214、過ぎる時間+新規イラスト
今回のイラスト:https://twitter.com/airs0083sdm/status/1432630462950694917
「ん、まぁどんなやつかは知らないけど、お友達になりたい感じじゃないもんな。違うんだったら断るの頑張れよ。あそこ名家だし断るのも一苦労だろ」
「……ええ、本当に大変」
場を取り繕うべく咳払いをしたけれど誤魔化せた気はしない。
「お前なんか嫌いだーって頬でもぶん殴ってやりゃあいいじゃん」
「それで引き下がってくれるならいくらでもやるけど」
「うん??」
「あなたの提案、こうなったら、と思って悪評覚悟でやろうとしたのよ」
……いまでも思い返せる。リューベックさんの求婚から数日後、ちょっと買い物に出かけた先で「偶然」にもあの人と再度出くわした。この時はガルニエ店みたく上流嗜好向けの店が連なる通りだったのだが、私をみるなり破顔したリューベックさんはこの手を取った。この瞬間あがったのは絶叫か黄色い悲鳴。前者は「何故リューベックともあろう者が、あんな娘の汚い手を取るのか」ではないだろうか。
この瞬間、私は拙いと思った。
理屈なんてどうでもいい。とにかくなんでもいいから対応せねばならない。
咄嗟に思いついたのは「嫌われてしまおう」である。致命的な何かを間違う前に、この際相手に恥をかかせても構わないから非礼を働く決意をした。周囲から「コンラート辺境伯夫人はリューベックに相応しくない」と止めてもらうのだ。右手を引き抜き、傷ひとつないなだらかな右頬に握った拳を打つべく力を込めた。
が、相手はそんなのお見通しだった。
抵抗より早く拳はそれとなく押さえられ、左手の甲は掴まれる。
「これは我が愛しのコンラート伯夫人、このようなところでお会いできるとは僥倖。まさしく皇帝陛下のお導きですな。言わずとも心通わせられるとはこのことかもしれません、流石私が見込んだ運命の人だ」
「――ひ」
「仕事の途中ですのでひとまずこれで退散しますが、またお会いできる日を楽しみにしている。次はもっと雰囲気の良い場所が良いですね」
手の甲に唇を落として去っていった。
このあとの買い物は、もうすべてが台無し。一日中鬱々とした気分で過ごしていた。
そしてこの直後、とうとうリューベック家から正式な申し込みが届いた。
こちらはクロードさんを派遣……といきたかったが、この頃はトゥーナ地方に出向いていたのでウェイトリーさんを代理派遣。お断りを入れたものの、リューベック家には呑んでもらえず、あろうことか将来の嫁認定までされてしまった。家族の誰か反対しなかったのかと思うのだけど、どうやら現家長のヴァルター・クルト・リューベックの総意は絶対らしく反対意見は黙殺されている様子。人間簡単に諦めてはいけないと思う。
リューベック家を見てきたウェイトリーさん曰く、こうだ。
「あり得ない話でしょうが、もし両家に縁ができた場合、カレン様はさぞ窮屈な日々をお過ごしになるのだろうと存じます」
などと控えめながらも大変分かりやすい感想を伝えてくれた。以来、リューベックさんの意思とは関係ない「らしい」贈り物の類が届くようになり、我が家は数日に一度すべて返却しに行くといった不毛な図が完成している。たとえ一品でも受け取るわけにはいかないから、すべてリスト化しての返却だ。余計な仕事を増やさないでもらいたい。
「ちょっと大変なのよ。こうなったら誰でも良いから助けてくれないかしら」
「ふーん、じゃあうちの爺さまに頼めばいいじゃん」
「最初はそのつもりだったのよ。だけどほら、いきなり家督争いが激化してしまったでしょ。だからいまお手間を取らすのは大変かしらって、控えさせてもらったのよ」
それに仕事でやりとりしている最中で、何度か医者に通っているだの、熱を出して寝込んだだの聞いてしまったのだ。元気なときならともかく、弱っているご老体に無理をさせたくない。
だというのにロビンは呑気なものだった。
「ばっかだなー。基本的に暇人だし、相談していいだろ」
「病気は? イェルハルド様、よくお風邪を召したとか熱で寝込んだとかばかり聞くのだけど」
「あー……そっちは、まあ、うん、とにかく大丈夫だから、一度声かけろって。とにかく爺さまに相談して、むしろやり過ぎないよう派手にやってもらったほうがいいぜ」
「まさか、イェルハルド様がやり過ぎるだなんて」
するとロビン、私に思いっきり憐れみの視線を送ってきた。まるで無知とは幸福だとでも言いたげに言ったのだ。
「お前な、いまじゃ大人しいけど、爺さまは現バーレの当主だぞ? 昔は他の候補者蹴落として当主の座について、いまじゃ三人も養子取った挙げ句、競わせて高みの見物決め込んでる人だからな?」
