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273、望む結果は違っても目的が一緒なら

 やるにしてもいくらか準備は必要だ。

 シスを迎えに一旦家に帰ったところで出くわしたのはマリーだ。彼女には仕事帰りであろうサミュエルが付き添っている。

 彼女は私をみるなり眉を顰め、足音高く距離を詰めてきた。


「アナタ、その状態で出かけてきたの?」

「え、ええ。ただいまマリー、あなたは帰りが早かったのね」

「クロードさんのお使いも早く終わらせてくれるのが殆どなの。ところで話を逸らしたようだけど、ただ宮廷に行ったにしては遅かったじゃない」

「……そんなことないけど?」

「へぇ?」


 顔を両手で挟まれた。まるで団子みたいにぐにぐに弄られて、彼女は青筋を立てながら言う。


「誤魔化せると思ってるんじゃないわよ。宮廷からあなたの乗った馬車が出てどこかに行ったのは知ってるのよ。大人しく吐きなさい」

「え、ちょ、なんでそんなこと」

「いまの私にはこの便利屋がいることをお忘れ?」


 サミュエルを見やると目をそらされた。


「や、俺いまマリーに逆らえないんで。そう命令したのそちらなんで悪くないはずっすわ」


 たしかにマリーが「しばらくサミュエルを貸して」と言うから引き渡した。結果、仕事以外の時間は馬車馬の如く使われている。

 マリーの要請は元恋人だけあって情のある対応をすると思っていた。しかし彼女がサミュエルと恋仲らしい行動をすることはなかったし、そもそも引き渡し時に行ったのは平手打ちだ。甘い言葉はひとかけらも投げず、持ってきた鞄を投げてこう言った。

 ――よくもこの私を金で解決できる女だなんて侮辱してくれたわね。

 開いた鞄の口からは大量の金貨が覗いており、サミュエルは「ごめん」とひと言彼女に謝った。マリーから話を聞いていた使用人のローザンネさんによると、サミュエルは偽名を使って彼女と付き合っていた。その後ただ別れ話を切り出し、ただお金だけを置いて姿を眩ましたらしい。

 ……マリーは実家のダンスト家に売られろくでもない男に嫁がされた。特にこういったお金絡みの話には彼女なりの拘りがあるのだろう。


「でも護衛無しは流石に拙いんじゃないですかね。平時だったらいいんでしょーけど、ほら、まだうちの元隊長見つかってないし、兜男サンは付けておくべきだ」

「ご忠告どうもありがとう。お気持ちだけ受け取っておきます」

「お待ち、まだこちらの話は終わってなくてよ。それにまた出かけるってどういうつもり。せっかく新しいケーキを買ってきたのに無駄にするつもり!」


 地雷を踏んでしまった。そういえば昨日、美味しいお菓子買ってくるっていってたような……。最近のマリーはとにかく手の込んだお茶会を開いてくれるから、その企画を台無しにしてしまうのは申し訳なかった。


「ごめん、でも急ぎの用事があるから」

「どういう用事よ、さっさと話しなさい」


 彼女も私があちこち出かけるのは反対派だ。怒りを露わにしてきたので、キルステン家絡みだと言えば、一応の静まりを見せた。


「……アルノーはどうしてたの、あのヘタレは気落ちしてなかったかしら」


 ヘタレとは随分な言葉だ。彼女も親族だし、ここは嘘をついても仕方ないと説明すれば、一応の納得をみせてくれた。


「ふーん。昔っから悩みやすいというか、手際が悪いとは思ってたけどここまでとはね。なに、結局泣き暮らしてるだけなんじゃない」

「……マリー、兄さんには兄さんの事情がある。誰もが思いきりよく動けはしないの」

「知ってるわよ。陰気同士が話し合ったところでどうにもならないって思っただけ」


 そして彼女はふう、と嘆息つく。

 続いてサミュエルに振り返ると、ケーキの箱を氷室にしまうよう言った。


「キルステンは私が行ってあげるから、あんたはそのアルノーにとって大事な用件ってやつを済ませてきなさい」

「マリーがキルステンに? でも一体なにしに……」

「罵倒なんかする気はないから安心して。あなたじゃ多分無理なことを話してくるだけ」


 私には無理なこと?

