280、後始末Ⅲ
父さんとはひととおり方針を話し合うと、翌日は一緒にキルステン家に向かった。
兄さんからは私共々歓迎するとの手紙を受け取っていたが、不穏な雰囲気を感じ取ったらすぐ帰るつもりだった。きっと私だけは歓迎はされないと思っていたのに、真っ先に出迎えてくれたのはアヒムだ。彼は私がヘルムート侯やその側近の方々に何をしたか知っている。もしかしたら何も知らない父さんの前で糾弾されるかもしれないと覚悟していたのに、彼はこっそりと告げてきた。
「今日の会談で貴女を追及するつもりはありません。おれもアルノー様も、エミール坊ちゃんには何も話していませんよ。だから変に気を揉まず話してください」
「……どうして何も言わないの?」
「そいつはアルノー様に聞いてください。最後まで黙っていると決めたのはあの人だ。それより、家族として会えるのはこれが最後かもしれない。……団らんを楽しんでください」
不思議でいて悲しそうな笑みを浮かべるのだった。
実際、私と顔を合わせた兄さんははじめに苦悩を眉間に寄せたものの、なにも責めてはこない。それより父さんを見てぱっと表情を明るくしたエミールに全員が気を取られたのだ。
「父上、カレン、よく来てくれました。こちらから出迎えに行くことができず、足を運ばせてしまい申し訳ありません」
「父さん、お久しぶりです!」
「……思っていたより元気そうで安心した。エミールも、立派になったな」
「前より力がついたかもしれません。毎日体を動かすのが楽しいです」
「学校では良い友人にも恵まれています。帝都に連れてきたのは正解だったかもしれませんね」
「そうか。……今日はお前にも同席してもらうことになるが、かまわないかね?」
「大丈夫です。兄さんから話は聞いていますし、僕なりの答えも出ました」
父さん達は抱擁を交わし、また末っ子の成長に驚きを見せたのだった。
兄さんは以前会った時よりも眼に力が入っている。すっかり腹を括った顔つきだ。家族全員を囲んだ卓で一通りの情報共有を終えると全員に向かって詫びたが、声に揺るぎはない。
「大体のことはこれまで送った手紙と、そしてカレンから聞き及んでいると思う。エミールには私から大体は説明させてもらいました。……当主でありながら、キルステンの名を落とし、あまつさえ家を捨てこれまでの責任を放棄する。ただひとりの個人を選ぶことを深くお詫びします」
この言葉に、父さんはしばらく黙り込んだ。わかっていながら受け止めるのに時間が掛かった、そんな印象だ。
「その言い様では、お前はもうどうするかを決めたのだね」
「ヴィルヘルミナが遠方に移送されることは内々に通達が来ています。私は彼女と共に行くと決めました」
「……意味は理解しているのだな」
「帝都のみならずファルクラムに戻ることすら許されないでしょう。そしていまから祖国へ往復するだけの猶予は与えられない。……ゲルダと甥っこには会えず終いとなります」
「どこに行くにせよ、このような形で追いやられる以上は生活するのに厳しい土地かもしれない。これまでのように使用人にすべてを任せるばかりではいかなくとも皇女殿下を選ぶのかね」
「……支えたいと、それでも共に在りたいと思う人を選んだつもりです」
「では家族を捨てるのだな」
厳しめの言葉には苦渋に歪んだ。キルステンが帝都移住を決めたのは姉さんのためといった理由もある。後援すると決めていたのは兄さんだから、父さんはそこを突いたのだ。
「ゲルダにもどれほど詫びても詫びきれないでしょう。あの子には愚かな兄ですまないと……そして不出来な息子で申し訳ありませんでした。こんな謝罪で許してもらえるとは思えませんが、それでもお怒りが解けないようであれば、私のことはいなかったものとして扱ってください。カレンとエミールも……」
「……僕は別に怒ってません」
……私はこの状況に追い込んだ本人だからノーコメント。
「許してくれ、お前の覚悟が如何ほどかと試すような物言いをした。だからエミール、そう心配そうな顔をするな。私はアルノーを勘当するつもりはない」
「しかし、そのくらいしないと周囲への示しがつかないのでは。どのみち私はもう帝都や実家にも……」
「面目を気にして我が子をなくしては意味がない。私はもうそんなことのために大事なものを失うつもりはないのだ。お前も、それを経験しているからこそ選んだのではないかね」
これが父さんの答えらしい。そして兄さんの謝罪はここまでだと言い切った。
「たとえ二度と会えずとも、お前には私の息子でいてもらう。そして大事なのは今後のことだ。そのためにゲルダも乳飲み子を抱えた状況でありながら私の背中を押した」
これはなぜ父さんがこのタイミングで到着が間に合ったかにかかってくる。
そう、帝都への出向を決めた理由だ。
現在の姉さんは生まれた赤ちゃんの世話に追われる日々を送っている。父さん曰くすっかり明るくなったそうで、傷は完全に癒えずとも生まれた我が子の存在に色々と救われている。 国王陛下が亡くなったことも拍車をかけてか、やや肝っ玉母さんの片鱗がある……とは、これは姉さんと手紙をやりとりしていたエミールの言葉だ。
