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深まる謎と解決方法

 昼食はテレーゼが手配してくれたのだろう、すでに部屋に置かれていた。明らかに普段、食べるものよりも手がこんでおり、ここにも厚遇ぶりが垣間見えた。

 昨晩からドーラの身の回りの世話をしてくれている、テレーゼがつけてくれたメイドの二人は、異国人であるドーラに興味津々なのがよくわかったが、職分を忘れて接してこないところは彼女にとって心地よかった。


 昼食を食べ終えた後、少しの時間だけドーラは一人になって、先ほど、フリードリヒとゲオルグにしてもらった『利き香』の解答を合わせ始めた。


 一つめのオー・ド・トワレに含まれる精油は、レモンマートル、レモンバーベナ、ディル、サイプレス、ローズマリー、クラリセージ、バレリアン、シベリアモミ、そしてサンダルウッドの九つ。


 二つめのオー・ド・トワレに含まれる精油は、チュベローズ、タンジェリン、ブルームスパニッシュ、ネロリ、ラベンダー、ローズ、そしてサンダルウッドの七種類。


 この二つのオー・ド・トワレならば、非常に特長のある香りが多く、二人――特にゲオルグがきちんと嗅ぎ分けられる状態ならば、この中の半分以上は嗅ぎ分けられるはずだと思って、ドーラは出題した。



 しかし、その予想は大幅に違っていた。


「それぞれ二つしか合っていない――――?」


 二つのオー・ド・トワレに含まれている精油の中で最も含有量の多いものしか合っていないのだ。しかし、三つめの香水もどきに関しては含まれていない(・・・・・・・)ものまで書かれていた。


 それは先ほど、ドーラが気付いた、例のハンドオイルを作ったと思われる日に使われていた精油。


 それに気づいたドーラは、手帳に忘れないようにその精油の名前と使用量を記入しておいた。一度、試してみたいことがあったのだ。


 一方のフリードリヒの解答は調香師試験ならば合格ものであり、かなり正確な解答が書かれていた。



 これらのことから考えられる事態に頭を悩ませながらも、午後からの『調査』のために『初等十四精油』と呼ばれる十四種類の精油と素地、キャリアオイルを鞄の中に詰め込んだドーラは、再び調香室へ赴いた。


「では、今からこちらの作業を行ってもらいます」

 少し準備した後、二人に向かって宣言した。

「やり方は私たちが通ってきた試験――認定調香師試験の実技試験と同じ、アロマクラフトの作製です」


 そう言って机に置かれた小瓶を示した。


「ここに『初等十四精油』があります。これらの精油と素地、キャリアオイルを使って、オリジナルの石鹸の作製を行ってください。採点も同じく加点方式――石鹸の出来栄え、精油やキャリアオイルの使用意図のヒアリングにより行います」


 ドーラの説明に頷く二人。


「結果は明日の朝、実物を見てからという形になりますが、作製期間は二時間になります――――怪我には十分お気を付けください」


 注意事項を聞き終わった二人は、それぞれ作製し始めた。


 作業を順調に開始したのを見ると、ドーラは次にやろうと思っていたことを始めた。


「ええと、五番棚がここだから、六番棚は――――ああ、あった」


 日陰の棚にはこの調香室が所有する精油が収められており、先ほどの精油の使用量を確認しようと思ったのだ。

 台帳への記入ミスならば口頭指導だけで問題ないのだが、もし、それが本当に使われていたのだとすると、事態が変わってくる可能性もある。

 中に入っている小瓶を一つ一つ探し、目的の二つの瓶を探し出すと同時に、大きくため息をついた。




 ――――――残念なことに、彼女の予想は当たってしまった。




 しかし、それが何故、ゲオルグの処方したハンドオイルに含まれているのか、が分からなかった。

 ゲオルグならば、その精油がどんなに危険なのであるのか、理解しているはずだろうと思うし、二つの精油の匂いの違いも分かるはず。それに、たとえ匂いを感じられなくても、精油の瓶に書かれた文字を読むことはできるはずだから。

 ドーラは詳しいことは石鹸の様子を確認したあとの明日の午後、聞こうと思い、その小瓶をそっとハンカチにくるんで鞄にしまった。


 二人が作製している間、特にすることもなくなってしまったドーラだが、そういえばと思い直して、ディアーナに『お願い事』を持ってテレーゼの元へ向かわせた。



 返事は二つ返事だったようで、クルトとルッツとともにディアーナはすぐに戻ってきた。ドーラは二人に軽く事情を説明すると、二人とも笑って承諾してくれた。


 それから二人にはドーラの部屋まで何冊かの台帳を運んでもらい、ドーラ自身はフリードリヒとゲオルグの様子を観察していた。今の段階では、二人とも迷うそぶりは見せていない。

 二人が使ったキャリアオイルと精油を確認して、それぞれメモしておいた。



 それからしばらく経ち、ゲオルグもフリードリヒもほぼ同時に石鹸を作り終えた。

 ドーラは二人が最後に石鹸素地を流し込んだ木箱を確認すると、クルトとルッツに手伝ってもらいながら、保温箱に入れ、先ほどの台帳と同じようにドーラの部屋まで運んでもらった。限りなく可能性は低いが、作製者二人による小細工防止とドーラ自身が状態を確認したかったのだ。



