盗賊討伐
「あそこが盗賊団のアジトですね」
思ったより大きな洞窟です。これならかなりの人数が潜伏出来るでしょうね。
「入るのめんどくさいわ。もう入り口破壊して生き埋めにしちゃってよくない?」
沙夜ちゃんは弓の弦を弾きながら物騒なことを言いました。
「ダメです。それでは無用な犠牲が出てしまいます。大体生け捕りにしないと証言がとれないじゃないですか」
本当は盗賊を傷付けること自体避けたいんですけどね。でも傷付いている人がいる以上止めないといけません。
「冗談よ。あたしもまだ人を殺す覚悟なんて出来てないわ。ここはゲームの中じゃないもの」
沙夜ちゃんは弦に指を巻き付けながら言いました。
「申し訳ありません勇者様、対勇者様。盗賊討伐などでお手を煩わせてしまって」
私たちをここまで連れてきてくれた『運び屋』のアッシー・ルラケイフさんが頭を下げた。
「気にしないで下さい。困ってる人々を助けるのも勇者の役目ですから」
人々が苦しめられている以上見過ごすわけにはいきません。手が届くなら助けたいです。
「それに金田のせいで勇者の評判が落ちてるしね。貴族派に利用されてることに気付いててスルーしたあたしにも責任はあるわ」
沙夜ちゃんは軽い口調で言いました。
「しかし」
「ごちゃごちゃ言わない。アッシーはアッシーらしく目的地まで運んでくれればいいのよ」
沙夜ちゃんは話は終わったとばかりに背を向けて歩き出しました。
「…対勇者様が私の名前に他意を込めている気がするのは気のせいでしょうか?」
この世界にアッシーくんという言葉はないんでしょうか。…存在しているグリモワールを使う魔法バトル漫画の方がおかしいのかもしれません。
「ノーコメントでお願いします」
私は沙夜ちゃんの後に続きました。
「さて、基本的な作戦を確認しましょうか。あたしたちの任務はここの領主と繋がってる盗賊団の捕縛と証拠の確保よ」
洞窟の前の木の陰で沙夜ちゃんは説明を始めました。
「確か白金貨10枚を払えなくて他の派閥に流れた貴族から得た情報なんですよね?」
「ええ。大方貴族派の情報を売って派閥内の地位を確立したかったんじゃないかしら」
沙夜ちゃんは淡々とした口調で言いました。
「いえ、今回の情報の出所は宰相派だから違うでしょうね。絶対来た瞬間に情報吐けって脅されてるでしょう」
アッシーさんは遠い目で言いました。
「その口振りからするとあんた宰相派なの?」
「はい。よくこきつかわれてます…」
大変なんですね。派閥にも色々あるみたいです。
「とりあえずアッシーがブラック派閥で社畜してることは置いておくわ。感知と遠距離攻撃担当はあたし、向かってくる敵は光が迎撃。アッシーは記録と最低限の自衛、いざというときの脱出。緊急事態以外は特に手出しは無用よ」
「本当に大丈夫なんですか?お2人とも実戦はまだでしょう。あいつら盗賊ですが貴族の私兵程度には強いんですよ」
アッシーさんは不安そうに言いました。
「要するにそこまで手加減する必要ないってことでしょ。加減間違えても特に気に病まないわ。あたしは」
沙夜ちゃんはあたしを横目で見ながら言いました。
「対勇者様は射てるでしょうけど、勇者様は斬れるんですか?そもそも剣抜けます?」
アッシーさんは私を心配そうに見ています。私ってそんなに頼りないでしょうか…。
「あんたが死にそうになったら斬れるわよ。まあここで殺すのもあれだからとりあえず逃げなさい。『運び屋』なら転移は得意なんでしょ」
沙夜ちゃんは淡々とした口調で言いました。
「とりあえず行きましょ。入り口付近には誰もいないみたいだし」
沙夜ちゃんは弓を手に持って歩き出しました。
私たちは静かに洞窟に入りました。やっぱり暗いですね。
「ライト」
私は小さな光の玉を目の前に浮かべました。
「おー。便利ですね光魔法」
アッシーさんは小声で感嘆の声を上げました。
「…奥から話し声が聞こえるわね。他の所から足音が聞こえないから一ヶ所に纏まってるようね。時間的に会議かしら」
沙夜ちゃんは耳にかかった髪をかき分けながら言いました。カルタ大会の時みたいにスイッチを入れてるんでしょうか。
しばらく歩いていると道が3本に分かれました。どれが本当の道でしょうか?
