白黒の差異
「さて、カネダと決闘することになったわけだが…。火属性でどうしろというんだ」
「え?火属性なら焼き尽くせばいいんじゃないの?」
サヤが姉さんと同じようなことを言い出した。
「どうやってもダメージで戦闘不能にするしかないのが問題なんだよ。魔法耐性が高い鎧を来てるから手加減は出来んしな。それに」
「それに、何ですか?」
ヒカリはおれの瞳をのぞき込んできた。
「姉さんの前で中途半端な火属性なんて使えるわけないだろう」
「やっぱりシスコンなんじゃない…」
サヤは失礼なことをボソリと呟いた。
「ミアーラ様の二つ名は『火葬鳥姫』です。火力においては右に出る者はいないでしょう」
ルーシーはメガネの位置を直しながら言った。
「普通に『今のはギガフレアではない、ファイアだ』とか言いそうですね。すごく不死鳥出しそうですし」
ヒカリは呆れたように言った。二つ名だけで姉さんの規格外さが伝わったようだ。
「とりあえずカネダの情報を整理しよう。…あいつが言ったステータスって何だ?」
おれは2人に質問した。
「力や素早さなんかを数値化してわかりやすくしたものよ。鑑定でわかるものなんじゃないの?」
サヤは腑に落ちないという顔をした。
「一応そういう禁術を聞いたことがある。禁じられた理由は強さに差がありすぎると目が爆発するからだそうだ」
「測定不能というわけですか…。マンガでありましたけど目自体が爆発するのは怖いですね」
ヒカリは遠い目をして言った。
「まあ仮にそういう物があったら勇者に比べたら数値は低いだろうな。魔力もいいとこ上の中だし、勝てる所なんて頭しかないだろうさ。まともにやって勝てる気はしないよ」
おれの言葉にヒカリとサヤは不安げな目で見つめてきた。
「ふふっ。まともにやる気など少しもないんでしょう?」
ルーシーはメガネを光らせて不適に笑った。
「当然だろう。真っ向勝負なんてする気はない。ルール内で策を弄して倒してやるよ」
おれは二人が安心するよう頭を撫でた。
「はぅ」
ヒカリは顔を赤くしながらも全く抵抗していない。心を許してくれているようで何よりだ。
「ん…」
サヤは目を細めて気持ちよさそうな顔をしている。特に魔法を使った覚えはないのだが。
「何にしてもカネダの実力が未知数だな。決闘でとってくる戦術くらいは予想出来るが」
ひとしきり二人の髪を堪能してから手を離した。名残惜しそうな目をされたがこのままじゃ話が進まないからしかたないだろう。
「接近戦ですね。魔法使い相手に魔法の撃ち合いは不利です。私なら一気に距離を詰めて蹴りか居合いで決めますね」
ヒカリは真顔で物騒な発言をした。
「そう考えると防御系の魔法や身体強化を重点的に習得させようとするでしょうね。近付く手段は多い方がいいもの」
サヤも冷静に分析している。大体おれと同じ考えだな。
「こちらとしては距離をとりたいですが…。火と転移を合わせると服が焼けて全裸になりますし」
ルーシーの言葉に二人はものすごい勢いでこっちを見た。
「ただ火と転移だけならそうなるかもしれんがさすがにそれで定着させる気はない。おれは不死鳥の尾羽を掴んで転移するイメージで術式を組んでるよ」
「ミアーラのイメージに合わせたわけね。やっぱりシスコンじゃない」
サヤの中でおれがシスコンなのは確定事項なようだ。姉さんとレイティスのことは愛してるし、ギフトやスキルを活かした魔法の運用を考えたりしたが断じてシスコンではないんだが。
「課長が二人に対する過保護ぶりを見る限りシスコン以外のなにものでもないですよ」
ルーシーは満面の笑みを浮かべて言い切った。
「兄弟の仲がいいのはいいことですね。私もお兄ちゃんがいますが仲は悪くないですよ。試合で私が勝つと大分落ち込みますが」
同じ流派同士で戦って妹に負けたら落ち込みもするだろうな。おれはそもそもレイティスとは土俵が違う。得意分野で負けても自分の強みで勝てばいいだけの話だ。
「火で機動力を高めたいならジェット噴射とかはどうかしら」
サヤは真面目な顔で提案した。
「ジェット噴射?」
「簡単に言うと火を出して飛んだり推進力を出す方法ね。かなりの速さで移動出来るはずよ。」
なるほど。火の力で機動力を上げるのか。火属性縛りじゃないと思いつかない手だな。異世界ではよくある発想なのかもしれないが。
「後機動力を奪うなら地雷ですね。踏んだら爆発するようにしたら警戒して次からはうかつに動けないはずです」
「異世界には恐ろしい兵器があるんだな。踏んだらひとたまりもなさそうだ」
