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調香師の在り方

 ジーナのまなざしにわかりましたと一息ついたフェオドーラは、肌荒れ改善のための処方箋(レシピ)を書きはじめた。ジーナ(かんじゃ)にはアルコールが使えない。だから、いつも作っているような化粧水は作れない――――そうすると、おのずと方法は限られてくる。

 当たり前だが自分だけの判断だけではなく、調香師の聖典(バイブル)である香調大辞典を見て確認し、きちんと効能や容量を説明していく。


「アルコール成分を含まない化粧水や美容液を使うとともに、水仕事をした後は必ず肌荒れした部分の修復するようにラベンダー精油入りの軟膏を塗って保湿してください。そうすることで余分な水分が奪われずに済むと思います。あと三日に一回、来店していただいてカモミール浸出油が入ったマッサージオイルを使ってのマッサージを行いましょう」


 フェオドーラの説明にジーナは一瞬、不安な目をしたように思えた。今までだれにもアルコールのことを指摘されなかったジーナ。果たして本当にそれが正しいのか迷っているのだろう。そう思ってしまったドーラは優しく微笑む。


「体質もあると思うので、まずは少しずつ慣れていきましょう」

「あ、そうね……生活まで気を使ってくれてありがとう」

「いえ、当たり前のことですから」


 少し煮え切らない返答にドーラは彼女がなにかを隠したいことがあることに気づかず、何枚かメモ用紙に書いた後、ジーナにそのうちの一枚を渡す。


「それはそうと、アルコールの摂取はできるだけ避けていただき、食事の風味付け程度にとどめておいてください」


 アルコールなしに調理する方法。

 通常、この大陸では魚や肉の臭み消しに使われるが、なかにはアルコールで漬けて保存するという加工方法もある。そのためできるだけ加工食品を使わないこと、魚や肉の臭みけしに使った場合、アルコール分が飛ぶまで加熱してもらわなければならない。

 一瞬、ジーナは顔をしかめたが、わかったわと頷く。


「本当は毒を抜くにはハーブティーを飲んでいただくことが一番ですが、今回のジーナさんの場合、きちんと食事をとっているうえ、アルコール依存症っていうわけではないので、アルコールを摂取したり塗布したりしないようにするという予防策で十分かと思います」


 アルコールの代わりに気持ちを落ち着かせる方法もあるが、今回はそのケースではない。だから、ハーブティーの処方は見送っていた。


「もしなにか体調に異常が出てくるようでしたら、必ず伝えてくださいね」


 ここまで彼女の肌がひどくなったのは、正直なところ、彼女と調香師たちの会話不足もある。だからもし、彼女が本当に治したいと思っているのであれば、なにかあったときにはきちんと言ってもらわなければならない。ドーラの気迫に黙って頷いたジーナ。

 患者への説明後、さっそくドーラは美容液と化粧水の作成を行った。美容液はキャリアオイルに精油を数滴混ぜて、よく瓶の中でかき混ぜる。

 化粧水は余分なものを取り除いた水にアルコールと精油を加えて混ぜるのが一般的だが、アルコールを加えられないのでミョウバンを混ぜた水に、裏庭の小屋の中で育てているアロエベラの葉を裂き、柔らかいジェル状の葉肉をそぎ落として混ぜる。

 美容液も化粧水もあまり保存がきかないので、数日で使いきれる量しか処方しない。

 最後に、軟膏を作る。

 ほかに食事や日常的に使っているものの中で皮膚に過敏な反応を示しているものはないので、ミツロウとホホバオイルを使う。ミツロウはキャリアオイルの中でも唯一動物――蜂から採取されるもので、固形で存在している。そのため、液体のホホバオイルと一緒に加熱と冷却することで好きな硬さに仕上げることができる。しかし、このミツロウの難しいところとして、ちょっと多く入れただけですぐにできたクリームがクリームと呼べないもの(・・・・・・)になってしまう。

 とくに冬はすぐに固まってしまう。

 だから、ミツロウの重さを一としたとき、キャリアオイルの重さを七にして一緒の瓶で湯煎し、ミツロウがしっかりと溶けたところでお湯から出す。少し冷ましたあと、固まる直前にラベンダー精油を数滴入れ、よく混ぜ合わす。