「ナイトヴィジョン。…声は真ん中の道にあるわ。まずあたしがギガスリープボム・オブ・ダークネスを全員が集まってる所にぶちこむわね。光は生き残りを狭い場所で迎撃して。光の動きは三次元だから動きが阻害されることもないでしょ」
確かにここなら壁や天井使って色々できますね。
「はい。わかりました」
「アッシーは中衛で転移でサポート。主に敵の攻撃を敵にぶつけたりあたしの誤射をうまく敵に押し付けてね。この狭さだと光やあんたの方に間違えて射たないとも限らないもの」
沙夜ちゃんは淡々とした口調で物騒なことを言いました。
「ミス織り込み済みですか…。まあ万が一来たら何とかしますよ」
アッシーさんはそう言って肩をすくめました。
「あたしは援護射撃と背後から来た敵の迎撃をするわ。音が聞こえないだけでまだいるかもしれないし、外に出てたやつらが戻ってくるかもしれないわ。増援も考えとかないとね」
沙夜ちゃんはそこまで言ってから盗賊さんたちがいる所に歩き出しました。そして穴の前に来た時に前衛、中衛、後衛にわかれました。
「それじゃ状況を開始するわ」
沙夜ちゃんは大きな黒い玉を掌に出して、思いっきり穴に向けて投げ込みました。
「な、何だ?!…ぐう」
「い、意識が…」
中から盗賊さんたちが騒ぐ声と、人が倒れる音といびきが聞こえて来ました。
「侵入者か?!おのれー!」
前から人が向かってきたのですかさず足払いして首の後ろに手刀を食らわせました。
「ぐはっ」
「くっ、よくも!」
怒った盗賊さんが剣を振るってきたので居合いで剣の柄と鍔の切り離します。
「ひっ、化け物!」
逃げようとする盗賊さんの頭を後ろから切りつけました。もちろん峰打ちです。
「女の子に化け物なんて失礼ですね」
「…傷1つつけずに指と剣の間を斬るのは化け物でしょう」
そう言うアッシーさんは相手が剣を振るった時に鍔が頭に当たるように転移させてます。よく軌道を計算してますね。
「それくらい光にとっちゃ自然なことよ。…で、いつまで隠れてるつもり?」
沙夜ちゃんはそう言って横穴に向けて矢を射ちました。
「ぐっ。なぜ気付いた…」
横穴から3人の盗賊さんが這って出てきました。沙夜ちゃんの毒矢でまとめて痺れたんでしょう。
「あたし地獄耳なのよ。だから本当に寝てるかも寝息でわかるわけ。ねえ、そこでずっと狸寝入りしてるボスさん?」
沙夜ちゃんは弓を倒れてる人に向けながら引き絞りました。
「ぐっ。気付いてたか」
ボスさんは起き上がり剣を抜きました。
「その構え…。剣術の手解きを受けてるようですね」
今まで相手にしていた盗賊さんたちとは違いちゃんとした型があります。集団戦の訓練で戦った騎士団の新人さんたちよりは強そうです。
「ふっ。おれは『疾風』のガスタ!ここの領主の指示で盗賊団を率いているものだ!」
ガスタさんはあっさり自白しました。私たちを殺せば大丈夫ということでしょうか。
「領主は民を守るのが役目のはずです。それなのになぜ民を苦しめるんですか」
「はっ。領主なんて税を搾り取って私腹を肥やすことしか考えてないクズしかいねーよ!もっと現実見ろよお嬢ちゃん!」
ガスタさんはそう言ってニヤリと笑いました。
「そんな領主のために力を使うなんて二つ名が泣くわよ」
「そんなの知るか!おれは金がもらえればいいんだよ!」
沙夜ちゃんの皮肉にガスタさんは開き直りました。
「しかたありません。人々を傷付けるというなら止めるしかないですね」
私は紅雪の鍔を弾き、鞘と柄を握りしめました。
「ふっ。この『疾風』の速さについてこれるか!」
