284 閑話:遺跡に封じられたもの/前(世界設定系)
※時間軸は「恋歌の行方」が始まる前です。
そもそも遺跡とはなんなのか。
シスはこう答える。
「元は僕が生身だった時代、帝国の前身になった国が置いてた拠点のひとつに過ぎなかった」
「首都として在ったわけではなかったということ?」
「何を思ったか拠点を移して街を構え始めたのが始まりだ。当時は独自組織だった『神の目』って名乗る魔法使い集団が遺跡の秘密を解き明かそうと占拠も狙ってたんだが……」
それまで黙って話を聞いていたシャハナ老が口を開いた。
「わたくしたちオルレンドルの魔法使いの祖となった組織ですね」
「その通り。オルレンドルは金に飢えていた『神の目』の連中を取り込んで、『神の手』は自分達を売り込んで互いを利用した。後々組織は二分割したけど、残ったのはオルレンドルの魔法使い達だ」
「その人達のこと好きじゃなさそうね」
「実際嫌いだからね。『神の目』の信念は自分たちが絶対的な存在であることの証明だ。遺跡を探ってたのも精霊が作った遺跡であることを見抜いて、それを自分たちのものにしようとした。僕も半精霊だってばれてたから厄介払いが面倒だったんだ」
「それってどんな意図で?」
「縛って使い魔みたいに使ってやろうとか、力を奪ってやろうとかさ。まったく分不相応な企みさ」
「半分とはいえ精霊にそんな扱いするなんざ、昔は色々あったんですねえ。大体いまじゃいくら仲が悪くたって、二分するのだって躊躇しちまうのに、その頃の魔法使いは余裕があるもんだ」
現代では知る由もない昔の事情を聞けて興味津々なサミュエル。
シスは壁に手を触れつつ先へ先へと歩いて行く。地下の通路は真っ暗で、彼が頭上に照らしてくれた明かりが私たちにとって目印だった。
「昔はそれだけ魔法使いも多かった。死霊使い狩りなんて組織もあったくらいで、同胞だからって手加減はしなかった。いまみたいに仲良しでもなかったさ」
「……魔法院の連中が仲良しねえ」
「昔に比べたら、だ。まあ数も大分減ったし、潰し合ってくれたおかげではた迷惑な魔法も随分なくなったよ。ぶっちゃけ、あの時代に比べたら脳吸いなんて可愛らしいもんだ」
私たちの後ろにはバネッサさんを初めとし、シャハナ老が厳選した魔法使いが続いているも、歴史に埋もれてしまった話を聞けるのは珍しいのか、誰もがシスの話に耳を傾けていた。
「大分下に降りてきたと思うけど、まだ歩くの?」
「段々と近付いていってる。そんなにはかからないはずだ」
「さっきもそう言ってたじゃない。一体どれだけ続いてるのよ」
「精霊が作った遺跡だって言ったろ。中は見た目以上に広くなってるし、時間感覚だって狂うように出来てる。きみたちだって僕が一緒だから平気みたいなもんなんだよ」
それにしても、体感一時間は歩き通しだ。一体いつになったら目的の場所に着くのだろう。疲れを誤魔化すためにシスに話しかけているのは否めない。
先の話に繋がるが、現在私たちは地下水路から遺跡に突入して進んでいる最中だ。
いまは遺跡の機構が半壊したために露呈したらしい中央部に向かっている。本来の計画だと他にも護衛を付けてもらう予定だったが、シスが彼らは足手まといになると断った。しかし宮廷側も魔法使い達だけに任せられないのか、帝国騎士団所属であり魔法使いのサミュエルを同行させたのだ。
シャハナ老は……ご本人の好奇心。一見落ち着いているものの、きらきらと目を輝かせながら遺跡を見回しているから、弟子のバネッサさんの方が師の様子にハラハラし通しだ。
「精霊の作った遺跡っていったけど、どうしてそんなことがわかるの?」
「僕も確信を得たのは『箱』を出てからだ。それまではなんとなくそうなんじゃないか、くらいの感覚だった」
「……ルカが遺跡を壊したから?」
この建築物、下層に下りるにつれて幾何学模様が彫られている壁が増えている。いくらロストテクノロジーといえど人の手で建設できるとは思えず、紋様はシスを封じ込めていた『箱』に刻まれた文字と酷似していた。
「わかりやすく言えば封印が破られた……って感じだろうな。中央から微かにだけど精霊の気配がするから、残ってるんだろ。だから大体の推測ができた」
「精霊!?」
思ってもみない発言にバネッサさんが驚き、一同がどよめいた。これには飄々とした態度を崩さなかったサミュエルでさえも驚きに目を見開いている。
「そんなに驚くことか、と言いたいけど、きみたちはもう実物は見たことないだろうしな」
「シ、シクストゥス……本当に、その、この遺跡に精霊が残っているのですか?」
おそるおそるといった様子のシャハナ老に、シスはやや冷めた目で肩越しに振り返った。
「精霊は定命の者とちがって永遠をいきるものだ。昔行われた『撤収』に賛同せず、この遺跡を作っただけのものなら、いまだって残ってる可能性はあるさ」
「そう、それです。よければ教えてほしいのですが、どうして精霊達はわたくし達の世界から去ってしまったのでしょう。彼らはある日を境に忽然と姿を消してしまったと聞いています。それまでは共存しより良い関係を築けていたというのに……」
「それは人側の視点だろ」
祖父から聞いた話だけれど、と前置きをして語った。
「精霊に撤収を求めたのは当時の王たちだったと聞いてる」
「へー……合意しちゃったのね。意外」
