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191、存在する意味

 移植?

 私にシスの目を?

 問う前より反応したのはルカだ。いまにもシスへ殴りかかりかねない形相で立ち上がると、膝でくつろいでいた黒鳥がぽてんと落ちた。


「待ちなさいシクストゥス。ワタシのマスターに貴方の目を移植するといったわね」

「言ったよ。きみ、魔力をどうにかしたいんだろ」

「ええ言った。だけど貴方とマスターに繋がりを作るのは嫌よ。そんなことしたらどうなるか、貴方わかってるでしょ」

「これが一番安全な方法だ、違うか」


 見えない火花を散らす二人。よろしくない状況なのは一目瞭然だが、そこであえて手を挙げた。


「はい。シスの目――ってなにかとんでもないことを言われたのだけど、具体的にどういうこと?」

「私にも説明を頼む。提案だけされてもなんとも言えないからな」


 このように人間組がついていけていない。ルカは不承不承といった様子で口を噤んだが、シスはあっけらかんとしたものだ。


「そのままの意味だけどね。ボクと彼女の片目を入れ替えてやればいい。そうしたら私と彼女の間に魔力の道を繋いで、そこの生意気な小娘が活動するのに十分な魔力が与えてやれるって話さ」

「じゃあ移植すると私にどんな問題が起こるの」

「そこらの魔法使いより強くなれる」

「誤魔化そうったってそうはいかないわよ、箱男。マスター、この畜生は簡単にいってくれたけどね、人でないものの一部を人体に、それもろくに耐性のない人間に移植するだなんてどんな副作用があるかわかったもんじゃない」

「きみが守ればいい。そのための寄生だろ」

「宿借りといいなさい無礼者。……ともあれ、ワタシは賛成出来ないわ。それだったらどこかの土地を見繕った方がまし」

「それはボクが断固反対する」


 ぎらり、と敵意さえ籠もった眼差しであった。常人であれば威圧に恐れおののくが、ルカは平然と睨めつける。やはりとことん相性が悪い。


「なによ、なにか文句あるの。お前のためにワタシはいるというのに、随分な反応ね」

「私を破壊するだけの魔力量といったな。ならばどれだけの魔力が必要か、私がわからないと思ったのか。あまり私を見くびるなよ小娘」

 

 ……この場にウェイトリーさんたちを置かなくて心底よかったと思ったのは、シスの怒りに呼応して彼を包む空気が揺らめきをみせたからだ。


「確かに土地だけならいくつでも候補を挙げられる。だがお前の活動に必要なだけ吸い上げてみろ、向こう数十年は草一つ生えない死の土地と化す」

「必要だから言ったまでよ。貴方こそなによ、自由になりたいのなら土地のひとつやふたつ覚悟なさい」

「その範囲が問題だといっている。人が死ぬだけなら私だって止めはしない、だがお前の行いによってどれほどの動植物が死に絶えると思っている。いくら時間をかけて復元されようが、失われたものは戻ってこない。かつて僕達が存在した神秘の証明さえ奪い去るというなら、いますぐその首引っこ抜いてすべて奪い取るぞ」

「やってみなさい。その減らず口を摺りおろしてやる方が先だわ」


 ルカの片手にはいつの間にか黒煙の渦が存在している。


「溜めこんだだけの魔力でなにが出来る」

「ため込むだけ? エルネスタの傑作であるワタシがなにもせずに供給されるだけの量で満足してると思ったの」


 声に殺気が乗り出した。

 気圧されてる場合ではない。宿主の私がどうにかして止めねばならないと腰を浮かした瞬間、ライナルトが机の上に手を伸ばした。

 皿に置かれていたクッキーやチョコレート類をわしづかみにしたのである。


「落ち着け」


 シスの口に菓子類を押しつけた。しっかりと後頭部を押さえているから逃げ場はなく、しかもうまいこと口に入ったからされるがまま食べるしかない。くぐもった悲鳴が聞こえるけれど、ライナルトは一切容赦しない。爪を立てられても無表情でシスを見下ろし、食べきるまで腕を離さない。


「あっはっは! ざまぁみなさい!」


 こちらは無様を晒すシスへ嘲笑を隠さないルカ。

 こちらには私が大粒のチョコレートをルカの口に放り込んだ。こちらは見た目お子様なので無体はできない。


「んぐ」

「あまり刺激しては駄目よ。ちょっとその悪いお口を閉じてましょうね」


 姉さんみたいな言葉を使う日がくるとは思わなかった。ルカは反論したいのか、すぐに口を尖らせたけれど、今度は赤いあめ玉を放り込むと、口をもごもご動かしていくうちに瞳を輝かせる。


