勇者VS
『さあ、『落涙』の勇者ヒカリ様と勇者カネダ様の決闘が始まりました!お送りするのは実況の私アナ・シェムソンと』
『解説のマート・ヒットです』
決闘はなぜか闘技場で行われることになりました。闘技場でも実況と解説聞こえるんですね。
『マートさん、決闘のポイントはどこでしょうか?』
『そうですね。『落涙』の勇者様は『構陣師』様と懇意にされていると聞き及んでおります。この決闘はいわば『構陣師』様とただの勇者様の決闘の前哨戦。だから当然『落涙』の勇者様はただの勇者様の手札を丸裸にしようとするでしょう』
うっ。思惑がバレてます…。さすがにわかりやす過ぎたでしょうか?
『でもそう簡単に手の内を晒してくるでしょうか?』
アナさんは不思議そうな声でマートさんに聞きました。
『映像を見る限り『落涙』の勇者様は攻撃を受け流したり回避するのが得意です。おまけにこれまで記録された映像はもちろん、騎士団長の『紅の武装姫』様や第二王女の『飛槍姫』様との模擬戦でも無傷と聞きます。ただの勇者様は手を尽くさないと絶対に当てられないでしょう』
マートさんなかなか的確な分析ですね。金田さんにも聞こえているのが気がかりですが。
『なるほど。ただの様は『落涙』様が瞬殺せずに手加減してくれている間にどうにか一矢報いる必要がある必要があるわけですね』
金田さんの名前が完全にただのさんになってますね。さすがに扱い悪すぎません?
『ええ。異世界の戦場で傷を受けたことがないと言われる武将も手に針を刺しただけで命を落としたという伝説も残ってますしね』
本多忠勝さん確かに指に針を刺したけど死んでないです。針刺して衰えを感じて引退しただけですから!
『少しのダメージから崩せる可能性もあるということですか。深いですね』
アナさんはうまく言葉をまとめました。
『それでは『落涙』の勇者ヒカリ様、ただの勇者様。入場して下さい!』
アナさんのアナウンスに合わせて私は闘技場に入場しました。
「よく来たな光さん!さあ、勝負だ!」
金田さんは木製の大剣を構えました。勇者同士だから万が一にも死なないようにする配慮なんでしょう。
「お手柔らかにお願いします」
私も木刀を青眼に構えました。
「では、始め!」
審判の人が開始の合図をしました。
「はああ!」
金田さんが開始から大剣を振り下ろして来たので右に躱しました。バックステップでもいいですがイドルさんにはあまり参考にならないでしょうしね。
「ふっ、やっ、とう!」
金田さんは右手一本で大剣を振り回して連続攻撃をしかけてきます。私は左、右、左と避けていきます。
『全て紙一重で躱しています!『落涙』様完全に見切ってますね』
『スピード的にも全く本気を出してません。完全になめられてます』
別になめてないです。ただそんなに飛ばさなくても避けられるから抑えてるだけですよ。
「この、なめるな!」
今度は横凪ぎしてきました。
「とっ」
私は大剣の腹の上に乗り、遠心力を利用して剣から飛び立ち後ろに周り込みます。
「はっ」
私は後ろから足払いをかけました。
「なにぃ?!」
金田さんは体勢を崩して後ろに倒れ込みました。私は巻き込まれないように横に飛び、峰で地面に勢いよく叩きこみます。
「ぐはあ!」
金田さんは地面に叩きつけられました。
『やったか?!』
『やってないでしょうね。鎧で衝撃は軽減されているでしょうから』
なら追撃した方がいいでしょうか?…いえ。今は手札を出させるのが目的なので離れて様子を見ましょう。
「ぐっ。鎧があって助かった…」
耐えましたか。腹と背中を思い切り打ったのにすごい鎧ですね。少し性能を見てみますか。
「レイ」
私は光線を3本放ちました。
「ふん。そんなの効かないよ」
金田さんは気にせず鎧で受け止めました。
「ハイライトボール」
今度は中級魔法を放ちました。
「ライトシールド!」
金田さんは光の盾で防ぎました。中級魔法ではダメージを受けるんでしょうか?
