朴な造りだから、あの家一軒分の物とは違うはずだ。

 ところがクロードさんの反応は違った。背後や横に回りながらしつこく髪飾りを観察し、顎を撫ですさり、怪訝そうに告げた。


「このあたりの家数軒分は言い値で買い叩ける代物なのだが、もしや私の知らないところで活躍でもしてきたのかな」


 今度こそ本当に叫んだ。

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