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何事も薬になるし、毒にもなる。

『ステルラ』に戻ったドーラはすぐに自室に戻り、ラベンダーのハーブティーを淹れた。いつもだったらもう何種類かのハーブをブレンドするが、今はそんな気力がなかった。最近、無理に仕事を入れていないはずなのに疲れていたのだろう。葉を蒸らしている間になんだか眠くなってきてしまって、時間を測っているのにもかかわらず、机に突っ伏した途端、寝てしまった。


 気づいたときにはすでに空が赤くなっていて、ハーブティーの色も普段よりも濃くなっている。起き上がると、首や体全体が痛くなっている。少し身体をほぐしてからティーポットを台所へ持っていこうと外へ出ると、アリーナとミールが心配そうに立っていた。


「すっきりしたから大丈夫」


 アリーナがドーラの様子を見にきた理由はなんとなく分かってはいたが、あえてそこには触れなかった。さらにドーラの様子から明らかに彼女がより緊張が増したのも分かったが、さあ、ご飯にしましょう、とにっこり笑って促した。ミールはそうだなと、アリーナも軽く頷いて居間に向かった。

 すでにクララも居間に来ていて、わざわざ立とうとしたが、ドーラはあえて無視するようにそのまま台所へ向かった。煮出しすぎたハーブティーのポットから茶葉を出して捨て、ポット本体を水で洗い、棚に伏せたあと、居間へ戻った。


 すでに食卓には料理が並べられており、いつもは食前の祈りの声だけではなく、にぎやかな場所になっていたものの、今日は誰も喋らなかった。クララとアリーナがいるのにもかかわらず静かで、自分が少しだけ厳しく言ってしまったことで招いた結果を少しだけ痛感してしまった。


「そういえば、クララさん」


 ドーラはできるだけ優しい言葉で声をかけた。クララは一瞬、びっくりしたような顔をしたが、すぐに落ち着いてなんでしょうか、と答えられたことにドーラ自身もホッとした。


「明日から、新しい施術(トリートメント)を行いたいので、後ほど――そうですね、入浴前に下の応接室までアリーナさんとお越し下さい」


 ただの業務連絡に虚を突かれたような表情をしたクララ。それはアリーナも同じだったようだ。ミールも手伝ってほしいからお願いね、と彼にも念押ししたドーラは先に食べ終わり、先に下の作業室へ向かった。


 先日、クララと一緒に選んだ精油を手に取り、籠に入れた。それから彼女の体質に合いそうな希釈用のキャリアオイルの瓶もとり、酸化していないか確認した。素地のほかにタオルや洗面器などの補助器具も用意した。


 全ての準備が整ったとき、ちょうど複数の足音が聞こえ、クララたちがここにやってきたのが分かった。


「遅くなりました」

 昼間の一件もあってか、少しクララは怯えているようだったが、ドーラはそれを和らげるために笑顔で大丈夫ですよ、と笑った。

 ミールが後ろにいることに気付いたドーラは説明を始めた。


「先日もお話ししましたが、クララさんの体調はこの施術を始めてからよくなってきております。ですので、明日からはアロママッサージも施術に入れて行こうと思います。ハーブティーやバスソルトと同じように体調を見ながらの施術となりますので、もし、体調が悪くなったときは、絶対に教えてください。よろしいですね」


 ドーラの念押しにはい、と頷くクララ。


「ちなみに、この施術は調香師にしかできないものとなります。ですので、もし今後クララさんやアリーナさんも行いたい場合は、自己判断でせず、調香師の勉強をしっかりとしてから、そして資格を取ってから、行ってください」


 昼間の一件を踏まえ、少し強めに念押しした。すると、さすがの二人もしゅんとしたものの、きちんと理解しているようだった。


「今回は背中と上腕部を中心に施術を行いますので、明日の朝、朝食後すぐ髪の毛を上のほうで、できればタオルを使ってまとめておいてください。それに一応、こちらで用意した肌着を着用した状態で施術を行いますが、もし肌に合わないようでしたら、すぐに言ってくださいね」


 ドーラの注意事項をメモしていくアリーナ。彼女はメイドの領分においての素質は問題ない。むしろ、クララの専属で『ステルラ』に連れてきてもらえるあたり、有能なのだろう。だからこそ、もし彼女も調香師を目指してくれるというのならば、それはドーラにとっても嬉しいことだ。

 もちろん、クララもだ。彼女も根は素直で、教えたらかなり立派な調香師になるかもしれない。だからこそ、あんな理由だけで調香師になってほしくなかった。


「詳しくは明日の朝、説明いたしますので、また、朝食後にここに来てください。私はもしかしたら、朝食は取らないかもしれないので、心配しなくて大丈夫ですよ」


 さあ、では明日は朝早いですから、早く寝ましょう、と声をかけ、二人を部屋から出した。あとにはミールが残っていた。


「お前、間違っちゃいねぇだろ」


 ミールは何を、とは言わなかったものの、昼の一件の事だろう、とすぐに推測できた。


「分かってはいる。でも、言い方、というものがあったからね」


 自分がエライ人間であるとは思っていないし、そう思われるのも嫌だった。でも、あの言葉は受け取り方によっては何様なんだ、と思われかねない。だからこそ、言った本人でさえ反省している。


「ま、お前ならそう言うだろうと思ったけどな」


 彼も彼女の考えていることはすぐに理解できたようで、それ以上、反論しなかった。

「もし、お前がこれ以上、心配するようだったら、そうだな。明日の施術、俺も見学しようかな」


 突飛もないことを言い出すミールにドーラは苦笑いしながら、拒否する。

「さすがに、未婚の女性の素肌を覗くのはダメでしょ」

 てりめぇだろ、とミールはすかさず返した。


「そうだ、今朝、お前が置いていったあのフレグランスを嗅いでみたが、この前のもんよりも良かったと思う」


 そういえば、と思い出したように話題を変えた。お前らしい香りだな、そう言い残して、ミールも部屋を出て行った。

 昔は叔母に憧れてなんでも彼女の処方箋(レシピ)で売り出していたが、最近はできるだけ『自分らしさ』を出すようにしていた。けれどもなかなかうまくいかなかった。ミールやポローシェ侯爵はそのもがきに気付いていたのだろうが、他の人は気づいていなかった。だからこそ、ドーラはミールの言葉でよかった、と自信を少しだけつけた。


 ドーラも少しだけ遅れて自室へ戻り、翌日のための準備をしてから、眠りについた。

きつく言いすぎてしまったドーラ。言い方って大事。


[補足&TIPS]

・アロママッサージ

本作作中では調香師の資格がないとできない、と言っていますが、現実では誰でもできますし、マッサージ店を営む場合でも原則必要ありません(一部例外あり。ようはアロマセラピーを行う時と同じ)。しかし、民間資格や柔道整復師などの国家資格を取っておくと人体の構造などが分かったうえでマッサージを行えるので、より良いかと思います。もし家庭レベルでの施術をする場合にも、簡単な専門書もあるので、そういった本を購入の上、施術してください。

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