135、もらったリボンと誕生祭+新規イラスト
表紙:https://twitter.com/airs0083sdm/status/1362975501233451008
※読後の閲覧推奨。他モーリッツ、リューベック顔在り
胸がざわついていた。普段といってはおかしいけれど、これまで味わった予感よりも更によくないものだ。これ以上は踏み込んでほしくない。そう願って声を尖らせる。
「別に気落ちなんてしていません。ライナルト様の気のせいです」
「そうですか? あれだけあからさまに沈まれていてはこちらも気になるというものだが」
「根拠のない断言は止してください」
「根拠はありますよ」
「……そんなの」
あるはずがない。この自信家め、言葉で誤魔化そうたってほだされてやるものかと思ったけれど。
「無理をしている貴方はすでに知っている」
落ち着きと威厳を備えた声が耳を打ち、声をなくしてしまった。私は馬鹿だろうか。すっかり失念していたけれど、この人は私を泣かせたことがあるのだ。
「無理に聞き出そうとは思わないが、些か目に余りますよ」
「……不思議なことを言いますね。そのようにおっしゃるのはライナルト様だけです」
「貴方がわかりやすいからですよ」
そんなわけあるものか。そりゃあ普段は色々とばれたりもするけれど、本当に知ってほしくないことだけはちゃんと隠してこれた。……最近はエルにちょっと突っ込まれたけど、それだって彼女が同じ転生者っていう強みがあるからだ。
「……困りましたね」
「なにがです」
「今日は泣かせようと思ったわけではないので」
「泣いてません」
泣いてない。涙ぐんでもいないし、鼻水も垂れてない。目にゴミだって入っていない。
どちらかというと決めつけられたことに怒っていて、声も固くなっていたのだがライナルトは堪えてもいないようだ。むかむかと腹が立ってくるような心地があるけれど、かといって彼に怒鳴るのも不自然である。結局、私にできる抵抗は固く口を閉じることだけだ。
ガタゴトとお決まりのような音を立てて走る馬車内。沈黙を気まずく感じるのは私だけだろうか。
きっと苦虫を噛みつぶしたような表情だったに違いない。黙り込んでしばらく経つと、今度は相手があまりに無反応だから不安が襲ってきた。
情緒不安定なのはわかっている。けれどこんなことは初めてで、自分でもどうしようもないのだ。
ふと顔を上げたとき、彼が見ていたのは外の景色だった。
こちらの視線に気付いたのか、わずかに小首を傾げる仕草が少しだけ子供っぽい。
「どこかへ行きますか?」
さっきまで問い詰めモードだったのに、なんだその切り替えは。
拳を強く握ったけれど振り上げる勇気はなかった。実際持ち上げても叩く勇気はないから、気持ちだけの話だったけれど。
「……人がいないところ」
ライナルトが御者側の壁を叩くと、合図を受けた馬車が進路を変えた。道に詳しくない私でも帝都へ戻る道から逸れていくのは理解できる。
もう一度合図を送ると揺れが収まった。馬車を降りたライナルトに続いて足を動かす。
景色は素っ気なかった。岩と土と木で覆われた道で、せめてもの慰みは近くで川が流れている点だけだろう。川の方はまさに手つかずの自然といった様子だが、ライナルトは古ぼけた木枠の階段をみつけると、ゆっくりとそこを登り始める。
後続の馬車や護衛もいたけれど、私たちに続いてくる様子はない。
たかが山道、されど山道。そう長い道のりではなかったのだけれど、あまり足場が良くないし、手すりもない階段だ。いつの間にか肩で息をしはじめると、ライナルトの足を何度か止めるはめになった。息も上がってないとかなんで?
