術式
「今日はいよいよ術式について学ぶぞ。そのためにはまず魔法の根本的なことを説明する必要があるな」
おれは映像を前に映し出した。
「魔法は属性魔法陣と術式で成り立っている。属性魔法陣に魔力を込めることで書かれている術式が発動する。その時に属性魔法陣による効果が付与されるわけだ」
「今更だけど何で人によって属性があるの?魔法陣が書けるなら使えてもいいじゃない」
サヤが最もな質問をした。
「体内に流れている魔力の質が違うからだ。属性魔法陣は体内の魔力を使えるように抽出するための物だと考えればわかりやすいかもしれないな」
「なるほど。石油を蒸留するような物なんですね」
ヒカリはピンと来た顔をした。
「蒸留…。酒とかを作るあれか?」
「原理は同じね。確か石油の蒸留は中の成分の沸点の違いを利用して特定の燃料を抽出するものだったかしら」
それで使える燃料にするわけか。確かに似てるな。
「この魔法陣は一般的に複雑な物ほど魔力を消費されていると言われているが、実は違う。ヒカリ、サヤ。今まで魔法陣を書いてきて気付いたことはないか?」
ヒカリとサヤはおれの言葉に考え込んだ。
「気付いたことですか…。何だか使う度に魔力の消費量が違ったようか気がします」
「それに魔法が発動する早さも違ったわ。違いは…魔法陣の大きさかしら」
「その通り。魔法陣は大きくなる程魔力を消費し、伝導するのに時間がかかる」
おれはまた映像を映し出した。
「術式が複雑になるほど当然書く内容は多くなる。書く内容が多くなると楽に書こうとすると魔法陣は大きくなるわけだ」
「小さな紙に細かく書くよりは大きい紙に普通の文字で書く方が楽だものね。でもそれなら小さい属性魔法陣の中に何とか書く練習すればいいんじゃないの?魔力と時間を無駄にするだけでしょうに」
サヤはなかなか的を射た発言をした。
「残念ながらおれより上の世代にはもう難しいだろうな。君たちには楽だろうが」
「それってイドルさんが提唱した理論に何か関連があるんですか?」
ヒカリは不思議そうな顔で聞いてきた。
「ある意味そうかもしれないな。おれの理論の一番の肝は魔筆の分化をさらに細かくすることだ」
おれはまた魔法陣に映像を映した。
「今までは初級魔法、中級魔法、上級魔法、最上級、更に術式を足した物といったように一本の魔筆で1つの魔法を書くように分化させてきた。それを無属性から属性魔法陣、中級魔法、上級魔法、最上級、その他術式といったように分解して、魔筆の分化を進めるのがおれの魔法理論だ」
「けっこうややこしいけど自由度は増すわね。何で今まで分解しなかったのかしら」
サヤは理解出来ないという顔をした。
「その魔法陣が1つの魔法という固定観念に捉われすぎてたんだろうな。わざわざ共通項を見つけ出して分解する発想がなかったんだろう。まさか魔法で自動化した方が楽なんて理由で理論を公表しなかったわけじゃあるまい」
「ですよね。そんな課長みたいな人そうはいないでしょう」
ルーシーはメガネの位置を直しながら言った。実際その通りだから否定は出来んな。
「イドルさんは何でその理論を思いついたんですか?」
ヒカリは不思議そうな顔で聞いてきた。
「きっかけは姉さんのギフトが『単色重奏』だったからだな」
「単色重奏…どんなギフトよそれ」
サヤはよくわからないという顔をした。
「同じ属性を同じ魔法陣の中に組み込むことで威力を増すギフトだ。その分魔力消費が大きくなるという課題があった。それをどうにかしようとしてたどり着いたのが魔筆の分化だ。…あの時は姉さんが目立ったせいで新理論の提唱者として入学前に世に出ることになるとは思ってもみなかったよ」
「えええ?!その理論入学前にはもう出来てたんですか?!」
ヒカリが信じられないのは無理もない。おれも課題を改善しようとしてこんなことになるとは思ってもみなかった。
「シスコンにしてもすごすぎるわね。あんた転生者だったりしない?」
サヤが失礼なことを言ってきた。
「前世の記憶みたいな物はないな。この世界のどこかにいると聞いたことはあるが会ったことはない」
何となくマシニクルに多そうなイメージはある。次元漂流物の存在を考えると異世界との因果が強そうだからだ。
「それでは術式を書く時に欠かせない魔法文字をやるぞ」
おれはまた魔法陣に映像を映しだした。
「まさか1文字ずつ分化するとか言わないわよね?」
サヤは冗談半分で言った。
「さすがにそれはない。単語ごとには分けるが」
「単語ですか…。勉強しないといけませんね」
ヒカリはそう言って溜め息を吐いた。
「とりあえず今日は中級と上級をやるか。後他に何か覚えたい魔法はあるか?1つくらいならどうにかなるが」
「「それなら空間魔法を習いたいです(わ)」」
2人は声をそろえて言った。
「確かにそろそろ自分で出せるようになった方がいいな。結構複雑だから覚悟しておけ」
「「はい。先生」」
2人は声をそろえて返事した。
「本当に込める魔力と威力は関係ないのね。大きいと魔力の無駄というのがよくわかるわ」
中級魔法を放ったサヤはしみじみとした口調で言った。
「基本魔力は術式が起動するのに必要な分だけ魔法陣に供給されるからな。小さい方が魔力が少ない上に早く起動出来るわけだ」
「その分複雑ですけどね。イドルさんはどれくらい小さく出来るんですか?」
ヒカリはまっすぐな目で見てきた。