しかもヒカリの世界には魔法もない。防御手段も再生手段もないのはきついだろう。
「育成方針は予想出来るが相手の基本戦術がわからないと対策は万全とは言えん。…サヤ。憎しみの共有で元の世界のカネダの情報を得たんだったな。何か戦う上で参考になることはないか?」
「えっと、ちょっと待って。思い出してみるから」
サヤはこめかみに手を当てて考え込んだ。
「帰宅部で色々な部の助っ人をしてたみたい。特に戦闘スタイルの基礎となりそうなものはなさそうね」
サヤはそう言って肩をすくめた。
「帰宅部というのは家に帰る早さを追及するクラブ活動か?」
「いえ、部活に所属していない人を表す言い回しです。日本でしか通じないでしょうけどね」
かなり回りくどいしな。無所属なら無所属でいいだろう。
「とりあえず今後のために勇者の強化がどの程度のものか確かめておくか。特化覚醒とかいう術式があるから差が出ることしかわからんしな」
「特化覚醒…。私ならスピードが上がって、沙夜ちゃんなら腕力や背筋が特に強化されるということでしょうか?」
ヒカリはよくわからないのか首を傾げた。
「体幹はそこまで差がつくのかわからないわね。光も足腰はしっかりしてるし、フィギュアでバランスも鍛えられてるもの。まあ弓使ってるから勝ってた方がいいとはおもうけどね」
サヤは冷静に分析した。
「ひとまず計測室に行くか。カネダが計測室を使ったならデータも見ておこう」
「躊躇なく一方的に相手の能力見るのね。自分はデータ残さないあたり鬼畜だわ」
サヤは薄ら笑いを浮かべながら言った。
「おれの戦い方ならクリスタルに保存されてる魔術対抗戦を見ればわかる。見ないなら全て向こうの自己責任だ」
「そうでしょうか?何が起きてるかわからないと思いますが」
ルーシーは苦笑してボソリと呟いた。
「何が起きてるかわからないって…。そんなに画像荒いの?」
「多分そういう意味ではないと思いますよ沙夜ちゃん」
おれと手を繋いでそんなやり取りをしてる2人を連れておれたちは計測室に向かった。
「ここが計測室です」
両手がふさがっているおれの代わりにルーシーが扉を開け放った。
「わあ。広いですね。とても屋内とは思えません」
ヒカリは計測室を見て感嘆の声を上げた。
「拡張魔法を使ってるからな。色々測るのにスペースを用意する必要があるんだよ」
「その割には道具とかないみたいだけど。そこまで測れないんじゃないの?」
辺りを見渡したサヤが耳元でささやいてきた。
「このカードをこの円盤で読み込むことで各計測に必要な場所が出現して、道具も出てくるようになっている。砂漠国家アイシス発祥のカードゲームジュエラルを参考にしてるらしい」
「ジュエラル…。アイシス語を熟知しないとルールが理解出来なさそうね」
アイシスでも共通語を使ってるはずだぞ。ルールが複雑そうで雑なのは否定しないが。
「それでは計測を始めましょうか。まずは50メルト走カードを発動します」
ヒカリとサヤが運動用の服に着替え終えた後ルーシーが円盤にカードをセットすると白線が出現した。
「端から端まで走ればいいんですね。まず私から行きます」
ヒカリは宣言してから一瞬で端まで移動した。
「50メルトを一瞬で…。転移とか使ってないですよね?」
ルーシーは信じられないという顔でヒカリを見た。
「白峰流の瞬光という走法を使いましたから。短距離の計測なら全力を出すべきですよね?」
それにしても速すぎる。エリザが攻撃を当てられないというのも頷けるな。
「それじゃ次はあたしがやるわ」
次はサヤが走った。普通に速いがどうしても揺れる胸に目が行く。
「並のシーフよりは速いですね。…課長。サヤ様の胸見すぎですよ」
ルーシーはニヤニヤ笑いながら言った。
「…えっち」
サヤは自分の胸を抱きながらニヤリと笑った。
「…イドルさんもやっぱり胸が大きい方がいいんですか?」
ヒカリは自分の胸をペタペタ触りながらおれを見てきた。
「胸の大きさに貴賤なんてないだろう。巨乳に魅力を感じることは否定しないが、ないからといって嫌いになるわけじゃない」
「魅力は感じるんですね。…そう言えば好きな人に胸を触ってもらったら大きくなると聞いたことがあります」
ヒカリはポツリと呟いてから顔を真っ赤にした。
「わ、私何を…。き、聞こえました?」
「…機会があればやってみるか?おれとしても役得だしな」
…何を口走ってるんだおれは。ここは聞き流すべきところだろう。
「は、はぅ。役得なんてそんな…」
ヒカリはなぜか照れている。普通少しは落ち込むものじゃないのか?