案内されたのは簡素な木の椅子と机だけ、申し訳程度の屋根がついた小さな休憩所だ。
「ここは?」
「昔、旅の商人用にと作られた簡易休息所です。場所が悪いおかげで知っている者は多くないが、人を避けるには悪くない」
そこからの景色は抜群とはいえないが、悪くもなかった。休憩所の名の通り周辺の木々は開かれていたし、ほっと一息つけるだけの安らぎはある。
「……意外と手入れされてるんですね。蜘蛛の巣や虫の死骸が少ない」
「利用者がいないわけではありませんよ」
椅子の砂を払って並ぶように座った。別段面白い風景ではなかったけれど、面と向かって座り合う気にはなれなかった。
ライナルトは話しかけてこない。背筋を真っ直ぐ伸ばし、足を組んで黙りこくるだけだし、会話のかの字もないかった。
おかしい。私は確かにこの人に腹を立てていたのだけれど、歩かされたせいか怒りはなりを潜めている。
ああもう、と長い息を吐く。
「もうどうしようもない話なんですよ。終わってしまったことだから、話せることじゃないんです」
言葉は自然と口を突いていた。
たったこれだけの言葉でも、私にとっては本当に勇気のいる一声。続けられる言葉はなかったけれど、続きを催促するような真似をしないのは嬉しかった。
「それだけなんです。前日に……ちょっとあって、あなたを見たら少し、思いだしただけ」
本当にどうしようもないのだ。
私はエルのような強い向上心に激しい恨みだとか、復讐に燃える心があるわけじゃない。
だから生まれ変わる前の彼女の想いを知って、そしてなにより疑問をぶつけられて、思い知らされてしまったのだ。
彼らほど強い人達に囲まれながら、私はなんで凡人なんだろうって。
「カレン」
ライナルトを置いて思考に沈むところだった。
……本当になにをしているのだろう。エルの言葉があれほど引っかかるなんて余程疲れている。
もしかしたらバーレ家で出されたお茶もいけなかったのかもしれない。エルと話した翌日にこんな不意打ちをされると嫌でも落ち込んでしまう。
極めつけは彼だ。ライナルトと会っただけなのに、こうも心が乱されるなんて思わなかった。
「時折思うのですが、カレンは遠くを見ていますね」
「遠く、ですか。お話中にそのような失礼な態度をとったつもりはありませんでしたが、気に障ったのでしたら――」
「気に障ったことなどありませんよ」
ただ、と薄く笑った。
「そんな目をしているときの貴方は遠くへ行ってしまいそうでひどく気になる。それだけです」
なぜか目を離せなくなる表情だ。奇妙な顔をした私にライナルトが不思議そうにするのだが、妙に焦ってしまい、急いで話題を探した。
「その飾り紐、可愛いですよね。あ、それは今日のライナルト様もなんですけど」
この会話の出だしは、ウェイトリーさんが聞いたら空を大仰に仰ぎながら絶望するに違いない。下手なナンパ師でもこうは言わないんじゃないだろうか。
……違うってば。頭の中でごちゃごちゃ協議した結果、こんなことしか言えなかったのである。
紐? と返すライナルトは、私の指が髪を示したことでようやく意図に気付いたくらいだ。
「可愛いとはまた意外な言葉を使われる」
「他の人にも言ってみましたけど、皆さん意外そうにされるんです。私は今日のあなたが可愛いし御髪も似合っていると思ったから、同意してほしかっただけなんですけど」
「……私も言われたことなどありませんね」
こんなことを話したいわけではないのだが、どうも調子が出ない。ライナルトは親切だから黙って付き合ってくれるけれど、きっと呆れているのはわかっている。
「予備でよければありますよ、いりますか」
「……ください」
話題自体がおねだりだと勘違いされた模様。こちらも訂正しようにも、なんと言っていいかわからなくて頷いてしまう。
ねえ、なにこれ。なんなのこれ。
ライナルトと過ごすのは心地よかったはずなのに、いまはどうにも居心地が悪い。
結局この後は休憩所を下るまで私から話しかけることはできなかったのだが、後日飾り紐……リボンはちゃんと贈られてきた。なんとなく身につけるのは憚られたので、時々シャロの首輪に結んで遊んでいるに留めている。
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誕生祭前の数日は散々だ。
なにせ街中飾り立てられてお祭りに浮かれているのに、支度に忙しいあまりその恩恵にあやかれない。遊び暮れたいとは言わないけれど、街の雰囲気と我が家の空気が正反対だ、とヴェンデルに言われていた。
ファルクラムで夜会に出たことがあったから準備については覚悟していたが、なにぶん今回は状況も悪かった。
なにがって、もちろん踊りの練習である。全身マッサージを受ける私の目の前でマルティナはぎりぎりまで足運びを見せてくれたし、同時進行でウェイトリーさんが用意してくれた口上の原稿を見直していた。
今回は姉さんのところのような侍女がいたわけではない。数日前からマリーに泊まってもらい化粧の指導である。彼女は恋人の家を転々としつつ世話になっているので、その辺かなり自由気ままだ。
それとエルとの相性も悪くなかった。あれから実家から戻ってきたエルを呼び、三人でテーブルを囲んでみたが、二人とも言いたいことを言う性格のためか見ているこちらが呆気にとられるくらいポンポン喋る。喧嘩になると思いきや「あなたはあなた、わたしはわたし」が確立しているためか、喋る聞く言うの三点を済ませてあっさり終了。
「ところでカレン。あなた化粧の仕方は悪くはないけど薄付けすぎて全然夜向きじゃないわ。あと毎日の手入れが適当すぎるのはなんなの? 寝る前に説教されたいの?」
「やめて許して矛先をこっちに向けないで」
着付けはガルニエ店に特別料金を払って手配いただいた。当日は私とマリーが揃ってドレスアップ。マリーは二部の出席者ではないが、恋人とどこぞの貴族の集まりに行くための準備だ。エルは仕事があるので現地合流となってしまった。
例の息を整える香り玉もしっかり飲まされた。ファルクラムのときより香料がきつくなってるので、空腹気味のお腹には中々堪える。というかこれ、お腹が弱い人には駄目なんじゃない?