「それはわかってるのだけど、私の知ってるイェルハルド様って、芸術好きで、美味しいものをたくさん教えてくれる印象が強いのだもの」
「オレはしょっちゅう叱られてるけどな」
「バーレの名に関係なく接していい身内が少ないから、かもしれませんね。ロビン、貴方は軍の入隊を決めたときに色々と言われたでしょう?」
「まーそうだけど……」
「それとあまり長居して夫人の時間を奪ってはなりません。バーレ家の人間としてやるべきことがあるのだから、あまりだらけてはいけません」
「人ん家でやめろよ」
「残念ながら、イェルハルド老からサボらないように言いつけられています」
こうして遊び回る気満々だったロビン青年はメイジーさんにつれていかれてしまった。
残されてしまうと手持ち無沙汰だ。
ぼーっとお茶を飲みながら、ここしばらくの、コンラート家の動きを振り返る。
『箱』関連の個人的な部分を除き、いちばん大きな問題をもたらしたのは、やはりマルティナだろうか。彼女は現在コンラート家に顔を出していない。
彼女の両親の話は、私たちが予想していたとおり、本人の強い希望があって使用人達に話した。話をした感触としては、皆、ひとまず予想よりは落ち着いていた。
マルティナとうまくやっていたから「彼女が悪いわけではない」と声は出ていたけれど、複雑な思いはある様子で、すぐに笑って顔を合わせられる自信はないとの声が多かった。では酷な話だがクビにするかどうかを尋ねれば、それもしたくないとの声。ヴェンデルからもいまさら職を追うのも、と意見が上がり、協議を重ねた結果、彼女にはしばらくの地方出張をお願いした。
この地方出張は、トゥーナ公から譲渡された土地と、交易を盤石にするためのお仕事だ。両方の仲介役を兼ねるため地方への出向も多い。
やや難しい仕事になるのだが、本人は「やります」の一言で早々に帝都を発っていった。
庭師のベン老人がいちばん穏やかで「子供が悪いわけではないさ」と言っていたので、時が来ればまた彼女と話をする日が来るはずである。
……そしてそのベン老人。
負担が軽くなるよう気を遣っているのは一月前の通りだが、順調に回復しているウェイトリーさんとは反対に、最近は目に見えて衰えが目立ち始めた。
それでも庭いじりは生き甲斐だし、好きなことを無理矢理取り上げるのも酷なので、医者に診せながら経過を観察している。このところはヒルさんがベン老人の指示の元で土を弄り、めきめきと腕を上げている状態だ。護衛としての役目はハンフリーとジェフに譲りつつある。
こうした背景は、ジェフがコンラートに馴染んだのもある。ジェフはヒルさんを心配しており、いつまでも片腕で剣を持ち続けるよりはいいはずだ、としみじみ感想をもらしていた。
ハンフリーは、コンラートの時と比べれば逞しい男性に成長した。一度はヴェンデルと私を置いて逃げようとしたが、もうあの頃の弱気な青年はいないのではないかと感じ始めている。
エミールは兄さんのところで元気にやっているし、一緒の学校に通うヴェンデルから逐一様子を教えてもらっている。
ルカと黒鳥は気紛れに出現しては家の中をうろついているが、家人はすっかり慣れてしまった。時折クロードさんからお小遣いをもらったりしている。
あとは隣のご夫妻と親交を深めたり、エレナさんとマリーでお茶をしたりと色々かな。
「んー……ゆっくり仕事しよ」
このあとはお仕事が待っているが、その前にいったん食後の休憩だ。どのみちこの日も自宅でお籠もりなので、ゆっくり仕事に取りかかっても問題ないのだ。
……あとでお向かいに行くか、気晴らしに花壇の手入れくらいはするけど。
シスとの目の交換以降、私は意図的に面会や会合の参加を減らしている。遊んでいるわけではなくて、体に影響が及びにくい範囲の魔法の練習をして体を慣らしているためだ。目の交換で、いつ目眩ましを破る魔法使いに見られるかわからないからその対策も兼ねている。
……リューベックさんといつ出くわすかわからないから……もあるけどね。
世間では体調が芳しくないと思われているのではないかな。
猫のクロはいまごろ一階でのんびりしているはずで、シャロは私の目の前に寝転んでいる。イェルハルド老あての手紙の内容を考える中、万年筆の尻軸を柔らかい腹毛に埋めながら、ふと思った。
「ライナルトに相談してたら助けてくれたかなぁ」
本来だったらイェルハルド老よりも助けを求めやすいはずのライナルト。彼に相談をしなかった理由は他でもない、単純に彼が帝都を不在にしていたためであった。
イラスト(おむ・ザ・ライス先生(@mgmggat)
※書籍イラストレーターさんではありません。特別に描いてもらった今回限りのイラストです。
12月2日に1巻発売の運びとなりました。アマゾン、楽天等予約開始、電子書籍対応予定です。




