悪夢
「貴族派にアレを懐柔させるっていうのか?あのヒーロー気取りのバカが明らかな悪役と組むわけねーだろ」
茶髪のヤンキーが灰色の髪のメガネ女に言い放った。
「大丈夫…。彼が食い付くようなワードは伝えておいたから…。それに貴族派が失敗した所でプラマイゼロ…。メリットはあってもデメリットはない…」
メガネ女は冷静な口調で言った。
「貴族派とやらにそんな能力あるのか?大体仮にアレを取り込めたとしてそううまく行くのかよ。他の勇者もいるなら貴族派が勝てる保証ないだろ」
ヤンキーは思ったより冷静に分析している。見た目よりはバカじゃなさそうね。
「問題ない…。成功しようと失敗しようと貴族派に与した時点で彼の名声は地に堕ちる…。魔王軍はともかく私たちにはメリットしかない…」
メリットメガネ女はそう言ってメガネを直した。
「それもそうか。おれたちはあいつに嫌がらせ出来ればいい。魔王軍の作戦なんて知ったことじゃねえよな」
ヤンキーは納得したように頷いた。
「わかったら早く魔族に伝えといて…。私はまだ彼らの見た目に慣れてなくてうまく話せないから…」
メリットメガネ女は胸を張って情けないことを言った。
「偉そうに言うことじゃねーだろ…。とりあえず進言はしとくよ」
ヤンキーが仕方なさそうに言うと急に目の前が真っ暗になった。
目が覚めたあたしはカバンの中から手鏡を取り出した。
「うん。いつも通りの美少女ね」
額には稲妻型の傷なんかなかったことに安心したあたしはそのまま二度寝した。
ーーー
「魔王側の対勇者の夢を見た?!確かなんですか沙夜ちゃん?」
沙夜ちゃんを起こして食堂に行ったら沙夜ちゃんがいきなり爆弾発言をしました。
「ただの夢の可能性もあるけどね。魔法魔術学校の食堂みたいな所で食べたから影響を受けたのかしら」
あれ元は城ですからね。でもそれだけで変な夢見るんでしょうか?
「おそらく憎しみの共有とかいうやつだな。サヤの動画の対勇者召喚陣にそんな術式があった」
イドルさんが突然話に入って来ました。
「…そういえば金田がお嬢様をハーレムメンバーにしてる以外の情報は知らないはずなのになぜかやたら頭に浮かんだわね。互いに勇者の情報を共有することで連携を取りやすくするのが目的かしら」
そういえば沙夜ちゃん金田さんを責める時何だか戸惑った顔してましたね。知ってるはずもないことが頭に入ってたら驚くのも無理はないかもしれません。
「興味深い話ですわね。魔王の方の対勇者はどんな人だったんですの?」
イドルさんの陰から出てきたチェリルちゃんが沙夜ちゃんに質問しました。
「茶髪のヤンキーに灰髪のメリットメガネ女よ」
…メリットメガネ?何なんでしょうそれ。
「メリットメガネ…何なんですのそれ」
あ、チェリルちゃんも同じ所に引っ掛かったみたいですね。
「何かやたらメリットデメリットとか言ってるからそう呼ぶことにしたの」
なるほど。一応イメージだけは出来ました。
「洗脳や何らかの呪文を受けた様子はなかったか?」
イドルさんは沙夜ちゃんをじっと見ながら言いました。
「普段を知ってるわけじゃないけど割と理性的なように感じたわ。少なくとも完全に魔族の言いなりってわけじゃなさそうね」
沙夜ちゃんは目を閉じて思い出すように言いました。
「それだったら何とか説得すれば」
「それはどうかしらね。むしろ逆かもしれないわ」
逆?一体どういうことでしょう
「例えば洗脳されてたり何らかの魔法で恨みだけが増幅されたりしてるなら魔法を解除すればいいだけよ。でもはたから見て素にしか見えない状態で憎しみの共有なんてものが発動するってことは、魔族が余計なことしなくてもいい程普段から金田を憎んでるってことになるわ。なら金田がいる限りは交渉は不可能なんじゃないかしら」
人間関係の中で知らないうちに恨みを買うことも多いんですね。…沙夜ちゃんは私のことをどう思ってるんでしょう?