ガスタさんはかなりのスピードで切りかかってきました。
「とっ」
私はガスタさんの剣を受け流し、鳩尾に蹴りを入れました。
「ぐはっ。な、なぜおれの動きが…」
ガスタさんは鳩尾を押さえて踞りました。
「私の方が速かった。それだけです。さあ、降伏して下さい」
私は紅雪を手に持ちながらガスタさんの方に歩きました。
「油断したな!バカめ!」
ガスタさんは剣を振りました。当たる直前で避けて後ろに回り込みます。
「なっ、どこに」
喋っている間に頭を叩きました。もちろん峰打ちです。
「白峰鏡月流、水面月」
紅雪を鞘に納めるとガスタさんが倒れました。それと同時に涙が流れて来ます。どうやら終わったみたいですね。
「大丈夫ですか、勇者様!今斬られたように見えましたが」
アッシーさんは慌てて駆け寄って来ました。
「さっきのは残像です。私には傷1つありません」
私はいつも通り涙を右人差し指で拭って弾きました。
「でも勇者様泣いて」
「気にしないで下さい。私にとって戦いは泣くことなんですから。涙は大切な人を守れた証なんです」
そんな偉そうなこと言っておいて模擬戦でも涙が出るんですけどね。傷付けるのがいやだからと逃げていたら何も出来ません。
「光が泣かない道を探すなんて不可能なのよ。あたしたちに出来るのは光が悪いやつの思惑に乗らないようにすることよ」
沙夜ちゃんは机の上に置いてある書類を物色しながら言いました。
「…面倒だから全部空間魔法にぶち込むか」
沙夜ちゃんは部屋にある書類を全て空間魔法に入れました。
「ダークバインド」
それから倒れている盗賊さんたちを一括りにして縛り上げました。
「これで運びやすいでしょ。じゃ帰りましょ光、アッシー」
沙夜ちゃんは拘束魔法の端を持ってアッシーさんの転移魔法陣に入りました。
「お、おい。ちゃんと転移魔法陣の中に…。あああぁぁ!!」
私たちは転移魔法で城へと戻って行きました。
「任務は成功したようだな。無事でよかった」
出迎えたイドルさんは私と沙夜ちゃんを優しく抱き締めてくれました。
「楽勝だったけどね。ちょっと精神的に来たわ」
沙夜ちゃんはイドルさんをぎゅっと抱き返しました。
「人間同士だと気が進みませんね。…魔物と戦っても同じでしょうけど」
私も震える手でイドルさんに抱きつきました。こうしてると何だか安心します。
「恥ずかしい話だが今回みたいな盗賊団は他にもある。また君たちに出てもらうことになるだろう」
イドルさんは私たちの背中をさすりながら言いました。
「大丈夫よ。盗賊討伐が全て終わった後にあたしたちそれぞれと時間を作ってデートしてくれればね」
沙夜ちゃんはしれっと成功報酬を求めました。
「わ、私もいつもこうして迎えてくれるだけで十分です」
私も沙夜ちゃんを見習って勇気を出してみました。
「わかった。約束は必ず守る」
イドルさんは安心させるように私たちの頭をポンポンと叩きました。
「毎回こんなの見せつけられるんですか…」
アッシーさんはうんざりしたように言いました。
「アッシーもご苦労だった。早く盗賊を届けてくれ。ついでに憲兵隊に洞窟の中を調べるよう指示を頼む」
イドルさんはアッシーさんを適当にあしらいました。
「あっ、これもお願い」
沙夜ちゃんは空間魔法から書類をドサドサと落としました。
「何でおれの扱いそんなにぞんざいなんですか!」
私はアッシーさんに何も言葉を返せませんでした。
雑魚相手とはいえ少し戦闘描写が雑過ぎたかもしれません。文章で書くの難しいですね。