 しっかりとふたを閉めた小瓶にどんなものが含まれているのか書き、まとめてジーナに渡す。しっかりと抱えもった彼女はまるで子供のような感じだった。


「じゃあ、明後日からマッサージははじめましょう」


 彼女の乾燥した肌を保湿させてからではないとマッサージしたときに余計にかゆみが出てしまう。だから、ひとまず今日はこれで診察終了になる。どんな場合でも同じだ。

 ドーラはしっかりとジーナを見て頷いた。一瞬、不安そうな顔をした彼女に大丈夫ですよと促した。


 その日の店じまいをした後、居住スペースに向かおうとしたドーラだが、今朝切ったばかりの石鹸がどうなっているのか気なり、店の奥側にある石鹸を熟成している保温室に向かった。きれいに並べられた石鹸の表面はなめらかだ。十分に保温されている証拠であり、もし石鹸の温度が急速に下がっている場合、表面に白い粉が噴き出てしまうこともあるのだ。

 それをひっくり返した後、今度こそ居住スペースに向かった。

 翌日も翌々日も店にはほとんどだれも来ず、ただ帳簿の管理や在庫の管理、次のシーズンに向けた新商品の開発などをしていた。


 最初の来店から三日後、予定していた時間通りにジーナはきた。


「体調はお変わりありませんか?」

「ええ。かなり赤みが引いてきたんじゃない?」

「そうですね。だいぶ赤みが引いてきましたけれど、まだ乾燥は続いているので必ず保湿は続けてください」


 まずは触診。

 赤くてガサガサだった手はだいぶ赤みが引いてきてはいる。けれども、まだ感想は残っている。ジーナ自身もその状態に納得いったのか、強く頷く。

 そして今回からはカモミール浸出油が含まれているマッサージオイルを使ったマッサージ。程よい粘度のそれは、彼女の体に深くなじんでいく。


「では、今日もこちらの化粧水と美容液、それに夜にしてもらう芳香浴用のオイルです。今使ったものと同じもので、ジーナさんの肌に一番なじみそうなものを選びましたので、また使ってみてください」


 一人でできるマッサージ方法を書いた紙とともに芳香浴用のオイルを持ち帰り用のかごに入れる。都度払いで、今日渡された請求書を見てジーナは驚いたが、芳香浴用オイル込みでの金額なので少しだけ納得してしまった。


 その日の晩。

 ジーナは夕食後、いつもならすぐに帳簿に向かう夫、リベリオに問い詰められていた。


「なあお前、最近なににそんなに大枚をはたいるんだ?」

「え?」

「経理から連絡があった。『ジーナ様が最近、交際費として多くのお金を持ち出している』ってな」


 リベリオ側の証言にため息をつきながらも、間違ってはいないわねとうなだれる彼女。仕方がなかったので、今日渡されたものを差し出す。


「ああ、調香店に通っているのよ――っていっても、今日で二回目なんだけれどね」

「調香店だと?」

「そうよ。以前まで使っていた化粧水だと赤くなっちゃって。だから、その治療に。マッサージ代と処方してくれるものが少し高くついちゃうのよ」


 ジーナは肩をすくめていうと、そうだなと考え込むリベリオ。


「なら、それを商会(うち)で作れば、安く済むのか」

「え? ええ、そうね。でも、そんなことできるの?」

「できるさ」


 リベリオの提案になるほどと目を輝かせるジーナ。

 彼女たちはあくまでも商人だ。自分たちの利益のためならばなんだってする。だからこそ、彼女たちはその時点で気づくことができなかった。

 なぜ調香師の処方するものは高くつくのか。

 そして、なぜ調香師が存在するのか。



 自宅でのマッサージと併用して治療を続けた三週間後のある日、ドーラはジーナの異常に気づいた。


「ジーナさん、非常に言いにくいのですが」

「どうしたの?」

「肌荒れが悪化しています」


 そう。

 アルコールによる肌の乾燥、赤みを抑えることはできたが、また別の理由によって肌の調子が悪い。たとえば下肢のむくみや違った意味での腫れぼったさ。

 食べ物による効果なのか、それとも別のなにかか――

 ドーラの問い詰める声にうつむくジーナ。なにか自分でもこうなった原因を理解しているのだろうと思った。うつむいた顔にはこうなることに心当たりがあるが、まさかドーラがそれを指摘するとは思わなかった驚きがにじみ出ていた。


「一体どういうことか説明してもらえますか? 説明していただけないようでしたら、これで診療は終わらせていただきます」


 フェオドーラは大きく息を吸い、決して怒鳴りつけるわけではなく静かに問い詰めると、ジーナは痛みをこらえた顔をして、ドーラを見つめる。

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