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254、おとり

 皆には格好良くいってみたものの、裏方の私たちに派手なことがおきるわけじゃない。


「それでは契約成立と言うことで。今日の内容は追って書面にて」

「良い取引をありがとう。今後も期待しています」


 お互い良い条件でまとまったからか笑顔が絶えなかった。目の前に座するはにこやかな商人で、たったいまコンラートとの取引が決定した。

「それにしても会長が自らおいでくださるとは思いませんでした。わざわざお顔をみせてくれるということは、当家を買ってくださると期待してもよろしいのでしょうか」

「なんのなんの、コンラートとの取引ともなれば半隠居といえど顔を出さねば失礼にあたる。自ら足を運んだ甲斐があったというものだ。ああ、お時間があるなら食事もどうかね」

「会長にお誘いいただけるとは光栄ですが、今日は別の方と約束があったのではありませんか」

「おや、これは結構な耳を持っているようだ」


 場は良い雰囲気で纏まっているけれど、これを鵜呑みにできるほど呑気ではない。


「心配は不要、あちらとはいつでも会える。我が商会は皇女殿下並びにヘルムート侯と懇意なのでね。多少の融通は効かせてくれるさ」


 知っていますとも。だからこそ今日の会談を取り付けたのだから。

 それにしても今日は帰りが遅くなるなー。

 お昼ご飯はうちで食べられそうにないと諦め、笑顔で会食に応じる。

 味より作法と会話に重点を置いた食事会が終わる頃には、精神的にはぐったりだ。一息つけたのは馬車の戸が閉じてから。ゾフィーさんの労いの言葉があって、はじめて背中を丸められる。


「お疲れさまでした。予定よりも時間がかかりましたね」

「会長さん、お喋り好きなんだもの……。同じ偉い人でも昨日の方がよっぽど楽だった。お話もすらすら進んだもの」

「ミディール氏は無駄に時間を消費するのを嫌いますからね」

「母娘二代で商会を作り上げただけはありますよねー。溌剌として格好良くて、圧が桁違いでした。ああいう方になりたいです」

「あちらは一方で厳しすぎるとの声もありますが、目指す方がいるのは良いことですよ」

「道は遠そう……今日はどうでした」


 尋ねると、相変わらずだと首を振られた。


「変わりません。相変わらず尾行がついたままです」

「彼らはこんなことに労力使ってないで、別のところで頑張ってくれないでしょうか。いまの市街地なら困ってる市民がたくさんいますよ」

「お疲れですね。早く家に戻って一息つきましょう」

「お願いします……もうへとへと……」

 

 愚痴すらも聞き流してくれるゾフィーさん、本当に頼れる秘書官だ。逆に当主代理がこんなに弱くてすみません。次こそはもうちょっと頑張ります……。

 家に到着すると、隣家の前に立つ衛兵二人が目に入った。ヘリングさんが憲兵隊に連行されて以来、この家は人の出入りが制限されている。エレナさんも外出を許されず、食料及び生活用品は彼女のおじいさんおばあさんが差し入れている状況だ。

 お疲れ様です、と表向きは笑顔で挨拶をして玄関を潜る。

 一階の居間では教科書を広げたヴェンデルと、勉強を教えるマルティナの姿があった。それに加え、一緒にいる人は……。


「おかえりなさーい。お仕事お疲れ様でした」


 青髪を緩やかに結び、長椅子を我が物顔で占拠するのはエレナさん。足元にはクッションに身を委ねたチェルシーが寝入っている。


「お昼からこちらに来て大丈夫ですか」

「だいじょーぶだいじょーぶ。あの人達の行動はわかってますから、ちゃんとバレないようにしてきました。おばあちゃんが来る頃には帰ります。ゾフィーもおつかれ!」

「また無茶をしたのだから。皆さんに迷惑をかけないように」

「はーい。でも代わりにチェルシーちゃんの面倒見てますから!」

「みんな忙しいから助かってます」

「でしょでしょ、最近は仲良くなれた気がするんですよね」


 お隣から出られないはずの張本人。もちろん偽物なんかではなく本物だ。

 気になるのは彼女がどこから我が家に来たのかといえば、これはもちろん庭経由。

 ヒルさんたちに作ってもらった塀の穴だ。工作を施しているからぱっと見ではわからなくなっているのだが、なにかあったときの備えと用意していたら、さっそく利用する機会を得た。隣家との間に隙間はあるが街路からは見えないし、裏から覗くのも不可能に近い。