「簡単に納得したわけじゃないさ。時間をかけて話し合いが行われて、最終的に精霊側が全面的に合意した。だけど彼らは人と違って簡単に群れるものじゃない、一気に撤収――ってわけにはいかなくて、五六十年かけて彼らだけの世界に行った」
「残った精霊もいたのよね」
「人と共存を図った者もいたけど、大抵は大地に同化した」
「そこからは私も聞いてるわ。たしか孤独に耐えきれなかったと聞いてるけど……」
バネッサさんは祖先に精霊を持つから知っていたのだろう。シスは皮肉げに笑った。
「人と精霊じゃ寿命が違う。仲良くしてた人間がくたばっちゃ上手くやっていくのは希だし、長い間ひとりでいれば長い孤独に耐えきれなくなるから……それに大半の同族が「向こう」に行って世界に満ちていた魔力が薄くなった」
そうすると何が起こるか。
シスはそれを「海の中で息をするようなもの」と例えた。
「『向こう』に行くための扉が閉じられた彼らができるのは、大地に同化して意識を消すことだけだった。これが彼らにとっての『死』にあたる」
「……残った精霊はそれがわからなかったのかしら」
「知った上で残ったのさ。実際そういう精霊とは一度会ったことがある」
そこからは魔法が衰退した理由を語る。
「人が精霊に撤退願ったのは絶対的な力を自分たちだけのものにしたかったからだ。だけど当時の連中は精霊がいるから大気に魔力が満ちて、大陸中を循環していたことを知らなかった。気付いていた連中もいたんだろうが、同胞を止めることはできなかった」
そうして精霊がいなくなった世界では徐々に「魔法」の概念が失われ、その力はいまなお喪失し続けている。当時の人がその事実に気付いたのは大体の精霊がこの世界を去った後だったのだ。
これに魔法院の人々は驚いた。聞いたことがない、と言えば嘲笑されたのだ。
「そりゃあ身勝手な理由で世界を独占した結果がこれなんだ。自分たちが馬鹿をやったから魔法が使えなくなりましたー、なんて堂々と言えるわけないさ」
だから真実を隠蔽した。精霊達は自らこの世界から去って、理由は不明とされているのである。思わぬ話に魔法院の一同は場も忘れ討論をはじめた。
「ここからの会話はシャハナ達には聞こえないようにするけど、大声は出すなよ」
驚きを隠せないシャハナ老達を尻目に、シスは私にだけ届く声で淡々と続ける。
「遺跡の話だ。さっきはああ言ったけど、僕にもまだ理解できないことがある。……ぶっちゃけなんでここの精霊がまだ存在してられるのかわからない。これだけ時間が経ってるのに、まだ存在できてるのは僕もまだ知らない遺跡の機構が存在するか、あるいは余程の化物が残ってるかのどちらかだ」
顔色を窺うと、その目元は気難しげに前を睨んでいる。
大丈夫なの? と小声で呟くと、わからないとまで返された。
「余裕がないから魔法が使えない連中は断ったんだ。僕が守れるのはきみひとりくらい、他の連中は……自分の身は自分で守れるだろ」
「危険だって言ってあげれば良かったのに」
「事前に伝えてやってる。危険より興味を取った時点で自分の命の責任は自分で取るのが当然だろ」
「……それで、なにが心配なの。まさか地下に閉じこもっているからとか言わないわよね」
「それもあるけど、なぜ遺跡の機構に、きみが生まれる前の世界の言語が複数組み込まれていたのか、この理由がわからない。明らかに異質なんだ」
「あとは? それだけじゃないはずよね」
「わかるようになってきたじゃないか。あとは遺跡の核と思われてた魔法の術式だ。あれは間違ってもここに閉じ込められてた精霊とは別物の存在だから、きっと後発的に生まれたなにかだ」
「んー……ルカを遺跡に送るとき、明確な意思や複数の存在を感じたけど、私は害を加えられなかった。だから力は強く……はないわよね」
「そうだなぁ。だからなんというか、悪意の塊ではあるんだが、その意識が外に向く感じじゃないんだよな。仕方なかったというか、そういう融合体の群れに感じる。で、悪い方の考えをいうぞ」
「聞きたくない」
「嫌だ言うね。……なんで作られたかわからなかったこの遺跡だけど、どう考えても中にいる『精霊』を閉じ込めるために作られて、その機構に違う世界の仕組みを使ったようにしか見えない」
「あなたみたいに騙されて閉じ込められた?」
「……どうだろうな。それにしちゃ術式に怨念じみた執念を感じるんだ。ただの術式がこんなにはっきりと憎悪を抱くのはおかしい。明らかに人の意志を感じる」
それを聞いて思いだしたのはうちの隣家、『目の塔』に続くための扉を隠し続けた外法の魔法だ。口にすると彼も同意した。
「外法を使って隠したのは、案外遺跡と相性が良かったからなのかもしれないな」
「じゃあその外法は……」
「人を使ってる。この遺跡に他の世界の言語が関わっていたのなら――」
などと語り終える頃、私たちの目の前には身の丈の何倍以上もある石扉が出現し、私の足元から大きな影が伸びた。すでに変体を遂げている黒鳥にサミュエルが後ずさる。
「ちょっと、そいつ、俺には近づけないでもらえますかね。悪いもの思いだしちまうんで」
「……サミュエルが逃げようとしたら頭をつついて髪の毛毟っちゃいなさい」
悲鳴を上げるサミュエルの傍ら、黒鳥はこころなしかご機嫌で頬をすり寄せてきた。この子も扉の向こうにルカの鼓動を感じるのだろう。
やっと迎えにきてあげられそうだと安堵の息を吐いて扉を見据えた。