準備の時点で疲れ果てていたのだが、全身を揉まれ香油を塗り込まれた結果は素晴らしかった。
薄赤系を基調とした色味の衣装、繊細な薄衣を折り重ねた花飾りは見事なもの。首飾りは刺繍が入った厚めのチョーカーに宝石を織り込み、レースと一体化するよう作ってもらった。髪もいつもと変えたから、雰囲気が違うはずだ。
「よし、見栄えは大丈夫ね」
マリー監督官お墨付きなのできっと大丈夫なはず。傍らではマルティナが「どうか上手くいきますように」と祈りを捧げていた。
子供ら両名も「見た目は大丈夫」と太鼓判をおしてくれた。見た目は、が余計だけど良しとしよう。今日は帝都中が大騒ぎなので、二人もこのあとはお出かけのためか落ち着きがない。お目付はいつもと違い、今日のために休みをもぎ取ったというエレナさんとヘリングさん夫婦。この二人がいるから許可したようなものであった。
二人の監督って新婚の邪魔じゃないかと思ったのだけれど、なんと夫妻からのお誘いである。
「今日遅くまで遊んでいいのは特例よ。エレナさん達の言うことを聞いて遊んできてね」
「カレンもエルとジェフの言うことを聞いて、遊びすぎないようにね」
「ヴェンデル、それはなにかおかしくない??」
私は残念ながら二部だけの出席というわけにはいかない。二部出席者は一部出席も当然とされるので、夕方には出発である。
今回の同伴者となるモーリッツさんは時間に遅れずやってきた。わざわざ迎えに来てくれたのは、我が家にお抱えの御者と馬車がなかったためで、この事実を話したとき、心底嫌そうに息をついたのが印象的だ。
一応馬車から降りて迎えに来てくれたのだが、この方、私のドレス姿にもいっっさい無感動であった。こちらを一瞥しただけの素っ気ない態度である。
「よろしい、準備は整ったようだ」
踵を返すと馬車へ一直線。ライナルトと違ってエスコートもないのがモーリッツさんらしいだろう。
ウェイトリーさんとマルティナの見送りを受けて出発すると、馬車内は奇妙な緊張に包まれた。今日のモーリッツさんは当然ながらきちんとした正装に身を包んでいる。上質の生地に刺繍入りの一点ものだが、どんな衣装でも雰囲気が変わらないのはある意味凄い。
会話もそこそこに、すぐに本題に入ってきた。
「到着後は休息室で休んだ後に会場入りし、後に挨拶回りの上で自由舞踏が入ると伝えていたが、前夜に事情が変わった」
「はい?」
え、まって。せっかく一部や二部のおおまかなスケジュールを聞いておいたのに、それが無駄に終わったの?
「到着後はすぐに会場入り、一曲踊り離脱となる。あとは二部まで好きに動きたまえ」
「待ってください、そんな話は……そんなのありなんですか!」
「陛下が前夜に予定を入れ替えられた。一般客なら問題ないが、我らは一曲なりとも入っておかねばならん。どこからか陛下が見学されているはずなのでな」
なんでぇ!
叫びが顔に出ていたに違いない。だがモーリッツさんはあくまでそっけない。
「私も知ったのは昼頃だ。……が、後か先かだけの話。どの道やらねばならないのなら諦めたまえ」
「心の準備が違います!」
ならせめて昼過ぎにお知らせしてくれてもよくないでしょうか!
そう叫びたいが、モーリッツさんはあくまでモーリッツさんである。反論など受け付ける気は毛頭ないのだ。
「できて当然の話だ。練習を重ねたのだろう、問題はないはずだ」
付添はライナルトの方が断然優しかったなー!!
そんな思いを運んだ馬車は宮廷へと向かっていく。白、黒、金飾りとあらゆる馬車が密集する入り口で、モーリッツさんの手を取って歩き出すのだ。
それはいつかのファルクラムの夜会を連想するが、状況はまったく違っていた。建物をはじめ、装飾品類のお金の掛かり方はもちろん、警護する衛兵すらも違う。
会場はファルクラムなど比にならない程に広く、そして目に痛いほどあちこちが光っている。高い天井には絵画が描かれ、煌びやかなシャンデリアがこれでもかと客人を照らしていた。
広間端二階は会場を囲む形で廊下が設けられているが、招待客の姿は見当たらず、華やかな衣装に身を包んだ騎士が立っている。もちろん会場の端々にもだ。決して毒にはならない顔立ちは、あえてこの日のために選別された人選なのだ。
私は諦めが悪いのでいまでも踊りたくないのだけれど、やはり避けられない道なのか……!
楽曲団が指揮者の下で演奏を奏で、嫌でも公開処刑場に向かわねばならない。
「踏んでも構わんが、転ぶのだけは避けたまえ」
「だ、大丈夫ですよ」
エスコート役のモーリッツさんは実にスムーズだ。さすが大金持ちといわれるバッヘム一族の人だけあって手慣れていらっしゃる。そのおかげで視線が痛いですけどね!
よし、やってやろうじゃないか! なんて腹を括ったのもつかの間だ。
…………割り込む形で突入したから音楽が途中なんだけど、出だしはどう入ればいいのだっけ。
あっ。
キャラデザ・イラスト:しろ46(@siro46misc)




