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199、もし、なんて夢想だけれど

 彼女はライナルトを否定したが、彼のすべてを嫌っているわけではない。

 

「もしこれが百年も前ならあいつは歓迎された。それこそオルレンドルが帝国となるまえの小国だった頃だ。周りの国々を平定しようとしている最中であれば強い王が望まれた。癪だが私よりライナルトの方が適任だったと認めてやるさ。だが時代は変わってしまった。ファルクラムを手中に収め土地が増えたいま、必要なのは民が安らかに暮らしていけるだけの平穏と基盤の確保だろう」


 そう言うと、ヴィルヘルミナ皇女は砂漠向こうにある都市国家連合や、大森林を越えた先にある大国ラトリアを例に挙げた。

 

「私は隣国の都市国家連合と戦をしてまで領土を広げたいとは思わない。距離があるだけ遠征に費用が掛かるから、兵士は疲弊して国が貧しくなる。戦がなにも生まないとは言わんが、無為に戦をするべきではない。たとえ我が国が他国を侵略して拡大していった国であろうと、次代の王がそうする必要はない」

「ヴィルヘルミナ皇女は、ライナルト様が侵略を望んでいるとどこでお思いになられたのですか」

「そんなもの見ていればわかる」


 自嘲気味の笑いだった。


「血縁者のなかではあいつだけが、見ているこちらが心配するくらいに必死に上へ駆け登ろうとしていた。それだけ功績を重ねようとしているなら嫌でも目に入る。同じ帝位を望む相手だからこそ嫌でも知ってしまうんだ」

「……そんなに昔から見ておられたのですね」

「こちらはそれなりに血の繋がった連中のことは見ていたから。ライナルトは見抜かれてるなんて思いもしていないだろう。もしかしたら気付いててもなにも言わないだけかもしれないけど」


 すべてが行き届きはしないが、と苦々しく呟くのはテディさんの件か、それとも私の知らない血縁者を思い返しているのか。

 彼女は語らずともライナルトを理解しているらしく、もしこれをライナルトが知ったらどう思うのか聞いてみたい気がした。


「いまでこそそれなりに取り繕うのが上手くなったけれど、あいつは人の命に頓着がなさすぎる。それ以上に自分に忠実すぎる。せめてもう少し……それこそ君を助けていた時の優しさがひとかけらでも民に向けられるのであれば、私とて協力を考えたというのに」

「ヴィルヘルミナ皇女こそ、それほどライナルト様を理解しておられるのなら、あの方を支えてはくださいませんか」

「兄妹仲良く、か? 君に言われるのは不思議な気持ちになるな」

「勿論私が言えた義理ではございません。無礼を働いているのも承知しておりますが、私が知る範囲では皇女殿下はライナルト様を誰よりも理解しておられます。あなた様の言であればライナルト様も聞き入れるかもしれない。お二人が手を取り合うのであれば、違った未来があるのではないでしょうか」

「……驚いたな。君は私を説得しようとしているのか。私はコンラートを滅ぼすのを是とした女だぞ?」


 一瞬、皇女の眉間には苦悩が宿った。諦められないことを認めてしまった、そんな諦観だ。こちらを怒らせる目的めいたキーワードだが、皮肉めいた調子で出すにはタイミングが良すぎた。


「ですが皇女殿下はコンラートを、無為な破壊を望んではいなかったのではないですか」


 この質問に対し、彼女は無言を貫いた。兄さんから話を聞いたときは特に言葉をもらえなかったが、いまこうして対峙し、皇帝カールの話を直に聞いたからこそ伝わる感情もある。


「殿下は先ほどご自身にも後がないとおっしゃいました。皇帝陛下が望まれた、まして国の領土拡大に挑む一大計画、後継者である殿下が異を唱えるのは難しかったのではありませんか」

「……そのような言葉はわずかなりとも救えてから言えることだ。あの地の破壊に合意したのは事実に違いない」


 ヴィルヘルミナ皇女は潔すぎた。本心では思うところなどいくらでもあるだろうに、言い訳をばっさり呑み込んだのだ。

 ……もしかしたら、兄さんは彼女のこういうところを放っておけなかったのかもしれない。


「私の立場を重んじてくれるのは嬉しいが、ライナルトに与する君が言うには重すぎる言葉だ。そこまでにしておきなさい」

「お待ちください。お二人は手を取り合えないのですか」

「互いが視る国の未来が違いすぎるのだよ。私は平穏を、あいつは侵略だ」


 ライナルトとヴィルヘルミナ皇女が手を取り合うのが難しいと本人が切り捨てた。もはや語らずともその覚悟は伝わり、私は彼女の説得を諦めるほかなかった。


「私こそ尋ねるが、いまのうちに私の傘下に加わる気はないかね。コンラートも保護するし、いまなら争いのない静かな地に送ってやることもできる」

「いいえ。……私にも望みがありますから」

「覚悟の上ということだろうか」

「そう捉えていただいて構いません」


 ただ、彼女には言っておきたい。


「ですがこれは伝えさせてください。ヴィルヘルミナ皇女殿下の思想は……コンラートの件は差し置いても、自国の民の安寧を祈る為政者として素晴らしいものです。私もライナルト様を知る前でしたら、もしかしたら共に卓を囲める日があったかもしれません」

