22. 11歳 世界樹の葉の重み
握手をするという行為は、どうやら『土と火の精霊に愛された民』にも共通した挨拶らしい。
まぁ、握手というのは、手に武器を持っていませんよ、ということを示す行為が源流という説もあり、本能的な警戒心を解く、ということではどの種族でも共通なのかも知れない。
よく見てみると、アクシオスの体は傷だらけだ。膝や肘を擦りむいている。青痣もある。世界樹に登ろうとして落ちた傷だろう。
「ねぇ、どうして世界樹の葉が欲しいの?」
私は聞いてみた。だって、今、ドワーフの人達がやって来ているのは、世界樹の葉と、金や銀との取引を行うためだと母が言っていた。
自分でこの世界樹という大木を登り、葉を手に入れるのはハードルが高すぎると思う。私も、根本から登り始めて、一番近い枝まで登りきる自信がない。梯子とかがあれば余裕だけど。
それに、木登りの練習がしたいということなら、私が教えてあげてもよい。この場所から近い場所に、森の中に一本高い木があって、その木から眺めも良いのだ。世界樹のように高い場所から森を眺めるのとはまた違った景色が見えるのだ。
「父さんも落盤事故で大怪我をしたんだ。Δάφνηの葉でなければ治らない、と医者に言われたんだ。だから……」
落盤事故……。
山小人が突然、世界樹へとやってきたのはそういうことだったのだろう。前触れもなくやってきたから、お父さんやお母さんも殺気たっていた。怪我の治療のためということなら、渡さないわけにはいかないだろう。
「分かった。ちょっとあっち向いていて。世界樹の葉をあげるから。絶対にこっちを見ないでね」
「分かったけど……だけど、どうしてだ? 本当に持っているのか? 逃げるつもりじゃないだろうな」
「持っているわよ! ほら、さっさとあっち向いていて」
私は、アクシオスが世界樹の方を見ていることを確認してから上着を捲り、おへそあたりの葉帷子から世界樹の葉を二枚剥がした。いつも、外出するときはこの世界樹で編まれた下着を身に付けて、怪我をした場合も大丈夫なようにしているの。
葉っぱ一枚で怪我が治療できるから、私は五十回くらい大けがをしても大丈夫だ。
「もうこっち向いてもいいわよ」とアクシオスに声を掛け、そして世界樹の葉を二枚渡した。
「こ、これがΔάφνηの葉か!」
アクシオスは、まるで宝物を目にしたかのように眼を輝かせている。
「で、でも二枚もいいのか?」
「一枚はあなたに使いなよ。だってあなた、傷だらけじゃないの」
一枚は、アクシオスのお父さんの怪我を治療するため。もう一枚は、アクシオスの怪我を治すためだ。
「いや……こんな怪我は、唾を付けておけば治る。Δάφνηの葉だぞ? 軽い怪我に使えないよ」
う……ん。そう言われても、流石に傷だらけの人を放置しておくわけにはいかないよね。人として、というかエルフとして?
「もしかしたら、私が偽物の葉を渡しているかもしれないわよ? 良く似た葉っぱの可能性もあるじゃない? その葉が本物かどうか、確かめなくて良いの?」
どこからどう見ても世界樹の葉だし、間違えるはずなどないのだけど、アクシオスはどうやら実物を見たことがないようなので、このハッタリ? は通じているようだ。
恐る恐る世界樹の葉を口にする。そして、傷が即時に回復。やっぱり世界樹の葉は凄い。
「すげぇ。痛みが消えた! Δάφνηの葉って凄いんだな。こ、これで父ちゃん助かるよ!」
アクシオスは嬉しそうだ。私としても、良いことをした後は気持ちも良いなぁ。
「目的のものは手に入ったし、じゃあ俺は里に帰る! エステル! 本当にありがとうな!」
あれ……もう帰っちゃうの? って帰る方向が違うぞ?