 すべてを説明するつもりはない様子で、てきぱきと出発の準備を整える。その最中彼女は「本当はゲルダがいたら一番よかったのだけど」と言った。


「いない人に頼るわけもいかないわ。キルステンの問題に首を突っ込みたくはなかったけど、あなた達のことは小さい頃から知ってるし、親戚のよしみよ。私が話をしてくるから、アルノーのことで悩むのは止しなさい」


 そう言って出かけてしまった。

 なにをするつもりなのかわからないが、私が本来家に帰ってきたのはシスを連れ出すためだ。彼に私の考えを説明すれば二つ返事で了承の意を返された。


「きみのいってることは無理難題だができないわけじゃない。ヴィルヘルミナには僕もいくらか仕返ししてやりたいから、受けてあげてもいいさ。だけど家にいろっていわれたら今度は外出って、随分せわしないな」

「振り回すのは悪く思ってるわ。だけどこれが終わったらこの内乱は終結する。あなたも外に出歩けるようになるし、悪い話じゃないでしょう」

「悪いとは思ってないさ。言ったろ、僕は皇族が特に嫌いだって。だからその提案は僕好みだし構いやしないんだけど……」

「けど?」

「出かける前に仲直りくらいしてもらいたいな。家の中の空気が最悪で、こんな家に帰ってくる方の身になれよ」

「……いま話しても喧嘩にしかならないから、もっと雰囲気が悪くなるわよ」


 それだけ答えるのが精一杯だ。

 シスを連れてモーリッツさん達がいる野営地に到着したのは夕方頃。ライナルトから連絡を受けていたニーカさんが出迎えてくれた。

 帝都から一歩外に出ると戦の臭いが色濃く残っている。この野営地も例外ではなく、すでにいくつもの天幕が張られているが、あたり一帯はただならぬ雰囲気に包まれている。おそらく兵ひとりひとりがいつでも戦いに出られるよう備えているためかもしれないが、それでもニーカさんによれば「勝戦ムードで気が抜けている」らしい。見渡す限りには兵の姿があり、そろそろ暗くなるとあってかたき火の炎があがりつつある。もう少ししたら炊き出しの天幕に人が並び出すはずだと教えてくれた。


「我々は皇女殿下の軍を包囲する形で揃いつつあります。全面に我らが、その周囲をニルニア領伯やトゥーナ公、バーレ家を初めとした面々ですね。数日前までは彼らの威勢もよかったのですが、昨日あたりから兵糧も少なくなってきたのか、元気がありません」

「つまり、攻めようと思えばすぐに全滅させられる状態ですか?」

「……そうですね、難しくはないでしょう」


 はっきり言ってしまったためか、ニーカさんはいささか口ごもった。


「殿下から話は伝わっていますので、アーベラインやトレンメル伯も夫人の件は了承しています。ですが、お気を悪くしないでもらいたいのですが、トレンメル伯はヘルムート侯と違い経験が浅い。会っても気分を害されるかもしれませんが、どうか目を瞑っていただきたい」

「承知しています。トレンメル伯にしてみたら手柄を横取りされる心地でしょう」

「ご理解感謝します。最近は特に……悪い人柄ではないのですが、ヘルムート侯がなかなか説得に応じないため疲労が溜まっている。なにをいわれても聞き流してください」


 実際会ってみてわかったのだが、まだ二十代前半と若く、挨拶もそこそこに嫌味を飛ばされた。


「陛下の命令ですから、致し方なく……致し方なく了解したのです。本来ならば貴家のような移住したばかりの貴族に任せるような仕事ではないことは重々ご理解願いたい。ああそれに貴家はあくまでも我が家の支援として来たことになっている。……といっても移民になどに頼る必要など……。仮に皇女殿下が説得に応じたとしても、夫人の手柄になることはないですぞ、いいですな!?」

