19. 11歳 ドワーフが世界樹の根元にやってきました
今日の我が家は物騒です。
何が物騒かと言うと、我が家のリビングと玄関の近くに矢が積み上げられています。米俵のような形に縛られてまとめられた矢。それが、五束ほどあります。それに、どんどん運ばれてきて増えていきます。家族がみんな自分の部屋から矢の束を持ち出して来ているようです。
自分の部屋に矢をどれだけ貯め込んでいるのでしょうか。お母さんの背中に弓と矢筒を背負っています。私も運ぶのを手伝うと言ったのだけど、矢は危ないから触ってはだめだよ、と言われました。
そういえば私は、弓矢に触ったことがありません。いつも家族が森に降りるときには弓矢を持って行っていますし、家族の誰かが弓矢を背負っている姿を毎日見ます。だけど、弓矢を触ったりしたことがありません。
父は、森などから採ってきたジャガイモを土が付いたままの状態でリビングのテーブルに置いたりして、母から「外で泥を落として来てって、いつもいっているでしょ」と良く怒られています。脱いだマントも椅子に放置して、ハンガーのようなものにちゃんと架けたりしないです。だらしがない父です。
でも、そんなずぼらな父も、弓矢をリビングに放置したりしているところを見たことがありません。
まぁ、考えて見れば、弓矢は危険です。私の手の届かないところに置いておくこと、というようなルールがあるのかも知れません。
ですが、今日は例外なようです。矢は二種類あるようで、鏃の先に金属が付いているのと、研ぎ立ての鉛筆のように鋭く木が尖っているのがある。
「お父さんは今日、森には行かないの?」と私はリビングに座っている父に尋ねる。いつもなら朝食を食べたら森に行くはずである。だが、恐い顔をして椅子に座っているのだ。
「山小人が来るんだ」
まるで山小人との戦争が始まるような言い方です。攻め込まれているのだろうか? でも、昨日までは家族も森も平和な感じだったよね……。昨日も、私は母から言われて、楤芽を採りに森へと降りていた。
初めて父と森へと行った場所。樫の木を伐採した場所に最近、楤木が生えていて、その新芽はとっても美味しい。天麩羅という料理法がエルフにないのが残念だが、和え物にした楤芽も美味しい。適度な苦みが癖になるよね!
「エステルも、一番下の枝で見学したらどうかしら?」
母が父に提案をしたが、父は渋い顔をしている。
「だけど万が一があったら……」
「万が一があっても、一番下の枝まで山小人の矢は届いたりしないわよ。良い経験だと思うわ」
弱気な父と強気な母と言う感じだ。でも、会話は物騒だ……。というか、我が家のリビングがすでに、矢の貯蔵庫的な感じになっているのだけど……。いつから我が家は兵站となったのだろうか。
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私は、世界樹の地面に一番近い枝で、地面を見下ろしている。大きな荷物を背負った、あきらかにエルフではない人達が沢山世界樹の根元にいる。たぶん彼等が山小人なのだろうけど、身長は低い。11歳の私の身長と同じくらいだ。山小人って、身長が低くて、髭が長いというイメージだが、残念ながら髭を生やしてはいない。それ以外の外見では、斧を持っているし、私の持っている山小人のイメージと概ね同じだ。
山の洞窟に住んでいて、採掘とかをしているらしい。
世界樹の根元にやって来たのは、総勢二百人の山小人。それを迎え撃つのは、世界樹に住む一万人以上のエルフ。地面にもっとも近い枝の上で、弓矢を構えている。多勢に無勢だし、枝の上から弓で攻撃したら、かなり一方的な展開になりそうな気がする。
勝敗が見えているよね? 戦いが素人な私でも分かる。地の利は、完全にエルフ側にある。
枝から様子を見ていたら、交渉役の人たちが世界樹から降りていった。我が家の近くの滑車の管理をしているトクソさんも交渉役の一人なようだ。
山小人の先頭に立っていた人が、背負っていた荷物の一つをエルフの交渉役の人の前に置いた。だが、トクソさんはその荷物の中身を覗き、首を横に振る。そうすると、次の山小人がさらに荷物をトクソさんの前に置く。だが、トクソさんは首を横に振る。
ずっとその繰り返しだった。
「お母さん、下で何をやっているの?」
「世界樹の葉が欲しくて、世界樹の葉と交換して欲しい物を置いていっているのよ。山小人が持って来るものって、銀とか金とか重いし、使い道に困るのよね」と母は困り顔で言っている。
たしかに、家の家具や食器はすべて木製だし、とても使いやすい。銀とか金とか結構貴重なものだと思うのは私だけだろうか。
でも、山小人が荷物を次々とトクソさんの前に積み上げていくが、トクソさんは首を横に振るばかりだ。たぶん、物々交換をしているということなのだろうが、なかなか交渉は成立しないようだ。
で……その光景を見ていても、はっきり言ってつまらない。交渉が決裂した時に備えてか、枝の上で交渉の様子を見ている人たちは、いつでも矢を放てるように弓を構えている。
張りつめた空気だ。この場にいて楽しいとは私は思えない。むしろ、朝からばたばたしてしまったせいで、まだ朝食で使った食器が洗えていない。それを洗ったほうが良いのではないかとさえ思う。
「お母さん、山小人の人達がどんな人たちか分かったから、家に帰っていい?」と私は母に尋ねる。
「う……ん。まぁ良いわ。でも、弓矢を習ったら、こういうときは最後までいなきゃ駄目なのよ」
なるほど。武器、つまり弓を扱えるようになったら、警備でずっと交渉に立ち合っていなければならないのだろう。交渉が決裂して争いになったら、弓を放つのかな? いや……きっと威嚇なのだろう。
って、交渉している場所から少し離れた世界樹の根元の影に、山小人が潜んでいる。
「ねぇ、あそこにも山小人がいるけど?」と私は言ってみた。あれで、隠れているつもりなのだろうか。枝の上から丸見えなのだけど。
「あぁ、あれは山小人の子どもだ。どうせ何もできないから放って置いてもよいよ。まったく、子どもまで連れてくるとは、山小人は何を考えているのだか」と母の隣で弓を構えている父が言った。
父も気付いていたようだ。というか、みんな気付いているのだろう。
パウロさんや……。地面に一番近い枝に集まったエルフたちを見回しても、子どもは私しかいないよ? エルフは子どもが少ないのかもしれないけど、他種族との交渉の現場。大人の世界に私を連れてきておいて、その言い草はないのではないかい?
「へぇ。子どもの山小人も来ているんだ」
確かに、一回り小さい山小人だ。私の身長よりも小さい。大人の山小人が私と同じ身長、160センチ程度なら、子どもは1メートルくらいの身長なのだろう。
「じゃあ、私は先に家に帰っています」と、母と父に行って、私は家に帰るフリをする。
私は、山小人の子どもに会いに行ってみるつもりだ。
だって、同じ子どもだよ? エルフの子どもに会ったことがないし、子どもってどんな感じなのか興味があるじゃん!




