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いいわけ

「私の家がエルニーニ帝国資本の商会というのは知っているわよね」

「はい」

「だから『ステルラ』に通いつめれないような貧しいわけじゃない。それでもちょっと十年前に主人が行った投資の失敗で財政は傾きかけているの」


 ジーナが話しだした内容にドーラははぁと思わず言ってしまった。

 なにが言いたいんだろうか。

 それとこれとどう関係があるんだろうかと悩んだが、とりあえず話だけは聞いておくことにした。


「おかげで使用人たちを解雇しなくちゃいけなくて。で、自分のことは自分でやらなきゃいけなかったんだけれど、それでも商会主の妻として出なければならないところもある。だから、綺麗に装うことだってした」


 ジーナは自分が悲劇のヒロインのように大げさに嘆いてみせた。

 彼女はもともと各地を旅している劇団員の一人だ。だから、だまされるだろうとは思ってはいないけれど、せめて同情だけでもしてほしいと心の奥底にはあったのだろう。

 しかし、思った以上にドーラの反応は薄かった。


「でも、これ以上はお金をかけることができない」

「というと?」

「夫から無駄遣いするなって言われたのよ。たかが(・・・)嗜好品なんだから、そんなものにお金をかけるなって。商会(うち)で作れば原材料費とかも安く済むだろってね。でも、間違っていないでしょう?」


 最後に「お姫様は王子様と仲良く暮らしました」と同じ、よくありがちな質問をドーラにすると、深く考え込まれてしまった。

 こういうときはなにも考えずに「はい、そうですね」でいいのにと思ったジーナ。



「そうですね。間違って()いません――――そう本気でおっしゃるのならば、お帰りください」



 しかし、そのジーナの同情をしてほしいという根底の希望は潰えた。淡々としたドーラの一言に、え?と目を見開いてしまった。



「どうやって作ったかは知りませんが、調香師が使うオイルやハーブ、器具、素材はすべて一級品(・・・)。この国で採取するのが難しいものはわざわざ原産地まで行って調達する。アロマクラフトにはその過程の分まで代金に上乗せされるんです。あなたならわかるのではないでしょうか」



 正論を言われて黙ってしまったジーナ。

 たしかに自分が作ったものは今手元にあるもので、なんとなくそれを混ぜればいいんだと思ってしまったんだから。


「“たかが”な嗜好品ですが、“されど”嗜好品でもあるんです。ジーナさんは《堕ちたアザミ》の話を知っていますか?」


 首を横に振るジーナ。

 アロマクラフトを作るための素材を扱ったことはあるが、自分自身が調香師になりたいと願わなかったため、そういったことを知ることもなかった。



「《堕ちたアザミ》、それは大切に扱うべき香りを犯罪に使ってしまった調香師のことです。香りには人を癒すものでもありながら、副作用もあります。おぞましくて嗅いだことはありませんが、人に幻覚を見せたり、病気を助長させたりするものもあるそうです」



《堕ちたアザミ》は基本的に闇に葬られる。

 フェオドーラのようなただの(・・・)一人の調香師が実物を見ることはない。むしろ、あってはならない。それぐらい蠱惑的なものだから。


「だからこそ、それを深く知らない一般人がハーブや精油を使ったものを勝手に作ったり、売り出したりすることは禁じられているのです」


 闇が深ければ深いほど余計に魅力に取りつかれるというが、そうならないように自制するのが調香師。そして、その知識を持たないと人に害のあるものができる可能性もあるので、そうさせないようにするのが調香師制度。

 だからこそ勝手に作って、勝手に使用したのならば、もうフェオドーラの出る幕ではない。


「申し訳ありませんが、今日のところはお引き取りください。精油やハーブに関する知識が多いはずの帝国資本商会の妻であるあなたの顔を見ているだけでも不愉快なので」


 ドーラはすっと大きく息を吸って言う。ジーナはもう一度とお願いしようとしたが、ドーラの手にした呼び鈴によって飛んできた若い男に退店を促された。



 その日の夜。夫が自分のためにと作ってくれたカモミール浸出油を手に取るジーナ。見た目は『ステルラ』のものと変わらないのに、粘土や香りがちょっとずつ違う。

『それを深く知らない一般人がハーブや精油を使ったものを勝手に作ったり、売り出したりすることは禁じられているのです』

 若き女店主の声が思いだされていくうちに、その瓶を床にたたきつけて割ろうとするが、その度胸が出てこなかった。

 しばらく割ろうか割らまいか悩んでいたのだが、不意にそのガラス瓶が自分の手から離れるのを感じ、慌ててつかもうとするが、制止された。


「どうした」


 淡いブルネットの髪の男性、彼女の夫であり商会主でもあるリベリオだった。しっかりと彼に手首を持たれたジーナは話さない限りは決して手を放してくれないだろうと感じ、昼間にフェオドーラに言われたことをリベリオにすべて話した。


「だったら、手は打てるじゃないか」

「どういうこと?」


 不思議そうにリベリオを見つめるジーナ。彼は白い歯をキッと見せて笑う。


「君が通っているという調香店――『ステルラ』を買えばいいじゃないか」

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