「米粒くらいの大きさには書けるぞ。実戦で使う機会はそうないだろうが」
「何の職人なのよあんた」
サヤは呆れ半分で言った。
「器用ですね。私には真似出来そうにないです」
ヒカリはうらやましそうに言った。
「藁を薄皮一枚で切れる人間がいうセリフとは思えんが」
「刃物の扱いだけはやたらうまいのよ。料理スキルも包丁技極振りだと思うわ」
そう言われたら納得出来る。料理スキルなんてプロレベルじゃないと取得出来ない。普通の異世界人が持ってるのは変な気はしていた。
「ちゃ、ちゃんと切る以外も出来ますよ。…たまに砂糖と塩間違えますけど」
それでも料理スキルがあるあたり査定はガバガバなのかもしれない。
「よし。順調な仕上がりだな」
ヒカリとサヤの中級と上級の魔筆の分化は大分進んだ。これで弱い魔物には対処出来るだろう。
「ふと思ったんだけど魔筆って普通何本くらい使えるの?」
サヤは上級魔法を撃ちながら聞いてきた。
「一般人は100本くらいだな。勇者なら多分5000は行けるはずだ」
「かなり適当ね。あんたはどれくらい行けるの?」
サヤは冷めた目で見てきた。
「分化してるのが53万本だ。まだまだ状況によっては分化出来るぞ」
「…魔筆を伸ばせる長さは?」
「13キロメルトだ。問題なく操れる範囲だが」
おれが返すとサヤはすごく呆れたような顔をした。
「聞き覚えのある数値のオンパレードね。使い道はなさそうだけど」
それは否定しない。実際そこまでやって意味があった試しはないしな。
「すごすぎてイメージ出来ません…。しかも限界じゃないとかすごすぎです」
ヒカリは語彙が迷子になってるようだ。具体的な数字にしたからよけい混乱したのかもな。
「それでは空間魔法について説明するぞ」
おれはいつも通り映像を映し出した。
「空間魔法は術式も複雑だが、それ以上に取り出す物の選択が重要になる。選び間違えると大変なことになるから注意する必要がある」
おれは空間魔法に触れた。
「空間魔法は触れると中にある物の一覧が出てくる。そこから出す物を選ぶわけだ」
「…あれ?城下町で本を出す時はそんな選び方しなかったですよね?」
ヒカリは思い出すように言った。
「術式で出す物を指定したからな。エリザの換装の応用みたいな物だよ」
「それってあの時下着指定出来たってことよね?…変態」
サヤはボソリと人聞きの悪いことを言った。
「それは無理だ。実物を見てないから詳細設定は出来ない。出すにしても袋ごとになる」
「確かにすぐ使わない物だけ残して空間魔法から出す時も袋ごと出してましたね。術式だけで選ぶとそうなるわけですか」
ヒカリは納得したように頷いた。
「まあ基本は触れて選択すればいいだろう。術式指定なんてよっぽど非常事態じゃないとしないはずだ」
「わざわざ鍛えてる人間が言っても説得力ないわね」
サヤは呆れたように言った。
「書けたわ」
「こっちも書けました」
2人とも空間魔法を自力で書き終えた。結構魔筆の扱いには慣れてきたようだ。
「…問題ないな。魔力を込めてから触れてみろ」
2人は空間魔法に触れてみた。
「わっ。本当にある物がわかりますね」
ヒカリはぎこちないながらも普通に操作出来ているようだ。
「触れて出す物を選べるのね。何を出そうかしら」
サヤはかなりスムーズに動かしている。…そういえばスマホも大体そんな感じで操作してたな。その経験が活きてるのかもしれない。
「そうだ。操作ミスには気をつけてくれ。恥ずかしい物が出てくるかもしれんしな」
「そ、そんなの入れてません!…あっ」
ヒカリが手をブンブンと動かすと白いパンティが空中に放り出された。
「イドル。ギャルのパンティおーくれとか願ったらダメでしょう」
サヤは無表情で人聞きの悪いことを言った。
「み、見ないで下さい!わっ」
ヒカリはパンティを取ろうとしてサヤにぶつかった。
「あっ」
ヒカリがぶつかったことで手元が狂ったサヤの空間魔法から黒いブラジャーが飛び出した。サヤもとっさに手を伸ばす。
「テレポート」
おれはとっさに転移して倒れそうな二人を抱き締めた。魔法使いのおれに受け止める力なんてあるわけないからそのまま地面に倒れて激突しそうになった。
「流れる水よ。我が剣となり盾となれ。サモン。マジカルスライム」
召喚魔法を唱えるとマジカルスライムのリムが出てきておれを受け止めた。リムのおかげで全く衝撃がなかった。
「大丈夫か?」
おれは腕の中の二人に話しかけた。
「ありがとうございます。でもあの、その…」
「まさか自分がラッキースケベの対象になるなんてね」
二人とも頬を赤らめておれの手を見た。…何だか大きくて柔らかい物と控えめながら柔らかい物がーーー。
「…すまん」
慌てて手をどけたおれの上に白と黒を布が落ちてきた。
「うぅ。もうお嫁に行けません…」
ヒカリは赤い顔を手で覆いながら言った。
「責任、とってくれるわよね?」
サヤは潤んだ目で見てきた。
「心配するな。おれが嫁にもらって責任をとる」
…おれは何を口走ってるんだ。これだからジゴロとか女たらしとかスケコマシとか呼ばれるんだろう。
「ふ、ふつつか者ですがよろしくお願いします」
「言質はとったわよ」
さて、深々と頭を下げるヒカリとスマホから録音した音声を流すサヤをどうすればいいんだろうか。
ラッキースケベってこんな感じでいいんですかね。正直よくわかりません。