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直接対決

「今日からエルスオング大公、そして私からの命令によってこの調香室の『調査』に来てくたエルスオング大公国のフェオドーラ・ラススヴェーテ第一級認定調香師だ」


 テレーゼがドーラを紹介すると、ディアーナは息をのんで、フリードリヒは目を瞬かせたのに対し、ゲオルグは表情を一切変えない、という三者三様の反応が返ってきた。



 認定調香師――もしくは、それの見習いであるのならば、わざわざ外国の第一級認定調香師が『調査』にくる意味合いが分かって当然だ。だから、ディアーナもフリードリヒもいったい、自分たちが何を《してしまった》のだろうか、と驚き、そして、これからどんな調査が行われるのか、と疑問に思ったのだろう。すくなくとも、そうフェオドーラには感じられた。


 その一方で、何も反応を見せなかったゲオルグに対しては、やはりあの言葉が本当なのではないのだろうかと、ドーラは思ってしまった。



 それを確かめるために来た、そうここにきてようやく自分の中で思い出させることができた。


「では、あとはラススヴェーテ女史に任せる。よろしく頼むよ」

 テレーゼは今までで最も穏やかな笑みをドーラに見せた。


「はい。必ず、原因を突き止めて見せます」

 ドーラの顔にも、今までで最も強い決意を伴った表情が映った。

 彼女を見て満足したらしいテレーゼは、また何かあったら、報告してくれ、と言って、部屋を出て行った。



「では、改めまして、よろしくお願いいたします」

 ドーラの挨拶に三人とも、あいまいな表情になった。


「――――ああ、そうでした。ここに来た理由ですが、まず初めに、半年前、ファーメナ調香師がテレーゼ殿下に作られたハンドオイルを使い始めるようになってから、手が荒れたことはご存じですか?」


 ドーラの疑問に三人とも頷く。それを見た彼女は重ねて質問した。


「では、そのハンドオイルが原因ということもご存知ですか?」


 二つ目の質問に、三人とも目を剥く。

 どうやら、本当にテレーゼは彼らを信用していて、彼らは自分たちの作ったハンドオイルが原因だったと思わなかったようだ。


「――――――本当か」


 最初に口を開いたのはゲオルグだった。その年相応の落ち着いた声は、自分自身の処方箋(レシピ)に疑問を持っていないのか、それとも、何か心当たりがあるのか、どちらともとれる声音だった。

 ドーラははい、と頷く。


「私の店に訪れた時、テレーゼ殿下が渡されたというアロマクラフトをすべて拝見しました。しかし、ハンドオイル以外は全く問題が見当たらないんです。なので、今回、こちらの調香室の『調査』を拝命しました」


 ドーラの言葉に、沈黙が降りる三人。しかし、ディアーナだけはなぜか震えている。それに気づいたドーラだったが、今はそれを問い詰めることはしなかった。


「とりあえず、ここにある精油や素地、器具をすべて点検させていただきます。なので、台帳は当然、ありますよね? アイゼルワーレ嬢はそれを持ってきてください。

 その間にファーメナ調香師とバルブスク調香師は、私が作製したもので恐縮なのですが、こちらの香水の『利き香』をしてください。よろしくお願いいたします」



 ドーラの指示にディアーナとゲオルグは頷いたものの、フリードリヒは首を傾げた。


「ねぇ、フェオドーラちゃん」

「何でしょうか?」

 ドーラはフリードリヒの呼び止めに、少し意外さを感じたが、特別、それ以外の感情は動かなかった。


「別に若いからっていう訳じゃないんだけれど、君はいったい何者なんだい?」

 フリードリヒの言葉に、同じように頷くディアーナ。面識のあったゲオルグは二人を止めようとしたが、ドーラはそれを目だけで制した。



 確かに彼らは三人とも貴族階級の出身である一方、ドーラは地方の地主階級の出身だ。。

 だけれど、肌荒れの原因となったアロマクラフトについて、大公家お抱えの調香師たちではなく、遠く離れた国の、しかも市井にいる特別でない調香師のドーラが特定した。

 そして、いざ『派遣』されたのは、ゲオルグやフリードリヒからしてみれば、娘のような年齢の娘。


 認定調香師は所属国に関係なく、出身などの情報がすべてほかの認定調香師たちに共有される。なので、彼もドーラの出身については知っていたのだろう。敵意とまではいかないが、信用できない、という雰囲気がフリードリヒとディアーナの間から漂っていた。


 それは、十分に彼らにとって偶然なのか、それとも仕組まれた何かがあったのか、疑問に思う余地があった。



「――――――私は」



 フリードリヒが望む答えはさっぱり分からなかったが、ドーラにとってこれだけは言えることだった。



「私はある『香り』を探しているんです。それはどんな香りか分からなくて、困っているんですが、いつかはどんな『香り』だったのか、探し当てたいんです。


 だから、それまでは『香り』を探すと同時に、誰かの力添えになれることがあれば、と思っているんです。だから、私は特別でないただの一人の調香師であり続けて行こうと思っているんです。


