沙夜とのデート
「待たせたわね」
おれを見つけたサヤは悪びれもせず歩いてきた。
「いや、今来た所だ」
「ベタな返しね。髪に芋けんぴついてたりしないかしら?」
サヤはヒカリと違って割と冷静な反応をした。
「いつも通りのきれいな黒髪だが…。芋けんぴってなんだ?」
「さつまいものお菓子よ。固くて甘いのが特徴ね」
フライドポテトのさつまいも版みたいなものか?ただの憶測でしかないが。
「まあ細かいことはどうでもいいわ。所であたしの今日の格好はどうかしら?」
サヤは黒い縦セーターに青いホットパンツ、頭に黒いキャップを被っている。肩にかけている白いポーチが出てる所を強調している。
「似合ってるぞ。サヤの魅力がよく出ている」
「そう、ありがとう」
サヤは薄く微笑んだ。
「そうだ、今日はこれが届いたんだった」
おれはサヤに紙袋を渡した。
「これってジョーブが開発したあれ?」
サヤは中に入っていた薄い箱を取り出して言った。
「ああ。MePhoneとかいうらしい」
「あたしのOS違うんだけど…。まあいいわ」
サヤはMePhoneを箱から取り出し、説明を読んだ。
「へー。このモバイルバッテリー魔力を込めると電気としてチャージされるんだ。いちいち気にしなくていいのがいいわね」
サヤはMePhoneを右手に持って左手を腕に絡ませた。
「記念にツーショットで1枚取りましょう。どうせチカゲにモニター頼まれてるんでしょ」
サヤはニヤリと笑いながら言った。
「当たりだ。サヤは察しがいいな」
「でしょ?」
サヤが画面を押すとパシャッという音がした。
「本当にタッチパネルまで機能してるのね。ジョーブの所の技術者すごいわ」
サヤは楽しそうにMePhoneをいじった。
「とりあえず今回はカメラとか動画映え中心にやろうかしら。まずは祭りに行きましょ」
サヤはMePhoneをホットパンツのポケットにしまい、腕に体を預けてきた。
「『魔眼』様だ!『魔眼』様まで来たぞ!」
「また『構陣師』か。昨日は『落涙』様と来てただろ」
「クッソー!賭けてなけりゃぶん殴ってやるのに!」
祭りに来てたやつらが物騒なことを言った。
「騒がしいわね。あたしたちの祭りだから当然かもしれないけど」
地獄耳なはずのサヤは完全に周りの発言をスルーした。
「とりあえず今回は映えを考えたチョイスにしようかしら」
そう言ったサヤはチーズホットドッグ、タピオカ、レインボーたこ焼き、黒いお好み焼きを選んだ。
「それヒカリが選ばなかったやつだぞ」
「でしょうね。あの子定番好きだから1人じゃなかなか変なの選ばないのよ」
サヤはMePhoneで写真を撮りながら言った。
「さ、食べましょうか。あーん」
サヤはMePhoneで映しながらおれにチーズホットドッグをつきつけた。
「あーん」
チーズホットドッグにかじりつくとサヤが棒を引っ張った。当たり前だがチーズが伸びた。
「うん。映えたわね」
「さっきから言ってる映えとは何だ?」
おれはどうしても気になったからサヤに聞いた。
「簡単に説明すると見た目がインパクトあったり、動画で撮って動きがある物に対して使う言葉かしら。友達のギャルに聞いたらもっと色々語るかもしれないけど」
サヤは遠い目をした後チーズホットドッグを凝視した。
「それにしてもこれ元の世界でも最近流行した物なのよね。あくまで日本での話ではあるから元から外国にはあったにせよ何で伝わってるんだって疑問は残るのよね」
なるほど。確かに偶然にしては出来すぎかもな。
「勇者召喚は世界も時空間も越えた秘術だ。次元漂流物もあるからどこからどんな風に伝わったのなんか考えるだけ無駄だ。ほら、あーん」
おれはサヤの分のチーズホットドッグをサヤの前に差し出した。
「あーん。…女の子とはよくやるけど好きな人とやるのは気恥ずかしいわね」
サヤはポツリと呟いた。
「女の子同士で普通やるものなのか?」
「じゃれ合いとかスキンシップの一種よ。少し過剰な気はするけどね」
そんな雑談をしながらおれたちは買った物を食べた。
「さて、あたしにちなんだのは…あれかしら」
サヤは的と弓矢がある屋台の前に来た。
「洋弓なのね。まあネイルしてるから和弓じゃない方がいいけど」
サヤは星空と月を象ったネイルを見ながら言った。
「いつもと違うやり方で当たるんですか?」
