裏切り
「ちょ、ちょっと待って下さい!一体何がどうなってるんですか?!」
私は混乱して思わず叫んでしまいました。それほど目の前の光景が信じられませんでした。
「…あなたたち『落涙』サマに教えてないの?」
ヴィレッタさんはイドルさんたちを見渡しました。
「だって光に不用意に教えたら態度に出て作戦に支障をきたすかもしれないんだもの」
沙夜ちゃんは真顔で失礼なことを言いました。…あれ?ちょっと待って下さい。
「沙夜ちゃん知ってたんですか?!まだ召喚されたばかりなのに!」
私は沙夜ちゃんに詰め寄りました。
「それは私も気になっていたわ。あなた2度目に会った時には私が貴族派を裏切ってることに気付いてたでしょう。宿主を殺すタイプの寄生虫呼ばわりしてたもの」
そんなこと言ってたんですか?虫ってことしか気付きませんでした。
「あれ?でもほとんどハチの名前で読んでましたよね?」
「ハチには寄生バチって言って他の虫に卵を産み付けるハチがいるのよ。そして寄生バチはエサとしてその虫を食い殺すの」
沙夜ちゃんはそこで言葉を切りました。
「こいつらは貴族派という腐ったサナギの中身を食い荒らして力を蓄えていた。寄生バチという例えは適切だと思うけど?」
沙夜ちゃんはヴィレッタさんを見てニヤリと笑いました。
「今更例えについて文句言う気はないわよ。無駄だろうし納得出来る部分も多いからね。ただどうしてバレたのかそろそろ教えてもらえるかしら」
ヴィレッタさんは貴族派派閥長さんに扇を突きつけたまま言いました。
「わかったわ。あたしが最初に変だと思ったのがヴィレッタとの初対面の時ね。あの後貴族派にチェリルの種を渡さない理由を説明したんだけどチェリルはオトギリソウと黄色いバラを出したのよね」
そういえばそんなことありましたね。さすがに花までは思い出せませんが。
「オトギリソウの花言葉は秘密で、黄色いバラの花言葉は友情。それで何か繋がりがあるんじゃないかって感じたわけ」
沙夜ちゃんはそう言って弓の弦を弾きました。
「でも無意識な可能性はありますよね」
「そうね。そもそもオトギリソウには恨み、黄色いバラには失望という花言葉があるわ。心の奥に負の感情があってもおかしくはない。けどチェリルが次に出したホオズキの実を見て本格的に怪しいと感じるようになったわ」
ホオズキ?そんなに変な花言葉なんでしょうか?
「ホオズキの花言葉は偽り。花言葉について指摘した時に出てきたら疑念を持ってもおかしくないでしょ?」
…なるほど。花言葉のことを触れて次にそんなこと言われたらおかしいとは感じるかもしれません。
「…うかつでしたわ。小さい頃のクセはなかなか治らないものですわね」
そんな声が聞こえた次の瞬間チェリルちゃんが光に包まれて現れました。
「本当にうかつよね。それと目を合わせないのも怪しかったわ。あんた気に入らない相手だとにらみつけそうだもの。目を合わせて態度に出さないようにしようとするあまり逆に怪しいと思ったわ」
それは私もイメージに合ってないとは思ってました。チェリルちゃんならむしろ相手を威嚇しそうですもん。
「あれでもしあたしがチェリルが貴族派に寝返ってると勘違いして突っ走ったら神殿派ごと潰されてたわよ」
…確かにそうですね。巫女のチェリルちゃんと貴族派トップの娘のヴィレッタさんが繋がってるとなると神殿派と貴族派の癒着を心配しますよね。
「で、あたしは色々はっきりさせるために資料で領地毎の収穫量と特産品の変化を調べてみたってわけ。収穫量はまず収穫量が前の年から見て大きく増えた領地を見てみたわ。気象の影響もあるかもしれないから上がった分をキープしている領地も確かめたわ。特産品はまず地球基準で同じ気候じゃ育たない野菜や果物が収穫されるようになった所を見たわ。見落としがないようこの世界独自の植物も調べたりもしたわね。それから本来の収穫時期とズレてたり、気候条件が合わないのに収穫されるようになった特産品も調べてみたわ。その結果あんたに近い貴族ばかりが恩恵を受けてることに気付いたってわけ」
沙夜ちゃんはそこで言葉を切り、ヴィレッタさんを指差しました。
「もしヴィレッタが貴族派の意向を受けているなら無能で腐った上層部にが優先的にチェリルの恩恵を受けているはずよね。なのに実際に恩恵を受けている実力主義で台頭してきた貴族派内では元々低い地位にいた貴族ばかり。以上のことからあたしは貴族派内部に新興派閥があり、その派閥は貴族派上層部とは別の思惑で動いているという結論に達したのよ」
沙夜ちゃんは大きな胸を張って言いました。
「ちょっと待って下さい。沙夜ちゃんが調べただけでたどり着けるくらいのデータが残ってるってことは他の人も知ってるんじゃないですか?」
私は沙夜ちゃんに尋ねました。