「お返しだ。ライトスラッシュ!」
金田さんは光の刃を飛ばして来ました。
「ライトスラッシュ・クロス」
私も十字の光の刃を飛ばしました。私の十字の刃は金田さんの光の刃を巻き込んで金田さんに向かっていきました。
『ただの様の光の刃を巻き込みました!このままただの様は六分割になってしまうのでしょうか!』
『アナさん。ただの勇者様は仮にも勇者様です。少しは身を案じるべきでしょう』
マートさんは冷静になだめました。
「くっ。アクセル!」
金田さんは身体強化を使って逃げました。私は身体強化なしの瞬光で金田さんの前に回り込みます。
「なにぃ?!」
驚く金田さんをよそに右手に気をこめて鎧の上から鳩尾に拳を当て、気を一気に流し込みました。
「白峰霧月流、月通」
「ぐはっ!ば、ばかな…」
金田さんが白目をむいて気絶するのを見て審判さんが確認しました。
「勝者『落涙』の勇者ヒカリ!」
審判さんが宣言するのと同時に涙をすくって飛ばすとものすごい歓声が上がりました。
『決まったー!まさに圧倒的でしたね』
『もう少し長引かせてもよかった気はしますけどね。まあ鎧の性能が知れただけでも十分でしょう』
アナさんとマートさんは最後の総評をしています。こういうの聞こえて大丈夫なんでしょうか。
「『落涙』の勇者様。ただの勇者様と戦った感想はいかがだったでしょうか?」
記者の中では唯一試合ロレイナさんが真っ先に聞いてきました。
「そうですね…。剣術の基本がよく出来ていたと思います。異世界に来て習い始めたことを考えると進歩でしょう」
「なるほど。『落涙』の勇者様に追い付くには1億年かかる、と」
ロレイナさんはスラスラと羽根ペンを走らせました。
「今回は最後以外目で追えるだけ相当加減してたんでしょう。ですが最後鎧を殴ってましたよね?手は大丈夫でしょうか?」
「軽く拳を触れて気を流し込んだので大丈夫です。この世界に来て気を使いこなせるようになりましたがあそこまでうまく決まるとは思ってませんでした」
「戦ううちに進化するという話は本当なんですね。魔王もこんな勇者と戦いたくはないでしょう」
ロレイナさんは感心した顔で羽根ペンを走らせました。
「ありがとうございました。少し疲れたでしょうからゆっくり休んで下さいね」
ロレイナさんはそう言って帰っていきました。
「よくやったなヒカリ。おかげで金田の鎧の性能がわかった」
イドルさんは優しく私の頭を撫でてくれました。
「そ、そんな。本当はもう少し知れればよかったんですけどね」
「いや、ヒカリの手をあまり晒さずにすんだだけでも上出来だ。どこに魔王軍の目が光ってるかわからんからな」
イドルさんは神妙な顔をして懐から袋を取り出しました。キーキー叫んでるってことは何か生き物なんでしょうか。
「その出せ出せ言ってる声…。会場で魔王軍がどうとか言ってたやつらの声じゃない」
イドルさんの後ろにいる沙夜ちゃんが妙なことを言いました。
「こいつらの言葉がわかるのか?」
イドルさんが取り出した袋の中には7匹の小さなコウモリがいました。なぜだかしびれています。
「…もしかしてあたし魔物の言葉わかるの?あんたの召喚獣の声は聞こえなかったのに」
「偶然念話で主としか話さない無口なやつが多かったからな。マジカルスライムのリムは…声は出さなかったか」
イドルさんは小さなコウモリさんたちに手を当てながら考えました。
「これってやっぱりあたしが対勇者だからかしら」
「おそらくな。対勇者召喚陣に魔物語翻訳もあった。ヒカリにわからないということは通常の翻訳は人の言語にしか対応してないんだろう。エンゲージ」
イドルさんが唱えるとコウモリさんたちの背中に何かの模様が光ってすぐに消えました。
「今のはなんですか?」
「契約印だ。契約しておけばこのプチデビルたちの親玉の情報を得ることが出来る。うまくいけば偽の情報を流せるかもしれない」
イドルさんはそう言ってプチデビルさんたちを解き放ちました。
「あいつら全部メスよ。まさか全員メスなの?」
「まさか。メスとオスの割合はせいぜい8:2くらいだ」
十分多くないでしょうか?私は窓にぶつかるプチデビルさんたちを見ながらそんなことを思いました。
鎧通しってこんな感じでいいんでしょうか。あまりよくわかりません。
少しくらいは金田に見せ場を作ってもよかったかもしれませんね。