「……ねえマスター、これはなんの飴なの。甘いけど、ちょっと酸っぱくて……? ええと、これが、貴方の言葉でおいしいっていう感覚?」

「苺がお気に召したのね。それなら今度苺のタルトを作ってあげる」

「タルト……あの、なんかキラキラしたやつね! マスターが作るの!?」

「多分作れると思う。リオさんが作った方が確実だから、そちらがよければリオさんにお願いするけど……」

「いいえ、マスターが作ってちょうだい!」


 ぱぁっと表情が明るくなり、物々しい雰囲気はたちまち霧散していた。こういうところが本当に子供だなぁと微笑ましく感じてしまうのだ。

 一方でライナルトに強制給餌を食らっていたシス。喉を詰まらせつつもようやく解放されると、ぐったりと椅子にもたれかかり力尽きていた。


「ありがとうございます、ライナルト様」

「シスは食べ物を無駄にするのを嫌うから、これが一番効きますよ」

「ライナルト、きみ、私には食べ物を与えておけばいいとおもってないか……」

「違うのか」

「覚えてろよ。この人でなし……ちくしょう、死んだらどうしてくれるんだ。この身体を作るのだってそこそこ面倒なんだぞ……」


 ともあれ両者の意気を削ぐのは成功した。

 地味にぱたぱた慌てふためいていた黒鳥も、こころなしかほっこりした様子でシスの頭に見事着地だ。


「ルカ、さっき私が魔法を使えるように鍛えているといったけれど、あれはどういう意味。なにか訓練なんてした記憶はないのだけど?」

「ああ、それね。……別に大したことじゃないわ、ワタシを行使するのに元のままじゃ肉体が壊れちゃうから、ちょっとずつ魔力を馴染ませてるだけ」

「え」

「ほんのちょっとだけよ。マスターって元が素養のない人だし、むしろこれって恩恵よ? 貴方は少しだけ健康になれるし、異常なんかでない」


 シスからもらった本の知識と照合すると、強化魔法を内側から直にかけられている感じだろうか。ちょっとしたことで熱を出さなくなるならいいこと尽くめだと思うけど、前例がないからなんとも言えない。


「でもさっきそいつが言ったのはワタシがマスターに施している施術とはまったくの別物。もう精霊でも人間でもないソレの目を直接移植するだなんて――そりゃあ、たしかに供給は安定するけど」

「するけど、じゃない。安定するんだよ」


 倒れ込んだ姿勢のシスが口を挟んだが、先ほどまでの威勢はなかった。


「実際それしか方法はないじゃないか。地力を吸い上げるっていっても、彼女にしてみたらデタラメな量の、それこそあらゆる力が流れ込むんだぞ。いくら肉体に保護をかけてたって保つわけない。それか頭が逝かれるかのどっちだ」

「土地を選別しなさいよ」

「いいか、お前の力になれるほどの地力が残っている土地があるとしたら、そこは神秘の残り香がいまでも漂う場所だ。すなわちかつて精霊が住処としていたところしかない。常人が様々な氏族の欠片を取り込んで無事でいられるもんか」


 シスのこの言い回し、日本風に言い換えると地水火風といった属性の概念だ。この世界的には魔力は魔力といったものでしかないが、魔法にも相性は存在する。

 ……ただでさえ器が小さいのに、属性もりもりの土地の魔力を流し込んだら即死だよのイメージで間違いないはず。たぶん。


「だったらはじめから私で慣らして力の使い方を学んだほうがずっとずっと建設的だ」

「お前の魔力って、それこそ悪質じゃない! 純粋なものではありえないくらい歪んでるって、ワタシが知らないと思ってるの!」

「じゃあ他に方法があるのかい。頭でっかちの小さなお嬢ちゃん」

「お前が封印されたらマスターにどんな影響がでるかわからないのよ!」

「他の案があるならいってみな。そりゃさっき言ったように個人的な理由もある、それこそいざとなったら土地だって仕方ないさ。だが私の見立てじゃ、土地から吸い上げる方法は絶対に無理だと言っておく。肉体が崩壊する方が先だし、なによりカールは広範囲の土地に異常が発生して放置する男じゃない」


 シスが同意を求めた相手はライナルトだ。彼は調子づいてきたシスに嘆息つきながらも「間違いない」と同意する。


「人間は……」

「それこそ彼女に聞いてみろよ。半年の間に何百人と殺すことになるけど、首を縦に振るとは思えないね」


 大体、と続けるシスは、口で相手を言い負かす方向に切り替えたらしい。嫌味っぽく振る舞う様が、憎らしいまで様になっていた。


「随分と人間らしく、寄生先を気遣うみたいに殊勝に振る舞ってるが、ええ? エル・クワイックがきみを作って、作られたモノなら箱を壊すのは根底に刻まれた絶対的な使命だってわかってるはずだ。生まれて生かされてる理由だといっても過言じゃないね。そんなお前が私を壊せないならそれこそただの粗悪品だ。存在する価値もない屑だね」

「シス」

「おっと寄生先が怒った。これ以上は控えよう」


 この二人、必要なとき以外はあまり近寄らせない方がいいかもしれない。ほんのり涙目になっているルカを隠しながら目元を拭っていると、ライナルトが注意を逸らしてくれた。


「もしもの話だが、目の入れ替えを行った場合の副作用はわかるか?」

「未知数。私は誰にもこの力を分けてやったことがない、彼女が初めてだ」


 なにが起こるかはわからない。だが、少なくとも肉体と精神はルカが保護してくれるはずとシスは言う。

 ……でも目の入れ替えって簡単に言うけどさぁ。


「目の色まで変わったら色々と気付かれそうなんだけど、そこはどうなの?」

「まやかしくらいかけられるだろ。目はいずれ返してもらうし、あまり手は加えたくないな。きみの目だってそのまま保存してあげるんだから、公平性は保ってるだろ」

「お前の公平性とやらがまともだった試しはないがな」

「ライナルト、私を人間の基準に当てはめてくれるなよ。……いや、でも言っとくが、ボクはかなり優しくて親切なヤツと有名だったんだからな。いまだってそれは変わってないぞ」

 

 入れ替え自体は痛くはない、とご丁寧に教えてくれた上で言った。


「私は最も確実で安全性が高い提案をしたぜ。『箱』を壊したいんだったら、賢い選択をするんだな」


 あとは私の判断次第といいたいらしい。


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