174、お飾りの主役
皮肉なのはこの悪意の催しで栄光を授かるのが他ならぬ私という点かな。
粛々と御言葉とやらを賜った後は、当然の如くパーティが開かれる。即座にさよならなんてわけにもいかず、参列者の祝辞を笑顔で受ける作業は胸にチクリと針が刺さるような心地だ。
「陛下よりお触れが出た際は驚きましたが、コンラート夫人が退治されたと聞かされたときはもっと驚いたものです。女性の身ながら魔法使いを退治せしめるとは感嘆に値します」
「あの魔法使いめは、無害な顔をして恐ろしいことを企むものですな。なんと嘆かわしい」
「無害? いやいや、あの逆賊めは異国人でありながら、自らを重用された陛下に対し恩を恩とも思わぬ態度でしたぞ。あの反抗的な目を私は常々気に入らんと思っていたのです」
貴族が、武人が、文官がエルを悪し様に嗤う。少し前までは彼女が発明した硝子灯や発明を求めて財を尽くしていた人々もいただろうに、ひとつ事情が違えばこの様だ。彼女のお陰でこの国が発展したのは間違いなかったのに。
……とはいえ死の恩恵を一番にあやかる私に彼らを悪し様に言う権利はない。
なるべく微笑を保った。否定も肯定もしなかったのはせめてもの反抗なのかもしれないが、誰に対してのあらがいなのか、はたまた贖罪の気持ちなのかは自分でも測りかねている。
「失敬、よろしいかな」
当たり障りのない対応をしている最中、救い主となったのは中年男性だった。軍服に身を包んでいるのはベルトランド・ロレンツィ。副官と思しき男性を連れていた。
人払いは容易だった。なぜならここにいる人々で、彼と私の関係を知らない者はいないからだ。
「ご機嫌よう、ベルトランド様」
「やあどうも。コンラート夫人におかれては此度の栄進お祝い申し上げる」
「堅苦しい挨拶は結構です。それより堅苦しい場は好まれないと思っていました。お顔を拝見できるとは意外です」
「参列するつもりは無かったんだが、義父からの命令でしてな」
どうりできちんとした正装に身を包んでいるわけだ。
「後ろの方は、たしか……」
「紹介が遅れましたな。私の副官のオスティだ」
「以前街中で助けていただいたことがありましたよね。あの時はありがとうございました」
「あの時は隊長の娘さんだとは思ってもいませんでした。お会いできて光栄です」
「奇縁なものですね。どうぞお見知りおきを」
ジェフと一緒にいたとき、ナンパから助けてくれた人だ。副官さんが私のことは覚えていたのが意外だったのだが、ベルトランドによればオスティさんは記憶力がいいらしい。ついでに仕入れた話だとベルトランドとは十年来の付き合いらしく、彼もまた純粋な帝国軍人ではない。傭兵上がりらしく、他の軍人とは違う雰囲気があった。
「噂には聞いていたが、本当に真っ白ですな。もう戻る見込みはないので?」
「隊長」
「……いえ、構いませんよ」
他の人はそれとなく探るような視線や言葉ばかりでうんざりだったのだ。ベルトランドのように率直なのは、存外気持ちがいい。
「まだわかりません。時間が経てば戻るかもと言われていますし、なんとも」
「なるほど。まぁ、黒髪でも美しかったが、白髪でも十分映えている。貴女が気にしていないようでなによりだ」
ベルトランドが見抜いたのが驚きだった。確かに、周囲の反応が面倒なだけで髪の色が変じたくらいは気にしてない。さっきまで妙な気遣いばかりされていたから、この反応は新鮮だ。
「うちの老人は嘆くだろうが気にせずいてもらいたい。最近は半隠居のせいか、あちこち口出しをするのが趣味らしくてね。女孫となればなおさらだ」
「隊長が気にしなさすぎなんでしょう。ご隠居の反応は至極全うかと思いますよ」
「馬鹿を言え。面識のない男が父親面する方が迷惑だろう」
ねえ、と茶化すように話しかける態度はわざとなのかもしれない。直前まで堅苦しい挨拶ばかり交わしていたからか、裏表なさそうなベルトランドとの応答が少しだけ楽に感じた。
世間様で私の実父と呼ばれる男性は給仕からグラスを受け取り、わずかに掲げる仕草をとった。
「いまから言うことは、本来なら私が口を出すのもどうかと思うのだが、義父よりくれぐれもと言われてしまったので見逃してもらいたい。どういうわけか殿下の姿が見えないので厚かましくも申し上げるが、連中の相手はほどほどにしておくといい。まともに相手をするだけ損だ」
「……ありがとうございます。陛下に催していただいた宴ではありますが、実は折を見て切り上げるつもりでいました」
「それがいい。こんなところに若いお嬢さんがいるもんじゃあない。こういう魔窟はもう少し年のいった年配に任せておくべきだ」
ウェイトリーさんからは帰ってから相談があるとも言われていたし、早く済ませてしまいたい。
それとベルトランドが言ったとおりライナルトはこの場にいない。彼は栄典こそ顔を出したが、それが終わると仕事を理由に切り上げた。
これは結局睡魔現象が解決しなかったためだ。相談の結果、多数の人と話す場で眠気に気を取られるのも致命的だとライナルトから距離を置いてくれた。