「では、これで今日の『調査』は終了します。一応、三人とも(・・・・)『調査』対象となってますので、通常業務はお休みしてもらわなければなりません。よろしいですね」



 少しだけ盛ったドーラの言葉に頷く三人。では、今日は失礼します、明日もよろしくお願いいたします、そう言って、ドーラは鞄を持って退出した。



 自分に与えられた部屋に戻る道すがら、ドーラは今日一日を思い返していた。


 最初、調香室に入った時に見たのは、ゲオルグを中心としてフリードリヒとディアーナが周りを囲む姿。その関係性は、少しの月日で構築されたのではないのがよく分かった。


 その一方で、そして、ゲオルグが匂いを感じ取っていないことに気付いてしまった。ミールが言っていた『調香できない理由』というのはそれなのだろう。彼が精油のラベルを読み間違えた、というのにはいまだに引っかかるが、それでも、証拠としては今朝の試験だけでも十分だろう。

 そう思ったドーラは部屋に着くなり、報告書を書くのに必要な情報をまとめ始めた。



 少しの間、書きものをしていた部屋の中の静寂を破ったのは、豪快なノックの音だった。今朝も聞いたその叩き方はテレーゼだろう、そう思って扉を開けると、案の定、彼女だった。


「まったく警戒心がないな、キミは」


 半ば呆れたようにテレーゼは言った。ここはエルスオングじゃないんだから、いくらアンゼリムのお墨付きがあっても、もう少し慎重になった方が良いと思うよ、とお小言を言われてしまった。


「ま、今回は私でよかったが、気を付けてくれ」


 テレーゼはぼやきつつも、ドーラに手を差し出した。

 これから行われるのか分からなかったドーラは、首を傾げてしまった。


「ったく、相変わらずキミは鈍いな」

 そう言いつつもドーラの手を取るテレーゼ。


「これからキミを歓迎するための晩餐会だ。ぜひ、キミにもアイゼル=ワード大公国の本格的な料理を味わってほしい」


『ドーラの歓迎のため』の晩餐会。


 ということは、どうやらこの予定は外せないらしい。できれば今朝あった時にでも言っておいてくれないのかと、心の中で少しため息をつきつつ、お礼を言った。



 晩餐会にあまり多くの人は招待されておらず、ドーラとテレーゼのほかに、アイゼル=ワード大公国宰相、アイゼル=ワード大公国騎士団《黒鷲》の将軍、そしてアイゼル=ワード大公国の国立調香院院長が席についていた。

 三人とも事情を聞いていたらしく、宰相と将軍の二人は比較的ドーラに対してフランクに接してくれた。しかし、調香院の院長は自身の面子のためか、ドーラを見下したような物言いをした。


 そうはいっても食事は表面上、穏やかに進んだ。

 エルスオング大公国を出る前にミール作ってくれたものと似たものが出されていて、エルスオング大公国以上に具材も少なく、味付けも淡白だった。

 しかし、素材の味がしっかりといかされており、あまりエルスオング大公国では見かけない塩漬けにされた魚が出てきた時は少し塩分の強みに驚きながらも、美味しくいただくことができた。



 食事の最中、初めて会ったにもかかわらず、宰相と騎士団長から親し気に話しかけられたドーラは、少し緊張しながらもかなり丁寧に応対できたと思えた。しかし、それを苦々しく見ていたのは、調香院の院長だった。


「殿下、言ってくだされば、私どもの方で調査いたしましたものを。他国と比べて我が国の調香師たちも劣っておりません。むしろ、この娘は市井の民と聞きましたぞ、ペテンな調香師に見てもらうのは、いささか危険な気がしますがね」


 ドーラの目の前であからさまな悪口を言う院長。彼も大公家お抱え調香師三人組と同じく貴族なのだろう、平民だと明かしたドーラに突っかかってきた。しかし、そんな悪口に付き合うテレーゼではなく、院長の言葉をまるっきり無視した挙句、ドーラににこやかに尋ねた。


「そういえば、『調査』はだいぶ進んだかい?」


 所属国のトップに無視された院長は舌打ちする代わりにグラス一杯のワインを飲み干した。


 そんな様子を傍目で見ながらも、ドーラはそれに迷わず、はい、と答えることができた。すると、院長以外の二人の目は驚きに変わったが、テレーゼの信頼を信用したのか、ドーラに疑惑の目を向けなかった。


「私の仮説が間違っていなければ、明日中にでも解決します」


 テレーゼの瞳を見て、しっかりと答えた。そうか、と呟いたテレーゼ。


「それで、ファーメナ認定調香師はシロなのか?」


 そう尋ねる将軍の目は鷹のように鋭かった。一瞬、ドーラはどうこたえるべきか迷ったが、どのみち、いつかははっきりさせなくてはならない。


「おそらくクロです」


 ドーラの回答に再び驚く一同。ここで、もっとも驚いていないのはテレーゼだと言っても過言ではなかった。

[補足&TIPS]

・『初等十四精油』

現実には存在しないが、モデルはアロマテラピー検定2級の匂いの嗅ぎ分け試験で使われる『イランイラン、オレンジ・スイート、ジュニパーベリー、ゼラニウム、ペパーミント、ユーカリ、ラベンダー、レモン、ローズマリー』の10個の精油。

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