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襲撃

 ツェンバル男爵の力は本当にあるようで、大公に会いたいという使者を立ててから数時間後には大公邸の一室に通された。

 そこにはボヤっとした壮年の男と、リベリオの母親のようなキリっとした女性がいた。

 自己紹介し、用件を言うと、たちまち壮年の男――エルスオング大公の表情が曇る。


「で、なんのためにラススヴェーテ嬢を引き抜くのかい?」

「ですから、最初にお話ししたとおり、浸出油と簡易マッサージの五大公国内への普及です。そうすればある程度の癒しを求める人たちに行き届くと思うのです」


 最初にきちんと説明したのにと思いながらも、もう一度説明しなおすと、呆れたように大公を見ていた女性。


「ふぅん。ま、それ自体には僕反対しないけれど、マザーグリム院長はどう思う?」


 なにを思ったのか、こめかみのあたりをボリボリとかきながら、最終判断を女性に丸投げした大公にリベリオは内心、ほくそ笑んだ。

 よし、これで目的を達成する。

 しかし、女性――エルスオング大公国調香院長シャルロッタ・マザーグリムは首を横に振った。


「私は反対です」


 その言葉にリベリオはどういうことだと詰め寄りたかったが、シャルロッタ院長は隙を与えなかった。



「まず、ラススヴェーテ調香師は現在、この大公国ではなくてはならない期待の若手。だから、彼女をだれかの専属にするということは考えられませんね。それに、彼女ではなくても調香師を引き抜いてまで、普及させるということについては考えられませんね。そもそも簡易マッサージはたしかに有効かと思いますが、根本的な解決にはなりません。それに似たような症状でも根本が違うこともあるので、その治療過程が違えば、重大な事故を引き起こす可能性もあります」



 彼女の意見を聞いて満足そうに頷くエルスオング大公。どうやら彼は、彼女が反対するのを見越して決定権を丸投げしただけだったらしい。焦りを隠せないリベリオはそれを逆手に取ることにした。

 だったら、それを含めて利益を作ればいいじゃないか。


「ならば、それはまとめたものを作ればよいのではありませんか?」

「だからそれが無理だと言っているのです」

「……――!」


 しかし、そこは調香師界の重鎮。軽々とリベリオの目論見を論破していく。



「同じ症状でも血流が良すぎて引き起こされるものも、血流が悪くて引き起こされるものもあります。見分けるのには一人一人にきちんと向きあって、カウンセリングをしなければ良かれと思ってやったことも悪いことにつながるんです。あなたは商人で自分の利益になればいいのかもしれませんが、こちらには社会全体の秩序を守らなければなりませんから、この話はお断りさせていただきます」



 シャルロッタの言葉に舌打ちすらできなかったリベリオ。じゃあ、僕は聞かなかったことにするから、君もくれぐれも余計なことはしないようにねと大公に言われ、部屋から追いだされるようにして出たリベリオはうなだれることしかできなかった。


 その足で再びツェンバル男爵のもとへ行ったが、今度の出迎えではなぜか歓迎された。


「どうだったか、首尾は」

「まったくでした」


 あくまでもにこやかな男爵に、せっかくご助力いただいたのに申し訳ありませんと頭を下げたリベリオだが、その頭上でほほえみを浮かべる男爵の内心など気づく由もなかった。男爵はあくまでもリベリオを駒としてしか見ておらず、大公や調香院長から拒絶されることなど端っから織り込み済みだった。