「ベルトランド様。ご心配いただけるのであれば、もう少々お相手をお願いしてもよろしい?」
「将来の美女の頼みとあっては断る理由もないが、私といると貴女が困るのではありませんかね」
「噂よりも人除けを切望しているのです。それにベルトランド様はイェルハルド様の関係者ですから他の方々も遠慮してくれるでしょう?」
「たしかにバーレ家は偉大だ。名を使っているだけで相手が一歩引いてくれる。……と、そうだ。コンラート家は自宅でお祝いなどされるかな。もし宴を開くのであれば、ささやかながら贈り物でもさせてもらいたいと言われていたのだが」
「……ああ、他の方々からも聞かれるのですが、その予定はないのです。他の方をお招きできるほど大きな家ではありませんし、いまは色々と忙しいので」
「そいつは残念だ。いえ、私ではなく他の連中がね」
コンラートと縁を作りたい人々、と揶揄している。
率直なやりとりのせいか、オスティさんが目を見張っている。ベルトランドは傲岸不遜なまでに自信に満ちている。一歩間違えば相手を怒らせかねないが、確固たる己を持っているからこその人柄なのだろう。こういう人だし、副官たるオスティさんの苦労が偲ばれた。
「麗しいお嬢さんを独占するのは気が引けるが、頼まれたとあっては引けませんな。さて、用事が終わっているのなら人気の少ない場所に案内するが……」
「お願いしたいのですが、その前にご挨拶したい方がいるのでもう少しお付き合いいただけないでしょうか。本来は最初に挨拶するべき御方だったのですが、機会を失ってしまって」
ベルトランドと並ぶ姿は、端から見れば仲睦まじい父と娘になるのだろうか。お互いその気が一切ないところが可笑しい。
さて、この祝賀会を勝手に切り上げていいのかという話だが、直帰でも無い限り、必要最低限の挨拶回りさえすませれば問題ない。なにせこの催し、ライナルトの姿がないのは先に述べたとおりだが、皇帝カールの姿も無いのだ。体調が優れないだとか誰かが伝えていたが、大方気分が乗らないとかが理由だろう。なにせ目を合わせたとき、皇帝陛下は大変不機嫌だった。下手に顔を合わせればなにを言われるかわかったものではない。向こうが顔を出さないなら大歓迎だ。
報酬はトゥーナ公から聞いたとおり土地になったが、書面となり正式に言い渡されるのは後日となる予定。これに関しては、耳聡い者はすでに聞き及んでいるらしく驚きの声はあがらなかった。
最低限の挨拶は済ませたし、あとは目的の人と挨拶できたら帰らせてもらいたい。皇帝も皇太子も不参加、他の人々はこの宴にかこつけた縁作りに必死だし、私がいてもいなくても変わらない。
目的の人はすぐに見つかった。ベルトランドには少々待ってもらい、その人に声をかける。
「ヴィルヘルミナ皇女殿下」
彼女は兄さんと一緒に栄典に参加していた。
お互い人の波が途切れるタイミングを待っていたのだ。
「もしかして待たせてしまったか、だとしたら申し訳ないことをした」
「いいえ、皇女殿下にもお務めがおありでしょうから。むしろこうして再度お出ましいただけたことは感謝の念にたえません」
「国のために尽力してくれたのだから、参加しないなどと不義理は果たさないさ。我が兄と違ってね」
「ライナルト様は……ご用事がおありのようですから」
近くにいると眠たくなります、なんて言えないからなぁ。
「兄さんも相変わらずそうでよかった」
「お前ほど苦労はしていないからね。見舞いの時は話も出来なかったから、回復したと聞いて、いまは心底ほっとしているよ」
「あの時は来てくれてありがとう。皇女殿下も、会いに来てくださっただけでなく見舞い品まで……」
「不便がありそうだったからね、役に立てばよかったよ」
「お陰様で家の中が明るくなり、不便もなくなりました」
おそらく皇女は押収の内容まで知っていた。そのためか兄さんとの連名で硝子灯を賜ったのだ。
涼やかに笑う皇女は軍服に似た礼装を身に纏っている。物言いや態度は尊大だが、その場にいるだけで空気は凜と引き締まる。
「せっかくだからヘルムートとも話していくといい、此度の働きには彼も感心していた」
ヴィルヘルミナ皇女一派には名家も多いが、ヘルムート侯と直接会うのは初めてだった。年は五十中頃で体格はややふくよか。皇女の右腕的存在といっても過言ではない人物で、帝国においては結構な派閥を築いている人物だ。愛想のいい人物だったが、この手の人が見た目通りであった試しは少ない。
「近頃はコンラートの名を聞かぬことはない日を送っている。移住されたばかりだというのに、なかなかどうしてオルレンドルでもうまくやっておられる。その栄華、我が家もあやかりたいところだな」
「ヘルムート候にそういっていただけるとは恐縮です」
穏健派であるバイヤール伯とは正反対との噂も聞いているし、お世辞を真に受けるのは難しい。
当たり障りのない挨拶をかわした刹那、細められた瞳の奥底に隠れた冷たい眼差しが、確かに私を射貫いていた。