 例外はエレナさん祖父母宅の二階だけど、こちらが衛兵に密告する可能性はない。

 私が帰ってきて慌ただしくなったからか、ヴェンデルとマルティナは自室に移動だ。本人は残りたがったけれど、いまは休校中だからこそ、毎日の勉強は欠かさずやってもらわなくてはならない。

 ウェイトリーさんは仕事のためお向かい宅、ジェフは買い出しの荷物持ちとしてお出かけ中。他の皆は家事に忙しかったり、ヒルさんに付き添ったりと、居間は女三人で占拠だ。


「皇女派の商会と取引を決めに行ったんですよね。どうでした?」

「うまく纏まりそうです。このままうちが焦ってるって勘違いしてくれたらいいのですけど」

「なにも知らないで慌てるフリをするってのも大変ですよね。おまけに今日も見張りが付いて回ってたんでしょ。へっっっったくそな尾行で」

「おかげで見つけやすいみたいだからから楽ですよ。ヘルムート侯なんかは騙されてくれないでしょうけど……」


 エレナさんは「へたくそ」と言うけれど、監視者達の本当の実力は不明だ。なにせ尾行の存在を見破れたのは、元軍属のゾフィーさんや後ろ暗い事情に精通するクロードさんの部下の手腕だったりする。

 私たちが尾行されはじめたのはライナルト廃嫡の一報後だ。モーリッツさん達と違い、謹慎を言い渡されていないコンラートは自由だった。


「周りを騙せれば充分ですよ。アーベラインからもそう言われてるんでしょ?」

「ええ。囮役をしろって」

「立派にお勤め果たせてるじゃないですか」

「……もうさっそくやめたいです」

「まあまあ、商談が纏まるなら懐もあたたまっていいこと尽くめ。今回はあちこち動けーって、事業拡大のためにバッヘムからも出資があったんでしょ?」

「こんなにばれたら怖い出資はじめてです」

「もしばれても後ろ暗いお金じゃないからへーきへーき。要は誰からの指示か公にならなきゃいいんです。調べられたとしても調査中にケリがつきますよ!」


  あちこちで駆け回っている裏側ではバッヘムの支援を受けている。ご丁寧に出資元が割れぬよう工作するため、架空の商会を経由した資金だ。


「誰かが派手に動くことで動きやすくなる人はいます。クロードさんが動き回れるのもそのおかげでしょう?」

「はしゃぎすぎてウェイトリーさんがずっと頭痛そうなんですよね」

「そうだあの方最近若返りましたよね?」


 やっぱりエレナさんにも同じように映っているらしい。

 私が表で働く分、裏でモーリッツさんやトゥーナ公らと密接に連絡を取り合うクロードさんは、日に日に若返りをみせている。ただの錯覚だけれど、あの様子だと一ヶ月後には三十代になっているのではないだろうか。


「うまくやってくれるといいのだけど……」


 モーリッツさんはいずれ戻ってくるであろうライナルトと連携を図るため策動し、トゥーナ公は兵を動かすべく密かに軍を編成中だ。他にもバーレや軍内部の動き等あるのだが、みんな裏で暗躍していると思ってくれて構わない。なにせライナルト派は人が足りないので、この状況で役を任されない者の方が希だ。

