勇者と対勇者
やっぱり。水晶を触れた瞬間に出てきた闇を見てあたしはそう思った。元々勇者なんてガラじゃないし、あそこまでフラグが立ってたらテンプレ的にそうなることは予想がつくわ。
「うおおお!」
だから当然闇属性のあたしをどうにかすれば汚名挽回出来ると考えるやつがいるのは予想出来ていた。ちなみに誤用じゃないわ。イドルの発言からしてそんなことしても英雄扱いされることはないでしょうしね。
「遅い」
だから拳を振り上げてきた金田にクロスカウンターをくらわせても何も問題はないはずだ。
「ぐはあっ」
金田は無様に吹っ飛んだ。そんなに力入れたつもりはないのだけれど。これが召喚チートってやつなのかしらね。
「あんた人の話聞いてた?むやみに危害加えたりしたらいけないって言ってたじゃない」
あたしは金田の胸ぐらをつかんで引っ張り上げた。
「何がいけない!闇は悪なんだから倒すのが正義だろう!」
金田は鼻血を垂らしながら言った。あれでダメージそれだけなのはやっぱりチートの恩恵かしら。
「何の根拠もない決め付けね。今注目すべきなのは何で闇属性のあたしが勇者召喚陣でここに呼ばれたかでしょう。勇者にふさわしくない者を弾き出すだけならあたしは真っ先に除外されるはずよ。違うかしら?」
あたしの言葉にロベリアは頷いた。
「違わないだろうな。この世界でも闇属性は魔族に多い。闇属性の人間もいないわけではないが周囲の環境のせいで歪んでしまうことがほとんどだ。…イドル。なぜサヤはこの城に召喚されたんだ?」
ロベリアの言葉にその場にいた全員の視線がイドルに集中する。
「出来れば説明しなくて済めばよかったんだがな。…サヤ。召喚された時のことを覚えてるか?」
イドルが心底めんどくさそうな目で見てきた。
「記憶どころか記録にも残してるわよ」
あたしは金田を思いっきり横にぶん投げてスマホを取り出した。
「うぐっ」
「ここにあたしと光が召喚された時の映像があるわ。少しは協力してあげてもいいわよ」
あたしは保存した動画のファイルを開いてイドルに見せた。
「それは映像保存用のクリスタルのような物なのか?」
イドルはスマホを訝しげに見ながら聞いてきた。
「本来なら通信媒体よ。この世界では主に記録機能を使うことになりそうだけどね。とりあえずこの画面に映ってる映像を拡大して投影出来たりするかしら?」
「それくらいならお安いご用だ」
イドルがそう言った瞬間にスマホの画面と水晶の間の壁に魔法陣が描かれた。それから程なくしてサムネが壁に表示された。
「ご苦労。じゃあ上映を始めましょうか」
あたしは動画の再生キーをタッチした。
まず映像は魔法陣が現れてちょっとしてからはじまった。
「そうそうこんな感じで魔法陣が出たんですよね」
あたしと金田のやり取りをオロオロしながら見てた光が安心したのか話に入ってきた。あたしはわかりやすい場面になってから一時停止した。
「問題はここよ。みんな、何か気付いたことはない?」
「気付いたこと?…あ!私と沙夜ちゃんの下に別々の魔法陣が出てます!」
やっぱり気付いてなかったのね。まあいきなりファンタジーな展開が目の前で起きて落ち着いてたあたしの方がおかしい自覚はあるわ。
「そうでありますな。ヒカリ殿の下にある魔法陣に比べてサヤ殿の下にある魔法陣は何だか禍々しいような気がしますね」
エリザはよくわからないという顔をしている。鎖を出した魔法かスキル以外は使ってないのかしら。
「ヒカリの魔法陣は書物で見た勇者召喚陣のようだが…。何なのだサヤの魔法陣は」
「あれはまさか…。でも伝承からしたら他に説明のしようがないですわね」
ロベリアはわけがわからないという顔をしている。チェリルはどうやら心当たりがあるようね。勇者召喚陣を司る一族だからかしら。
「このように2つ魔法陣が現れたってわけ。わかってもらえた所で続けるわね」
映像を再開すると2つの魔法陣が起動して光は白い光の道、あたしは黒い光の道別々に吸い込まれていった。そのまま光と離れて別の所に飛ばされようとしたその時白い手が伸びてきてあたしの手を掴んだ。
「そういえばカネダも手とか言ってたな。あの術式あんなことになるのか」
そしてそのままあたしが光と一緒に魔法陣の上に降り立つ所で映像は終わった。
「おそらくあたしが巻き込まれた魔法陣は魔族の物ね。イドルが呟いた言葉から考えて勇者召喚陣に乗ってれば魔族の召喚陣を妨害して引き込めるような術式を組み込んでいた。だから闇属性のあたしがここに来たってわけ。…ここまでの推測で何か間違ってるかしら?」
「話が早くて助かる。サヤが巻き込まれたのは対勇者召喚陣で間違いないだろう。実物を見たのはおれも初めてだがな」
イドルは真剣な顔でファンタジー的な用語をぶち込んで来た。
「「「対勇者?」」」
「勇者に対して魔族が召喚する異世界人のことですわ。勇者の残した日記によると勇者に近しい闇属性の持ち主が確実に選ばれるそうですわね。中には目の前で別の魔法陣で勇者が拐われたなんてこともあるようですわ」
チェリルがその場にいるみんなに説明した。
「かなり危なかったんですね。ありがとうございますイドルさん。沙夜ちゃんがいなくなったら私…」
光があたしの手を握ってきたのであたしも握り返した。
「おれは取れる対策をとっただけだ。うまく巻き込まれたサヤの判断がよかったんだろう」
イドルはそっけなく答えた。
「ちょっと待った。だったらなぜぼくの方の対勇者はここにいないんだ!」
起き上がった金田がイドルに食ってかかった。
「残念ながら召喚された時お前の側にいなかったようだ。そちらの世界のことは魔法陣ではどうしようもない」
イドルはそう言って首を振った。
「ふざけるな!お前は勇者召喚陣をいじったんだろう。それなら対策は出来たんじゃないのか?!」
…意外に正論ね。あたしも素人だから金田の方の対勇者はこっちに拉致出来なかったのかとは思ってるわ。助けてもらっておいて言うことじゃないから思うだけにしてるけれどね。
「おれだって何か対策を練ろうとしたさ。日記や資料を見て対勇者召喚陣のタイミングがよすぎることから勇者召喚陣に細工がある可能性を考えて解析もした。その結果とんでもないことが判明した」
イドルは無表情で淡々と言った。
「イドル卿がそこまで言うとは…。とんでもないこととは何でありますか?」
「…勇者召喚陣の魔法陣が描かれてた召喚の間の石盤が共鳴石で出来てたんだ」
イドルは心底呆れ果てた顔で新たなファンタジー用語を口にした。
「なん…だと…。まさかそんなバカなことが」
ロベリアは愕然とした顔をしている。そんなにひどいことなのかしら。
「何ということでしょう。他国に知られたら非難は免れませんわね」
チェリルはそう言って頭を抱えた。本当に何なのかしら?
