特訓開始
「今日からヒカリには術式の勉強に加えてカネダ対策の特訓に付き合ってもらう。ヒカリも魔法を対処出来るから悪い話じゃないはずだ」
「いいですよ。いつも先生にはお世話になってますしね」
ヒカリはそう言って微笑んだ。
「あたしは仲間外れですか、先生」
サヤは不満げに頬を膨らませた。
「それなら動く的当てでもやるか。地獄より出でし豪腕よ。その力で全てを粉砕せよ。サモン。ヘルズハンド」
召喚魔法を使うと地面からヘルズハンドのライタルとレフテラが生えてきた。
「腕相撲や殴り合いじゃなさそうだし何か投げてくるのかしら。不思議なダンジョンでトラウマだわ」
サヤは遠い目をして言った。おそらくゲームの話だろう。
「ご名答。今回はライタルとレフテラが投げるグワッフルを弓で射抜いてもらう」
おれは赤いボールを空間魔法から取り出した。
「絶対この世界ポッタリアンに侵食されてる気がするわ」
サヤはよくわからないことを呟いた。
「まあ動く的当てる練習はしたかったから丁度いいわ。いきなり人や魔物を狙っても当てられる自信ないもの」
サヤは淡々とした口調で言った。
「サヤたちの世界には魔物はいないんだったな。狩猟とかはしないのか?」
「猟師はいるけど一般人はやらないわ。そもそも弓じゃなくて猟銃を使うから弓で動く物を狙う機会なんてそうそうないわ」
そうなのか。弓は今でもメジャーな武器だから変な気分だ。
「破れたりしてもグワッフルを錬成したら元に戻るから大丈夫だ。それとわかってると思うがライタルとレフテラに矢を当てるなよ。召喚獣は死ぬことはないが、瀕死のダメージを負うとインターバルを挟まないと喚べなくなるんだ」
「そういう仕様なのね。とりあえずこっちはこっちでやっとくわ」
サヤは弓を構えてライタルとレフテラに向き合った。
「待たせたな。今回はヒカリのスピードに徹底的に目を慣らせるのが目的だ。ヒカリの動きを捉えられたらカネダの動きなんて遅く見えるはずだ」
「単純な理論ですが正論ですね。とりあえず動き回ればいいんですか?」
ヒカリはストレッチをしながら聞いてきた。
「いや、もう少し実践的にやる。アイアンボディ」
おれは手に木剣を持って魔法を唱えた。
「わっ。イドルさんが鉄になっちゃいました」
ヒカリはおれの手を確かめるように握った。
「アストロンね。自分の身を守って剣に打ち込ませようと言うの?」
サヤはグワッフルに矢を射ち込みながら言った。
「半分正解だ。開け。審判の眼。サモン。デビルズアイ」
おれはデビルズアイを6体召喚した。
「え?動けないのに魔法って使えるものなの?」
サヤはグワッフルから矢を引き抜きながら目を丸くした。
「元々魔筆経由で魔法陣に魔力を供給してるからな。魔筆と魔力放出さえ出来れば問題ない」
説明をしながらおれはグワッフルを錬金で完璧に修復した。
「劣化魔影参謀とかインチキも大概にしなさいよ。…もしかしてこの子たち宴の場にいなかった?何だか似た気配を感じたんだけど」
サヤはフェイを指でつつきながら聞いてきた。
「バレたか。念のため監視のために飛ばしてたんだ。おかげでヴィレッタとカネダの接触に気付くことが出来た」
「見えなかったってことは姿を消していつでも誰かを覗けるわけね。…変態」
サヤは自分の胸を抱き締めてニヤニヤ笑いながら言いがかりをつけてきた。
「さすがにそんなことで魔力を無駄にするような変態じゃないぞ」
「どうだか。何体も契約してる時点で怪しいものだわ。それにしてもあんたの召喚獣って変なのばかりね」
サヤはヘルズハンドとデビルズアイをじっと見ながら言った。
「確かによく使う召喚獣は異形なのばかりかもな。まともな見た目の召喚獣は滅多に使わないのは事実だ」
「他の子もいるんですね。いずれ会ってみたいです」
ヒカリはディネを撫でている。案外平気なんだな。