「……そうまで言ってくれるというのに来てくれないのだな。残念だ」

「はい。本当に、残念です」


 本心だった。たまらず味方になってくれないかと懇願した程度には、私はきっと、この人のことが嫌いになりきれない。

 

「……いまのは内緒話の部類だったと思うのですが、内緒ついでにもう一つ伺ってもよろしいでしょうか」

「そう来られると怖いな、なんだい」

「ヴィルヘルミナ皇女はシスをどうお思いでしょうか」


 これは我ながらかなり突っ込んだ質問だった。現に皇女は目に見えて構えたし、瞳の奥で私の意図を探っている。見た目明らかに狼狽しないだけ、流石皇族だった。

 

「それこそ私が問いたいな。君がどうしてあれの存在を知っている」

「シス自身が素性をばらしました。彼の気紛れだとお思いください」

「……あれは相変わらず考えが読めないな。ああ、だがライナルトが君を重用する理由は少しだけわかった気がするよ」

 

 妙な納得をされてしまった。ただここで重要なのは、私は『箱』とは言っていない点だ、あくまでもシスの名前だけを出して様子を探っている。それは皇女も同じだった。


「さて、先ほどの君ではないけれど、どうと言われても難しいな。なにが知りたい」

「……私の親友がいまなお辱めを受けている点についてです。殿下ならばどうして私が皇帝陛下を良く思っていないかおわかりになるでしょう」

「……まさかとは思うが、封じ込めに反対だと?」

「いいえ、そうは申しておりません」


 我ながらすんなり嘘が出た。

 だが彼女を前に堂々と反対ですと言うわけにもいかない。

 

「――その手段には大いに疑問が付きまといますが、ただ、あれをどう思っているのか知りたいのです」

「妙な事を知りたがるが、あれになにか言われたのかな。思っていることを答える分には構わないが……」


 深く問われないのはありがたかった。それもこれも、ファルクラムの頃から私がライナルトに与しているのが関係しているのだろう。

 皇女の答えは、およそ聞いていたのと変わりなかった。

 

「帝国の維持には欠かせないものだ。未来の優秀な魔法使いを失った点については異議を唱えたいが、あれがあるのとないのとでは利便性がまるで違う。人々の犠牲は最小限に治世を行えるのであれば早急な修繕が必要だ」

「……そうですね。お考えが聞けて良かったです、ありがとうございます」

「シクストゥスになにか言われたのだろうが、気に留めないことだ。真に受けていたらきりがないし、入れ込むだけ辛い思いをするだけだ」


 彼女はシスに多大なる価値を見出しているために封印に賛成している。エルについても残念がってはいるけれど、やはり仕方ないと考えているようだ。

 他にも話をさせてもらったが、彼女の思想はいずれも民の安寧を優先した治世だった。占領下に下ったファルクラムに対しても保証を考えているようで、話しぶりを聞くにあまり好戦的な性格ではない。


「近々エミールが兄のもとに身を寄せます。礼儀作法はひととおり教えておりますが、皇女殿下の御前では目に余るところもございましょう。どうかあたたかい目で見守ってやってくださいませ」

「武芸が好きな子だと聞いている。確か犬も一匹つれてくるのだったか、しつけもしたいんだって?」

「お願いできますか。良い友になってくれると期待しているのです」

「気をつけてみておこう。それと犬なら私も数匹飼っている、いい友達になってくれると嬉しいな」


 お互いもっと違う立場だったら心の底から和やかに笑えたのだろうか。それでもほんのひとときだけは、私たちは一個人として言葉を交わせた。


「また、お話しできる機会があることを望みます」

「……あるだろうさ。ああ、いや、待ってくれ。その前に私からも一つ質問がある」

「はい?」

「コンラートの件だ。君なりに私の事情を汲んでくれたようだが、それにしても君は怒りを見せないだろう。平手打ちの一つや二つは覚悟していたんだが、どういう心構えでいるのかと思ってね」


 ああ、それか。それだったら、躊躇わず答えられるものがある。


「前コンラート伯が私に遺してくれたのです。無理に憎まなくていい、自分で自分の道を決めなさいと。いまはそれを私なりに考えているところです」

「……そうか。遺恨を遺さぬためだとしたら、良い御夫君だったようだ」

「恩師でもありました。遺言を踏まえても、世情やしがらみを考えれば色々と難しいことばかりです」

  

 見送ってくれる皇女だったが、ふと何かに気付いたように顔を上げると、唇の前で人差し指をあてた。そうっと扉近くまで寄ると、目にもとまらぬ速さでノブを回したのである。

 そこになだれ込むように倒れてきたのは私のよく知る二人だ。不在だと聞いていた兄さんと、兄さん付きのアヒムがみっともなく倒れている。ヴィルヘルミナ皇女は腰に手を置くと、呆れながら言った。


「お前等、女の会話に聞き耳を立てるとはいい度胸をしているな?」

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