「その共鳴石とは一体何なのですか?」
光が異世界組共通の疑問を代表してぶつけた。
「共鳴石は文字通り共鳴する魔石だ。共鳴石には同じ共鳴石に魔力を流すと、その魔力が別の共鳴石に流れる性質がある。つまりある魔法陣が書かれた魔法陣を起動すると同時に別の魔法陣が起動するということだ」
…マジで?それってどう考えてもヤバいじゃない。
「つまりどういうことだ?」
金田はわけがわからないという顔をした。こいつ思った通りのバカね。
「それって勇者召喚陣が起動したら対勇者召喚陣も起動するようになっていたってことですか?」
光がいきなり核心をついた発言をした。
「そういうことだ。しかもサヤの映像を見る限り勇者と同じ因果律の持ち主を捕捉する術式も組み込んであった。だから勇者の近くにいる闇属性の持ち主を召喚出来たんだろうな」
あっ、やっぱり見ただけでわかるのね。さすが魔法陣の専門家ね。
「だったら魔法陣が書いてある石盤を破壊したらよかっただろ!」
金田が割と最もな指摘をした。
「無理だな」
「魔法陣の専門家のイドルさんでも再現出来ないんですか…。勇者召喚陣は複雑なんですね」
光はストレートにイドルの言葉に返した。
「いや、再現しようと思えば出来る。だがおれはただの魔法陣課の課長だ。チェリル、君は巫女姫として勇者召喚陣の石盤を破壊して書き直す権限をおれに与えたか?」
「与えてませんわね。イドルお兄様のことは当然信じてますわ。ですが個人的な信頼だけで国、いえこの世界の人間の宝である勇者召喚陣を失うリスクは犯せないですわ」
チェリルの発言は立場からしたら当然ね。呼び方以外は。
「まあ異世界人の安全より自分たちが優先なのは当然でしょうね。…それにしても勇者召喚陣と対勇者召喚陣が連動してるってどういうことなのよ。勇者召喚陣の術者が人間を裏切って魔族側と通じてたならそもそも魔王を倒すための勇者召喚陣なんて作るわけないわよね?」
あたしは現地組のチェリルとロベリアとエリザが聞けないことにあえて触れてみた。
「資料を調べただけだから何とも言えないが、勇者召喚陣の術者は魔界の小国の王女の恋人だったらしい。それで互いに脅威が迫った時に連動して立ち向かえるようにしたんじゃないか?」
イドルは気だるげな調子で答えた。
「対勇者召喚陣を魔王が使ってるってことはその小国は魔王の手に落ちたということなんですね…。愛の証を歪めて利用するなんてひどいです」
光は悲しげな顔で呟いた。
「そもそも色恋沙汰で後世のあたしたちに負の遺産を残すなって話だけどね。一応聞くけどこの国は大丈夫なの?」
「他国に攻め落とされる可能性は低いな。このサミュノエルは島国で周りの海域は流れが激しく最強の私掠船が守っている。軍も二つ名持ちを初めとして層が厚い。何より大規模転移陣の中継地点として世界の貿易の要になっているこの地を敵に回すメリットがないだろう」
ロベリアは誇らしげに言った。サミュノエルとかいう国はだいぶヤバいみたいね。
「お疲れの所長話をしてしまいましたわね。部屋は用意してありますので今日はお食事をとって休んで下さいませ。明日は王との謁見と各国の要人を招いた宴で忙しくなるので英気を養っていただかねばなりませんわ」
チェリルは手を叩きながら言った。
「やっぱり異世界召喚されるとめんどくさいことになるのね。とりあえず宴に出る料理を楽しみにしましょうか」
「沙夜ちゃんはいつも通りですね。何だか安心します」
光はそう言って苦笑いを浮かべた。
「ふっ。せいぜい勇者のぼくを歓迎するがいいさ!ハーハッハッハッ!」
あそこまで醜態を晒して何でそんなこと言えるのかしらね。もう勇者としての主導権は失ってるのを理解してないのかしら。
「さて、文明の利器がない世界に現代人が満足出来るかお手並み拝見といこうかしら」
「それドヤ顔で言うことじゃないですよ」
光といつも通りのやり取りをしながらあたしたちは空しく高笑いが響く水晶の間を出ていった。
一応旧版で流されてた所を補足してみました。少し設定がごちゃごちゃし過ぎた気もします。