 今回の件だって、たまたまテレーゼ殿下が私の店を訪れていなければ、私はここに来ることはなかったでしょう。たった一つの偶然、それだけのことです」



 ドーラの言葉にふぅん、そうなんだと呟くように答えたフリードリヒだった。ドーラは彼らが望む答えではなかったと思っていたが、ある程度は納得してくれたらしい。

「わかりました。協力しましょう」

 隣でディアーナも頷いた。



 ディアーナにはこの調香室にあるすべてが記された台帳を運んできてもらい、その間に『利き香』の準備をした。



 使う香水は三種類。

 一つめはオー・ド・トワレで、習作として見習い時代に作ったもの。

 二つめは同じくオー・ド・トワレで、今年の春に季節限定の香りとして作ったが、中途半端な量になってしまい、在庫として残してしまったもの。


 そして三つめ。

 今回のために、ドーラが作製したあのブレンドオイルをオー・ド・トワレと同じ濃度で無水アルコールに溶かしたが、本来ならば香水としてはなり得ない(・・・・・)もの。



 この三つをそれぞれ、小さな蓋つきのガラス瓶に注ぎ分け、ムエット(試香紙)とともに二人に渡した。

「あちらで台帳を読んでいますので、終わりましたら、声を掛けてください」

 ドーラの言葉に二人とも頷き、早速『利き香』を始めた。




 二人の準備をしている間に、台帳を箱一杯に持ってきたディアーナに、ありがとうと言ってから、台帳を開けた。すでに精油棚の鍵も借りており、台帳と照らし合わせながら、劣化や異臭などの変化を感じ取っていくことにした。


 最初のページから読み進めていくと、大公家お抱えの調香室というだけあって、希少品や最高級のものが使われており、『ステルラ』でも使えたらいいな、と思ってしまうような精油まで揃っていた。



「ロータスにイモーテル、サンダルウッド――しかも來伯(らいはく)国産のかぁ、羨ましいな――それにイリスもあるのかぁ、うう」


『ステルラ』でも買えなくはないが、コストパフォーマンスを考えると、他の精油で代用出来てしまう希少な精油が揃っていることに羨ましくなりつつも、しっかりと検分していった。


 しばらく、怪しい点は見つからなかった。

 きちんと管理がなされているようで、第一級認定調香師のサインや数量、使用日時、使用期限などが不自然だということは感じられなかった。


「それに、産地も特に問題ない、と」


 購入日や製造年からその時の、精油の原料となる植物の栽培地、精油の生産地の気候や異常気象を思い浮かべていくが、これもまた、特別引っかかるものはない。


 素地や器具も特に異変はなかった。



 じゃあ、一体なぜ、テレーゼの肌荒れは起こってしまったのだろうか。

 そう考えながらもう一度、台帳を見ていくと、ある一つの精油の使用量と使用日時が気になった。


 ――――この日は、もしかしてあのハンドオイルが作られたと思った日だろうか?


 じゃあ、一体なぜ、テレーゼの肌荒れは起こってしまったのだろうか。

 気になったドーラはもう一度、ラベンダーとローズマリーの精油の項目を確認すると、案の定、同じ日付が書かれていた。


「比率がお、なじ――――――?」


 そして先日、ドーラが作ったあのブレンドオイルと全く同じ比率で、ラベンダーとローズマリーの精油は使用されていた。同じように、過去にこの二つの精油が使われた日付を見ても、同じ比率で使われていることが分かった。


 しかし、仮にドーラの作ったブレンドオイルと同じ比率であっても、先ほどの精油が一体、どこに使われているのかの方が、気になった。なぜなら、この精油は極めて厄介な性質を持つことで知られている。

 だから、フェオドーラもそれを調合するときは、先に使用者の生活習慣を聞かなければならないからだ。


 そして、かなり匂いが強いはずだから、ほんのわずかでも入っていたら、気づかないことはないはずなのだ。

 やはり、ゲオルグは鼻が利かなくなっているのだろうか。


「終わりました、ラススヴェーテ女史」


 ドーラがそれに気づいた時、ゲオルグが声を掛けてきた。

 台帳から目を上げると、ゲオルグとフリードリヒがドーラに向かって解答用紙を差し出していた。


「ありがとうございます」

 二人から用紙を受け取り、机の端に見えるように置いた。

「では、次に二つのアロマクラフトを作っていただきたいのですが――――」



 そう言葉を切って周りを見わたし、少し首を横に振ってから、言葉を続けた。


「いいえ、それは昼食後にしましょう。私にも用意したいものがありますので」


 ドーラの宣言に、ホッと一息つく二人。やはり、『調査』に関わる事なので、二人とも気が張っていたのだろう。


 彼女も初めての大仕事に少しだけ息をついてから、一冊の台帳と二人の解答用紙、そして行きに持ってきた鞄に先ほどの試験で出した香水三本を入れて、部屋を出た。

[補足&TIPS]

・香りの強さ(ブレンドファクター)

一口に精油と言っても様々な香りがあり、そして匂いの強さがある。

例えばラベンダーは6~7、ローズマリーは2(1)。数字が小さくなるほど香りは強く、ブレンドするときに多く加えすぎてはいけないものとなってくる。

(※オー・ド・トワレについての補足&TIPSだと思っていた方、ごめんなさい。こちらは2章で滅茶苦茶、重要なものになってきますので、こちらではあえて流しました)

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