「でしょうね。少なくとも政治部門のトップは把握してるでしょうよ。それでも神殿派と新しい貴族派を潰しに行かなかったのはその方が民が助かるからじゃないかしら。派閥争いより民の安寧を求めるこの国の政治はあたしたち基準から見てもまともだわ」
そうですね。他派閥を潰すよりも人々のことを考える姿勢には共感を持てます。
「だとすると粛清も自分たちの勢力を拡大するためなんですね」
「ええ。その後釜に若い貴族をつけたのも世代交代に見せ掛けて自分たちの力を広げるためよ。貴族派としてはトカゲの尻尾切り出来ればそれでいいから後の人事なんて気にしてないから楽だったでしょ」
沙夜ちゃんはヴィレッタを見てニヤリと笑いました。
「まあね。お父様全て私に任せてくれてるんだもの。こちらにとって都合がいい人間を滑り込ませるなんてわけなかったわ」
ヴィレッタさんはそう言ってにっこり笑いました。
「全て任されてるってことはあの命令書の貴族派派閥長印も…」
「もちろん私がやったわ。おかげで害獣の力を削ぎ、金をちらつかせることで無能な犬をこちらにつけることも出来たわ」
そうなるとやっぱり決闘を持ちかけたネルキソスさんもグルですか。優秀な貴族全員に裏切られるなんて少しかわいそうですね。
「ただどうしてもわからないのはあんたがなぜ貴族派を裏切ったかね。腐っても貴族派トップに生まれたあんたは何不自由なく育ったはず。特に貴族派に恨みなんてないはずだけど」
沙夜ちゃんは冷たい目でヴィレッタさんを見ました。
「あら。イドルたちやロレイナ先輩から聞いてないの?先輩は話す人に飢えてたでしょうに」
ロレイナさんが先輩ってことはヴィレッタさんってイドルさんと同級生だったんですね。それで裏切りのことを知ってたんでしょうか。
「誰に聞かれているかわからないからあえて聞かなかったわ。それにそういうのは本人の口から聞いた方がいいじゃない」
沙夜ちゃんは淡々とした口調で言いました。
「そんなの決まってるじゃない。やつらが家畜を食い荒らす害獣だからよ」
ヴィレッタさんはどこまでも冷めた口調で言いました。
「何を言う!家畜を虐げて何が悪い!奴らの上に立つ我らにとっては当然のことだ。貴族派の娘のくせにそんなこともわからんのか!」
今まで黙っていた貴族派派閥長さんは声を荒らげました。
「わかっていらっしゃらないのはお父様の方ですよ。家畜というのはすべからく主に利益をもたらすために存在するものです。ならば当然主は家畜から利益を最大限に得ることを考えなければいけません。そのためには家畜が何もしないでもエサを得られると思わせてはいけないし、どうせ頑張っても搾られるから無駄だと思わせてもいけない。適度に飴と鞭を与え、生かさず殺さず、家畜が自分のためにやっていることが主に還元される環境を整える。自分が主のいいように利用されてるなんて死ぬまで思わせない。それが家畜を育てるものの使命ですわ」
ヴィレッタさんはそこで派閥長さんに扇を叩きました。
「なのに大抵のバカな貴族は自分の欲望を満たすために家畜を虐げて満足しようとしています。わざわざ家畜を傷付けて利益を損なう真似をするようなのは害獣です。なら害獣は駆除して家畜から利益を得られるようにした方が貴族派の発展にも繋がるでしょう?」
ヴィレッタさんはそう言って微笑みました。
「だから私は不要な害獣を処分することにしたの。だっていても害悪なだけじゃない」
ヴィレッタさんはどこまでも淡々とした口調で言いました。
「えっとこれってノブレスオブリージュとかいうやつなんでしょうか?」
私は沙夜ちゃんに尋ねました。
「何にしても選民思想と合理的な領地経営者としての視点が合わさったなのは確かね。自分が民の上に立つ身だと理解し、民から自分が何を得られるかを余計な偏見なしで捉えられる。そんなまっすぐな頭がいいバカだから貴族派内部の現状に不満を持つ貴族をまとめられたんでしょうね。普通民を家畜として見た上でそんな発想には繋がらないわ。合理的に考えると正論だけどそこにたどり着くまでに変なバイアスがかかるもの」
沙夜ちゃんは半ば呆れと称賛の目でヴィレッタさんを見ました。
「何にしてももう終わりですわお父様。無様に命乞いをすれば命だけは助かるかもしれませんよ」
ヴィレッタさんはそう言って派閥長さんの首に扇を突き付けました。
ヴィレッタの裏切りの動機、いかがだったでしょうか。
変な正義感主張させてもどうかと思いこういう形にしましたがあまり共感は出来ないかもしれません。まあ所詮敵の敵であって正義の味方ではないのであまり気にしないことにします。
他の派閥もバカ過ぎて何するかわからない現貴族派よりは合理的な分まだ御しやすいから協力してるだけでしょうし。
後長くなってしまいすみません。