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162、踊る文字と恋心

 まずい。

 特に悪さをしたわけではないのだけれど、遺された物があまりにわけがわからなさすぎて居たたまれない。


「これは、どう使えば……」


 今度はウェイトリーさんのみならずジェフにも部屋を出てもらったのだが、机の上の前に置いた珠の前で頭を抱えるのだ。


「黒曜石に似ているが……違うな。かといってただの石には見えない。ニーカ、わかるか」

「お恥ずかしながら、私は殿下方よりも宝石類には疎く……ただの黒い石にしか見えません」

「ただの石、石ですよ、ねぇ……」

 

 ライナルトは手の平の上で珠を転がしながら茶を啜っている。外の風は強くなり、窓を叩きつけて音を上げはじめていた。せめて変化なり生じてくれれば相談しようがあるけど、肝心の珠は誰が触ってもまるで変化なし。これのどこが『箱』を壊す鍵なのだろう。


「……魔法使いに見せればわかるでしょうか」

「であればシスに見せるのが一番だが、生憎今日は呼びかけに応答しない」

「今日は、ということは昨日はシスに会われたのでしょうか」

「ええ、皇帝の用向きは終わったようだ」

「でしたら……」


 シスはエルの死をどう感じているのだろう。聞いてみたい気がしたけれど、ライナルト越しに聞くのは違う気がして口を噤んだ。


「……いえ、詮なき事を口にしようとしました。お忘れください。シスに意を問うのは自分で行うべきでしょう」


 いずれまた会えるだろう。そのときまでに聞きたい事を纏めておいても良い。いまは落ち着いているつもりだけれど、あらゆる事柄が重なりすぎて脳が限界を迎えようとしている。感情が昂ぶっているのは否めず、自分自身気付けない見落としも多いはずだ。


「これはきっと私ではどうしようもない代物でしょう。約束通りライナルト様にお渡しいたしますから、よろしくお願いします」

「ああ、それだがカレンが持っていてもらえますか」

「え?」

「どういった物か不明な以上、宮廷に持ち寄るのは好ましくない。であればシスに鑑定させた上で引き取らせてもらいたいのだ。コンラート邸はすでに一隊の捜索が入りクワイックの私物は没収された後だ。再度手が入る可能性は低いはず」


 宮廷にいる魔法使いは『箱』だけではない。皇帝お抱えの魔法使いも存在しており、彼らに感知される代物であれば面倒が生じる。ライナルトはそういった懸念を抱いたようで、シスに遺品を調べさせるまで私に預けさせると言ったのである。

 こちらとしては断る理由はない。重要な品だから所持するだけでも冷や汗ものだけれど、エルの遺した物とあっては手放すのも惜しかったからだ。

 ライナルトは数日内にシスを派遣する旨を約束し、おじさんとおばさんの行方等は随時教えてくれる方向で話を進めた。

 

「それとコンラート家も守りを固めた方がいいだろう。ニーカ」

「ヘリングとエレナに当たらせます。新婚ですから丁度いいでしょう。二人の気晴らしにもなるでしょうし、存分に使ってやってください」

「ニーカさん。エレナさん達はお隣ですし気持ちは嬉しいのですが、新婚ご夫婦をそこまで働かせてもいいのでしょうか。どうも気が引けてしまうのですが……」

「ご心配なく。どちらも休めと言っても休もうとしない仕事馬鹿です。むしろこのくらいでやっと納得して休むくらいです」


 ヘリングさんとエレナさんに休暇を与える名目で家に置くらしかった。


「そういえば、お隣はよく友人を招いているようですね。裏庭でお料理をしたりと大変賑やかだと使用人からも話を聞いています」

「ああ、ヘリングは友人が多く、人をもてなしていると聞いている。結婚を祝いたい友人が多いのだろう」

「おかげで私はエレナから愚痴を聞かされています」


 ほう、と溜息を吐くニーカさん。てっきりエレナさんも社交的な人かと思っていたが、歓待好きなのは旦那様の方らしい。

 

「私の部下が迷惑をかけていないだろうか」

「エレナさん達は節度を持ってご友人方を歓待されていますから、遅くまで騒ぐようなことはありません。……けれどライナルト様、ニーカさん。私は仲間はずれは嫌だと申し上げたはずですけれども?」


 これにライナルトは紅茶の器を掲げ、ニーカさんは目礼で返事をした。あえて言葉にはしない、そういう意だろう。

 この話題、コンラートやご近所ならば誰でもご存知の話であり、きっと誰もが疑っていないようだが、お隣の家になにが隠されているか知っている私の見解は違った。あの水路は発見されて以来、当然ながら調査が入ったはずだけれど、表立った調査隊などは組まれていない。『目の塔』に繋がる秘密の通路なのだから当然といえば当然だが、ではどうやって調査に入るのかといった話だ。

 ライナルトが地下調査を放置しているわけはないし、現在進行形で人が入っていると考えるのが自然だ。つまるところ、新婚夫婦を頻繁に訪ねている「ご友人方」の正体が答えに繋がるのである。