屋台の店主は余裕を浮かべた。
「寝言は寝て言いなさい」
サヤは人差し指と中指の間に矢を挟み、的に向かって射った。矢は的の真ん中に吸い込まれた。
「この程度鎧袖一触よ」
サヤは刺さった矢が抜かれると同じ穴に命中させた。
「おめでとうございます。全部当てたので商品の備えの矢筒を差し上げます」
店主はサヤに矢筒を渡した。
「矢筒の中の矢がない時魔力を込めれば矢が生成されるようだ。込める魔力によって矢に特性を持たせられるらしい」
「…確かに触ると作れる矢が出てくるわね。作れるうちに強いの作っといた方がよさそうね」
サヤはさらりと悪用する案を出した。
「戦闘中になくなって慌てるよりはマシだな。魔力も出来ればとっておいた方がいい」
「やっぱりそうよね。帰ったら作ってみることにするわ」
サヤは備えの矢筒を固有空間に入れながら言った。
それからしばらく祭りを楽しんだ後大広間を出た。
「さて、映え的にはこれからどういうデートをしたらいいんだ?」
正直チカゲにモニターを頼まれたがどうしていいのかわからん。ここらへんはサヤに聞いた方がいいだろう。
「そうね…。次はスピード感がある映像がいいかしら」
サヤは少し考えてから言った。
「それならこれだな」
おれは固有空間から箒を取り出した。
「この世界でも箒で空を飛ぶのね。グワッフルだけじゃなくてブルーダーとスニッツェもある時点でそうだとは思ってたけど」
サヤは遠い目をしながら言った。
「ニホンの物語にもクワディーツがあるのか?」
「イギリスの物語だけどね。正直あたしとしてはこの世界の創造主がローリングさんの薫陶を受けたと考えた方が自然だわ」
異世界の物語にそこまでこの世界に似た物があるのか。どこかで繋がってる可能性はあるかもしれない。
「それじゃ飛ぶか。しっかり捕まってろよ」
おれは箒にまたがった。
「うん」
背中にサヤの大きな膨らみを感じた。
「当たってるぞ」
「当ててんのよ。…こんなこと言ったら打ち切られるかしら」
サヤの呟きを無視しておれは地面を強く蹴った。
「ヘイ、マザー。追尾アプリインストール、起動。クロー具現化、箒に装着。動画起動、撮影開始」
サヤがMePhoneに話しかけるとMePhoneから爪が出て箒に取り付いた。
「ヘイ、マザー。ぶら下がって魚眼レンズに換装」
サヤが指示するとMePhoneが体を反転させてぶら下がった。
「よし。これで落とす心配ないし撮影も任せられるわね」
サヤはおれに掴まったまま言った。
「やけに手慣れてるな」
「元々スマホに音声認識はあるもの。…ここまで来るとAIアシスタントだけどね」
サヤはこともなげに言った。
「それにしても本当にいい街だわ。ヒカリはいつもこんな景色を見ているのね」
下を見下ろしたサヤは楽しそうな声でそう言った。
「いつも飛び回ってるのは確かだな。さすがにこんなに高くはないだろうが」
おれはそう答えてスピードを上げた。
「早いわね。いい箒なの?」
サヤは後ろから聞いてきた。
「最高級のフレイム・ライトニングだ。開発者特権でチカゲからもらった」
「名前があれね。…それにしてもあたしたちのデートチカゲの影がちらつきすぎじゃない?」
サヤがさらりと痛い所をついてきた。
「かっこつけようとしたらどうしてもな。あいつは王都のことを知り尽くしているからガイドとか手回しを考えると頼ることが多い」
「便利屋扱いなわけね。まあ好きな人のために尽くしているのに気持ちに気付かれてないわけではないみたいだけど」
サヤはそう言って溜め息を吐いた。
「サヤから見てもただのビジネスパートナーなんだな。おれとしてもあいつはどこかの国の商会のトップと結婚して吸収合併するくらいがちょうどいいと思ってるよ」
「商売のためってわけか。…確かにチカゲにはピッタリだわ」
おれたちはそんな話をしながら時計台の屋根の上に来た。
「ここからなら王都が見渡せるわね。本当にきれいな夜景…」
サヤは髪を風になびかせながら言った。
「おれのお気に入りの場所だ。よくここで王都の明かりや星を見たものだ。ヒカリもここでスイングしてたみたいだぞ」
「どこの蜘蛛男なのよそれ」
サヤは突っ込みつつ空を見上げた。
「3つの月も顔を出して来たわね。これを見ると異世界だと実感出来るわ」