「ちっちゃくてかわいいと思ってるわ」
沙夜ちゃんは真顔で言いました。
「そんなこと…って何でわかるんですか?!」
「そんな不安そうな顔してたらわかるわよ。安心しなさい。あいつは色んなことの後始末や恨みを周りに押し付けてきたの。頑固でお節介だけど自分でいちいち抱え込もうとするあんたがどうやって人を巻き込めるって言うのよ。…まあそれでも鈴の回避能力は異常だけどね」
沙夜ちゃんはそう言って私の頭をポンポン叩きました。
「うぅ。また子ども扱いして」
でも沙夜ちゃんの気持ちを知れて少しうれしくなりました。私って単純なんですかね。
「所でそいつら貴族派に金田を懐柔させるとか言ってたけど貴族派と魔王軍って繋がってるの?」
沙夜ちゃんは小声で爆弾発言しました。
「少なくとも上層部は把握してる公然の秘密だ。…サヤ。君の話はとりあえず王には報告しておく。だが確定するまでは君の話を信じて王が動くことはないだろう。正直おれも君を疑うわけではないが完全に信用できているわけでもない。読み取った術式の作用がはっきりしない以上ただの夢の可能性もあるしな」
イドルさんは沙夜ちゃんを気遣いながら言いました。
「まあ正直あたしも現実かわからないしね。それはそうと確定する方法は何なの?」
「貴族派に内通者がいる。だから連絡がくれば少なくともカネダと接触して取り込んだことはわかるというわけだ」
内通者が派閥内に入り込んでるんですか。そこまで手を回してるなんてすごいですね。
「まあ君たちに事後報告していいかは王次第だがな。いずれにせよ夢のことはカネダには言うな」
イドルさんが真顔で信じられないことを言いました。
「どうしてですか?知っていれば金田さんも警戒して貴族派に乗らなくなるでしょう」
「あいつにそんな夢の話を信じる頭があると思えない。それに王ならむしろカネダを取り込んだことを利用しようと考えるだろう。作戦を潰すようなイレギュラーは避けた方がいい」
イドルさんは淡々とした口調で言いました。
「でも」
「光。気持ちはわからなくもないけどこれはこの国の問題よ。あんたが出てもどうにもならないわ。あたしが変な夢見なければ知ることもなかった陰謀を知れただけでもよしとしましょう」
それ沙夜ちゃんが陰謀論とか好きなだけですよね?とても納得できないんですが。
「あら?何か我々のことを話していた気がしたけど気のせいかしら?」
背後からの声に振り向くと扇を持った緑の髪をした女の人がいました。脇には2人の女の人が控えています。
「これはこれは。貴族派派閥長令嬢殿。お元気そうで何よりですわ」
チェリルちゃんは目も合わせずに言いました。
「どうも。桜花の巫女姫様こそ相変わらずかわいらしいですね」
貴族派派閥長の娘さんも扇子で口元を隠しながら言いました。
「ほめ言葉として受け取っておきますわ。それで何か用ですの?あの件なら協力するつもりはないですわよ。はっきりお断りしたはずですが」
チェリルちゃんは全く目を会わせようとしません。そんなに仲が悪いのでしょうか?
「でしょうね。器も胸もお小さい巫女姫様に期待はしてません」
「あなたの胸は風魔法で膨らませてるのでしょう?大きくても中身が伴わなければ意味ないですわ」
チェリルちゃんがこんな子供っぽいこと言うなんて意外ですね。しっかりしてるように見えてやっぱり子供なんでしょうか。
「チェリル。もうそこまでにしとけ」
イドルさんはチェリルちゃんの肩に手を置いて言いました。
「出禁スケコマシさんの言う通りですよーヴィレッタ様。チビ巫女姫様に構っててもいいことないですからねー」
取り巻きらしき朱色の髪の女の人も話に割って入って来ました。
「いい加減にしてくれ。その呼び方はやめろと言ってるだろう」
イドルさんはうんざりした顔をして言いました。
「それは失礼しましたー。所であなた勇者様ですよねー?小さくてかわいいですー」
取り巻きさんは私を見下ろしながら言いました。この世界基準でも私って小さいんでしょうか…。
「勇者様。そのような上の中の連中と付き合ってもいいことなどありませんよ」
もう1人の水色の髪の取り巻きさんが忠告するように言ってきました。
「上の中って…。普通もっと評価下でしょうに」
沙夜ちゃんは探るような目で貴族派の皆さんを見ました。
「上の上でなければ同じでしょう?勇者様と…対勇者様でしたか?誰と付き合えばいいかこの私が教えてあげましょうか」
派閥長の娘のヴィレッタさんは大げさな身振りで言いました。
「結構よ。付き合う相手くらい自分で選べるわ」
沙夜ちゃんはドヤ顔で言いました。一度言ってみたかったんですね。
「そう。ならせいぜい足を引っ張られないようにすることね。ではごきげんよう」
ヴィレッタさんはそう言って廊下を歩き去って行きました。
「チェリル殿も災難でありますなあ。貴族派派閥長令嬢に絡まれるとは」
エリザさんは何だか楽しそうに言いました。
「全く。顔を合わせるといつもああだ。もう少し冷静になれないのか」
ロベリアさんは呆れたように言いました。
「仕方ないじゃありませんの。神殿派と貴族派は相容れない関係なのですから」
チェリルちゃんは少し開き直ったように言いました。
「神殿派ね。貴族派とか聞いた時から派閥があることくらいわかってたけどどんな感じなの?」
沙夜ちゃんは興味深げに聞きました。
「そうだな。主に私の王族派、チェリルの神殿派、エリザの軍閥派にイドルの魔導派、後は宰相派、議会派に商工派に貴族派といった所か。弱小派閥も色々あるが正直把握しきれてないのが現状だ」
ロベリアさんは口元に手を当てながら答えました。
「それぞれの派閥の相関図はどうなってるの?」
「基本的には全派閥対貴族派ですわね。後は政策によって協力したり敵対したりしますわ。特に派閥の利権が絡むことになるとマギスニカ協定を結んでいても譲れませんもの」
マギスニカ協定?何ですかそれ?