「ここで話すにはあまりに無粋な話題だ、仔細はカレンを招いた際にでも。いまも長居して悪いと考えているところだし、そろそろお暇するとしよう」

「では私は馬車を用意してまいります」


 ニーカさんが一足先に部屋から出ていった。ライナルトも最後の一口を飲み干すのだが、席を立ったところで振り返った。


「ライナルト様には助けていただきました。今日もわざわざお越しいただきありがとうございます」

「貴方には無理をさせてしまったからな。それとこれは今日の話とは関係ないのだが……」

「なんでしょう」

「小さい方の猫の首輪に結ばれていたのは、勘違いでなければ私が差し上げた物だったと思うのだが、わざわざどうして猫に?」


 ……あー。


「あ、その、あれは」


 ライナルトからもらったリボンをシャロの首輪代わりにしていた。シャロに馴染んで久しいからすっかり忘れていたのだ。別物ですと嘘で誤魔化そうとして失敗した。

 ただの紐飾りにしては値の張る代物である。たかが紐、されど紐であった。


「き、気を悪くされたら申し訳ありません」

「気を悪くしているわけではない、純粋な疑問ですよ」

「か、可愛いと思ったので、その繋がりで……」

「愛猫に付けてやりたいほど気に入られたと」

「え?」

「うん?」


 伝え方が悪かったようで、慌てて訂正した。

 

「あ、いえ、そうではなくて、あのとき髪を結ばれたライナルト様が可愛らしかったので、それ繋がりで……それに私がつけたらお揃いみたいでちょっと恥ず……」


 ――待って?

 

「……あ」

「カレン?」


 …………私、とんでもないことを。


「しまった」

「しまった?」


 あっあっあっちが、ちょ、ま……!!?

 

「な、ななななんっ、いだ、なんっ……でもありません! お、おおおおっしゃるとおりありゅぇが可愛らしかったのでシャロに付けてあげたくなってえぇぇぇぇ」

「舌を噛んだでしょう落ち着いて」

「違うんです違うんですうぅぅ」


 ライナルトが私を落ち着けるのには数分を要した。何とか息を整える頃には私も冷静さを取り戻しており、先の発言を極力頭の片隅に追いやりながら頭を下げている。

 試しにライナルトの顔色を窺ってみたけれど、私と違って焦りも恥じらいも存在していなかった。わかってはいたけれど……でもこの状況で浮かれるのも不謹慎な話だ。


「押しかけた側の言葉ではないが、急な行動に心労がたまっているはずだ。今日はもう休まれるべきだろう」

「そうですね、はい、もう、早く寝てしまいます……」


 不思議な気分だ。今朝頃までは歩くのも面倒くさくて、なにもかもが煩わしい気持ちと、後悔と自分の役立たずっぷりに対する嫌悪感でいっぱいだった。それなのにいまはこうして会話までして、そのうえ相手の気持ちまで見計らおうとさえしている。

 こんな様をエルが見ていたら怒るか、呆れるかどちらだろう。

 ……後者かなあ。


「……本当にありがとうございました」


 ライナルトが選択を与えてくれなかったら、きっと家に閉じこもったままだっただろうから、感謝を口にした。


「あの方達にお会いする機会をくださったこと、心から感謝いたします」

「私にとって必要な事を実行したまでだ。立ち上がったのは貴方自身の意思に他ならない」


 ……本心から言ってるのだろうな。

 ライナルトは分かり易い部分とそうでない部分が極端だ。あけすけに感情を表すくせに、時折誰よりもわかりづらくなる。人に関心が無いといっては失礼だが、他者の命を斬り捨てるのに躊躇ない質は変わっていないと思う。けれどニーカさんやモーリッツさんと冗談も言い合うし、こうして優しい側面を見せるので回を重ねる毎に厄介さが増している。

 

「……せめて玄関までお見送りいたします。どうか弟にも一言かけてやってくださいませ。あの子はなにも言いませんが、ライナルト様に憧れているみたいでしたから」

「私に憧れてもなんの役にも立たないだろう、ヘリングを参考にするべきだろうな」

「それ、弟の前では言わないでくださいね」


 ライナルトを追いかけるべく、机に置かれた珠を手に取った時だった。

 なにか、感触が違った。

 固い質感ではなかった。言うなれば手の中で大量の何かが飛び散るような感覚で、思わず手を離そうとしたのだけれど、手の平の不快感は消えない。

 風が窓を叩く。五月蠅いくらいに騒々しく、耳障りな音を立てていた。


「カレン!」


 手の中を確認すると、固形だったはずの物体に変化が生じている。ライナルトが手首を掴むけれど異常は止まらず加速するばかりだ。

 殿下、と後ろでニーカさんが飛び込んできたが、私の目は珠だったはずのものに釘付けだ。ジ、ジ、ジと極小の電気を放つソレは段々と黒い霧を放ちながら蕾の形になっていくのだ。早送りのように花弁がゆっくり開くのだが、花弁は広がる矢先から空中に広がり解けていく。私の周りをくるくる踊るように回転すると、奇妙にも風が生まれて髪や衣類がふわりと浮いた。どことなく禍々しさを感じるが、見た目ほど気味悪くはないのは何故だろう。

 目を凝らすと霧だと思っていたものがなにを形作っているか気付いた。

 文字だ。

 それも「こちら」の文字だけではなかったはずだ。私だから気付けたが日本語、英語に加えて、地球上にある他の国の文字も混ざっていたはずだ。正確にはおそらく文字であろう物体。黒い霧が爪先ほどもない文字をたくさん生み出し弧を描いている。

 ……あ、もしかしてこれ霧じゃなくてインク?


「え、どういうこと」


 目の前が真っ暗になった。

 パニックどころではなかった。こめかみを刺す痛みが走り、立っていられなくなる衝撃にたちまち気を失った。


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