属性魔法陣
「あら、ごきげんよう。勇者様方」
いつも通り朝食を取っているとヴィレッタが話し掛けてきた。
「ロイコクロリディウム軍団じゃない。朝から元気ね」
サヤはヴィレッタを見てニヤリと笑った。
「ロイコクロリディウム?何ですかそれは」
一発で覚えたか。さすがだな。
「…こんなのよ」
サヤは懐からメモとシャープペンシルを取り出すと何か書いてヴィレッタに見せた。
『うわ。ひどっ』
常にヴィレッタにつけているデビルズアイから視覚が共有されてきた。サヤはもう文字と単語を覚えているようだ。
『これはひどいな。なかなか的確だが』
おれも念話で返した。聞かれるとまずいからな。
「…どういう意味かしら?」
ヴィレッタはメモを上に放り投げ、扇で扇いだ。メモは一瞬で細切れになった。
「見たまんまの意味だけど」
サヤは笑みを浮かべてヴィレッタを見た。
「あなたはどこまで把握してるんですか?」
「あんたたちが知られたくないことは全部知ってるけど」
ヴィレッタはサヤをにらみつけた。
「短時間でそこまで…。あの女より上とは思わなかったわ」
ヴィレッタの呟きをサヤは完全にスルーした。反応してもいいことはないと判断したんだろう。
「そう。それを知ってどうするの?」
ヴィレッタはサヤに扇を向けた。
「別に何もしないわよ。どうせあたしが動いても作戦をぶち壊すだけだしね。あたしそこまで愉快犯じゃないわ」
サヤはかなり説得力のないことを言った。
「上の中の対応ですね」
「せいぜい手を出せない無力感を噛み締めて下さいねー」
取り巻きの二人はそんな言葉をサヤに投げてきた。
「案外賢明で助かったわ。ではごめんあそばせ」
ヴィレッタは扇で口を隠して去っていった。
「本当にほっといていいんでしょうか?魔王軍の思惑に乗るのは危険だと思います」
ヒカリが心配そうに言った。
「何もしなくてもこの国の連中が何とかするわよ。もうあたしたちが召喚される前から状況は出来てたでしょうし」
サヤは淡々とした口調で答えた。
「でもやっぱり何も出来ないのは辛いです」
「心配しなくても出来ることはあるわよ。光は勇者だから」
サヤはそういってヒカリの頭を撫でた。
「まあまずは魔法の勉強からだな。今日は属性魔法陣だ」
「「はい。先生」」
二人は元気よく答えた。
ーー
「属性魔法陣は術式に特殊な効果を付与する魔法陣だ。起動出来る属性魔法陣は人によって違ってくる」
おれは魔法陣に映像を映し出した。
「君たちが使う光属性と闇属性の性質は人によって異なる。ヒカリの光は回復、防御、解呪、対魔に適している。サヤの闇は操作性が高く、精神に干渉しやすく、選択的透過性を持ち、高い攻撃力を誇るという解析結果が出た」
「選択的透過性?そんなの魔法にあってどうするのよ」
サヤはわけがわからないという顔をした。
「サヤの闇には取り込んだ相手に凄まじい呪いをもたらす効果がある。だから侵食する相手を選べるのはいいことだろう」
「わー。我ながらえげつないわね。どう考えても勇者サイドじゃないわあたし」
サヤは軽い口調で言った。
「勇者サイドらしいかどうかは関係ありません。沙夜ちゃんは沙夜ちゃんです」
ヒカリは力強く沙夜の手を握った。
「素晴らしい友情ですね。とても微笑ましいです」
ルーシーはニコニコしながら言った。
「基本属性魔法は攻撃に使うが、それ以外の術式と合わせることは少ない。とりあえず今日は属性魔法陣の練習と並行して魔筆の分化を進めるのが目的だ」
「「…魔筆の分化?」」
ヒカリとサヤはまたそろって疑問符を浮かべた。本当に仲いいんだな。
「魔筆は同じ動作を繰り返すとその動作に特化するようになる。それが魔筆の分化だ。君たちが無属性の魔法陣を書くのに使った魔筆はすでに全ての基本の円を書くのに特化しているはずだ」
「それで一本だけで魔力切れするまで練習してたのね」
「でもそれだと複数使わないといけないわけですよね?ちゃんと出来るでしょうか?」
ヒカリは不安そうな顔をした。
「まずは魔筆を共有してやってみるか」
おれは魔筆を出した。