「イドル卿と派閥の幹部が婚約を結ぶことで派閥間の繋がりを強くする協定であります。イドル卿が特記戦力なことと色恋沙汰が内戦の原因にならないようにするための策でありますな」
複数の人と婚約?!いいんですかそれ。
「日本人の感覚からしたら理解できないわね。まあスケコマシなのは事実だわ」
沙夜ちゃんはジト目でイドルさんを見ました。
「別に切り捨てる必要はないんだからそれでいいだろう。それに全員大切だと思ってるのは事実だしな」
イドルさんはサラリとそんなことを言いました。
「全く。これだからイドルは」
「本当にズルいですわ」
「それは不意打ちでありますよイドル卿」
3人とも顔を赤くして呟きました。沙夜ちゃんが言う通りスケコマシなのかもしれません。
「放心してる所悪いけどあの件って何なの?」
「そうですわね…。わたくしが木属性なのはご存知ですわね」
チェリルちゃんはそう言って魔法陣から弟切草を出しました。
「実は木属性は植物をどこかから召喚してるわけではなく、植物を魔法陣で創造してますの。更に術式を書き加えることで新たな性質を持つ植物を生み出せるんですの。更に生み出した植物には次代を繋ぐ力があり、種をまけば問題なく発芽しますわ。貴族派の狙いはこの種というわけですわ」
チェリルちゃんはそう言って次は黄色いバラを生み出しました。
「何それ。領地経営系の話なら大体の問題は解決するチートじゃない」
沙夜ちゃんはわけがわからないことを言い出しました。
「貴族派でも民は苦しんでるかもしれないんですよね?少しくらい種をあげてもいいんじゃないですか?」
「それで民が豊かになるならわたくしもそうしますわ。でもたいていの貴族派は豊作になったらその分税を重くするだけ。まず領主を何とかしなければ利敵行為にしかなりませんわ」
チェリルちゃんは淡々とした口調で言いました。
「まあ敵を強化するリスクの方が高いならやらない方が懸命よね。所でチェリル」
沙夜ちゃんはいったん言葉を切ってチェリルちゃんが出した花に視線を向けました。
「花言葉って全世界共通なのかしら?」
花言葉?…そこまで花に詳しいわけではないのでよくわかりません。何となく弟切草は伝説からしてネガティブなような気はしますが。
「さあ?見当もつきませんわ」
チェリルちゃんは自分が出した花を一瞥して鬼灯の実を出しました。
「まあそうよね。国ごとに違うこともあるのに一緒なわけないわよね」
沙夜ちゃんはチェリルちゃんを見つめながらニヤニヤ笑ってます。もしかして何かに気付いたんでしょうか?
「まあとりあえず食堂に行きましょう。謁見は神経を使いますからな」
エリザさんは満面の笑みを浮かべて言いました。
「それもそうね。今日の朝ごはんは何かしら」
沙夜ちゃんはチェリルちゃんから視線を外して食堂に歩いていきました。
「待って下さい沙夜ちゃん」
私は沙夜ちゃんの後を追いかけました。
何だか情報がごちゃごちゃしてしまいましたね。とりあえず情報整理のために読み直してもらえばいいかもしれません。それでもわからないかもしれませんが。