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言いがかり

「へぇ、じゃあお前も参加するんだ」


 この二つの会議が始まる三週間前。『ステルラ』ではいつも通りの生活の中で、五大公国会議とそれに付随して行われる五大公国調香講師会議についての話題があがっていた。


「そうなの。アイゼル=ワード大公国へ『調査』に行ったことから、参加してほしいってシャルロッタ院長から直々に。そういうミールは五大公会議の間、ポローシェ侯爵のところで仕事?」

 ドーラは先日の調香師会議で頼まれたことを話しながら、その期間のミールの予定を聞くと、どうしようかなと迷うそぶりを見せた。


「そうだな。大公殿下が普段行ってる仕事の一部をポローシェ侯爵が肩代わりするっていうから、その仕事を手伝うつもりだ」

 彼の言葉に首を傾げるドーラ。それだけを言うのならば、別に迷う必要にない。それなのに彼は迷うそぶりを見せた。なにがあるのだろうか。


「いや、お前が調香師会議に出るっつうことは泊りがけになるだろ? ならば、わざわざここを開ける必要がねぇからな。いっそのこと、俺も侯爵ん()に泊まって、ここへ出入りするのを極力控えようかな、なんてな」


 どうやら店の防犯のことを考えていたようだった。確かにドーラは泊りがけになるから、『ステルラ』自体は臨時休業する。しかし、ミールが出入りすることで、裏の出入り口だけは開けることになり、中にある高価なガラス器具などを破壊されたら終わりだ。それを考えると、ミールの言葉に賛成だ。




 そうして、五大公国調香師会議が始まる前日、参加者専用の宿舎に入った。


 別にエルスオング大公国で開催されるのだから、エルスオング大公国所属の調香師はそんな宿舎に入らなくてもいいだろう、と思うかもしれない。しかし、これはどこの国で開催されても同じように自国の参加者であろうとも専用宿舎に入ることが義務付けられている。それは、機密の漏洩の防止、という一面もあるが、参加者の身を守るためでもある。

 というのも、『調香師』というのは高根の花であり、調香師になれなかった人から羨望の眼差しを送られることが多いが、中には逆恨みする人もいる。そのような人が襲撃するのにはこの調香師会議は格好の的であり、個別で宿をとっていたり、自宅から通ってきたりするのを考えたら、まとめて宿舎にまとめておけば警護するのが楽、という各国調香院の判断だった。

 そういった意味合いもあるため、たとえ身内であろうとも、部外者に宿舎の場所を教えることは禁じられている。だから、ドーラもミールさえ今回の宿舎の場所は教えていない(もっとも、ポローシェ侯爵経由で知っているかもしれないが)。


 ドーラと同じフロアには女性調香師たちが割り当てられ、あてがわれた部屋に向かっているとき、廊下で会ったフレングス大公国調香院長のリュシルに挨拶をした。そのときに彼女に同伴していたフレングス大公国所属の調香師、オルガ・グリューナ=グランデル。リュシルの姪である女性に声をかけられた。


「あなた、たった一人で事件を解決しはったんですって? しかも、他国の」


 彼女がアイゼル=ワード大公国から帰ってきてから、ときどきエルスオング大公国所属の調香師たちにも言われた言葉。純粋に称賛してくれた彼らとは違って、とことどころ棘を含んでいることにすぐ気づいたドーラだったが、それに返すための言葉がすっと出てこない。


「大公殿下はんの手荒れだか知りまへんけれど、いっかい事件を解決したからっていい気にならんといて頂戴な――――ふふっ。そもそもあんたに実力なんてあるんですかいな? たまたま大公殿下が訪れただけで、あんたん(とこ)って有名店なん? それとも、なんなん? 大公殿下の治療をされたくらいなんやから、なにか賞でも取ってはるんかしら?」


 ごめんなさいねぇ。私、寡聞やから知らないんのよ?


 オルガの言葉にリュシルは全く何も言わないし、彼女の言いたいことにも一理ある。だが、それに反論したところで、また彼女は新たな揚げ足取りをするだけだろう。わめく彼女を放置して部屋に向かおうとしたが、オルガは待ちなさい、とドーラを睨みつけながら、その行く手を遮る。


「もしこの会議で『調査』の報告をしはるのなら、それ相応の実績あげてからにしてくれんかいな。たとえばフレグランスコンテストで金賞をとるとか」


 それともここでなにかあげれる実績があるん?


 オルガににじり寄られたドーラは答えに詰まった。彼女が納得するような答えを持ち合わせていない。重い沈黙がその場に落ちた。しかし、その場の雰囲気を打ち消すような静かな声が背後からかかった。

「ここにいましたか、ラススヴェーテ調香師。探しましたよ」

 彼女に声をかけたのはシャルロッタ院長だった。すでに軽装になっていることから、彼女は先に宿に入っていたようだった。ドーラは挟まれている状況だったので、ぎこちなくしか挨拶ができなかった。


「ふぅん。あんたにお似合いな人が来はったようですわ」


 オルガはシャルロッタ院長のことを知らないのか、鼻で笑った。

「地味ぃないでたちで実績もなし。あんたたちは調香師が貴族のための職業であるっていう事を忘れとるん?」

 彼女が罵っている間、後ろで何度もオルガを止めようとしているリュシルだが、彼女は全く気付かない。それどころか、そうですわよねぇと叔母に相槌を促すオルガ。シャルロッタ院長もオルガの暴言に耐えかねたのか、きつい一言を言い放った。


「そういうあなたこそ、調香師としての品格を疑ってしまいますね」


 シャルロッタ院長の言葉になんですってぇと眉を吊り上げるオルガ。リュシルはもう姪のことを諦めたようだ。


「ふん。言いつけるならそうしはってくださって結構ですわよ。あんたたちが私に暴言を吐きましたって、エルスオング大公国の調香院長に()わせていただくだけですから。まあ、せいぜい今回のフレグランスコンテストで、あんたはんが私よりもええ成績を取ってからさっきの言葉言うてくださいな」


 では、さいならと吐き捨てて、去っていくオルガ。リュシルは一瞬、迷ったようだが、結局、オルガについて行くことにしたようだ。目礼だけして去ろうとしたが、その後ろ姿にシャルロッタ院長が声をかける。


「あなたは調香師としての在り方を分かっていますよね?」


 その静かな問いかけにリュシルは振り返り小さく頷き、再びオルガが去っていった方に向かった。


「ラススヴェーテ調香師」

 オルガとリュシルが去っていき、二人きりになったそこで静かにドーラに語りかけたシャルロッタ院長。なんでしょうかとドーラは尋ねることはしなかった。シャルロッタ院長が言いたいことを感じ取ったし、彼女自身、オルガを見返してやりたくなったから。


「フレグランスコンテストは精一杯、努力いたします」


 ドーラの決意に分かりました、と満足そうに頷くシャルロッタ院長。

「私も彼女にムカつきました。存っ分にやってください」


 オルガの態度にいらついているようだ。彼女から静かな怒りが伝わってくる。はい、としっかりと頷いたドーラ。

珍しくこんな悪役を登場させたくなりました……

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