「もう無理ですかねぇ」

「随分と弱腰だな」


 だが、男爵はこうなることも計算の内。使えるものは徹底して使わしてもらう。その本性を知らないリベリオは、その挑発に乗らざるを得なかった。


「どうしても正攻法で手に入れることが無理ならば、無理してでも手に入れればいいんじゃないのか?」


 男爵の言葉に再び目をぎらつかせたリベリオ。

 魂を売ってはならない相手に売ってしまったことを、この男はいつ後悔するのだろうか。

「数人、私に部下を貸してくれないか?」


 男爵の頼みにただ、リベリオは頷くことしかできなかった。




 それから数日後。

 棚卸のために臨時休業したドーラは作業後、新商品の開発を兼ねてミールとともに少量での石鹸づくりをしていた。


「綺麗だな」

「そうでしょ?」


 今回彼らが挑戦しているのは浸出油以外で着色した石鹸だ。鉱石からとれる色素を用いるのだが、非常に量を調節するのが難しく、十回目の挑戦でようやく綺麗な色が出た。


「この色のバランスって難しいからな」

「本当、何度やっても着色料のバランスはうまくいかないんだよね」

「そう言いつつ、お前はそつなくこなすから怖いんだよな」


 ミールはドーラの手技をほめるが、彼女は苦笑いをして肩をすくめる。

 不思議な話だが、キャリアオイルだけに着色する場合はあまり大差ない違いであっても、出来上がる石鹸だと全く色が違う。それに、同じ色を呈するはずの着色料でも、実際にはかなり違ってくる。だから、一発勝負で色を決めるのではなく、試行錯誤を繰り返さなければならいのだが、ミールはそれをするのが苦手だったので、ほとんどそうならないドーラの技がうらやましかった。


「そんなことないよ? ほら、一昨年だっけ。あとちょっと着色したかったのに、一気に色づいちゃってさ――――」

「ああ、あったな、そんなこと」


 ドーラにも失敗をすることがあり、ミールもそれを覚えているが、それでもなお、彼女には負ける部分だと自負している。

  とはいえ、ドーラのことだから、マイナスの部分を話しだしたら止まらないので、強引に話題を切り替えた。


「それはそうと、そろそろ買い出しに行くか」

「そうだね。新商品も出たっていうから、見に行きたいな」

「じゃあ、行くぞ」


 精油もキャリアオイル、ハーブも消耗品で、使っていればなくなってしまう。その在庫の管理が終わった後に買い出ししに行くことにしていたが、こう話していると、問屋の店じまいの時間が来る。

 早めに行こうと彼が誘うと、すぐにドーラは着替えてきて、問屋に向かった。



「やっぱり何度来ても飽きないね」


 問屋では目当ての精油やキャリアオイル、ハーブが並べられているほかに、調香院や大手の調香店が作製した処方箋(レシピ)をもとにしたブレンド製品も置かれている。

 ほかの調香師たちが作製したものを調香の参考にすることも少なくない。


「やっぱお前は変わってるな」

「そういうミールも私に付き合ってくれるんだから、変わってるんじゃない?」

「褒めてるんだけどな」


 ドーラもミールも生粋の調香師だ。

 参考にできるものは参考にしてやる。そういった心構えがあるからこそ、小さな調香店でも生き残っている。



「結構たくさんのものを買ったな」

「ま、消耗品というか、これで商売道具を作るんだからね」

「そりゃそうだな」


 その帰り道、紙袋をそれぞれ二つずつ持った二人は夕暮れが差し込んでいる道を歩いている。

 のんきに話しながら歩いていた二人だが、あと少しで『ステルラ』に着くところでミールは歩きを不意に止める。自分たちが何者かに囲まれていることに気づいた。まだドーラは気づいていないことから、彼がポローシェ侯爵のもとでいろいろ(・・・・)な訓練を受けている賜物だと心の中で雇い主に感謝した。


「お前ら何者だ?」


 だれもいない空間に向かって尋ねると、四方から黒ずくめの男たちが出てきた。一、二、三……――計六人の男たちを見て、ミールは舌打ちをした。

 武器はあるにはあるが、フェオドーラ(おさななじみ)をかばいつつ、戦うには不利なのである。

 とはいえ、周りを囲まれている以上、逃げることはできない。

 仕方なく地面に紙袋を置き、ドーラに動くなと囁いたミールはあえて隙を見せる。すると案の定、男たちが襲い掛かってきた。

 しかし、一方的にやられるミールではない。ドーラをかばいつつ、男たちに拳や足を食らわせていく。その強さはただの秘書(・・)とは考えられないものだった。

 男たちはミールの攻撃にだんだんとひるんでいき、だれかリーダー格の男の合図で五人は逃げるが、一人の男は逃げだそうとしたところで転ぶ。ミールは逃がすことなく捕まえる。手足を押さえつつ男の覆面をはいだものの、見知らぬ男だった。


「で、だれの差し金だ? 言わなければ捕吏に引き渡すぞ」

「……――――」


 男たちはミールとドーラを知って攻撃してきた。ということは、どちらかを標的とするもの。ミール自身には心当たりありすぎるが、フェオドーラには心当たりが……――あった。しかし、逃げ遅れ男は雇い主の名前を吐くことなく、歯の奥に仕込んであったのだろう、なにかを噛んで飲み込んだのち、数コマ遅れて絶命した。

ラスト一話です。

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