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調香師という役割

「私だってこんな処分を下したくもありませんでした。ですが、一人の人間が本来有用であるべき『香り』によって害されているのですよ。それが他国であっても自国であっても同じではありませんか? それともなんですか。あなたは貴族だから(・・・・・)自国の人間だから(・・・・・・・・)処分を下すのですか? 私はそれは正しくないと思います」

 リュシルははっきりと答えなかったので、ドーラは続けて持論を言った。

「もちろん、それがまるっきり正しいとも言えません。ですが、調香典範にもあるように大皇帝カストは――いえ、やめておきます。あなたも知っているはずのことですから」

 彼女の言葉に会場内の全員が静かに聞き入る。


 どうしよう。言いすぎた。

 ドーラは引くに引けなくなってしまい、どう取り繕うかと悩んでいたが、拍手しながら全くですねぇという柔らかい声で笑った人物がいた。


「全くもってラススヴェーテ調香師の言うとおり。グランデル院長、あなたは調香師を束ねる立場、いや、それだけではない、そもそも調香師としてふさわしくない。先ほどの姪御、オルガ嬢でしたっけ? 彼女だけではない。あなたもこの場にはふさわしくないようだ。そうではないかね、皆さん」


 ミハイルだった。名門貴族の生まれながら、リュシルやオルガたちとは異なる立場のようだった。彼の問いかけに頷く面々。自分と同じ上流階級であるミハイルの裏切り(・・・)に、今度はリュシルが苦虫を噛み潰したような顔になる。

「こういう言いかたは好ましくないが、私は、いやカンベルタ大公国調香院長はラススヴェーテ調香師の判断を支持する」

 彼の宣言にはっと驚くフェオドーラ。もちろん、自分の下した判断に責任を持たなければならないが、こうやって『誰か』に支持してもらえるのは何となく精神的に落ち着く。

「グランデル院長。もし、あなたがラススヴェーテ嬢の立場であったのであれば、ファーメナ調香師の処分はどう下しましたか?」

 もちろん私情や立場関係なしに、ですよ。ミハイルの静かな質問に言葉を詰まらせるリュシル。今のフェオドーラが言った内容から考えられる処分は一つしかないと判断したのだろう。

「……――もちろん、ラススヴェーテはんと同じ裁定ですわ。だって、彼は重大な間違いを犯してはるんですもの」

 しかし、答えた処分内容はフェオドーラと同じもの。すっきりとした解決にはならないものの、一応理解はしてもらえたようだ。こんな感じでよろしいでしょうかととなりのシャルロッタ院長を見ると、大丈夫よというようにウィンクされた。

「では、グランデル院長にも納得いただけたようですね。ラススヴェーテ調香師、報告ありがとう。座ってください」

 シャルロッタ院長は全体を見まわしながらそう宣言する。唯一、徹底抗戦していたリュシル院長がこれ以上なにも言えないとなると、ほかの誰にも反対意見を挟むことができない。むしろ、それを言った時点でエルスオング大公国、アイゼル=ワード大公国、カンベルタ大公国の調香院院長からにらまれることになるだろう、そう感じさせる圧があった。調香師の人数が少ないので、自国だけではやっていけない人もいる。もし他国での活躍を望むのであれば、他国の調香院院長からにらまれた場合、活動することはできなくなると考えても良い。そこまで考えたうえで、誰も発言することはなかった。


「では、続きましてエルスオング(うち)から二人目。レリウス男爵、お願いいたします」

 シャルロッタ院長はコホンとひとつ咳払いをして、場を仕切り直した。分かりました、と頷き立ち上がり報告を始めるレリウス男爵。先ほどのドーラと同じようにエルスオング大公国以外の所属ではあるものの、比較的社会的地位が低く、知名度も低かった。

「よってミュードラ大公国所属、ダミアン・イレングルヅ第二級認定調香師を偽証、精油製造官不在で精油を密造したという二つの罪状にて、『調香典範』刑罰巻第十二条・第二十五項目めならびに同巻第十三条・第三十五項目めを適用し、罷免させていただきました」

 こう締めくくった彼の処分には異を唱える人は出てこなかった。精油製造官不在ということは、人の肌へ多大な影響を及ぼす精油を製造する過程で公的にチェックする人がいないということ。なので、どのように生産されたかが分からず、不純物が入っていてもおかしくない。

「仕方あるまいな。彼の事件については私の管理不十分だ。比較的早い段階であいつのしっぽを捕まえることができて良かったと思っている。レリウス男爵、大陸中、いや世界を巻き込んだ事件に発展する前にことを収めてくれて助かった」

 ミュードラ大公国調香院長、ダミアンはレリウス男爵ににこやかに感謝した。

「いえ、たまたま出入りの業者が疑問に抱いてくれていなかったら、私も気づかなかったところでしたので、彼にも感謝です」

 いえいえと言ってレリウス男爵は謙遜する。ついでとばかりにその事件の発覚過程も述べると、会場内からは馬鹿じゃねぇのか、そいつはという呆れた声がちらほらと聞こえてきた。レリウス男爵の『調査』はかなりお粗末な事件によるものだったようだ。しかし、レリウス男爵は少し考えこんだあと、続けた。


「そういえばあくまでもこれはひとつの考えですが、あの『茶色の悪魔』の連続事件、もしかしたら、認定調香師が関与してるかもしれませんな」


 その言葉に半分くらいの調香師が目を見開く。知らなかった人もいたみたいで、ドーラもその『茶色の悪魔』の連続事件というのを今はじめて知った。

「そうかも、しれないね」

 ミハイルがためらいながらも頷く。会議場内を見て、首を傾げているものなどがいるのに気づいた彼はその事件について考察しだした。

「『茶色の悪魔』。五年前からあいつらは五大公国内で窃盗や詐欺を繰り返し、内乱の陰謀を企てるものの、正体を一切出さないとびっきりヤバい奴らだ。気づかない間に犯行が行われ、気づいたときにはそいつらはすでにいない。分かっているのは、茶色の髪や茶色の服など、どれか身につけているものひとつが『茶色』ということだけ。各国ともに手を拱いているというものだ。……――言われてみれば、レリウス男爵の言うことにも納得ができる。ほかの貴族や商人たちに怪しまれないように香水やハーブティーを使い、擬態する。彼らの信を得たあとならば、犯罪に手をだすのは簡単だからな」

 彼の考察に頷く面々。事件の詳細を知らないドーラであっても言われてみればそうなのかもしれない。

「もちろん、そればかりに気をとられてはならないけど、それも頭に入れておいてもいいかもね」

 ミハイルは口を挟んで申し訳ないと言って、主導権をシャルロッタ院長に返した。

「いえ、問題ありません。では、資格剥奪報告も終わりましたことですし、次のことに移りましょうか」

 院長はひとつ頷いて、ゆっくりと面々を見まわした。

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