 それでコンラートが任されたのは囮なのだけど、これは文字通りの意味でしかない。

 ライナルト一派が市場で動くことで餌になるのだ。これ以外にも明日は帝国貴族との会食が予定に入っている。

 モーリッツさんには私の演技力に期待しては駄目だと力説したいが、やはりこれも謹慎騒ぎで動ける人間が限られた影響だ。他にもこちらの息が掛かった商会や有力市民が活動しているけれど、この中で一二を争って精力的なのはコンラートになる。

 うちに白羽の矢が立てられた理由はといえば、これは単純に他勢力から見て、取引しても損がない家だから。

 知っての通りコンラート次期当主の後見人にはライナルトが居て、一見どう見ても皇子側の一派になるのだけれど、当主代理の私は違う。

 ひとつは兄たるキルステン当主がヴィルヘルミナ皇女の恋人であること。

 以前アヒムが言っていたが、兄さんは度々私の件についてリューベックに苦情を送っていた。このことを知っている者は、たとえライナルトが敗れたとしても肉親の情から私が生き残る可能性はあると考える……らしい。

 ふたつめはリューベック家。

 他ならぬご当主が私に興味津々だ。婚姻関係になるのも時間の問題とみられているから、やはり取り潰しは免れるかもしれない。それどころか上手くいけばリューベックと懇意になれる見込みがある。

 みっつめはバーレ家。

 表向きバーレのお家騒動は収まっていないけれど、現当主イェルハルドとの関係は良好だし、ベルトランドの娘だからと一目置かれる。

 あとは『祖国を売った先見性』や『悪の魔法使いを討伐した』悪声も一役買ってるみたいだが、これを語る必要はないだろう。


「うちが皇女派に交流をはかろうと積極的に動けば動くだけ、元皇太子は後がないと周囲は誤解して油断を誘えるって……ほんとかなぁ」

「そう思う人もいるし、いない人もいます。カレンちゃんの言うとおり、皇女殿下の側近なんかは騙されないでしょうが、派手に動けば注目せざるを得ないのは事実ですよ。人を割かずにはいられません」

 

 世間体はいまさらだが、もし世間に誤解されて不快に感じる部分があるとしたら、コンラートがライナルトを切ったという点だろう。問題が解決したら疑惑は晴れるけれど、気持ちのいい誤解じゃない。


「まあまあ、どのみち短期勝負です。長くはかけられないから、少しの辛抱ですよ」


 この時期は商人の動きが活発だ。

 なにせ帝都は皇太子の帰還を待っているのが現状だが、当の皇太子が廃嫡を認めねば戦が発生するのは火を見るよりも明らかだ。市民はこの後継争いに口に戸を立て様子を窺うが、この機を逃せないのは商人群。

 彼らは戦はお金になると考える。

 加えて帝国とヨー連合国の和解で、新たな利益を生み出すチャンスが発生した。いま動かねばいつ動く、それがいまの帝都の現状だ。

 故に余裕のある商会は保険としてうちで取引をする。皇子と皇女、どちらが皇帝の冠を戴くかで今後の情勢もかわるけれど、以上の背景が、皇子派のコンラートが弾かれていない理由の数々となった。

 ごろ寝しちゃえと空いた長椅子に転がった。聞き役に徹していたゾフィーさんが封筒の中身を取り出し、チェルシーを起こさぬようエレナさんに渡す。


「確認作業を手伝ってもらえるか」

「ええー。わたしがこういうの苦手だって知ってるじゃない」

「ひととおりはできるだろう。量が多すぎて追いつかないんだ、いまは猫の手だって借りたい」

「……もー。しょうがないですね。間違いがあっても知りませんよ」


  勝手な行動……ではない。彼女にはあえて仕事を任せたいと言ったゾフィーさんの提案だ。

 エレナさんはうちを守るのが仕事だからと足を運ぶけれど、危険を侵してでも塀を越える本当の理由は、ヘリングさんの消息が掴めなくなったからだ。


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