急転直下
彼女の発言にその法廷内にいたクララ以外の表情がゴッソリと抜け落ちるのが見えた。ドミトリーはというと、やっぱりかと呟いていた。
「ドミトリー君、やっぱりかとはどういう意味なのかね?」
裁判長たちもそれに気付いていたようで、彼に聞くと、多分ですが、と前置きしてから、エンコリヤ公爵に向かって尋ねる。
「そもそもこの横領自体はあなたの代からではありませんよね」
彼の質問に頷く公爵。だとしたら、なぜこのタイミングで、しかも、わざわざことを大きくしてまで裁判にする必要があるのかドーラにも分からなかった。良い意味でも悪い意味でもいくつもの慣例がある。
「ですが、あなたはこの数年、その量を多くした」
ドミトリーは言葉を一節一節、区切りながら説明していく。
「今から話すことはあくまでも私が調べ上げたことと彼女が言ったことからの推測で、確証はありません」
そこからは彼の独壇場だった。裁判長やエルスオング大公、ポローシェ侯爵でさえ、口を挟むことさえ許されない雰囲気だった。
「この数年、その横領額が増えたのは、誰かの指示を受けたものではなかったのでしょうか。そして、カンベルタ大公国への手紙、そう、軍備費の増額と武器の輸出を制限するように求めたのも誰かの指示によるものだった。それにあなたはそれに食いつき、実行した。
もちろん、それが国にバレれば、あなただけでなく家族も危うい。そんなことを最初は考えたでしょうが、うまくいくうちにその危険意識は薄れていった。そうではないでしょうか」
彼の推測にお前、それどこで見ておったんか、と感心するエンコリヤ公爵。あっているようだ。
「その誰か、ええ、まだ誰かとしておきましょう。その誰かはいつしかあなたから離れていった。さすがにそのときはあなたも身の危険を感じたのではありませんでしょうか。ですが、たまたま私があなたの傍に来た。その誰かと血縁関係であり、表面上はポローシェ侯爵とあまり交流のない私です。あなたにとって私は異国のことわざで渡りに船、救世主になったのではありませんでしょうか。そして、彼は私がエンコリヤ公爵のもとへ来て落ち着いたころにポローシェ侯爵との連絡手段を得て、あなたを唆した」
もっとも、あなたには全く相手にされなかったのが最大の誤算でしたが。
ドミトリーは無表情で述べていく。裁判長もエルスオング大公もポローシェ侯爵もじっと彼を見つめている。
「だからこそ娘さん、クララ嬢との婚約もすんなりと承諾していただけたようですし、ご自宅にも何回も足を運ばせていただきました。ああ、ちなみにゲーシャさんには婚約させていただいた時にはもう、事のてん末をお話ししておりますし、なんとなく自分の父親が横領に手を染めていたという事実は気づいていらっしゃったようですから、ご心配なさらず」
わざとらしくエンコリヤ公爵にお辞儀するドミトリー。前半はともかく後半、最後の一文におそらく全員ツッコんだだろう。『ご心配なさらず』と彼は言うものの、心配できない要素がどこにもない。
「そして、そのあなたを唆した人物。彼女の言葉によって、ようやく確証が得られました。皮肉ですね。たとえ演技だとしても、手ひどく振った相手の言葉によって事実を知るなんて」
そっとクララを見るドミトリー。
「ええ、あなたを唆した人物であり、あなたに怪文書を送った人物。そして、彼女に嘘を吹き込み、僕への印象をより悪いものにした人物――――ええ、私の兄、ハヴルスク侯爵長男、アレクサンドルです」
ドミトリーの言葉に唖然とする全員。まさか告発人が自分の兄の名を出すとは思わなかっただろう。
「だが、それをしたところで彼になんのメリットがあるのだろうか? それに、ポローシェ侯爵とのつながりも、もう明らかになっているのか」
全員の疑問を代表してエルスオング大公が尋ねる。ええ、そこなんです、とドミトリーは頷く。
「彼のメリット、ハヴルスク侯爵子息長男としてのメリットははっきり言えば少ないでしょう。同じ母親から生まれてますから、そういった争いは無縁ですし、なにより彼が年上である以上、侯爵位はほぼ間違いなく彼のものになったでしょう。ですが、エルスオング大公家に仕えるものとしてのメリットは大きいのでは? それはアンゼリム殿下、あなたがご存じなのではありませんでしょうか」
大公へ直接、メリットを問いかけるドミトリー。無敵なようにも見えるが、大公はなにも咎めずに答える。
「なるほど。現在、ポローシェ侯爵が行ってる事業の後釜につけるし、それにエンコリヤ公爵も捕縛されれば、エンコリヤ公爵の座を狙うこともできる。そうだな、一番のメリットは調香院の理事か」
その推測にええ、と頷くドミトリー。
「そして、最後。私という存在がなくなれば、起こり得るかもしれないのちのちの爵位継承争いもなくなりますし。彼にとってはいいことずくめなんですよ」
最後まで言い終えたとき、全員のドミトリーに対する見方が変わっていたような気がした。少なくともドーラはそう感じた。
「ですが、そうですね。一つだけ分からないことがまだあるんです。コレンルファ伯爵令嬢、あなたは先ほどの発言をどなたかとともに聞いてたりしてませんか? もしくは、誰かに喋ったりしてませんか?」
ドミトリーははじめてクララに訊ねた。彼女は目を閉じ、ひと呼吸おいてから口を開いた。
「はい」
その答えにざわめく会場。ポローシェ侯爵やミールも驚いている。それは誰ですか、ともう一度、ドミトリーが尋ねると、ゆっくりとこちらを向き、ドーラを素早く見つけたクララは指さしながら答える。
「今日、傍聴席に来ていただいております。あそこの女性です」