「サヤたちの世界は1つだったな。3つあるのが当たり前だから不思議な感覚だ」
しばらく空を眺めていると星が出てきた。
「本当に知らない星空ね。これが光やあんたたちが守りたい世界か…」
サヤは遠い目をして呟いた。
「サヤは世界を守るつもりはないのか?」
「あたしはそこまで大層な望み持ってないわ。…まあヒカリやあんたたちのついでなら守ってあげてもいいわよ」
そんなことを言うサヤの肩をおれは無言で抱き寄せた。
「はあ。お腹空いたわ。何か食べに行きましょ」
しばらく星を眺めているとサヤはそんなことを言い出した。
「そうだな。何がいい?」
「とりあえず肉ね。後は何でもいいわ」
肉か。ヤマト食好きなヒカリと違って候補が絞り込めないな。
「それならあそこにするか。ひとまず地面に降りるぞ」
「了解」
おれはサヤが掴まったのを確認して地面を蹴った。
「ステーキハウスね。肉食べたい時にはピッタリだわ」
サヤは店の看板を見て言った。
「本場ユーサのステーキだからな。ヤマトの霜降りもある」
「ユーサ…。かなり聞き覚えがある国ね」
サヤは苦笑しながら言った。
「とにかく入るぞ」
「そうね」
おれはサヤの手を取って店に入った。
「イラッシャーイ!Oh,『マジカルアイ』に『マジックメイカー』デスネ。会えて嬉しいデース!」
金髪で筋骨隆々な店員があいさつしてきた。
「すごいエセアメリカンね。翻訳魔法に言ってもしかたないけど」
サヤは小声で言った。
「ユーサ訛りか。おれにも発音や言い方が妙に聞こえるぞ」
「言語同じなはずなのに変な話ね。まあどうでもいいけど」
サヤは小声で話を打ち切った。
「メニューはこちらデス。決まったらボタンをプッシュしてくだサーイ」
金髪のユーサ訛りのウェイトレスはそう言って去っていった。
「決めたわ。イドルはどう?」
サヤはメニューを一通り見て決めた。
「おれも決まった。さっそく呼ぼうか」
おれはボタンを押した。
「お待たせシマシタ。オーダーをうかがいます」
「あたしはサーロインワンポンディステーキ。焼き加減はレアで」
「おれはロースステーキ。焼き加減はミディアムレアだ」
「サーロインワンポンディステーキのレアとロースステーキのミディアムレアデスネ。かしこまりマシタ」
ウェイトレスは注文を取って去っていった。
「サヤって結構食べるよな」
「体育系だもの。食べなきゃやってられないわ」
サヤは淡々とした口調で言った。
「それでもスタイルいいよな」
「あたし全部胸に行くから大丈夫なのよ」
サヤは胸を張って言った。
「それヒカリやチェリルに言ったら起こられるぞ」
「まだまだ成長するわよ。成長期だもの」
勝者の余裕か。これで女に嫌われないギフト持ちだからたちが悪い。
「オマタセー。サーロインワンポンディステーキのレアとロースステーキのミディアムレアデース!」
ウェイトレスはおれたちのまえにステーキを置いた。
「いただきます」
「我が魔力となる全てに感謝を…」
おれとサヤは祈りの言葉を言って食べ始めた。
「うん。柔らかくておいしいわね。いい肉使ってるわ」
サヤはソースをかけてステーキをきれいに切って食べた。
「うまいな。さすがにサヤほどは無理だが」
「文科系だしね。少しは鍛えた方がよくない?」
サヤは肉を食べ進めながら口を出して来た。
「いい。魔法使いには必要ない。肉体労働は前衛や召喚獣にまかせればいい話だ」
「はあ。少しは鍛えても損はないと思うんだけどね」
サヤはライスとスープを間に挟みながら瞬く間にステーキを完食した。
「いい食べっぷりネー。これサービスのバニラアイスデース」
ウェイトレスはそう言ってバニラアイスを持ってきた。
「ありがとう」
サヤは軽く手を振ってアイスに取りかかった。
ステーキを食べ終わった後おれは箒でサヤの部屋の窓まで飛んでいった。
「今日は楽しかったわ。旅立ったら色んな所でデートしましょう」
サヤは白い錠剤を食べて、おれにも差し出して来た。
「ああ。約束するよ」
おれも受け取って食べた。
「それじゃお休み」
おれは窓に背を向けて眠ろうとするサヤの手を取って唇をふさいだ。
「ああ。お休み」
おれは頬を赤くして口を押さえるサヤを置いて部屋へと飛び去った。
昔書いた物よりは少しは成長しましたかね。
次は決闘前夜を書く予定です。