表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
102/365

102、地下水路のひみつ

「ち……」


 地下水路って、ライナルトが皇帝に突きつけられた難題のひとつ!?

 驚きに目を見張っていると、下へと続く階段を見つめながらライナルトが問うていた。


「シス、間違いないか」

「あまりよろしくない臭いがするけど、微かにあの忌々しい遺跡の空気が混じっている。続いているのは間違いないね」

「そうか。民家に偽装してまで隠していたとなると、誰も把握していない可能性が高いな」

「だね、ここが最短距離だとしたら状況はかなりきみに有利になる」


 ここでライナルトが護衛官を呼んだ。預けていたらしい剣を受け取ると、腰元に差したのである。

 

「有利になるかを見るのはこれからだ。皇帝か、ヴィルヘルミナか。どちらも地下を把握したがっている、くれてやるのも一興かもしれん」

「またまたぁ。どうせ教えてやる気はないんだろう」

「道筋次第だ、使えなければ高値を付ける方に売る」


 ライナルトの言葉に、シスは珍しく黙り込んだ。


「……ボクが嫌なんだけど」

「嫌というなら地下以上の価値を見出せる働きをしてみせろ。状況次第では明け渡すぞ」

「…………ここはこの子の隣家だ。渡したら二人のどっちかがカレンお嬢さんに近づくことになるよ?」


 なんでそこで私が出てくるの。そして脅しに使われてるの。

 恨みがましそうにライナルトを見つめるシスだが、相手は堪えてもいないようだ。


「その際は申し訳ないが、カレンには新たな住まいを用意しよう」


 ……また引っ越しとか嫌なんだけどなー。

 ともあれこの返答はシスの機嫌を大いに損ねた。むっとした青年を差し置いて、護衛官が怪訝そうな眼差しを主に向けていた。


「階下がどうなっているかわかりません。我々が先行致しますので、どうか殿下は安全が確認できてからお降りくださいませ」

「馬鹿を言え。こんなに面白い機会を早々逃してたまるものか。それに皇帝やヴィルヘルミナの言葉を借りれば、地下水路の把握は皇族の使命らしいぞ。ならば私自ら確かめねば下の者にも示しがつかないだろう?」

「殿下、面白がっている場合ではございませんし、そのように誤魔化されますな。皇女殿下が指揮なさった探索隊が戻ってこなかったのは覚えておいででしょう」

「ヴィルヘルミナが皇帝にすべてを報せるような間抜けであれば、私もどれだけ楽だっただろうな」

「あの子なら地下を我が物にしようと隠れて探索くらいさせてるだろうしね」


 ぽつりと呟くシス。後方を振り返ったライナルトは指示を飛ばした。


「ヘリング、待機しているニーカに他の者を帰らせるよう伝えろ。エレナ、エストマン、ペーガーの順で続け。後続は任せる」

「は。しかし、監視には殿下が市井に足を向けたのは知られているでしょうが……」

「いつもの通りだ、ヘリング。好きなように言わせておけ。連中が喜びそうなくだらない噂を吹聴してもらおうじゃないか」

「――はい」


 ヘリングさんは苦々しそうだが、ライナルトのいつもの通りって、話の内容から察するに……。

 

「私は友人の相談ついでに隣家に入っただけで、この家は欠陥があったことにでもしよう。協力してくださいますね、カレン」

「……協力しないといけなさそうな雰囲気ですよね。わかりました」


 この時、私の興味はとっくに地下水路に逸れている。シスは無言ながらも不満がありありの様子で黙っているし、事情を聞けそうな人がいない。


「でもライナルト様、部外者の私がいる前でそう話されてもよろしいのですか」

「おや、つれないことを言われる。ではいまからでも皇帝かヴィルヘルミナの元へ走りますか。個人的に皇帝は勧められませんが」

「……信用の証だと思うことにいたします」

「それが賢明だ」


 話してくれるようになっただけマシ、なのだろうなぁ。

 ライナルトが指示を飛ばす間、もはや椅子代わりになっているシスの頭に肘を置いて顔をのぞき込む。

 

「ねえシス、不機嫌になる前にとりあえず下を見てみましょうよ。不貞腐れるのはそれからでも遅くないわ」

「…………まぁ、そうなんだけど。慰めてくれるのはお嬢さんくらいだよ」

「言っとくけど餌の件は許してないからね?」

「心が狭い。ライナルトなんて子供の時分にだ、単身水路に放り込んでも笑って許してくれたんだぞ。お嬢さんは彼を見習うべきだ」

「勝手に捏造しないでもらおう。もし出れなくとも何らかの形でお前だけは道連れにしてやろうと思っていたよ」

「微笑ましい決意だ。いっそ感激的だね。私の行いがいまのきみの力になったのだと思うと胸が熱くなるよ」


 聞こえてたらしい。

 ヘリングさんはライナルトの指示を伝えるべく一階に戻った。ライナルトは硝子灯を受け取り、先陣切って階下へ降りだす。その次にシス、エレナさんといった形だ。皆、何故か緊張に顔を強ばらせており、呑気にしているのはいつもの調子に戻ったシスだけだ。