「君たちの2本目の魔筆でそれぞれ1本ずつ魔筆に触れてくれ。それで連結出来る。魔力を見えるようにするからそれで魔筆が見えるはずだ」
おれは魔力視をヒカリとサヤに施した。
「ふぇええ!紅雪みたいな糸がいっぱいあります!すごくカラフルですね」
「それ魔筆?いくらなんでも多すぎでしょ…」
ヒカリとサヤはおれの魔筆を見て驚きの声を上げた。
「悪い。出し過ぎた。…とりあえず光属性と闇属性に分化した物を残すか。白が光属性、黒が闇属性だ」
他のを除外すると白と黒の魔筆が5本ずつになった。
「5本ずつって…。あんた自分が使えない属性の魔法陣どれだけ書いてきたのよ」
サヤは半ば呆れた顔で見てきた。
「念のためだ。熟練度は同じだから好きなのを選んでいいぞ」
ヒカリはおそるおそる、サヤは即決で連結する魔筆を選んだ。
「やることを説明するぞ。まず無属性に特化した魔筆で円を書いてくれ。おれがその中に光属性と闇属性になるように魔筆で書き込む。その魔法陣を見ながらもう1つ円を書き、光属性と闇属性になるように書く。それに魔力を込めて撃つ。それを君たちの魔力が切れるまで繰り返す。当然問題があったら補助はする」
「「はい。先生」」
先生呼びに慣れているな。学生なら当然かもしれないが。
「それじゃやるぞ」
おれは円を2人が書くのに合わせてゆっくり魔筆を別々に動かした。
「はう。何だか変な感じです」
「んっ。別々に動かせるのね。あそこまで出せるなら当然かもしれないけど」
おれは光属性と闇属性の魔法陣を書き上げた。
「いまやった通りに書いてみてくれ。間違ってたらサポートはする」
連結した魔筆の支配権を戻した。
「えっと…こう来てこうでしょうか」
「割と複雑ねこれ」
ヒカリとサヤが魔力を込めると白と黒の光線が出た。
「えっと、操作ってどうやるの?」
「念じたらその通りに動く」
おれが教えると黒い光線が曲がった。飲み込みが早いな。
「すごいです。私の光魔法は曲がらないんですか?」
「魔法陣に書けばその通りに動かせる。動きを予測するか魔法陣を出す場所を考えないと無意味だがな」
おれもよく軌道をいじっている。直線だと読まれやすいからな。
「そのためにはまず術式を覚えないといけないわけですか。魔筆って普通の人はどれくらい使えるんですか?」
どうやらおれは普通ではないと認識されているようだ。おれに出来ることが出来なくて落ち込まれるよりはいい傾向かもしれない。
「ふう。少し慣れてきたような気がします」
「そうね。大分分化進んできた気がするわ」
ヒカリもサヤもかなり魔法陣を書くのに慣れてきたようだ。
「それなら魔筆の速さも上げておくか。早く書けるに越したことはないからな」
おれは魔筆を動かすギアを上げた。
「ひゃうっ。そ、そんな激しくっ!あっ」
「何だかすごく引っ張られるわね。くっ」
ヒカリとサヤは喘ぎ声を上げた。
「それで音を上げてもらっては困るな。まだまだ上はあるぞ」
「なっ。まだ上があるんですか?」
「この鬼!悪魔!ちひろ!」
ヒカリとサヤの叫びが魔法陣課の実験室に響き渡った。
「うぅ。すっかりイドルさんに開発されてしまいました…」
魔力切れしたヒカリが頬を赤くして涙目でこっちを見てきた。
「すまなかった。つい熱くなったようだ」
おれはヒカリに頭を下げた。
「本当は女の子が感じる声に興奮したんでしょ。この変態女たらし」
サヤはジト目で見てきた。目尻にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「そんなつもりはないんだが…。そうだ。お詫びにスイーツめぐりに行こう。昨日そこまで回れなかっただろう」
「…それで引っ掛かるんでしょうか?」
ルーシーはボソッと呟いた。
「仕方ないわね。ちゃんと案内しなさいよ」
「疲れた時には甘い物ですよね」
思ったよりチョロいな。デートの口実がほしかっただけというのは自意識過剰過ぎるかもしれない。
「ほら行くわよ」
「和菓子はあるんでしょうか?」
まあとりあえず今は2人との時間を楽しむとするか。
魔筆の設定を追加してみました。少し狙い過ぎたかもしれません。