「話が逸れたな。デビルズアイを出したのはヒカリの動きを色々な視点で捉えるためだ。動きを見つつ火属性魔法で攻撃するから木剣を狙って攻撃してくれ」
「はい。先生」
ヒカリは右手でベニユキを持った。おそらく居合いとやらを放つつもりだろう。
「もうちょっと距離をとって下さいヒカリ様。それでは…始め!」
ルーシーが合図した途端ヒカリの手から白い閃光が放たれた。次の瞬間おれが持っている木剣が真っ二つになった。
「今のはベニユキが習得している空断か?普通もっとはっきりした斬撃が出るはずだが」
少なくともデビルズアイが何も捉えてないのはおかしい。デビルズアイはおれよりもずっと動体視力がいい。一体くらいは見ていてもいいはずだ。
「いえ。刀を伸ばす旋嵐です」
ヒカリはそう答えてベニユキを鞘に納めた。
「記憶共有、再生。…確かに伸びてるな。だが通常の旋嵐に比べて距離が長い。その分発動時間が短いが」
「はい。居合いの要領でやれば出来るって沙夜ちゃんに教わりました」
サヤの受け売りか。どこからそういう知識を得るんだろうな。
「マンガで見たのよ。まさか居合い使えるからって出来るとは思わなかったけどね。スキルに使う何かを発動時間じゃなくて距離に割いたってことかしら」
サヤはあごに手を当てて考え込んだ。
「とりあえず光旋嵐でいいわね。白峰だと語呂が悪いもの」
何を気にしてるんだ。ライタルとレフテラも律儀に待たなくていいぞ。
ひとまずは木剣を錬金でくっつけて仕切り直すことにした。
「ヒカリ様はもう少し距離を取って下さい。それでは再開して下さい」
ルーシーが再開の合図をすると同時に地雷魔法を試すことにした。重さを感知して爆発するようにすれば大丈夫か?
「はっ!」
ヒカリの姿が消えて爆発がどんどん近付いてくる。爆発に巻き込まれる前に通過しているようだ。
「これならどうだ?」
おれは目の前に火の壁の魔法陣を書いた。そのまま魔力を込める。
「とっ」
ヒカリの声が聞こえた後魔法陣の上に音が鳴り、火の壁が出るタイミングを縫って白い斬撃が飛んできた。次の瞬間木剣の先端が切れた。
「そこでバック出来るのか。そのスピードなら勢いのまま突っ込むと思ったんだが」
「とっさに体が動いてよかったです。日々の鍛練に感謝ですね」
ヒカリはそう言ってベニユキを鞘に納めた。
「かろうじてぼやけて見えるようにはなったか…。初日としてはまずまずだな」
やはりデビルズアイで視点共有してる分早く目が慣れてきたようだ。少し脳に負担がかかるのが難点だが。
「君を敵に回さなくてよかったよ。かわいい上に強いとか勝てる要素がない。許嫁になってくれて本当にありがとう」
何だかよけいなことを言ってしまった。少し疲れてるのもあるかもしれない。
「か、かわいいだなんて…。私こそイドルさんと婚約出来て嬉しいです。わ、私何を言って…」
ヒカリは顔を赤くしてうつむいた。
「どうやったらそこから甘い展開になるのよ。…それはそうと相手光で本当にいいの?どう考えても仮想敵としては強すぎでしょう」
サヤは消えたグワッフルを射抜きながら的を射た発言をした。
「少なくともヒカリの動きを目で捉えられたらカネダの動きを簡単に見切れるのは事実だ。それにはるかに強い相手とやった方が本番で余裕が持てるだろう」
「確かに。この分だと金田を相手にしてもこんなものかとしか思えないでしょうね」
サヤはそう言ってニヤリと笑った。
「あの、金田さんとの戦闘スタイルとの違いは考えなくていいんですか?」
顔の熱がおさまったヒカリが聞いてきた。
「近づかせなきゃ一緒だ。遠距離攻撃スキルがあっても使われる前に潰せばいい」
「ヒカリみたいな怪物少女相手じゃないならそれで十分ね。心配なのは感覚のズレくらいかしら」
サヤは弦を右手で弾きながら言った。
「みんな私のことを何だと思ってるんですか…」
ヒカリの呟きに答える者は誰もいなかった。
正直光のスピード描写がやり過ぎな気がしなくもないです。