「ところでシス、本当に皇族も水路を把握してないの?」

「してないね。正確にはできないんだけど」


 私の質問はこの場においてきっと空気を読めていないものなのだろうが、そんなことよりも興味が勝っていた。

 下へおりる階段は狭く、また急勾配だ。石でできた階段はいつの間にか木に変わっており、一歩踏み出すごとにきしみを上げる。


「私が知ってるのは、昔のいざこざで水路を作った職人が亡くなってしまったからだと聞いたけど」

「……ふふ。そうだねえ。そういうことになっているねえ」


 階段は長く続かなかった。降り終わった先、掲げられた明かりが照らすのは穴を切り開いた空洞の小部屋だ。ただ、そこはただの小部屋ではなく……。


「っひ」


 慣れていたはずなのに、変な声が出た。エレナさんが大丈夫、と言わんばかりに肩を叩いて、室内に踏み出した。


「地下墓地ですね、空気は通っているようです。……殿下、明かりを設置しますね」

「任せた」


 壁にはいくらか取っ手がついている。エレナさん達が持ってきていた光源を壁に引っかけると全容が明らかになっていくのだが、誰かが呆れたように呟いていた。


「民家に墓所を構えるのは禁止されているはず、よくもここまで隠したものだな……」


 壁は木や石柱で支えられているが、基本は土壁である。一定の間隔で掘られた横穴に、かつて人であった骨が横たわっていた。その数、十はくだらないだろう。奥にも似たような部屋が見えたし、もっとたくさんの人が眠っているのは間違いない。

 ここでシスが壁にむかって歩き出した。自然、私まで人骨と近くなってしまうし、またもやぞわぞわと肌が粟立ってくるから困りものである。


「あんまり壁に寄らないでもらえると助かるのだけど」

「……多分、この家の人間だけのものじゃないなぁ」

「え」

「ほら。お嬢さんなら見覚えあるんじゃない」


 シスが指さしたのは、葬られた人が纏っていた衣装だ。すでにぼろ切れとなって汚れ果てているが、レース飾りといった古くさい細工は覚えがある。


「これ、向こうで見た……」


 一部屋目の、机にうつぶせになっていた女性らしき人とおなじ寝衣ではないだろうか。

 ――え、うそ、ちょっとまって。

 予感が確信に変わるより早く、シスが次の部屋へとライナルトを急かした。隣室も同じように幾人かの亡骸が横たわっているのだが、エレナさんが目を付けたのは比較的新しいと思われる遺骸である。

 その服装も、向こう……つまり七部屋目でみたものだ。こちらは経年劣化しているといっても見分けが容易だったから、まずあの二体と同一のものだろう。


「重なって亡くなってますね。…………ああ、お祖父ちゃんから聞いた、駆け落ちしたっていう隣家のお姉さんの服がこんな感じだったかもしれません」

「エレナさん、なにかご存知だったんですか」

「この家は長年空き家なんですけど、前の人が引っ越した原因が、この家に住んでいたお嬢さんが男の人と駆け落ちしたからっていう噂が流れたことがありまして……」


 駆け落ちした娘さんの両親はすぐに引っ越したらしいから、真偽は不明だったらしい。


「お隣さんは外部からの移民でした。長くこの家に住んでいた一家がいなくなって、大分経ってから引っ越してこられたんです。その前の住人っていうのはよく知らないんですけど」

「その彼らがこれを作ったんだろうね。最初はちゃんとした儀式だったかもしれないが、続けられなくなって放棄された。そこまではよかったんだろうけど、そもそも邪法な上に管理が難しいからね。大方暴走して、誰もいないのに儀式を続けるためだけの仕掛けになったんじゃないかな」


 おそらく家そのものが彼らになったのだと、シスが続けていた。

 どうやら元々この家、とある裕福な職人一族が所持していた家だったようだ。家も改築しながら住み続けていたようだが、数十年前に事故が起こり、人も離れてしまったらしい。その後は親戚だという人が管理していたらしいが、それもしばらくして姿を見せなくなった。長らく空き家になり、買い手がついたのが十数年前。しかしエレナさんが告げた通り、その新しい住人はお嬢さんが駆け落ちしたとかで姿を消した。


「で、人が入らないから補充ができなくなった。そしたら隣家にちょうどいい年頃の女の子と男の子だ。……君ら、目を付けられたんだろうね」

「なんで私たちだけ……」

「三階の人だけ影響あったんだっけ。じゃああとでここの三階を調べてみなよ。共通点もなしに隣家の三階にだけ害を及ぼすなんて難しいはず、何か出てくるはずだ」


 後日の調査結果になるが、この家の三階で攫われた先の部屋とそっくりの一室が見つかった。間取りに不審な空間があったらしく壁を壊したら、隠し部屋には男性のものと思しき、壁に釘付けにされた遺体があったようだ。年代的にもっとも古く、装飾品や服装からして身分が高い魔法使いであろうと予想された。