「ねぇ、あの物々交換に来ている人たちはあっちだよ」と私は声を掛ける。山へ帰る方角としては正しいのだけど、さすがに子どもが一人で帰るには森は危険だ。
「同じ落盤事故で、王の息子も怪我をしたんだ。それで、国中から金目のものを集めて、Δάφνηの葉を買いに来ていやがるんだ。落盤で死んだ人もいるし、たくさん怪我人が出ている。それなのに、俺の父ちゃんや他の人たちのことなんか眼中にない。王子の命優先。最低な奴らだ」
……。どこの世界でもそういうことってあるんだ……。って、もしかしたら、アクシオスは世界樹の葉を、他の怪我している人に使いたかったのかもしれない。アクシオスの怪我は、怪我といっても擦り傷や青あざだ。落盤事故ということであれば、深刻な怪我の人も多いのだろう。
「もっと世界樹の葉、要る?」
「いや、それは悪いよ。父ちゃんの命を救ってくれるだけでもありがたい。俺は、急いで帰って、Δάφνηの葉を父ちゃんに飲ませるよ。この恩は一生忘れないからな、エステル! 俺が大人になったら、嫁にしてもいいくらいだ!」
さすがに、異種族間で結婚とか無理でしょと思うが、そう言われてるとなんだか嬉しい。
「アクシオス、森は、危険な所もあるから、気を付けて帰ってね!」
私は森へと入っていくアクシオスを見送る。せっかくお友達になれそうだったのに残念だ。いや、友達になれたのだろう。一緒に遊んでみたかった。
でも、お父さんの命が危ないのであるなら、無理に引きとめるわけにはいかない。
仕方ない。このまま山菜を採りに行こうっと。
・
私が山菜を採ってきて戻ってみると、世界樹の地面から最も近い枝には、『土と火の精霊に愛された民』が交換品として置いて行った背嚢が山積みされていた。
その背嚢の数も凄いけど、中身はもっとすごかった。
その中身は、金塊に銀塊。そして、金や銀で細かく細工された置物。指輪などの装飾品などもある。『土と火の精霊に愛された民』が背負ってきたリュック。その全てにこのように金塊や銀塊などが詰まっているのだとしたら、相当な価値だろう。
もしかしたら、世界樹の葉って、超高価なのか? 前の世界では昔、胡椒と金が同じ重さで取引されたと聞いたことがある。それくらい高価なのではないだろうか。って、大怪我も治せるのだから当然なのかな?
世界樹の葉が身近過ぎて私にはその価値が分からない。夕方など、世界樹の葉で草笛を吹いているなんてことをアクシオスが知ったら、驚くかも知れない。
金銀財宝が盛り沢山。
アクシオスが言っていたように、落盤で怪我した人を助けるために、世界樹の葉との交換を申し出たのだろう。
この金や銀の量なら、かなりの枚数の世界樹の葉と交換をしたのだろう。
アクシオス。きっと、その『土と火の精霊に愛された民』の王様はきっと良い王様だよ。落盤事故で怪我をした人たち全員分の世界樹の葉を手に入れているはずだ。
だって、この背嚢につまっている金銀を売ったら、一生遊んで暮らせそうだもの!
「エステル。ちょうど良い所に来たわ。この銀のイヤリングなんてあなたに似合うのじゃない? これも似合いそうね」と母が私を呼んで、イヤリングを私に付けてくれた。高級品な気がするのだけど。
「この置物、部屋に飾ってみるかい?」
お父さんが、山羊のような動物を象った金の像をくれた。
「え? いいの?」
私は受け取って、その重量に驚く。純金かもしれない。
「いいのよ。だって、エステルはお洒落をしたいお年頃でしょ?」
「いつか、こんな山羊を父さんと狩りに行こうな!」とお父さんは張り切っている。
我が家は意外とお金持ちなのだろうか? 家には、あまり金属製品は飾られていないようなイメージだったのだけど。
「さぁ、残りはさっさと潰して鏃にするぞぉ」とトクソさんがみんなに声を掛けはじめた。
え? 弓矢の先に付けちゃうの? それって勿体ない気がする。金の鏃の矢って……。
「この金塊、漬物石にしようかしら」と、母は背嚢から取り出した金塊を持ち上げて真剣に悩んでいる。
お金って概念がないと、無欲になるのだろうか。だって、金や銀だよ?
「お母さん。土と火の精霊に愛された民の人たちは、何枚くらい葉を持っていったの?」
「土と火の精霊に愛された民?」と母は首を傾げている。
「山小人の人たち」と私は言い直した。
「山小人に? 一枚持って行ったそうよ」
母は当然のように答えた。
「え? どうして?」
金銀財宝を山のように積まれて、その対価として渡したのが、たったの一枚。まるで、超レア・アイテムのような扱いだ。
「どうしてって……。Δάφνηの恵みは、私達だけに与えられたものなのよ? 今回は山小人からどうしてもって言われたのよ。事情が事情だったから、最長老様もお許しになったのよ」
「お母さん、本当に一枚?」
「えぇ、そうよ。それ以上渡してどうするの?」
母は真面目に言っているようだ。冗談を言っている雰囲気でもない。いつもの優しい母の顔だ。私を優しく諭すようだ。
私は、頭の中が真っ白になった気分がした。いつもの優しい母だった分、余計にショックだ。
ねぇ……どうして、世界樹の葉はこんなにも常緑で輝いているのに。
ねぇ……私達エルフは、料理の香辛料などとして、世界樹の葉を使っているのに。
ねぇ……。私達にとって有り触れたもので、特に貴重であるということではないよね? 葉を採ったら、直ぐにまた生えてくるよね? ほぼ無限にあるのと同じだよね?
それなのに、どうして『土と火の精霊に愛された民』には、一枚しか渡していないの?
ねぇ……それに、どうして『土と火の精霊に愛された民』のことを、山小人だなんて呼んでいるの?
きっと、私には分からない理由があるんだよね。そうだよね? お母さん。