「はい、重々承知してます。決してトレンメル伯の邪魔はいたしません」

「皇女殿下の元に送るのも一回だけだ。貴女のような素人がこんな所に来るだけでも迷惑だというのに、ましてや敵方に送り届けるだけでもどれだけの人材が必要と……待て。コンラート夫人、貴女は護衛すら連れて来なかったのか!?」

「ああいえ、皇女殿下に敵対するつもりはないと意思表示するためです」

「まったくド素人はこれだから……!」


 実は軍属経験がないトレンメル伯も私同様『素人』なのだが、なにもいってはいけない。

 トレンメル伯には上記の話を数度に分けて幾度も確認された。こちらの介入に納得していないのは傍目にも明らかで、私もそのたびに何度も頷く。五度くらい繰り返されたところで、忍耐強く黙っていたモーリッツさんが口を開いた。


「トレンメル伯、私は少々夫人に話がある。卿は少々風に当たってこられるとよろしかろう」


 鶴の一声であった。

 大貴族ヘルムート侯の甥といえどモーリッツさんには頭が上がらない。不承不承ながらトレンメル伯が天幕を後にすると、針みたいに鋭い視線がこちらを睨めつける。


「ここにまで割り込んでくるとは思わなかった。貴女はどこにいても首を突っ込んでくるな。それに余計なおまけ付きだ」

「不愉快でしたらすみません。早めに終わらせて帰ります」

「はーん? なんだ、きみ、また僕に仲良しこよしされたいんだ?」


 詰め寄ろうとするシス。彼の首根っこを掴んだのはニーカさんだ。


「いまは真面目な場だからやめろ。それ以外だったら好きにするといい」


 この発言にモーリッツさんは右目元を痙攣させるも無視を決め込んだ。


「我が君が決定したのであれば否を唱えるつもりはない。ただしトレンメル伯も言ったように機会は一度だけだ。それが終わったら帰りたまえ」

「かしこまりました。機会をくださったこと感謝しています。……けど、アーベライン様、ひとつ先に相談しておかなければならないことがあります」

「……聞こう」


 モーリッツさんがトレンメル伯を追い出してくれて助かった。シスも難なく確保できたし、この場にはモーリッツさん、ニーカさんといった必要な人が揃っている。まだ皇女には会っていないけれど、お膳立てが揃いすぎて、わずかな不安も払拭できそう。


「明日以降の話です。今晩のうちに決着がつくでしょうから、その前に皇女殿下が降伏してからのことを考えておかないといけなくなります」


 二人が顔を見合わせる。政治に関わるわけでもない私がなにを言っていると思っただろう。

 ここから先はどうしてもモーリッツさんとニーカさんの協力が不可欠だ。

 ……あの日、あの森。ライナルトと二人だけの夜に、彼の話を聞いた時からずっと抱いていた不安。ライナルトから話を聞いているはずの彼らなら私とおなじ危惧を抱いていたはずだ。


「お二人はもし皇女殿下が降伏された場合、ライナルト様が彼女をどう扱われるつもりなのか、どう考えていたかご存知のはずですね」


 考えていた未来は違っても目的が同じなら、きっと私たちは手を組めるはず。

 ライナルトには絶対話せなかった、ヴィルヘルミナ皇女を生かしたいもう一つの理由。それを彼らに切りだせば、ニーカさんは天幕から人払いを行い、モーリッツさんは目の色を光らせる。

 最後の準備が整った確信を得たのだった。

 2巻に「本好きの下剋上」の筆者 香月美夜先生の推薦をいただきました。

 3月2日発売の2巻「転生令嬢と数奇な人生を-落城と覚悟-」帯に紹介がありますので是非ご覧ください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] マリー!!元彼を馬車馬の如く働かせ従兄をヘタレと言い切るマリーかっこいい!マリーのさっぱりとした物言いと決断力が強いところが好きです。 [気になる点] バルドゥル本当にどこにいるんですかね…
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