話は逸れるけれど、姉さんと赤ちゃんのお世話には父さんと離縁した母さんがたまに顔を出すようになったそう。父さんは顔を合わせていないからと教えられたが、このあたりは姉さんにしかわからない感覚があると思うので、私から言うべきことはない。
さて、そんな姉さんだけれど、父さんの悩みを知っていた。
それはオルレンドルで起こっている帝位争い。すなわち私と兄さんの対立だ。私たちが帝都に経った後もかなり気にしていて、国外から来る商人などから事細かに情報を収集していた。だけど姉さん達を置いていくわけにもいかず悶々としていたら、ばれていたらしい。ある日鞄を渡すとこう言ってきた。
「私の代わりに一度向こうの様子を見て来ていらして」
しかし娘は乳飲み子を抱えた身だ。置いていけないと反論すれば冷たく言われた。
「私だって一人の大人です。生活なら夫の残した遺産があるし、身の回りを世話してくれる人達や、相談できる相手だっている。だからそう過保護にならないでちょうだい。父さん達はなにかと私をか弱いと見過ぎよ!」
かなり柔らかめの表現だが、要は父さんの尻を蹴って追い立てたのだ。父さんははじめこそ娘に気を使わせてしまったかと落ち込んだものの、途中情勢の悪化を聞き、思った。
「こうして思えばあの子なりの予感があったのかもしれん。アルノー、お前宛にこれを預かった」
大きな鞄を運び込んでいた。一体何だろうと思っていたけれど、中身は手編みの膝掛けと一通の手紙。怪訝そうに中を開いた兄さんは、その中身を読むなり目頭を押さえた。
『好きに生きなさい』と書いてある部分だけは読み取れる。
「あれからゲルダも外に目を向けだし、見違えるほど逞しくなった。私もあの子も重荷になってまで当主にすべてを費やしてほしいとまでは思っていない。こんな形にはなってしまったが、一人の人間として決断を下したのなら、その想いを尊ぼう」
「許してくださるとおっしゃるのですか。私は、てっきり……」
「皇女と共に行きたいのだろう。私の息子の決断ならば、その背に刃を突き立てるつもりはない」
「…………申し訳ありません」
「先も言ったが、今後謝罪は不要だ。お前にも遺していってもらわねばならないものは多くある。これからゆっくり過ごせる時間はないと考えてほしい」
父さんは一度私たちを見渡した。異論はないかと問う目に、当然反論はない。エミールもすでに納得していた様子で「大丈夫です」と言った。
「私は一度引退を取り消さねばならないだろうな。それでエミール……」
「僕が当主を継ぐかどうかですね」
ここでキルステンの主役がエミールに移る。
私はとっくにコンラートに嫁いだ身。姉さんは同様にサブロヴァとして次期ファルクラム総督を養育している最中となれば、次男のエミールに話が流れるのは当然だ。兄さんがこの決断をくだした時からエミールには判断を委ねていた。昨日姿を見せなかったのもこのためだ。
「兄さんから聞いてはいましたが、確認させてください。当主を継がなくてもいいとおっしゃるのは、父さんすらも本気なんですね」
「私はキルステンが貴族であることにもう拘りは持っていない。父祖達には申し訳ないが、私の代で家名が潰えるのならそれでも良いと思っている」
「うちに仕えてくれた者達はどうするつもりですか」
「彼らについては私が最後まで世話をしよう。そう悪い結果にはならないはずだ」
それでも家を存続させるなら養子でもとればいい、と言ってのけた。このあたり積極的ではないようだが、父さんや兄さんの意思は固く、エミールの好きなようにさせる方針は変わらない。
「姉さんはどう思いますか?」
「……私はどうなったとしてもキルステンを支援します。家を継ぐのならあなたを助けるし、そうでないなら荒れることなく閉じられるように父さんに力を貸します」
「じゃあ継ぎます」
「じゃあって……エミール、あなたね」
我が弟ながらあっさり言ってのけてしまう。もっと時間をかけてもいいと言うつもりだったのに、エミールはとっくに答えを出していた。
「別に自棄になってるわけじゃないです。最初から父さんに言ってたように、答えは出してました。僕はキルステンを継ぐのは悪くないかなと思ってます。でも、父さん達もよく考えてください」
「考える、とはなんだろう。父さんに詳しく教えてくれないか」
末っ子のエミールがこうした場で一挙一動の注目を浴びることは滅多になかった。緊張のためかジルを呼び寄せ、頭を撫でながら自分の言葉を伝えていく。
エミールは武人、即ち軍人になりたいと言った。
「帝都で過ごす間に色々教わる機会がありました。コンラートもですけど、ヘルムート侯なんかにも目をかけてもらえて、剣も教えてもらえました。ただの貴族として収まるのは、きっと無理です」
この言葉は少し胸に刺さるが、顔には出さない。
「……剣を学びたいなら私は止めない」
「それだけじゃないです。うちは堅実な領地運営をするのが得意だってみんな言ってましたけど、これまでとは違うこともやりたいんです」