「恥ずかしい独り言聞かれたことより拒絶されないことの方がうれしかったんじゃないかしら」
そういうものなのか?女心はよくわからん。
「瞬発力だけじゃなくて持久力もヒカリが圧勝か。力は全体的にサヤが圧倒してるな」
それでも低い方の能力値でもその能力が求められる職業の中級よりは上だ。異世界から召喚されて補正が入ってるのは間違いないようだ。
「ジャンプ力や柔軟性もヒカリ様が上ですね。胸の揺れはサヤ様の勝ちですが」
おい、ルーシー。あまりよけいなことは言うな。
「いいんです。体育の授業でよく見る光景ですから」
ヒカリたちの学校でもスポーツはやるようだ。おれも魔術科だったが一応授業でやった。身体強化やる時に少しは動けないといけないしな。
「次はバランス感覚だけど…。かなり時間の無駄になりそうね」
「シャトルランと違って疲れ方に差が出ることもないでしょうね。私がI字バランスするならわかりませんが、サヤちゃんにハンデをあげる必要も意味もないです」
そこまで差は出ないわけか。でもここまで来てやらないのもどうかとは思う。
「それならこれなんかどうでしょう。ツイスターゲーム、発動!」
ルーシーが宣言すると赤、青、緑、黄色の円が書かれたマットが現れた。何だこれは?
「カードで指示された通りに手足を置いていくゲームよ。…そうだ。イドルも混ざってやりましょうよ」
サヤの言葉にルーシーのメガネが光った。何だか嫌な予感がするぞ。
「そうですね。イドルさんもやりましょう」
ヒカリはおれの手をキュッと握った。
「わかった。やってみよう」
こうしておれもツイスターゲームとやらに参加することにした。
「次は…右手を青です」
ルーシーがスピナーを回して出た色を指示した。おれは青に右手を伸ばした。
「ひゃうっ。お尻に息が…。あんっ」
ヒカリは涙目で見てきた。そんな目で見られるとどうしても右腕に触れている引き締まった太股を意識してしまう。
「んっ。…思ったよりたくましいわね」
サヤの胸が腹に密着してくる。散々揺れるのを見た柔らかいものが当たるのはなかなかくるものがあるな。
「次は…左足を緑に」
左足を緑に踏み込むとサヤの足と密着した。なぜわざわざ足を前に出すんだ。
「し、失礼します」
ヒカリの左足がおれの左腕にくっついてくる。更に距離が縮まるとどうすればいいかわからなくなる。というか体勢がそろそろきつい。
「次は…左手を赤に」
左手を赤に伸ばした所でバランスを崩した。
「はうぅん!」
「うっ」
おれは倒れたせいでヒカリの尻に顔を突っ込み、サヤの胸を押し潰してしまった。
「か、体が絡まって…。んっ」
「やっぱりツイスターゲームってこうなるのね。計算通りだわ」
サヤはニヤリと笑って外道な発言をした。
「色々当たる上に倒れるとこんなことになる。関係が良好な異性同士じゃないと無理だな。同性ならまだギャグになるが」
「冷静に分析してないでなんとかして下さい!こういうのはまだ早いです…」
ヒカリの恥ずかしそうな声が聞こえると何だか興奮してくる。今は鎮めないといけない。
「ふふっ。そこに魔法使うのね。…スケベ」
「そこって…は、はわ」
しばらくそんなくんずほぐれつが続いた。
「うぅ。また既成事実が出来てしまいました…」
どうにか抜け出したヒカリが涙目で呟いた。
「ここまでやっといて手放すなんて許さないわ。あたしたちに日本の結婚観を捨てさせたケジメくらいつけなさい」
サヤはギラギラした目で見てきた。ものすごい威圧感だ。
「愛されてますね。とりあえず次行きますか。プッキーゲーム、発動!」
ルーシーはカードを円盤に置いた。
「プッキーって…。まあ両端からかじりあうルールは同じでしょう。とりあえずイドルは固定で一本ずつ交代でいきましょう」
サヤは満面の笑みを浮かべて言った。
「絶対折れないオプションつけたけど構いませんよね?」
「さすがルーシー。優秀ね」
2人はガッチリ握手した。完全に楽しんでるなこいつ。
「よくわからないけど頑張りましょう、イドルさん」
ヒカリとサヤのファーストキスがチョコの味だったのは言うまでもないだろう。
勇者の力の差より別の所の差が強調されてるのは多分気のせいです。少し話の進め方が強引かもしれません。