 しかし水路の出入り口を隠すといっていたが、どうしてこんな回りくどい手段を取ったのだろう。それについて、シスは個人の見解を述べている。


「帝都の地下水路ってさ、微弱だけど不思議な力が働いてるんだよ。いまじゃせいぜい方向感覚を狂わせる程度のものだけど、やっぱり魔法使いにとっては感知しやすいわけだ。物理的に塞いでも私には関係ないからね、しかるべき方法で出入り口を遮断しないといけない」

「……しかるべき方法って、魔法で?」


 料理したとして、お肉を焼く匂いが外にもれないよう、料理の匂いだけを遮断する結界を張る。我ながら雑な考え方だけど、方向性自体は間違えてなかったらしい。

 

「そう。だから多分、一族の中だけで続けられるように完結した術を作った。それが人を贄にした封じ込めだとしたら……。ははは、効率も悪いし確実性なんてなにもないな。もしかしたら単なる趣味だったのかも! どのみち長年ここにいる私が気付かなかったのだから、成功は成功だ」

「……趣味悪い」

「魔法使いなんてそんなものだよ。国のためなんて聞こえはいいけど、いまだって脳吸いや検体実験も……」

「シス」

「ああ、はいはい。悪かったよ。黙るよ、ライナルト」


 贄にされた人の力が弱まったら外部から人を攫って補う。それだとしても魔法の才のない私では意味がないではないか。その点矛盾してないか、という指摘もしたが、関係なかったらしい。


「だから本来はちゃんと魔力のある人間を選別して、贄にしてたはずなんだって。才のない人を攫ってたのをみるに、もうそんな区別はつかなくなってたんじゃないかな。ただの憶測だけどさ」


 ……確か四部屋目までは暴れた傾向はなかった。自殺の痕跡もなかった。それを踏まえると、同意と言ってはおかしいが、きちんと儀式が遂行されてた?

 過ぎたことを考えても仕方がない。どのみち、地下水路の封じ込めのために作られた不愉快な家だったとだけ理解しておけばいいのだ。

 そしてその地下水路、どれかの道は宮廷に繋がっているのだという。

 地下墓地のなかでも顔色一つ変えないライナルトが、奥を覗き込んで言った。


「シス、ここは行き止まりだ。調べられるか」

「ちょっと待っておくれ。……ああ、ここで間違いないよ」

 

 二部屋目は祭壇のようなものが中央に鎮座しており、シスはそこに私を無造作に置いた。

 エレナさんが小さく悲鳴を上げる。また攫われる……咄嗟に身構えたけれど、視界が眩む様子はない。シスは「さっき壊し終えた」と言ってのけたのだ。ただ歩き回っていただけなのに、いつそんなのやった。


「ちなみにきみが座ってるそこ、多分生け贄の祭壇。血の跡が滲んでるだろ」

「いやああああ!?」


 反射的に飛び退くとそれを見てケラケラと笑い出す。


「立てた立てた、よし、もう自力で歩けるね」


 この、この男……!

 シスはひととおり笑い終えると、部屋の中央の壁にある像を蹴った。すると像は土くれのように崩れ落ち、奥にぽっかり空いた通路が出現する。そこから微かに湿った匂いが流れ込んでおり、白く塗装された石造りの壁が、この建築物とは明らかに違う素材だと物語っている。


「水路の一つは宮廷中央の『目の塔』に繋がっている。目の塔最下層にも地下水路に繋がっているという扉があるが、そこから外に出られたものはいない。つまり塔から外に繋がるはずの正確な道の発見にはいまだ至っていない」


 ――向こうが地下水路だとしたら、中、真っ暗っぽいな。これから探索するのだろうか。


「内部は何階層にも渡って作られ、全体にかけられた惑わしのせいで正解の道を征くことはできない。いま目の塔以外で発見されている出入り口は三つだけど、長年の調査でこれらはどれもハズレだという見解に至っている」

「……三つも出入り口を作ったの?」


 昔の人が作ったとはいえ、わざわざ侵入経路を増やしたのが不思議だった。

 中から逃げやすくするため? それとも外部からの侵入を恐れた目眩ましかとも考えたけれど、惑いの魔法があるのだしそこまで躍起になるものだろうか。もちろん、足下に自分の知らない迷路が走ってるなんて気分は良くないだろうが……。

 ここでシスは私の勘違いを正した。違う、と片手を振り、悪童のように笑ったのである。


「逆だよ、逆。地下水道を帝都の下に作ったんじゃない。この下に水路とそれに続く遺跡があったからこそ、都を作る必要があったんだ」

 

 帝国ができるより昔、人々から喪われた魔法機構を利用したいがために、と。

 とんでもない話を聞いたような気がするのだけれど、正直なところ、このときの私はファンタジーをしてきたな、と若干違う方向で感心していたのは、決して言えない話であった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